過去:復讐者:バフォメット
■title:
■from:使徒・バフォメット
シシンはネウロン人共を守り、私を止めた。
私は方舟と機兵程度しか壊せず、シシンに敗れた。
敗れ、駆けつけた真白の魔神達に拘束される事となった。
拘束され――いざという時は統制戒言で私を縛れる――真白の魔神の傍に置かれる事になった。そして私はネウロンで「何があったか」を知る事となった。
私とシシンがネウロンを出て行った後、愚かな巫術師達が蜂起した。
ヴィンスキー達のような成熟した巫術師ではなく、未熟でとても愚かで……巫術師達が選ばれた存在だと信じて疑わない馬鹿共が蜂起した。
巫術師を「選ばれた人間」と言う選民主義者の巫術師が蜂起した。
選民主義者達は蜂起を起こす前は、「自分達は真白の魔神に選ばれた存在だ」と言っていた。
エデン側が……巫術を普及させるため、そのような思想を広めていた。彼らは真白の魔神を「神」として仰いでいた。
だが、彼らは蜂起を起こすと「自分達こそが至上の存在」と言い始めた。
急に手のひらを返した。
実際は最初から裏切りの機会を探していたのかもしれない。
真白の魔神に対する信仰など、最初から隠れ蓑だったのかもしれない。巫術を得て驕った馬鹿共達は、ネウロンを自分達の物にしようとした。
非巫術師達を「劣等種」と呼びながら――。
選民主義者達は邪魔な真白の魔神を殺すために、エデンの遠征情報をプレーローマに教えた。窮地に陥った真白の魔神の情報に……私は、まんまと食いついてしまい……ネウロンの防備に大きな穴を作ってしまった。
私とシシンがネウロンを出て行った後、奴らは蜂起した。
全ての巫術師が選民主義者だったわけではない。
だが、多くの巫術師が流され、奴らの蜂起に参加していた。
蜂起によって実権を握った選民主義者達に……合流していった。状況に流され、勝ち馬に乗ろうと……馬鹿共についていった。
馬鹿共について、非巫術師達を虐げ始めた。
非巫術師の中にも、多くの裏切り者達がいた。
奴らは……選民主義者達にこびへつらう事で、自分達の安全を買った。非巫術師である自分の……家族の……友人達の安全を買うため、我らを裏切った。
多くの者が蜂起側に加担する中、ヴィンスキー達は……ネウロン人部隊の中核を担う者達は、蜂起を何とかしようとした。
ヴィンスキー達は「巫術師」「非巫術師」「異世界人」の垣根を越え、荒れるネウロンを何とかしようとしたが……選民主義者達に先手を打たれた。
善良な巫術師の多くは、蜂起前に暗殺されていた。
ネウロンにいたエデン構成員も、多くが謀殺されていた。
どちらも……選民主義者達にとって「邪魔だから」という理由で……。
私かシシン。せめて、どちらか片方だけでもネウロンに残っていれば……蜂起など成功しなかったはずだ。止められたはずだ。
ヴィンスキー達だけでは、止められなかった。
彼らは蜂起が始まる前に毒を盛られ、あるいは家族を人質に取られて殺害された。抵抗する間もなく殺される者も多かったらしい。
ヴィンスキーは、何とか暗殺されずに済んだ。
奴は馬鹿共の動きに気づいた。
気づいて、スミレやエーディン達を逃がそうとした。
ただ、スミレは……蜂起を起こす選民主義者達を説得するため、あえて奴らに拘束されたらしい。ヴィンスキーが動いた時には、もう遅かった。
それでもヴィンスキーは、エーディンやエデンの非戦闘員の一部を逃がす事に成功した。逃がして……ヴィンスキー自身は選民主義者達に捕まった。
捕まり、拷問を受けた。
エーディン達が逃げた先を吐くよう、酷い拷問を受けたらしい。
爪を剥がされ、手足を潰され、光さえも奪われたらしい。
エーディン達は捕まった。
だが、それは、ヴィンスキーが情報を漏らしたわけではない。
ヴィンスキーが逃がした者達の中に……エーディン達を売った馬鹿者がいた。そいつの裏切りで、最終的にはエーディン達も捕まった。
裏切り者は、ヴィンスキーの弟だった。
