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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.3章:過去は影なり【新暦190-242年】
456/875

過去:他人同士



■title:

■from:使徒・バフォメット


『『…………』』


 シシンが去っていった後。


 私とエーディンは、しばしその場に立ち尽くしていた。


 何とも言いがたい気持ちを抱えつつ……だがそれを整理するための話し合いも出来ず、2人で黙って立っていた。


 立ち尽くし続けていると、スミレがやってきた。


 バツの悪そうな表情を浮かべ、1人でやってきた。


 その表情は以前、見た事があった。


 まだ幼い頃のスミレと真白の魔神と3人で、ネウロンの大地を散策していた時。真白の魔神が持っていたハンカチが強風に捕まり、飛ばされた事があった。


 奴にとって大したものではなかったらしく、何の感情も浮かべていない表情で見送っていたが……スミレは違った。


 スミレは咄嗟に動き、飛んだハンカチに飛びついた。


 飛びついて、崖から落ちた。


 あの子が地面に叩き付ける前に私の救援が間に合い、何とか助ける事が出来た。その時、スミレは笑っていた。


『スミレも、マスターのおやくにたてましたっ!』


 そう言って笑っていた。


 私はスミレを叱った。スミレの軽率な行動を厳しく叱り、スミレを大泣きさせてしまった。その後のバツの悪そうな顔に似ていた。


『お父さん、エーディン姉様……。怒らせて……ごめんなさい』


『…………。お前が謝る事ではない』


 やってきたスミレは、開口一番謝った後に「話したい」と言ってきた。


 バックアップと真白の魔神の件について話したい、と言ってきた。


『ごめん。私はいま、無理。ちょっと……頭を冷やしてくる』


 エーディンはそう言い、その場を去って行った。


 だが、去る前にスミレの手を取り、あの子の瞳を見つめながら言った。


『私は、何があってもスミレの味方だから。……けど、全肯定はできない。仮に貴女が望んだとしても、貴女をマスターの代わりにはさせない』


『姉様……』


『バフォメット、この場はお願い』


『ああ』


 エーディンを見送った後、私達の間には気まずい沈黙が下りて来た。


 話をしたいと言ったスミレも、どう切り出すか迷っている様子だった。


 私はスミレに近くの長椅子を勧めた。私も隣に座り、スミレの話を聞いた。


『私は……皆の役に立ちたいの』


『皆のために犠牲になる、と言いたいのか?』


『…………。お父さん達は強いから、マスターの御役に立てている』


『お前は、十分すぎるほど皆に貢献を――』


『今は私の話を聞いて。……私は弱くて、いつも守られている。皆みたいに戦えない。それは、私が……戦闘の訓練とか、全然やってこなかった所為でもあるけど』


 それは私が遠ざけたものだ。


 スミレが戦う必要はない。だから遠ざけてきた。


 お前にはもっと得意なものがあるだろう――と言って、別の勉強を勧めた。


 戦闘から遠ざけた方がスミレは幸せになる。……我が真の担い手のように、戦場に赴いて、傷ついて、倒れるような事はない。


 そう判断して、私は――。


『戦闘能力だけが全てではない。それはエーディン達を見ればわかるだろう?』


『でも、私は……エーディン姉様達みたいな働きも出来ていない。私は、マスターの手伝いしか――――ううん、その手伝いすら、ちゃんと出来ていない』


 そんな事はない。


 そんなはずはない。


 スミレがいたからこそ、上手くいった事は沢山ある。真白の魔神の意を汲むのはスミレが上手かった。スミレがいたから、助かった者も沢山――。


『だから私、マスターの御役に立てる計画があるって知って……嬉しかったの。使徒なのに、皆のような働きが出来ていない私に出来ること、あるって……』


『…………』


『ああ、私が生まれてきた意味はこれだったんだって、嬉しかったの』


『それは…………』


 おかしい。


 そう言いたかった。


 だが、またスミレに拒否されたらどうする。


 そう思うと、私は言葉を止めてしまったが――。


『……私は、うれしくない……』


『…………』


『大事な娘が消えてしまうなど、私は……耐えられない』


