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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.3章:過去は影なり【新暦190-242年】
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過去:信頼の答え



■title:

■from:使徒・バフォメット


『少し、ネウロンを留守にするよ』


 ある日、真白の魔神(マスター)がそう言ってきた。


 配下の使徒や一部の巫術師を連れ、めぼしい異世界を探す。人類連盟やプレーローマの息がかかっておらず、エデンの同志になってくれそうな世界を探す。


 それこそ、ネウロンのような異世界を探してくる――と言ってきた。その手の遠征は珍しいことではなかったが……。


『スミレも連れて行くのか?』


『スミレはネウロンに留守番だよ。連れて行ったらキミが不機嫌になるでしょ』


『そうだな』


『キミとシシンも留守番ね』


 シシンは大層不満げだったが、「今の本拠地はネウロンなんだから、がら空きにするわけにはいかないでしょ」とマスターは言った。


『がら空きではないだろう。ネウロン人も、かなり育ってきた。ネウロン防衛に関しては、もう彼らだけでも可能だろう』


『彼らは……。まあ、そうだね。キミ達ほどではないけど、彼らも強くなった』


『何か懸念が?』


『……巫術師は少し、増長しすぎだと思うんだよね』


『確かに、そういう節はある』


 未熟な巫術師は多く存在している。彼らは自分達の力を根拠に、自分達を選ばれた人間だと驕っている。


 だがしかし、ヴィンスキー達のような成熟した巫術師もいる。彼らはネウロンの闇を認識し、それを解決するために奔走している。


 若く未熟な巫術師達も、ヴィンスキー達のような先達に導かれている。ネウロン人は、いつまでも子供のような存在ではない。……私はそう思っていた。


『彼らを子供扱いしすぎだ。もう少し信じてやってくれ』


『無理だよ。使徒(キミ)達ですら、信用できないんだよ? それに何かあったときに……例えば彼らが武装蜂起した時、対応できる人員がいないと……』


『蜂起? 何のために? 我らはネウロン人を奴隷扱いしているわけではない。ネウロンの発展を……後押ししている協力者だろう?』


『こっちの認識だとね。けど、向こうが本心ではどう思っているか……』


『お前は彼らの文明を一気に発展させてみせた。彼らは真白の魔神やエデンによって、多くの恩恵を得たが、搾取されているわけではない』


 彼らは真白の魔神を信仰している。


 神とエデンに逆らえば、彼らの繁栄は止まる。


 ネウロン人も成長した。だが、ネウロンの繁栄は真白の魔神の知識(ちから)によるところが大きく、ネウロン人だけでは絶対に立ちゆかない。


 全ての分野でネウロン人が成長したわけではない。


 彼らは真白の魔神が与えた技術で成長しただけ。自分達だけで成長できる存在ではない。ネウロン人だけでネウロンを発展させていくのは不可能だ。むしろ、ネウロン人だけでは退行する可能性がある。


『それは彼らもわかっている。少なくとも、ヴィンスキー達はわかっている。頼りになるネウロンの同志達はそれを理解し、他のネウロン人にもそう教えている』


『本当に……?』


『本当だ。私はその現場を何度も目にしている』


 私は、ヴィンスキー達のような人材と接してきた。


 スミレや真白の魔神の懸念に――ネウロンの光と闇に触れ、彼らのような人材が必要だと感じていた。だから、彼らを育成してきた。


 当然、私だけでは育て切れず、スミレやエーディン達の力を借りざるを得なかった。力を借りたおかげで、ヴィンスキー達は立派な人材に成長した。


 そう思っていた。


 彼らならば、ネウロンを上手く導いていけると思っていた。


『ヴィンスキー達は、プレーローマの脅威も理解してくれている。今後もエデンへの協力を約束してくれている。エデンに刃向かったところで、何の意味もないどころか……ネウロン人の首を絞める事は理解している』


