表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.3章:過去は影なり【新暦190-242年】
457/875

過去:楽園の闇



■title:

■from:使徒・バフォメット


『あっ! お父さん……! こんな時間からお酒飲もうとしてる!!』


『スミレ。今はまだ7時だ』


『朝の7時だよ!? 徹夜しただけでしょ!?』


 シシンのおかげで、私は何とかスミレとギクシャクせずに済んだ。


 真白の魔神殺害未遂の件も、不問となった。……こちらに関してはシシン曰く、「俺が何も言わなくても、どうせ不問だったよ」と言っていたが――。


 ただ、真白の魔神と……マスターとの関係は、元通りとはならなかった。


 私自身がそう望んだ。


『不満があるなら、スミレを連れて去ればいい』


『…………』


『無理矢理連れて行っても、スミレは結局……キミの判断に従うと思うよ』


 マスターは私に出奔も勧めてきた。


 スミレを連れて逃げたところで、追手は差し向けないと言った。


 あの言葉は真実だったはずだ。マスター自身がせずとも、保険となるバックアップを求める使徒は……私達を追ってくるかもしれんが。


『私は逃げない。……スミレが、お前の傍を望んでいるからな』


『…………』


『あの子は、お前の役に立ちたがっている』


『……そう』


『だから、今はまだここにいる。貴様に力を貸す。……そもそも、どこかへ逃げたところで……いつか、プレーローマの脅威と向き合う必要がある』


 私はスミレを一番に考えていた。


 世界平和や人類の勝利は、スミレのためだ。スミレが暮らす世界を守るために、敵を倒す必要がある。だから結果的にプレーローマと戦っていただけだ。


『幸い、スミレの願いと私の願いは両立できる』


 スミレはマスターの傍で、皆の役に立ちたいだけ。


 あえて人柱になりたいわけではない。で、あれば――。


『お前を死なせなければ、バックアップは必要ない』


『…………』


『お前を守れば、スミレは死なない。……お前にスミレを殺させない』


『キミに守られたところで、私はまたキミ達を騙すかもしれないよ。自分の都合でスミレを使って、スミレを消すかもしれない』


 シシンは真白の魔神を止めると誓った。


 だが、シシンも完璧ではない。真白の魔神なら……シシンの目を盗んで犯行に及ぶのも不可能ではなかっただろう。


『お前が悪さをしない状況を作ればいい。お前も、スミレをあえて消したいわけではない。あの子は優秀な助手であり、秘書だろう? いた方がいいはずだ』


『そりゃ……そうだよ。あの子は、私の意を汲んでくれる。……必要以上に』


『お前が何と言おうと、私は<エデン>に残ってお前を守る。そうする事がスミレの幸福と生存に繋がるなら、父親として……そうすると決めた』


『…………』


『私が目障りなら、好きにしろ。しかし抵抗はさせてもらう。お前が犯行に及ぶまでは腰が重いシシンも、私が死ねば動いてくれるかもしれん』


『動くだろうね……。あの子は……』


 スミレが笑顔で暮らせる多次元世界(せかい)が欲しい。


 あの子の幸せは、我々の勝利にも繋がっている。……マスターが何の憂いもなく安眠できる世界になれば、スミレも幸福になれる。


 スミレの幸福のために、私は強くなる必要があった。


 私だけでは足りない。それもわかっていた。


 私はエーディンのように金稼ぎが上手くないし、スミレのように人付き合いも上手くない。シシンほど強くもない。


 だが、頼れる同志はいる。


 次代を担う若者達もいる。……そう思っていた。


 そう思いながら、後輩巫術師達の指導に当たっていた。


『お前達は成長した。強くなった』


 巫術師は増え、強くなった。


 ネウロン人だけで大部隊を作る事も可能になった。


 ネウロン人だけで運用する艦隊も展開できるほど、彼らは立派になった。


『もう、どこの戦場に出しても恥ずかしくない集団になった』


『いえ、まだまだです。バフォメット教官には、まだ一度も勝てていませんから』


『実力以上の自信を持っていた頃とは変わったな。ヴィンスキー』


『はは……。思い出すだけでも、赤面しそうになります。その件は』


 まだ未熟な巫術師もいた。だが、それは当然だ。


 ネウロンには新しい命が生まれ続けていた。新しい命が生まれる事で、巫術師も増えていった。頼れる戦力が増えていった。


 新しい命は未熟なものだ。彼らはまだ広い世界を知らず、経験も乏しい。


 しかし、我々がネウロンに根付き、「未熟な巫術師」を指導していった事で……「成熟した巫術師」も現れ始めた。


 特に、「ヴィンスキー」という巫術師が頼りになった。


 未熟だった頃の彼は、まったく頼りにならなかったが――。


『バフォメット教官達と出会って間もない頃、私は世間知らずの馬鹿者でした。しかしバフォメット教官やオカザキ様のような師に恵まれ、変わる事が出来ました』


『無駄な自信は研磨され、必要な自信と力が磨き抜かれたな』


『はい。教官達のおかげで――』


『いや。お前達自身の力だ。私達は、添え木のように……少し力を貸しただけだ』


 ヴィンスキーは自分で戦うのは苦手だが、指揮を得意とする巫術師だった。


 巫術の眼によって戦場全体を俯瞰し、兵士達を上手く動かす才能があった。「無駄な自信」は彼の才能を覆い隠していたが、その邪魔さえなければ、彼は私達ですら瞠目する才能を発揮していった。


