ため息を飲み干して 前編
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:親知らずのカペル
ネウロンにいた<ブロセリアンド解放軍>を止める任務が終わった。
犬塚特佐達がいっぱいがんばったから、2週間ぐらいで逆らう人はいなくなった。特佐達がいっぱいがんばったから、大虐殺は起きなかった。
特佐の弟さんは死んじゃったけど、ネウロンでの任務は終わった。
「次はプレーローマ戦線だ。休む暇無く戦場行きですまんな」
特佐はそう言い、申し訳なさそうにしていた。
皆は笑って「いつものことですよ」と言っていた。
皆、いつも通りみたいだった。犬塚特佐もいつも通りに見えた。
「特佐、思ってたより元気なのかな……?」
元気なくなりそうな事があったんだけど……特佐はいつも通りに見える。
だからこっそり、特佐の副官のワッシャーおじさんに聞いたら、おじさんは悲しそうな顔で「特佐は交国の英雄だからな」と言った。
「あの人は戦友が死んでも、家族が死んでも泣かない。怒りはするが、その怒りは敵にぶつけて戦う力にしているんだ」
「悲しいけど、泣かないようにしているの……?」
「そうだ。きっとそうなんだよ」
ワッシャーおじさんはそう言って、少し黙ったけど……カペルのことを呼んで話しかけてきた。
「カペル。あの人の傍にいてあげてくれないか?」
「ん……。カペルでいいの?」
カペル、ホントは皆といちゃいけない子だよ。
カペルは皆と違って、天使なんだよ?
そう言うと、ワッシャーおじさんは真剣な顔つきで「種族は関係無い」と言ってくれた。皆と一緒にいていいと言ってくれた。
「お前さんも、俺達の大事な仲間だよ」
おじさんがそう励ましてくれた。
他の皆も、おじさんと同じことを頼んできた。
カペルも特佐と一緒にいたいから、別にいいんだけど――。
「皆から特佐に『心配だよ』って言ってあげないの?」
「言いたいけど、言いづらいんだよなぁ……。特佐を困らせたくない」
「俺達に対して『気を遣わせちまった』と思わせたくないんだ。俺達が交国の都合で作られた存在って件でも思い悩ませてしまってるからな」
「あの人、あんな顔して結構思い悩む人だし……」
「いまオレ達に出来るのは、軍人として支えることだけだ」
「軍人以外の立場で傍にいるのは、お嬢に頼みたいんだ」
皆はそう言って、必死に頼んできた。
皆は特佐が「いつも通りじゃない」って気づいていて、心配している。心配しているけど、下手に声をかけられないみたい。
カペルも特佐が心配。
皆が「カペルがいい」と言ってくれたから、特佐のところに行った。
特佐は自分の部屋に籠もって、ボンヤリと本を読んでいた。
カペルが部屋に入ると、特佐は本を机に置いて笑顔で迎えてくれた。苦笑して「あいつらに『様子を見てきてくれ』って言われたんだろ?」と言った。
「また、アイツらに気を遣わせちまったな……。俺は上官失格だ」
「そんなことないよっ……! 皆、特佐のこと大好きだから、そのっ……ええっと……。心配してるけど、そのことで心配しなくていいからっ……!」
カペルは皆に頼まれたのに、皆の期待に応えられなかった。
特佐を上手く元気づけることができなかった。特佐は苦笑しながらカペルの頭を優しく撫でてくれた。
申し訳なくて、ここにいていいのか不安になった。机の上をチラリと見て、さっきまで特佐が読んでいた本を軽く触る。
「これ……確か、犬塚特佐のお守り?」
「うん。俺の大事なお守りで、俺が一番好きな作品だ」
優しい笑顔を浮かべている特佐のお膝に座らせてもらって、本を手に取る。
カペルも読んでいい? と聞いてみた。
カペル、本もチョットは読めるようになってきたし……。
特佐は少し驚いた顔をした後、笑顔で「いいぞ」と言ってくれた。
けど、直ぐに――。
「…………いや、やっぱりダメだ」
「あっ……」
特佐はカペルの手から本を取って、少し離れたところにそっと置いた。
「これは未完の物語なんだ。もう永遠に完結しないものだし……。その……」
「読んじゃダメ?」
「絶対ダメじゃないが……。その……内容もな? カペル向きじゃない」
「悪い天使がいっぱい出てくるの?」
特佐の顔を見つつ、そう聞く。
特佐はちょっと言いづらそうな顔をしていた。
こういう顔をしている時は、カペルを気遣ってくれてる事が多い。犬塚特佐は天使のカペルにも優しい。……天使は人類の敵なのに……。
「…………」
バツの悪そうな顔の特佐をじっと見つめる。
特佐達には神器の力が効かない。効かないようにしている。
だからウソは見抜けないけど……今日は特佐が考えている事、大体わかった。
じっと見つめていると、特佐は観念してくれた。「そうなんだよ」と呟いた。
「交国ではよくある物語だ。プレーローマは敵、と教え込むためにな」
「プレーローマは敵だよ?」
「確かに、プレーローマと人類文明は戦争をしている。けど、全ての天使が邪悪なわけじゃない。良い天使もいる」
天使達も可哀想な存在なんだ、と特佐は言った。
天使は源の魔神の手駒として創造され、使役されていた。
源の魔神が死んだ後も、源の魔神の負の遺産――人類文明との禍根を引き継いでしまったから「人類の敵」になってしまった。
「源の魔神さえいなければ、天使と人類は……もっと仲良く出来たはずなんだ」
「でも、源の魔神がいないと、天使は生まれなかったんでしょ?」
「それはそうなんだが……。その……とにかく、天使という種族そのものが悪いわけじゃないんだ」
犬塚特佐はそう言ってくれた。
カペルが天使だから、気を遣ってそう言ってくれたんだと思う。
特佐も皆も、いつも優しい。
「プレーローマと人類の戦争が終わって……戦争する理由がなくなれば、天使も人間も手を取り合って生きていける日が……いつか必ず来るはずだ」
「…………」
「そしたらカペルも素性を隠さず、自由に生きることが出来る」
特佐はカペルの頭を撫で、「お前の翼を見せてくれないか?」と言った。
宝物を見せてくれないか――と言う風に、優しく言葉をかけてくれた。
普段は隠している光翼と光輪を出す。
天使だとバレちゃう特徴を出しちゃう。
プレーローマは人類の敵。だから、カペルが天使って事がバレちゃうと、沢山の人がビックリしちゃう!
