過去:死禁領域
■title:
■from:使徒・バフォメット
ネウロン界内に入った私達は、ニイヤドに向かった。
ニイヤドはネウロンにおける<エデン>の一大拠点だったが、蜂起した巫術師達に占拠されていた。奴らはニイヤド周辺で私達を待ち受けていた。
真白の魔神がもたらした機兵の群れと、方舟艦隊。それらを自身の手足のように操る巫術師達。対プレーローマ用に作られた兵器が、我らに向けられていた。
『貴様ら……! 人質がどうなってもいいのか!?』
『よくない。だから、皆を解放しろ。そしたら、お前達を痛い目を見ずに済むぞ』
『自分達の立場がわかっていないのか!? たった2人で、これだけの大部隊を相手できると思っているのか!?』
巫術師達は――いや、馬鹿共は与えられた玩具を手に、吠えていた。
自分達が優位にいると勘違いしていた。……私達が直接指導していたヴィンスキー達なら、我々を界内に入れた時点で「詰んでいる」とわかったはずだ。
部隊の布陣も隙だらけ。
ただ、人に与えられた兵器を自慢げに並べているだけ。
ニイヤド周辺を見ただけで、ヴィンスキー達が蜂起に加担していないのはわかった。実際、彼らは……あの馬鹿げた蜂起には――。
『巫術師1人と、時代遅れの剣士1人程度で……方舟と機兵の大部隊に勝てるものか! 大人しくネウロンから出て行け!!』
『おい、バフォメット。いま話している奴の声、わかるか?』
『一応な。私が直接指導していた者ではないが――』
ヴィンスキー達に指導を任せていた若い巫術師だった。
未熟で愚かな巫術師だった。我々の戦闘能力を理解していない者だった。
それが、さも代表のような顔で話している。
『ヴィンスキーの用兵じゃねえ……。俺らを油断させるつもりなら、もっとまともな布陣を敷いている』
『シシン。迂回して先行し、スミレ達を救出してくれ。私が奴らを引きつける』
『迂回? 必要ねえだろ、正面突破で』
方舟の巨砲が轟音を鳴らす中、シシンと共にニイヤドに歩みを進めた。
『お前の攻撃なら、目をつむってても避けてやるさ』
『そうか。殺しても文句を言うなよ。……神器解放』
界内に入った時点で神器を抜いていたシシンに続き、私も神器を出した。
担い手不在のため、真価は発揮できないが――。
『貴様ら如きに止められるものか』
そこらの機兵や方舟を蹴散らすなど、造作もなかった。
一太刀で数十の機兵を雷撃で撃ち、機能停止に追い込むなど容易かった。
方舟も、雷撃を放つだけで落とすことが出来た。方舟は巫術師が憑依で動かしていたが、内部には機兵を遠隔操作していた巫術師がいた。
その者達をまとめて焼いた。雷で焼いてやった。
どれだけ流体装甲を厚くしようと、雷への防御が万全で無ければ意味がない。機器は焼き切れ、馬鹿共の肉も焼き焦がす。
敵から届く通信が罵声から悲鳴に変わるまで、そう時間はかからなかった。
『バフォメット! あんま壊しすぎるなよ!? 奴らの使ってる兵器は、ウチのもんだからな!? 艦隊丸ごと潰したら再建まで時間がかかる!』
『善処する。しかし、優先すべきは人質の救出だ』
『アホ! 方舟内部に人質がいる可能性もあるだろうが!』
『内部の人員は確認している。今のところ人質は同乗していない』
雷撃と巫術により、敵艦隊は簡単に崩せた。
雷と砲火が飛ぶ戦場を、シシンは颯爽と駆けていった。
地域を絞った殲滅能力なら私の方が上だが、戦士としてはシシンが上だ。奴は私の雷撃など軽々と避け、立ちはだかる敵を切り捨てながら進んでいった。
機兵も方舟も、一太刀でずんばらりんと切り捨てていた。
中にいた人間も叩き切る事もあったが、1人も死んでいない。
シシンの斬撃も、私の電撃も、誰1人殺していなかった。
身体が真っ二つになっても、炭化しても、馬鹿者共は生きていた。
『ナン、でぇっ……!? こんア、痛ィのにぃ、死ねなァァ……!?』