『…………』


『お前が多くを疑うのは、仕方がない。むしろそれでいい。だが、私は彼らを信じる。彼らならきっと、ネウロンから闇を一掃出来る』


 マスターはしばし思案していたが、チラリとシシンを見た。


 シシンの意見を聞きたがり、シシンもそれに応えた。


『バフォメットが言う通り、ヴィンスキー達のような……ネウロン人の指導者層は蜂起なんて考えてねえだろ。アイツらはそこまで馬鹿じゃねえさ』


『……まあ、とにかく、キミ達はネウロンの防衛について』


 念には念を、という事でいいでしょ――とマスターは命じてきた。


『もし仮に、遠征組に何かあったとしても、絶対にネウロンを離れないで。ネウロンの方が危うくなった場合、脱出して所定の合流地点に向かって』


『お前の身が危うくなっても、見殺しにしろという事か?』


『その通り。キミなら出来るでしょ?』


『無論だ』


 マスターに対する怒りは、変わらずあった。


『だが、お前に死なれると組織(エデン)の運営が立ちゆかなくなる。反プレーローマの旗頭であるお前を失うのはマズい。それに――』


『……それに?』


『スミレが泣く。スミレを泣かせたら殺すから、生きて帰ってこい』


『難しいこと言うなぁ……。まあ、善処するけど……』


 そう言い、真白の魔神は遠征に向かっていった。


 シシンが「暴れに行きてえ~」とボヤき、スミレは寂しそうにマスターを見送っていたが……しばらくは平穏な時が流れていた。


 だが、その平穏は一報で粉砕された。


『マスター達が、<武司天>傘下のプレーローマ艦隊と遭遇しただと?』


『ツイてねえな……。よりにもよって、あのオッサンのとこの艦隊かよ~……』


 マスター達が遠征先で運悪く、プレーローマの軍勢と出くわした。


 遠征組の中には、既に死者が出ているらしい。


 何とか逃げようとしているらしいが、敵の追跡も振り切れないため帰還不可能になる可能性もある。


 追跡されたままネウロンに帰れば、ネウロンの存在が露見する。


 ネウロンの全戦力で迎えに行く案も出たが、それは却下。


 ネウロン人は確かに成長したが、まだプレーローマの精鋭と戦えるほど育っていない。多数の死者が出る可能性が高い。


 幸い、遭遇した敵の中には<武司天>という非常に強力な天使はいなかった。しかし、その傘下と戦っているため、その長がいつ出てきてもおかしくない。


『武司天が出てきたら、さすがに蹴散らされるぞ。真白達だけじゃ……武司天を倒すのは無理だろ。……ネウロンの存在がバレてもいいから、ネウロンまで来させて……そこで奴らを迎え撃つとか――』


『駄目だ。それをしたら、ネウロンが戦火に飲まれる』


 一度は勝てるかもしれん。


 だが、プレーローマはネウロンに「脅威」がいると知れば、全力で襲ってくるだろう。防衛戦で二度目の勝利を拾うのは不可能だ。


 エデンとプレーローマでは、組織力が違いすぎる。数どころか質でも劣っているため、最初は勝てても……ネウロンを防衛し続けるのは難しい。


『だからといって、ネウロン人を連れて逃げる余力もない。方舟が足りんし、どこに逃げるのかという問題もある』


 ネウロンの存在が露見したら、今までの苦労が水の泡と化す。


 それどころか、多くの無辜の民が犠牲になる。


『……真白が死んだら、エデンも死ぬ』


『シシン。我らに与えられた命令は、ネウロンの防衛だ』


『…………』


『奴は自分のことも見殺しにしろ、と言っていた。マスターの判断に従うべきだ』


『しかしだな……』


『真白の魔神は、死んでも蘇る。死んでも、転生して……いつかどこかで再会できるはずだ。ネウロンだけでも維持できれば、再起の道が――』


 私は、そんな事を漏らしていた。


 漏らした後で「シシンは激怒する」と思ったが、彼は何とも言いがたそうな表情を浮かべるだけだった。


『転生したら、アイツは別人になる。そう思った方がいい』


『一度だけなら、そこまで記憶と人格への悪影響もないのでは――』


『100%無事とは言い切れねえ。真白は……死ななくても死ぬんだよ。転生するとしても、別物になっちまえば実質、「前の真白の魔神」は死んだも同然だ』


『…………』


『だからこそ、アイツはスミレを人柱にしようとしていた。仮に今の真白が死んだところで、俺は人柱を許すつもりはないが……今の真白が死ぬのも嫌だ』


 シシンはマスターを助けに行きたがった。


 マスターが死ねば、多くのものが終わりを告げると言っていた。


 エデンは瓦解し、プレーローマに抗う計画も白紙に戻る。


 だが、私は――。


『……真白の魔神は「来るな」と言っていた。何があっても、だ』


『…………』


『いま、遠征組が遭遇している敵は……ただのプレーローマの軍勢ではない。未だ撒けていないという事は、かなり厄介なんだろう』


『そうだよ、だから――』


『だからこそ、防衛に専念しよう。今更助けに行っても遅い。……それならネウロンの防衛に集中しよう。当初の命令を守るべきだ』


 私はそう言った。


 遠征組からも「ネウロンから動くな」という命令が来ていた。


『こっちはこっちで、何とかする』


 マスターがそう言っていた。


 だが、その連絡も数日で途絶えた。連絡が取れなくなった。


 真白の魔神を含む遠征組が危ういという話は、一部のエデン構成員だけに伝えられていたが……誰かが漏らしたらしい。ネウロン中に伝わっていった。


 ネウロン人にとっても、真白の魔神は重要な存在だった。だから「助けに行きましょう」と彼らも訴えてきたが、私はそれを退けた。


『今のお前達が助けに行っても、足手まといだ。お前なら……わかるだろう、ヴィンスキー。一部の巫術師は確かにプレーローマ相手でも通用するが――』


『し、しかし……!』


『今はマスター達を信じよう。信じて、無事を祈ろう』


『……では、バフォメット教官と、オカザキ様の2人が助けに行くというのは……どうですか? 私達が駄目でも、貴方達なら絶対に助けに――』


『そのような命令(オーダー)は出ていない』


『確かにネウロン人(わたしたち)は足手まといだと思います。ですが、お二人と一部の兵士で……敵に奇襲をかける。そこで生じた隙に乗じ、遠征組と一緒に逃げるというのは――』