あの愚か者は……エーディン達の身柄と、兄の身柄を引き換えにしようとした。
馬鹿な男だ。
エーディン達を売った時にはもう、ヴィンスキーは……殺されていた。
奴は、最後の最期まで情報を吐かず……殺されたそうだ。
馬鹿で、愚かで、真っ当なヴィンスキーは……他の良心的な巫術師達と同じく殺され、選民主義者達を止められる者は、ネウロン内部にはいなくなった。
スミレは、必死に彼らを止めようとしたが……馬鹿共は止まらなかった。
馬鹿共は「真白の魔神をプレーローマに殺させれば、エデンが瓦解し……ネウロンの全ては自分達の物になる」と驕っていた。馬鹿の皮算用を行っていた。
ネウロンを支配した選民主義者達は、非巫術師を虐げ始めた。
巫術師を上に置き、非巫術師を下に置いた。エデンがネウロンの監督を……奴らが言うところの「支配」を行っていた時と違い、非巫術師を厳しく差別した。
巫術を持つ自分達が上に立つのは、当然のことだと宣って。
本当に愚かな奴らだった。
蜂起が成功したところで……奴らの支配には大きな欠陥がある。
全てのネウロン人が、巫術師になれるわけではない。
ゆえに支配側に回った巫術師の子が、巫術師になれるとは限らない。
自分達の親族に、自分達が築いた支配基盤を引き継がせようにも……自分達が作った階級が邪魔をする。奴らは世襲で地位を引き継がせることが出来ない。
自分達が言い出した事を愚直に守り、自分の子供だろうと下級の立場に置く者もいるだろう。だが、万人が法に服従できるわけではない。
権力を握った馬鹿共は、必ず、権力者達に甘い判断を下すだろう。アレコレと理由をつけて、非巫術師の子供でも権力の座を譲り、老いた自分を守るための盾を作ろうとするだろう。
それは必ず揉める。
絶対に揉める。
奴らの支配は、絶対……いつか、破綻するものだった。
真白の魔神やエデンの力なくして、ネウロンの繁栄はなかった。外部の助けがあって無理に行われた繁栄の維持どころか、現状の維持すら難しい。
何もかも破綻していく運命だった。
それなのに、尻の青い巫術師達は、目先の権力に飛びついた。
ヴィンスキー達のように……冷静な判断が出来ていなかった。
とりあえず、蜂起を成功させ……実権を握ってしまえばいい。
そう思っていたのだろう。
選民主義者達を説得するため、あえて拘束されたスミレは……彼らを説得した。
馬鹿者達も、スミレの事は丁重に扱ったらしい。
スミレは真白の魔神の助手兼秘書。
そして、いざという時の真白の魔神の代わり。
バックアップの件も知った馬鹿者達は、スミレを確保しておけば……「真白の魔神の知恵」を無限に引き出せると勘違いしていた。
スミレは確かに優秀な子だったが、スミレはスミレだ。勝手に真白の魔神のバックアップとして覚醒するわけではない。
完全複製体を作るには、スミレだけでは足りない。
真白の魔神の記憶と異能、そして魂魄を完全再現するためのデータが必要。その在処は……一部の者しか知らなかった。
馬鹿共はデータの所在以前に、それが必要なことすら知らなかった。
スミレは馬鹿共を止めようとしたが、エデンという枷から解き放たれた獣達はネウロンで好き放題をした。スミレが止めても聞かなかった。
それでもスミレは、情報を交換材料に……何とか交渉を進めていった。
差別される非巫術師を救おうとした。
情報を材料に非巫術師の待遇改善を行わせ……時間を稼ごうとしていた。
いずれ、私達が帰ってくる。
その時までに、出来るだけ多くの人を生かす。巫術師と非巫術師の禍根を、可能な限り減らす。……あの子はずっと、未来を考えて奔走していた。
奔走していたのに……。
『スミレさまが、ボクらのとこ……来て、くれて……』
私達がネウロンに戻ってくる直前。
スミレは、元スラム街にある集会場を訪れていた。
巫術師達が集会場に非巫術師の子供達を押し込め、巫術師達に従うよう厳しく躾けていると聞き……交渉して様子を見に行った。