『丘崎獅真の神器の力だ。貴様ら、見るのも体験するのも初めてか』
『喜べ! お前達も俺達も、平等に不死身にしてやったぞ!』
丘崎獅真の神器は「世界の決まり」を塗り替える。
担い手であるシシンが指定したものを、敵味方関係なく禁じる神器だ。
あの時、シシンは「死」を禁じていた。
どれだけ肉体が損傷しようと、どれだけ痛かろうと、あの時のネウロンにいた者は誰1人死ねなかった。死ななかった。
我々だけではなく、馬鹿者達も不死身と化していた。「死」という概念を禁じることで、誰も死ねない状態だった。
ただ、それはあくまで一時的なもの。
シシンが神器を使っている間限定の無差別概念干渉。死に限らず、指定したものは敵味方関係なく禁じられる。1つの世界内側限定の干渉能力だが――。
『まあ、死なないだけで痛みはあるけどな! ショック死したくても死ねないし、血肉を失えば動けなくなる。だが、それでも、死ねなくて苦しいだろう?』
『あァ、アァアアアア……!』
『苦しみたくないなら、さっさと俺を倒すんだな! ほら、どうしたどうした! テメエらには機兵と方舟がたくさんあるんだろ!? 玩具で神器使いに勝てるか、死なずに確かめられる好機だぞ!!』
干渉できる世界は、1つで十分。
敵も味方も死なない以上、人質が死ぬ事もない。
身体が欠損しても、死んでいないなら救える。魂を肉体に留めておけば、無理矢理修理できる。治してしまえば、死禁を解いたところで死なない。
我々が直ぐに界内に踏み込んだ時点で、敵は詰んでいた。
我々の勝利は確定していた。
……確定していたはずだった。
『スミレ。どこだ、スミレ!』
直ぐに逃げ惑い始めた敵軍を蹴散らし、我々はニイヤドに入場した。
『私だ! 父さんだ! 助けに来たぞ!!』
ニイヤドにいるはずのスミレを探した。
敵の残党を蹴散らしつつ、スミレを探した。
『返事をしてくれ!!』
巫術の眼で見つけた魂を、1つ1つ確かめていった。
邪魔な敵は雷撃で焼き、押し通った。
敵の用兵は、やはり拙かった。伏兵と言えるほどの者もいなかった。
それどころか、精鋭もいなかった。
ヴィンスキー達のような、成熟した巫術師は殆どいなかった。彼らがいたら、もう少し私達相手に立ち向かえるはずだった。どちらにせよ蹴散らしたが、それでも……奴らはもう少し上手くやるはずだった。
いや、ヴィンスキー達なら、そもそも蜂起など――。
『バフォメット』
先にスミレを見つけたのは、シシンだった。
『スミレを見つけた。……落ち着いて来い。しっかり、心の準備をして』
シシンがいた場所は、ニイヤド外縁部の元スラム街だった。
エーディンやスミレがそこで暮らす非巫術師達の住環境と職場環境を整備し――裕福ではないが――それなりの暮らしが出来るようになった場所だった。
そこの集会場に、スミレはいた。
『シシン。スミレは? スミレはどこにいる?』
『巫術の眼じゃなくて、自分の目で見ろ。…………。ここにいるだろ』
『いない。どこにもいない。スミレ……スミレの魂はどこだ?』
片膝をついたシシンの傍には、萎れた花のように横たわる身体があるだけ。
スミレの身体。
ぐったりしたまま、動かない。
『スミレ? あぁ、そこに……そこにいたのか。眠っているのか?』
『…………』
『大丈夫だ。父さんだ。お前達を、助けにきたんだ』
『…………』
『雷が怖かったのか? すまん、少し、騒がしくしすぎたな。大丈夫だ。シシンもいるんだ。シシンの神器で、一時的に死を禁じた。我々を裏切った馬鹿共も、まだ死んでいない。奴らの身体も、マスター達に治してもらい、法で裁こう』
『バフォメット。俺の神器で禁じられるのは、現在だけだ』
だからどうした。
そう思った。
『過去の死までは、禁じることが出来ない。死体は……歩かない』
『何を言っている。スミレは死んでいない。寝ているだけだ』