 実際の戦場に連れて行って索敵を任せ、経験を積ませ、指揮も任せていった。彼は緊張しつつ、挫折もしつつ……仲間の死に涙を流す時もあったが……立派な巫術師に成長していった。


 昔は頼りない苗木だったが、立派な若木に成長していた。


『私は、もっと教官達に頼られる人間になりたいんです! 強くなれば……巫術師ではない弟のことも、守ってやれますから……』


 ヴィンスキーだけではなく……他の巫術師達も成長していた。ネウロン人部隊の中核を担う人材は、確かに育っていた。


 全ての巫術師が頼りになったわけではないが、指導した巫術師達が成熟した事で……彼らに指導を任せられるぐらい、ネウロン人は成長していた。


 実際に指導を任せ、私は使徒としての仕事をこなす事が増えていった。


 ただ、何もかもヴィンスキー達に任せられたわけではなかった。


『教官、少し相談が……』


『次の遠征訓練の件か?』


『いえ……。…………。大っぴらに言えない話なので、2人だけで……』


『わかった』


 ヴィンスキー達も、自分達で全てを抱え込む事はしなかった。


 キチンと相談してくれる事もあった。


『すみません、実は私事に近いのですが……。市井で働いている巫術師達が、例の選民思想を広める秘密集会を開いているようなのです』


『…………』


 ネウロンは繁栄した。


 だが、繁栄の光が生み出す影は、解決しきれなかった。


 増長する巫術師は消えなかった。全てのネウロン人が巫術師になれなかった事もあり、同じネウロン人でも「違い」が生まれた。


 その違いが諍いや差別を作り、ネウロンに闇を作り上げていた。


『例の選民思想、ということは――』


『巫術師は特別な存在。神に選ばれた存在。そんな巫術師が……非巫術師を統べるのは当然のことだ、というものです』


 巫術師の中には自分達の力に溺れ、酔う者もいた。


 真白の魔神や使徒にへりくだりつつも、それ以外には高慢な振る舞いをする巫術師もいた。奴らは差別的な言動をやめなかった。


『お前の弟と、殴り合いの喧嘩をしていた奴らか』


『その件は…………申し訳ございません。弟も、カッとなって……』


『お前が謝る必要はない。顔を上げろ』


 非巫術師側も黙っておらず、暴力沙汰や……場合によっては死人が出る事もあった。ネウロン人は1つにまとまる事が出来ていなかった。


 だが、それでも――。


『彼らの思想が行き着く先は……スミレさんの授業で想像がつくようになりました。全て理解しているわけではありませんが、異世界の事例をいくつも紹介されると……彼らが危うい事をしていると、少しは理解できたつもりです』


『…………』


『彼らの思想はネウロンに大きな争いを生みかねません。彼らを止めないと……。それも、真っ当な方法で。その方法は……私や有志の巫術師だけでは、思いつきませんでした』


 ヴィンスキーは頭を下げ、「助けてください」と言ってきた。


 ネウロンのために、未来のために、子供達のために力を貸してください――と言ってきた。自分達だけでは「良い方法」を思いつかない、と言って。


『我々が、自分達(ネウロン)の尻拭いも出来ない情けない者達だということは……わかっています! ですが、教官やスミレさん達に頼るしか――』


『その手の問題は、既にエーディン達と対応を検討している。逆に……ネウロンの巫術師達の意見も聞きたい。お前達も協議に参加してくれないか?』


『それは……! 是非っ!! 参加させてくださいっ! ……でも、申し訳ありません。ネウロンの問題なのに、エデンの皆さんの手を煩わせて――』


『ネウロンの問題は、エデンも深い関わりがある。無関係とは言えん』


 ネウロンに巫術を持ち込んだのは我々だ。


『エデンにも責任がある。だから、協力させてくれ。協力もしてくれ』


 こちらからもそう頼み、手を結ぶ事もあった。


 真白の魔神が育てた楽園(ネウロン)


 繁栄した楽園にも、確かに闇があった。光に満ちた世界ではなかった。


 楽園と誇れないような闇があった。


 だが、光もあった。……あったはずだ。


 エデンだけではなく、ネウロン人達も問題に取り組んでくれていたはずだった。善良なネウロン人が……ネウロンの問題に立ち向かっていたはずだった。


 未熟で愚かな巫術師は、確かに存在している。


 だが、真っ当に成長した巫術師も、確かに存在している。……そう思っていた。


 ネウロンは繁栄し、成長した。


 全てが良い方向に進んだわけではないが、全てが悪い方向に進んでいたわけでもない。闇に立ち向かう光は、確かに存在していた……はずだった。


『……お前なら、スミレを嫁にやってもいいかもしれんな』


『本当ですか!?』


『冗談に決まっているだろう。そういう事を決めるのは、スミレ本人だ。まずはあの子に……1人の男として認めてもらうのだな』


『教官の邪魔より、そちらの方が……大変そうなんですよね』


『貴様。私が邪魔だと言いたいのか?』


『うっ! そっ……! そんなことは~……! あッ!! スミレさん! ちょうどよかった!! ちょっと、お話がっ……!!』


『ふっ……。まったく……』


 私は、ネウロンに光を見いだしていた。


 希望の光を見いだしていた。


 ……私は、愚かだった。


 期待するべきではなかったのだ。


 信じるべきでは、なかったのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