子供達を守るために、監視付きの状態で集会場に向かった。
そこで、馬鹿な巫術師が非巫術師を撃とうとした。
スミレはそれを庇い、子供達を守るために抵抗し……殺された。
シシンが神器を使う前に死亡していた。
あの子の魂を、繋ぎ止められなかった。間に合わなかった。
善良な人間は全て死んだ。全て殺された。
愚かなネウロン人だけが残った。しぶとく、生き残った。
シシンが、奴らの命を繋いだ。
『殺させろ』
『…………』
『真白の魔神ッ! ネウロン人を、私にッ! 根絶やしにさせろ!!』
私がそう訴えても、マスターは「駄目だよ」と言った。
深くため息をついた後、私に背を向けてそう言った。
『全てのネウロン人に罪があるわけじゃない。それに……蜂起した子達の言う通り、私達は侵略者なんだ』
『今のネウロンがあるのは、誰のおかげだと思っている!!?』
エデンがネウロンに来なければ、ネウロンは滅びていた。
エーディンがネウロンを豊かにした。
マスターはネウロンに知恵をもたらした。
スミレはネウロンに愛情を注いでいた。
ヴィンスキー達は、それに応えてくれていた。
馬鹿共が全てを台無しにした。
光に群がる虫達が、全てを台無しにした!
『ネウロンを生かし、繁栄させてやったのは、エデンだぞ!?』
『その「させてやった」という思考が、そもそもの問題なんだよ。……恩着せがましいんだよ。人類連盟の常任理事国が後進世界に侵略し、『文明化してやった』と言い張っているのと…………同じだ』
『だが実際、我らがいなければネウロン人は全て死んでいた!! <永遠の冬>がネウロンから人類を消し去っていたはずだ!!』
『バフォメット。<永遠の冬>は、もう過去の出来事なんだよ』
尻の青い巫術師達は、ネウロンが冬に包まれていた時代を知らない。
寒さという「傷」を共有していない。
そもそも、当時を知るネウロン人達ですら、<永遠の冬>が取り除かれたことを「エデンのおかげ」とキチンと把握しておらず――。
『どう言いつくろっても、私達は侵略者なんだ。友好的に接しようと、繁栄をもたらしても、彼らの世界を侵し、変化させた異物なんだよ』
『その異物がもたらした兵器群を使って、我らに逆らっておきながら……! 我らのもたらした文明の利器に頼っておきながら、我らを裏切ったのだぞ!? 貴様のことも殺そうとしたんだぞ!!?』
裏切りは事実だ。
我々のことを「異物」と言うなら、もっと……やり方があったはずだ。
いきなり蜂起など起こさず、話し合いを申し込むべきだった。
『奴らが穏便な方法で我らを拒絶してきたら、それに応える道もあった! 奴らが協力を拒むなら、我らが静かに出て行く道も――』
『そんな道、彼らの目には映っていない』
ネウロン人にとって、我らは異物。
『たった1人の使徒だけで、ネウロンを滅ぼせる』
エデンには、それだけの武力がある。
『そんな相手を……ネウロン人の立場で信用できる? 話し合いを申し込んで、激昂されて殺されるかもしれないという恐怖を……克服できる?』
『我らは、必ず、話し合いに応じていたはずだ』
『そんなの、彼らが汲み取ってくれるはずがない。信じてくれるはずがない』
我らは他人同士。
お互いに、異なる者同士。
相互理解など、永遠に不可能。
真白の魔神は、諦観に満ちた声色でそう語っていた。
『我らが、脅威だとわかっているなら……そもそも、蜂起など……』
『…………』
『最初から、起こさねば良かったのだ! 負けると、わかっていただろう!?』
『彼らにとっては、勝算があったんだろう。だから情報を売ったんだ』
真白の魔神をプレーローマに殺させれば、エデンが瓦解する。
その可能性にすがったのだろう。
本当に愚かな奴らだ。
仮にマスターが死んでいたとしても、私はネウロンに帰還した。
ネウロンにはスミレ達がいた。
だが、私達が戻った時には、もう…………。
奴らは、我らを裏切った。
スミレの愛を、踏みにじった。