ビックリしても「この子は特別行動兵ですよ」って言い訳を玉帝さんが用意してくれたけど……天使ってだけで怖がられる。
特佐と皆は大丈夫だけど、普段は天使の特徴、隠してないと。
ふわっと空を飛べたりするから、便利だけど……周りの人を怖がらせたくない。嫌われたくない。だから、特佐が言うほど「宝物」とは思ってないけど――。
「相変わらず綺麗な翼と、ピカピカの輪っかだな」
「えへへ……」
犬塚特佐は褒めてくれる。
特佐が褒めてくれるのは、嬉しい。
……特佐達しか、カペルの翼と輪っかを褒めてくれない。認めてくれない。
プレーローマに帰ったとしても、認めてもらえない。
カペル、ホントは生まれちゃダメな子……だったんだと思う。
カペルのお父さんは天使らしいけど、お母さんは神器使いだったみたい。お母さんの血を継いだから、カペルは神器を使う事が出来る。
2人も……ひょっとしたら特佐達みたいにカペルのことを褒めてくれるかもしれないけど……2人がどこにいるかわからない。
顔もわからない。
匂いしかわからない。
人間と天使の間に生まれたカペルは、プレーローマでも天使と認めてもらえなかったみたい。だから、物心ついた時には機械に繋がれていた。
皆の友達にはなれなかったけど、「便利な存在」と思われていたみたいで……機械に繋がれて、ずっとお母さんの神器を使わされていた。
余計なことが出来ないよう、小さい身体のまま……ずっと保存されていた。
特佐達には境遇ですごく心配されてるけど……機械に繋がれてる間、ずっとボンヤリしてたから……別に苦しくなかった。
いいこともあった。
何度かお父さんが来てくれたみたいだった。匂いだけ覚えている。
お父さん、カペルに会いに来た時は……ずっと、苦しそうにしていた。多分、カペルが機械に繋がれていることを「ごめん」って言ってくれてたんだと思う。
お父さんは助けてくれなかったけど……心配はしてくれてたんだと思う。犬塚特佐の奥さんが――千歌音さんがそう言ってた。
カペルも、そうだったと思いたい。
プレーローマの天使さん達に嫌われていても、それでもお父さんには……「いらない子だった」って、言われたくないから……。そう思う事にしている。
ずっと、ずーっと機械に繋がれたまま……ぼんやりしてた時、犬塚特佐が助けてくれた。最初は「怖い人だなぁ」って思った。
特佐、最初ずっと怒ってから……。
でも、怒っていたのは「子供を機械の部品扱いしやがって」という怒りからくるものだったみたい。
特佐は出会った時からずっと、カペルの味方をしてくれている。カペルは天使なのに……。
犬塚特佐達と出会ってからは、楽しいことばっかり!
毎日、全然退屈じゃない。皆、カペルとよく遊んでくれる。
カペルのこと、「仲間だ」って言ってくれる。
皆、みんな、カペルのお兄ちゃんみたい。
皆がいるから、カペル、1人じゃ……1体じゃない。
特佐は……お兄ちゃんとはちょっと違うけど、カペルの大事な人。
ずっと楽しいことが続いているから、たまに怖くなる。前は苦しくなかった機械に繋がれる日々に、もう二度と戻りたくないから……再び繋がれた時のことを考えると、怖くてたまらなくなる。
楽しくない事もある。
大事な人が死んじゃう事もあった。
犬塚特佐達はずっと戦っているから……仲間が死ぬ事もある。知っている人が死ぬと、とても苦しい。これは……今が楽しいから、余計に苦しいんだと思う。
特佐のお母さんは……玉帝さんは、私を機械に繋ぎたがっているみたいだけど、犬塚特佐はカペルを守ってくれている。だから怖く無い。
特佐達と一緒なら、全然大丈夫。




