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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.3章:過去は影なり【新暦190-242年】
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過去:蛇



■title:

■from:使徒・バフォメット


 私はスミレの遺体と共に、長き眠りについていた。


 思考を放棄し、ただ眠っていた。


 そんな私の眠りを解いたのはネウロン人だったが、彼は私に殺戮を望まなかった。「自分の妻子を守ってほしい」と願い、事切れた。


 交国軍が彼を殺した所為で、私の覚醒の儀は半端な形で中断されてしまい、私は何とか自分で目覚めなければいけなくなった。


 しかも、交国の人間が私が眠っていた場所の奥に安置されていたスミレの遺体を見つけ出してしまった。あの子を連れていこうとした。


 私は巫術で壊れかけの統制機関に働きかけ、タルタリカに働きかけ、交国人を一掃した。完全に覚醒出来ていなかったため、私自身は万全の状態ではなかったが……短期間ならそれが出来た。


 だが、奴らを殺すだけでは足りない。


 いずれ、さらに多くの交国人がやってきて、スミレの遺体を好き勝手に調べ始めるだろう。ゆえに私はタルタリカ達に命じ、スミレの遺体を逃がした。


 逃がして、私も自分の居場所を移している最中に意識が途絶え、また短期間の眠りについてしまった。……その間にスミレを見失ってしまった。


 スミレの遺体には封印処理が行われていたため、あの時点では魂は宿っていなかった。だが……何故か封印処理は破れ、スミレを連れて逃げさせていたタルタリカも死んだようだった。


 おそらく、何らかの事故があったのだろう。


 スミレの遺体は……今は「ヴァイオレット」と名乗っている子は、一度は交国の手に落ちていたらしい。だが、交国人は彼女の価値に気づけなかったようだ。


 彼女は単なる特別行動兵として従軍し、<ヤドリギ>を作成してみせた。


 私は思った。


 スミレだ。スミレが蘇った。


 そう思った。……そんな希望を抱いた。


 実際は、彼女はスミレではない。スミレの記憶が、あの子の身体に断片的に残っていただけで、あの子がそれを上手く使っただけだった。


『……これを使えば』


 私は、繊一号で確保したヴァイオレットに対し、マスターから受け取った「スミレの記憶」を使った。それを彼女に上書きすることで、「スミレ」を復活させようとした。現実を正しく認識せず、それに縋った。


 我が真の担い手は蘇生できなかった。そもそも、蘇生してもらえなかった。


 しかし、スミレの身体は存在している。


 ならば、あとは記憶さえ戻れば、スミレが復活する。


 そんな考えに縋った。……魂の同一性から目を背けた。


 私の抱いた希望は、泡のように弾けて消えた。


 ヴァイオレットは、あくまでヴァイオレット。スミレの記憶を受け継いだところで、スミレにはならなかった。……彼女はしっかりとした自我に目覚めていた。


 仮に、自我に目覚める前にアレを使ったところで……それは本当のスミレにはならなかったはずだ。身体と記憶があったところで、魂がなければ……。


 スミレと再会するという望みは、叶わなかった。


 だが、私にはまだやるべき事がある。


 契約者の望みを叶えなければならない。


 彼の妻子を見つけ出し、守る。彼の命令(オーダー)を守らなければならない。


 ネウロン人を嗤ってやるつもりで仕掛けたが、彼は私が思っているような者では無かったらしい。……命がけで私を起こそうとした以上、その命令(ねがい)を叶えてやらねばならない。


 彼の命令を果たしたところで、終わりではない。


 統制戒言を利用して私につけられた命令権限は、彼の子に受け継がれているはずだ。契約者の子が生きていれば、それが新たな契約者になる。


 その子がどんな命令を行うか、興味がある。




■title:

■from:使徒・バフォメット


『考えを改めるつもりはないのだな』


『もう無理だって。皆にも、水際作戦で何とかするって言ったんだから……。ここで「やっぱやーめた」なんて言いだしたら、僕のメンツに――』


 ドライバは咳払いし、「とにかく混沌の海で敵を迎え撃ってくれ」と言ってきた。自分達も最大限支援をする、と言いながら。


 最大限の支援といっても、機動機雷を出した程度。それすら人に貰い受けたものだ。それで「最大限支援する」とはよく言えたものだ。


 まあ、解放軍の兵士がついてきたところで、大した役には立たん。


 ドライバの「メンツ」とやらが立つ程度に戦ってくるとしよう。


 ブロセリアンド解放軍にはまだ一応、利用価値がある。


『……交国の狙いがスミレの遺体(ヴァイオレット)だとしたら、それなりの戦力が派遣されてくる可能性もあるな』


 交国は、あの子の価値を理解した可能性もある。


 ただ、知っているのは交国の一部の人間だけで、末端の人間は何も知らない。だからあの子が特別行動兵という身分で飼い殺しされていたのかもしれない。


 真白の魔神のバックアップデータを確保していたところで、器となる「スミレの遺体」がなければ殆ど読み取れないはずだ。


 ヴァイオレットはスミレではないが、スミレと同じ「器」としての適正は持っている。交国がネウロンに眠っていた可能性があるバックアップデータを手に入れていた場合、あとはヴァイオレットを確保したら――。


『確保出来ていないなら……もっと、本腰を上げて捜索していたのではないか?』


 ふと過った思考を深掘りするため、立ち止まって考える。


 アレの価値を理解しているなら、もっと人員を派遣していたはず。


 交国人が最初にスミレの遺体を見つけた時、私がタルタリカを使って交国人を鏖殺した事で、「タルタリカに器も食い荒らされてしまった」と認識していたのか?