『……駄目だ』


 ヴィンスキーの提案は、可能かもしれない。


 遠征組が壊滅していなければ可能だが、退けた。


 ヴィンスキーはネウロン人部隊の中核を担う巫術師達を率い、我々に「遠征組を助けてください」と懇願してきたが……私は彼らの願いを退けた。


『私達を信じてください! どんな敵が来ても、必ずネウロンを守り抜きます!』


『信じている。信じているが、そういう問題ではないのだ』


 彼らの事は信じていた。


 信じていたが、私は――。


『お父さん、お願い……! マスターを助けてっ!』


 遠征組の危機は、私の判断でスミレに対しても伏せていた。


 だが、スミレにも伝わった。


 スミレにも懇願された。ヴィンスキー達と共に懇願された。


 信じてほしい。


 助けてほしい。


『マスター達が死んでしまったら、エデンは……ネウロンは……』


『あの御方の生存は、エデンだけではなくネウロンにも重要なんです!』


『…………』


 実際、その通りだ。


 マスターという天才を失えば、エデンどころかネウロンも――。


『シシン。出立の準備を』


『わかった。だがお前、統制戒言で縛られていないのか?』


『命令はされた。しかし、今回は統制戒言を使った命令ではないようだ。……命令を破ることに抵抗を感じるが……何とか、逆らうことは可能のようだ』


 術式を使って、強く命令されたわけではない。


 覚悟を決めれば、逆らうことも不可能ではなかった。


 あの時は、その程度の命令(ねがい)だった。


 私とシシンは、一部の兵士を連れて救援に向かう事にした。


 ヴィンスキーやスミレ、そしてエーディン達に留守を任せ――。


『バフォメット教官!』


『ム……』


『ご武運を……! 必ず……必ずっ! 無事に帰ってきてくださいっ!!』


『ああ。留守は任せたぞ、ヴィンスキー』


『はいっ!』


 私は、見送りに来たヴィンスキーと拳を突き合わせ、別れた。


 ネウロンから旅立った。


 真白の魔神が戻ってくれば、いずれスミレがバックアップにされてしまうかもしれない。……それを避けるために見殺しにするのも1つの手だったかもしれない。


 だが、私は欲張った。


 スミレの命以外にも、スミレの幸福やネウロンの幸福を願った。


 彼らのためには真白の魔神が必要だと、考えて――。


『戦闘は可能な限り避けるが、最悪は私とシシンで戦う』


 ヴィンスキーが言っていたように、一撃離脱でプレーローマを叩く。


 その隙に遠征組にも逃げてもらう。


 遠征組との連絡が途絶えていたため、彼らを見つけるのに苦労した。だが、それでもプレーローマ側の動きを観察する事で、何とか遠征組を見つけた。


 予定通り、私とシシンでプレーローマの艦隊を襲った。私達でも手こずる相手だったが、それでも何とか遠征組の生き残りを逃がすのに成功した。


 私達は殿として戦った後、遠征組と合流した。


 話に聞いていた通り、遠征組にも死傷者が出ていた。マスターまで怪我をしていた。彼女は、私達の姿を見て驚愕していた。


『なんで2人がここにいるの!?』


『お前を助けに――』


『ネウロンは!? スミレは!? なぜ、私の指示を……!!』


 マスターは激昂していたが、直ぐに冷静に戻った。


 直ぐネウロンに帰還しよう、と言ってきた。


『大丈夫だ。ネウロンにはスミレ達がいる。あの子達がネウロンを守ってくれる』


『確かにスミレはネウロン人に慕われていた。エーディンも、ネウロンを豊かにした。けど、あの子達の背景にはエデンという武力が控えていたから……ネウロン人が従っていたのは、その武力(ちから)の影響も大きい』


『武力だけに従うほど、ヴィンスキー達は愚かではない』


 私はそう主張した。


 だが、マスターは――。


『魔が差して、彼らが暴走している可能性はゼロじゃない』


『…………』


 私達はプレーローマを撒いた後、ネウロンに連絡を取った。


 だが、応答はなかった。通信が繋がらなかった。


 私はネウロン人を信じていた。


 だが、その判断が誤っていた。


 私もネウロン人も、愚かだった。


 私達(エデン)は、裏切られた。




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