『死後、そこまで経っていない。だが……少し……ほんの少し、遅かったんだ』
スミレの身体から、赤い液体がこぼれていた。
その液体は、スミレが寄りかかっていた扉をベッタリと汚していた。
スミレの身体は、その扉を守るように……そこにあった。
『…………』
スミレがいた部屋の隅に、ネウロン人がいた。
銃を持っている。
真白の魔神が与えた文明の利器。
その銃はシシンに叩き切られ、もう機能しなくなっている。
使い物にならないそれを持ったネウロン人は、小便を漏らして震えていた。
壊れた銃を手にしたネウロン人だけではなく、シシンに手を切り落とされたネウロン人もいた。シシンと戦闘し、あっさりと負けたのだろう。
『スミレが、起きない。笑わない。私のことを、呼んでくれない』
『ひっ……ひっ……!』
『お前達は、スミレに何をした』
『ち、ちがうっ! 何も……何もしていないっ! ホントなんですっ!』
『スミレが撃たれている。何発も、何発も……』
身体中に穴が空いている。
『シシンが死を禁じているとはいえ、なんでこんな酷いことをした』
『ぁ、アンタらが、この世界に入ってこようとしたからっ!』
小便を漏らしているネウロン人が、そう叫んだ。
『それを知ったスミレ様が、銃を奪って抵抗したから……!』
『ち、ちがっ……! 違うよ!?』
ネウロン人の言葉を否定したのは、ネウロン人だった。
それも、子供のネウロン人だった。
スミレが寄りかかっていた扉の奥に、複数人の子供がいた。
スミレは子供達を守っていた。
スミレは……集会場に集められた非巫術師の子供達を心配し、「様子を見させてほしい」と蜂起した巫術師達に訴えた。
そして、集会場で子供達が撃たれようとしているのを見つけた。
怖がって、泣き叫んでしまった子供を……大人の巫術師が撃とうとしていた。スミレは、それを見て、子供達を守ろうとして――。
『すっ、スミレ様を殺すつもりは無かったんだ!!』
『…………』
『が、ガキが騒いでいたから……躾けを……。そ、そいつら、劣等種ですよ!? 巫術師じゃないんですよ!? 何の価値もない存在なのに――』
『だまれ』
『スミレ様が! 急に飛び出してくるから!! それで、ガキ共を逃がそうと』
『黙れと言った』
私は愚かな巫術師達を焼いた。
雷撃で焼いた。骨まで炭化させた。
『シシン。死禁を解け。コイツらは、この状態でも醜く生にしがみついている』
『……断る。まだ、さっき倒した奴らの治療も行っていない』
『……奴らは裏切り者だぞ。我らの、敵だぞ』
シシンは剣を構えつつ、私を見つめていた。
スミレが守ったネウロン人に「早く逃げろ」と言いつつ――。
『奴らをどうするかは、裁判で決める』
『必要ない。奴らは反逆者だ。生かしておく価値がない』
『全員、殺す必要はない。……蜂起が始まって、状況に流されて……仕方なく奴らについた奴もいるかもしれない』
『…………』
『奴らを裁くのは俺達じゃない。法だ』
『貴様、正気か?』
『蜂起の責任者を割り出して、ネウロンの法で――』
『死禁を解けッ!! いま、直ぐに!! 反逆者共は、鏖殺するッ!!!』
私は叫んだ。
辺りを――ネウロンを――雷撃で焼き焦がしながら、叫んだ。
私は持てる全てを使って、丘崎獅真に立ち向かった。
死禁を解かすために――愚か者達を皆殺しにするために――立ち向かった。
丘崎獅真は神器の法度を死禁に注いだまま、私を迎え撃った。実質、神器を使えない状況で全力の私を迎え撃った。
奴は最後まで死禁を解かなかった。
激しい戦闘と私の雷で、ネウロン中が大きく破壊されようと死禁を解かなかった。自分自身が手傷を負おうと、死禁を維持した。
三日三晩戦い続け、最後は私が敗れた。
丘崎獅真はネウロン人を死なせず、守り切った。
死ぬはずの命を神器で繋ぎ止め、真白の魔神達の到着まで持ちこたえ……奴らを治療させた。私から、復讐の機会を奪った。