 あるいは、何か手違い(・・・)があったのか?


 例えば「スミレの遺体」と勘違いするような、別の何かを見つけてしまった。それを確保して一安心していたのかもしれない。


 私はスミレの遺体の偽装など行っていないが……マスターが何かやっていた可能性はあるか。あの秘密主義で疑り深い女が、別の何かを作ったものの、ネウロンに封印していた可能性は十分にある。


 それを見つけたところで、おそらく器としては役に立たないはずだ。スミレを誕生させるためには、神器使いの遺体が必要だった。単なる神器使いの遺体ではなく、適正のあるものとなると……そうそう確保できるものではない。


『そもそも、交国の狙いがデータと器だったとして――』


 その存在は、どこで知った?


 誰が教えた?


 あの件はエデン内でも秘匿事項だった。


 情報の一部がネウロン人に漏れていた事もあったが、やつらはそれを正しく理解できていなかった。器だけではなく、データも必要だと理解していなかった。


 どちらにせよ、多次元世界中に知れ渡っている話ではなかったはずだ。だが、交国がそれを知っていたとしたら、どうやって――。


『エーディン……。まさか、お前が教えたのか?』


 教えた結果が、ネウロンの今の惨状なのか?


 いや、だが、エーディンは1000年の平和を維持していたはず。


 表舞台から身を引いた後も、ネウロンにいたはずだ。


 彼女はネウロン人に殺意を抱いていた。「スミレを殺された」という動機があった。復讐心もあった。


 それでもそれを押さえつけ、マスターの命令を果たしていたように見えた。……そして実際、平和が維持されていた。


『……まあ、いい。もうどうでもいい話だ』


 そのはずだ。


 どう足掻いたところで、もう……スミレはいない。蘇らない。


 ただ、スミレの遺体(ヴァイオレット)を交国に好きに扱われるのは癪だ。


 契約者の妻子を探すためにも、交国軍は邪魔だ。今は解放軍の指示通り、交国軍と戦ってやろう。……奴らの判断に従おう。


 混沌の海に向かうため、海門(ゲート)に向かう。


 向かっていると、少年巫術師が私を待ち構えていた。


『まさか、まだ「連れていけ」と駄々をこねるつもりか?』


『違う。ただ見送りに来ただけだよ』


 少年巫術師は――フェルグスは、ムッとした様子で私を見つめてきた。


 私の行動により、弟を奪われた彼は私に復讐すべきだ。だが、直ぐに私と戦うつもりはないらしい。……その判断は、理解に苦しむ。


 だがいずれ、私を殺そうとしてくるだろう。


 それを少し楽しみにしつつ、海門に行こうとすると――。


『交国軍なんかに、やられるなよ! お前を倒すのはオレだっ!』


 彼はそう言い、拳を突き出してきた。


 私を殴るのではなく、ただ拳を突き出してきた。


 彼が何を求めているのか、わかっていた。


 別のネウロン人と……同じ行為をした事がある。


 だが――。


『…………。留守は任せた。ヴァイオレット達を守れ』


『お前に言われるまでもねえ』


 私は少年巫術師の拳に応えず、言葉だけ残して素通りした。


 私は、ネウロン人が嫌いだ。


 お前達は愚かで、弱くて……直ぐに死んでしまう。


 期待して教え導いたところで、意味がない。


 ネウロン人は私の期待を裏切ってきた。


 私と比べれば弱いくせに、皆を守るために……必死に、抗って……。


 お前達は本当に愚か者だ。


 ヴィンスキーは、本当に愚かな弟子だった。


 愚かで立派な弟子だった。


 私が判断を誤った所為で、スミレもヴィンスキー達も死んでしまった。


 馬鹿弟子達より、もっと愚かな巫術師達に……殺されてしまった。


 あの塵屑共が、突発的な(・・・・)蜂起など行っていなければ――。


『…………』


 突発的な蜂起?


 いや、あれは違う。


 その程度のものだったら、ヴィンスキーやエーディン達が阻止出来たはずだ。


 そもそも、マスターが率いる遠征組が襲われたのは計画的な事だった。


 ネウロンの奴らが、情報を漏洩した影響で――。



認識操作開始(ナイトノッカー)考察妨害(ミスディレクション)



 計画的な蜂起なら、誰かが気づいたはずだ。


 馬鹿共の拙い工作など、誰かが気づいていたはずだ。


 ヴィンスキー達のような成熟した巫術師でも、エデンの目をかいくぐるのは難しかったはずだ。奴らが敵に回っていたとしても、エデンの誰かが気づいたはずだ。


 馬鹿で未熟な巫術師達だけで、あそこまでの蜂起を起こせたはずがない。


 ならば、どこかに黒幕(・・)が――――。



認識操作(ナイトノッカー)休眠状態移行(スリープモード)



『……どうでもいい話か』


 全て、終わった事だ。


 もう、スミレ達は帰ってこない。


 全て、手遅れなのだ。


 何もかも……徒労だったのだ。

 




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