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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.5章:バッドカンパニー【新暦1225年】
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過去:人事部のお仕事



■title:<泥縄商事>本社艦隊にて

■from:泥縄商事・人事部長


「ア~! 死んだ死んだ! 今回も死んだ(・・・・・・)! ホント、酷い目にあった! 詐欺セミナー開始して10分と立たないうちに犬塚銀に襲撃されるなんて……。おい! 誰か! 珈琲チョーダイ!!」


 社長。始業時間を過ぎています。


 3分の遅刻ですよ。


「あ、人事部長。知らないの? 社長は遅刻していいの。エライから!!」


 社内規定にそのような事は書かれていません。


「うるせ~~~~。てか、昨日はよくもやってくれたね!? 交国軍に私の居場所をリークしたのキミでしょ!? おかげでペチャンコになったんだけど!!?」


 違いますよ。


「でもでも、商品企画部長がキミの仕業だって……」


 社長(ばかおんな)。常識的に考えてください。


 自分の会社の社長を売るわけがないでしょう?


 社長と僕の付き合い、もう何年になると思っているんですか? 僕は覚えていませんが、苦楽を共にしてきた貴女は僕にとって家族以上に大事な存在ですよ。


「キミって家族いたっけ?」


 記憶にありませんね。


「比較対象が家族(ゼロ)って、ホントに大事な存在なの……?」


 部下を疑うのはパワハラですよ。


 人事部主催のコンプライアンス研修(ブートキャンプ)に参加してください。


「やだよ。アレって毎回、死人が出るじゃん……」


 痛くなければ覚えません。


 そもそも貴女は不死身だから、死んでも問題ないでしょう?


「不死身じゃないんだよなぁ……。それより珈琲ちょうだいよ~」


 僕は派遣人事計画を再検討しなければいけないので、ここで失礼します。


 ああ、そこのキミ。社長に溶岩のように熱い珈琲を用意しなさい。


 それと、珈琲を出す直前にこのクスリを一滴垂らすように。


「人事部長、これは……?」


 ただの致死毒だ。


 上手く殺れたら、キミを人事部長(ぼく)の後任に推薦しよう。出来るよな? ……よし、では殺って来なさい。


 さて……本日の業務を始める前に記録しておかねば。


 今回も社長殺害は失敗……と。


 現場にいた人間の証言では、社長は確かに死んだはずだ。


 それなのに今回も(・・・)何事もなかったように出社してきた。それも、<泥縄商事・本社艦隊>から遠く離れた後進世界にいたのに1日に戻ってきた。


 社長は間違いなく「復活」の異能を持っている。


 死んでも死んでも生き返るのだろう。それも、単にその場で復活するのではなく、遠隔地での復活を可能としているようだ。一種の死亡転移能力(デスルーラ)だな。


 彼女は何故、あんな異能を持っているのだろうか?


 どうすれば殺せるのだろうか?


 何度殺しても蘇る所為で、いつまで経っても僕に社長の椅子が回ってこない。困った人だ……。大人しく永眠していればいいのに。


 まあ、社長謀殺の件はさておき……派遣人事計画を練り直さねば。


 泥縄商事は商社だ。


 我々は、依頼があれば何でも調達する。


 扱う商品は軍需品が多い。


 兵器や食糧物資は当然のこと、移動手段や情報も用意できる。それらを犯罪組織や三流国家、時に個人に提供し、異世界侵略等の争いを扇動している。


 侵略・戦争に必要な人員の手配も行っている。


 僕が取り仕切る人事部は、泥縄商事内の人事だけではなく、取引先に派遣する傭兵の管理も行っている。傭兵以外にも使い捨ての人間兵器を調達し、顧客が求める最適の人材を可能な限り提供する。それも人事部の大事な仕事だ。


 人なくして戦争なし。人事部の仕事は泥縄商事の要であり、我々が奮戦しなければ泥縄商事はとっくの昔に潰れているだろう。


 泥縄商事は今まで何度も潰れかけたらしい。


 我々は商社だが、人類連盟に睨まれる犯罪組織でもある。


 ゆえに人連に追われ、人連の息がかかった国軍や組織から襲撃され続けている。


 泥縄商事が手配した輸送船も、泥縄商事が関わっている戦場も、何度も奴らに襲撃されている。人連の所為で、我々の取引は何度もパァになってきた。


 だが、人連などまだ可愛いものだ。


 奴らは時に、泥縄商事の取引先になってくれる。


 人連加盟国の中にも泥縄商事を利用している者は数多く存在する。


 違法な手段を使わなければ調達できない物や、侵略の大義名分作りに泥縄商事を利用している人連加盟国も少なくない。大抵、第三者組織を間に噛ませてくるが、間接的に泥縄商事を使っている人連加盟国も存在する。