 そう言うことは出来た。


 そう言うと、スミレはぎこちなく笑った。


『ごめん。でも、私は……マスターのために働きたいから……』


『…………』


『マスターを助ければ、皆を……世界を救うことができる。私1人が消えるだけで皆が救われるなら、素晴らしいことだって思ったの』


 その答えは変わっていない。


 だが――。


『でも、ついさっき……丘崎先生に叱られたの』


『シシンに?』


 風呂場に行くと言いながら、風呂場とは逆方向に向かったシシン。


 奴は、スミレと真白の魔神のところに向かっていたらしい。


 2人と会い、先にスミレと話をした。その後、スミレを私達のところに行かせ……部屋に残って真白の魔神と話し始めたらしい。


 奴はスミレと話した際、スミレを軽く叱ったらしい。


『自己犠牲を喜ぶのは歪んでいるって』


『…………』


『育った環境が特殊だから、そうなった責任は俺達(おとな)にある。けど、お前の判断はおかしい。お前は頭がいいが、価値観は狭いバカだって、呆れられた』


『シシンめ。スミレを、馬鹿だと? なんて失礼なことを――』


『先生を怒らないで。……先生は、多分、正しいんだと思う』


『…………』


『正しいけど、私は……正しいだけじゃ納得できない』


『…………』


『ただ、その……ごめんなさい。私、お父さんの気持ち、全然、考えてなくて』


 スミレはそう言い、私の手に触れてきた。


 無骨な私の手と違い、繊細で小さな手だった。優しい手だった。


『私、「皆の役に立てる」って言いながら……お父さんの気持ち、全然……考えてなかった。エーディン姉様の事も、考えてなかった』


『…………』


『丘崎先生に言われたの。「お前の判断は、お前が消えることを悲しむ親父を無意識に除外している」「お前はバフォメットやエーディンを傷つけたんだぞ」って……。そう、言われたの』


 スミレは申し訳なさそうに目を伏せつつ、「心配してくれたのに、逆らってごめんなさい」と言ってきた。


『いや…………いい。私も、お前の気持ちを考慮出来ていなかった』


 スミレが自分の「生まれた意味」に悩んでいるなんて、知らなかった。


 特殊な出自でも――人造人間でも、私と血の繋がりなんてなくても……私は気にしていなかった。そんなもの関係無いと思っていた。


 だが、スミレは違った。


 作られた命だからこそ……真白の魔神という超越者に作られたからこそ、「命の使い道」に悩んでいた。そんなもの、悩む必要はないのに。


 スミレの命は、スミレのものだ。


 それをわざわざ、誰かのために使う必要はないのに――。


『スミレ。お前は十分……皆の役に立っている。私はそう思っている』


 何もかも口に出す必要はないと思っていた。


 スミレは賢い子だから、わかってくれると思っていた。


『私にとって、お前はとても大事な存在だ。お前が……マスターを想うように、私もお前を想っている。自分の命より、お前の事が大切だ』


『…………』


『そんな私が、「マスターのためなんかに死ぬな」と言っても、説得力は無いかもしれん。だが、私はお前に生きていてほしいんだ』


 私達は家族だ。


 私は、お前の存在にいつも助けられてきた。


 スミレがいたからこそ頑張れた。窮地でも膝を屈せずにいられた。


 スミレという守りたい存在がいるからこそ、プレーローマという強大な敵を倒す必要がある。そう思えた。


 敵を倒すためには「エデンにいるのが一番」だと思った。真白の魔神に付き従っていれば……私は……私の宝物(スミレ)を救えると信じていた。


『お前がいなくなることなど、耐えられない』


『お父さん……』


『消えないでくれ。逝かないでくれ』


 ずっと傍にいてくれ。


 愚かで、情けない私はそう懇願した。


 スミレは言葉では応えてくれなかった。


 私達に悪いとは思いつつも、「マスターの力になりたい」「皆の役に立ちたい」という想いが変わらず残っていた所為なのだろう。


 スミレは、簡単には変わらなかった。


 だが、黙って抱きしめてくれた。


 私達は違う存在(にんげん)だ。完全に理解し合うことは出来ないのだろう。だが、それでも傍にいることはできる。……家族になる事は出来る。




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