 奴らは利益で動くから、まだ行動が読みやすい。


 ウチの不死身馬鹿社長(ドーラ)と比べたら、まだずっと可愛いものだ。


 我が社の社長は……包んで言えばカスだ。包まず言えば狂人だ。


 社長は「やる気と魂さえあればイイヨ」などとのたまい、大した利益が見込めない個人客相手でも取引を行っている。


 当然、その手の個人客はカスらしい最期を迎えるため、大口の取引先に成長する事は稀だ。不渡りが生まれることさえある。


 泥縄商事は犯罪組織だが、その規模は非常に大きい。


 <カヴン>ほどの規模はないが、カヴンの主立った傘下組織1つ1つと比べても遜色ない力と人員を持っている。我々は確かに力を持っている大組織なのだ。


 それなのに馬鹿社長は馬鹿取引を繰り返し、会社の金を浪費している。


 回収の見込みのない相手でも平気で兵器と人員を手配し、ハイリスク・ローリタンな取引を繰り返している。……あの女は泥縄商事の「真の敵」と言っていい。


 社長には、人事部(わたしたち)以外も手を焼かされている。


 他の部署も社長の愚行には頭を悩ましており、皆が社長を殺そうとしている。実際に何度も殺しているのだが、あの女は死んでも死んでも蘇るらしい。


 泥縄商事社長のドーラは不死身。


 社内に限らず、業界では有名な話だ。


 暗殺で片付かない以上、社長を説得しようとした事もあった。


 だが、あの女は――。


『大口の取引に絞ってたらつまらんよ。私は安定より冒険を求める!』


 などと言いながら、苦労して用意した兵器や人員をドブに捨て続けている。


 自分自身の失敗により、何度も死んでいるが……死んでも懲りない。裏切られて死んでも懲りない。馬鹿は死んでも治らないのは本当らしい。


 僕が社長と出会った日も、僕は彼女を殺した。


 確かに殺したはずだった。


 社長を殺して身ぐるみを剥いだのに、次の日にはプリプリと怒りながら「おい! サイフ返せ! 限定生産のテレフォンカード入ってたでしょ!?」と、僕の住処に乗り込んできた。


 当時の僕は、とある後進世界で暮らす浮浪児だった。


 僕の故郷は無秩序に街を増築していた。ミルフィーユのように街の上に街を作っていき、街を際限なく大きくしていた。


 最上層の人間は明るく清潔な生活を謳歌していたが、下にある古い階層にいる僕の暮らしは暗く不潔なものだった。……今だったら考えられない生活だった。


 横に移動して街から出て行こうとしても、世界の果て(ぶあついかべ)しかないため、上に向かうしか逃げ道はなかった。けど、当然、上層の奴らは僕のような浮浪児を拒んだ。


 上層から落ちてくる廃棄物は僕達に病をもたらしたが、あれは生きる糧でもあった。腐臭のする残飯でも僕達には貴重な食事であり、カビや血痕のついた毛布でも凍死を避けるためには必要な物資だった。


 落下してきた家電の下敷きになって死ぬ者もいれば、血肉がべったりとついた家電を奪い合って殺し合う者達もいた。


 物心ついた時にはもう親に捨てられていた僕は、弱いなりに上手くやっていた。地下ギャングの下っ端に殴られたり蹴られたりしながらも、生き残っていた。


 おこぼれで食いつなぎ、密かに集めた物資を秘密の倉庫に保管していた。


 僕はあの街の最上層に行こうとしていた。


 下層の暮らししか知らなかったけど、最上層の暮らしは「良いもの」と聞いていたから憧れていた。最上層どころか第10階層にすら行った事もなかったけど、それでも上を目指そうとしていた。


 手を伸ばしても届かない、ずっとずっと上にある空間。


 廃棄物が落ちてくる時しか開かないゲートから、廃棄物より早く落ちてくる眩い光を自由に浴びられる日々を夢見ていた。


 そんなある日、ゴミと美少女が落ちてきた。


 その美少女が、泥縄商事の社長だった。


 社長はゴミと共に落ちてきて、かろうじて生きていた。遠からず死ぬだろうが、苦しそうにしていたので介錯してやった。その対価として身ぐるみを剥いだ。


 その翌日に再会し、剥いだ身ぐるみを売ってやった。


 死体から奪った荷物を、生き返った死体に回収されたのは……初めての経験だった。内心ドキドキしていたが、僕は努めて冷静なフリをした。


 状況と社長の顔にドキドキしているのを悟られるのは「ダサい」と考えたのだ。


 当時の僕は……自分の常識の外にいた社長に、少し、惹かれた。


『安くこき使える兵隊を探しているんだけど、一緒に来ない?』


 僕は、地下では見た事がないほど綺麗な手を差し伸べられた。


 僕はその手を取り、社長に導かれる事になった。


 社長は美少女に見えるが精神はゴミカスなので、上層を目指す道中で僕は何度も盾にされた。囮にされる事もあった。


 それでも何とか危機や検問を切り抜け、僕らは最上層に辿り着いた。辿り着くまでに三度も死にかけたが、僕らは生きて最上層に辿り着いた。


『おーい、なかなか面白い人材確保したよ。あげるから金ちょーだい』


 最上層で待っていた奴隷商人(・・・・)から金を受け取った社長は、「へへっ、まいどありぃ!」と言いながら汚らしい笑みを浮かべていた。


 僕は奴隷として売り飛ばされた。


 その事は、まあいい。


 目標だった最上層に辿り着けたんだ。


 最上層のさらに先に、異世界があると知れたのも収穫だった。


 僕は奴隷として売られ、異世界の戦場に投入された。


 泥縄商事が浮浪者を「兵士」として取引先に送りつけるのは、よくある事だ。質は悪いが数は揃うし、後進世界の取引先なら騙すのも不可能じゃない。


 浮浪者だろうと最低限の訓練をつけ、銃火器で武装させれば弓や槍で武装した現住民ぐらい倒せる。弱者でも銃器を与えれば、ある程度は役に立つ。


 泥縄商事は人間牧場で人間兵器を生産・教育し、質が保証された兵士を用意する事もある。重要な取引先には手間暇かけた人材を出来るだけ用意している。


 だが、人間牧場は非人道的とされている。


 力ある国家や組織に潰されたり、乗っ取られたりして、それまでの投資がパァになる事もある。人間牧場産の人材の方が質は安定するんだが……人連等の横槍でダメになりやすいのはデメリットと言っていいだろう。


 質さえ問わなければ、後進世界で適当な人材を拾ってくればいい。それを銃火器で武装させれば、後進世界なら大抵は通用する。


 他にも文明水準の低い世界で傭兵や盗賊をやっている者達を騙し、異世界に連れて行くのも一つの手だ。


 その手の人材確保は調達先の現住民に喜ばれる事もある。傭兵や盗賊(やつら)は平和な社会からあぶれたはみ出しモノだからな。


 顧客の求める最低限の人材を把握し、必要な人材を用意するのも人事部の仕事。


 奴隷として売られた僕が、初めて泥縄商事の仕事を見たのが「人事」に関わる仕事で……いまは人事部長として働いているのは、何の因果だろうか。


 まあ、奴隷として売られたのは中々に面白い経験だった。


 奴隷として戦い、異世界侵略に加担させられたのも刺激的だった。故郷の下層暮らしより清潔な暮らしを送れたから、当時の僕はそれなりに満足していた。


 ただ……契約期限を過ぎてもこき使われた事には腹が立った。


 奴隷とはいえ、社長はキチンとした契約書を用意してくれていた。


 僕を買った主人は、契約期限を過ぎても僕に戦うように命じてきた。僕だけではなく他の奴隷にも戦うよう、強要してきた。


『まだ侵略戦争は終わってない! お前達がグズグズしている所為だ! 契約と違うと言いたいのは俺達の方なんだよ、ガキ共!!』


 泥縄商事は商社だが、犯罪組織だ。


 取引先の人間はろくでなしが多い。


 社長が道楽で取引している個人侵略事業主など、特にその傾向が強い。


 犯罪組織でも大きなものになれば、裏社会での秩序が関わってくるため契約を遵守する者達もそれなりにいるが……業界全体ではろくでなしが多い。


 僕を買った奴はろくでなしだった。


 奴は奴隷(ぼくら)に責任転嫁してきたが、侵略が滞っていたのは主人の指揮・計画能力に大きな問題があった所為だ。


 僕のような浮浪児を売りつけられて、「兵器はキチンと用意したからいいだろう」と納得していた馬鹿だから……あんなものだろうが――。


 あの馬鹿はさすがにムカついたので、寝込みを襲って殺してやった。


 その後――。


『提案です。皆で侵略(しごと)をしましょう』


 僕は奴隷仲間を扇動した。


 主人が保有していた兵器を使い、異世界侵略を続行した。


 汚い金だが、それなりの財は手に入った。僕らはそれを山分けして別れた。僕はそれを元手に泥縄商事を捜し、入社した。


 志望動機は単純。異世界侵略は金になる。だが、自分で侵略する方がリスクが高い。馬鹿共を扇動する立場の方が稼げると判断した。


『今日からキミは泥縄商事の一員だ』


 そして、僕は社長(あくま)と契約した。


 雇用契約を結び、魂を捧げると誓い、泥縄商事の社員になった。


 それからずっと、僕は泥縄商事で働いている。ライバルを蹴落としながら学習し、読み書きも問題なく出来るようになり、人事部長にまで上り詰めた。


 だが、ここで満足するつもりはない。


 僕はまだ、上に行きたい。


 泥縄商事の最上層の景色を拝みたい。


 そのためには…………。


「人事部長! 大変です! 社長が! 社長が目をかっぴらいて死んでます!」


 邪魔な人間は消す。


 単なる出世競争ならいくらでも勝ってやる。その方法は学習してきた。


 ただ、不死身の社長(にんげん)の殺し方は学習中だ。


 学習中だが、いつか……方法を編み出してみせる。


 この泥縄商事(せかい)の、最上層の景色を拝むために――。






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