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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.3章:過去は影なり【新暦190-242年】
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過去:欠陥と不具合



■title:

■from:使徒・バフォメット


『貴様!! 私達を騙していたのか!? スミレを利用する気だったのか!?』


『…………』


 私はエーディンから真実を聞いた。


 彼女が密かに入手した研究資料。そこにはスミレ誕生の秘密が書かれていた。


 スミレは、我が真の担い手の蘇生実験が失敗したことで結果的に生まれた存在ではない。マスターは……私達を騙し、スミレも利用するつもりで作っていた。


 蘇生が失敗するのは計画通り。


 それどころか、スミレの命すらも自分のために使い潰すつもりだった。


 それを知った私は、エーディンと共にマスターのところに向かった。


 研究資料だけでは確証が持てない。マスターを問い詰めようと話し合い、直ぐにマスターのところに向かった。


 マスターは認めた。


 研究資料(それ)は全て真実だ、と言ってきた。


『スミレは、私のバックアップとして作成した。私の記憶と異能(ちから)を受け継ぎ……魂に関しても同一の完全複製体の「器」として作成した』


 作成のためには特殊な材料が必要だった。


 その1つが、神器使いの遺体。我が真の担い手の遺体。


 マスターは最初から、彼女を蘇生するつもりなどなかった。蘇生を行うフリをして、自分のバックアップ用の器を確保しただけだった。


 自分が死んだ時は、バックアップを使って「自分」を作る。


 スミレの身体で「今の自分」の完全複製体を作る。


 転生すると記憶や精神が壊れる可能性があるからこそ、そんな対策を行う。死んでも蘇るくせに、「今の自分」に固執し、スミレの人生を奪う。


『最初から我が真の担い手を……蘇生するつもりは、なかったんだな!?』


『ああ。彼女の肉体は、私の受け皿として適していたからね。……アレだけの素材が手に入る機会は限られている。だから彼女の遺体を使って、より一層適合率の高い身体(スミレ)を作ったんだ』


『――――』


 私は剣を抜き、振り下ろした。


 真白の魔神を殺すつもりで振り下ろした。


 だが――。


『な――――?!』


『前に言ったでしょ。安全装置は絶対に必要だ、と』


 マスターに向けて振り下ろした剣は、彼女に当たる直前で止まっていた。


 薄皮一枚すら断てなかった。私は直前で――私の意志ではないのに――剣を止めていた。まるで自分で「殺すべきではない」と判断したように。


 私だけではない。


 マスターの後ろに回り込み、ナイフを突き出したエーディンも止まっていた。彼女も目を見開き、マスターを攻撃する直前で停止していた。


『貴様……! 我々にも、統制(ドミナント)戒言(レージング)を……!?』


『こういう時、役立つからね。……私が裏切り対策に執心していることは、知ってるでしょ? その方法もあるって事も、知ってたでしょ?』


 奴は疲れた笑みを浮かべ、両手を広げていた。


 完全に無防備なのに、誰にも守られていないはずなのに、我々は真白の魔神を殺せなかった。傷一つ与えられなかった。


 我々の身体に、「真白の魔神(マスター)を傷つけられない安全装置」たる統制戒言が仕掛けられていたために――。


『貴様、私達に枷など必要ないと……!』


『そんなこと、一言も言ってないよ。キミみたいな戦闘員に襲われたら、私は勝てない。キミみたいな使徒、安全装置無しで傍に置くなんて怖いでしょ』


『マスター! 貴女は……!』


『キミは……エーディンは戦闘員じゃないけど……仕掛けておいて正解だったね。キミはスミレのこと大好きだから、こうすると思ったよ……』


 真白の魔神は疑り深い。


 誰も信じていない。その事で申し訳なさそうにするが、我々はそれに理解を示してしまっていた。奴の振る舞い全てが、計算尽くだった可能性も――。


 私やエーディンも、一切信用されていなかった。


 私やエーディンは「仕掛けられていない」と勘違い(・・・)していた。


 思い起こせば、マスターは我々の統制戒言に関しては言葉を濁していた。


『私の呪言(ことば)が間に合わない事もある。バフォメットほどの実力者相手だと……特にね。だから言葉無しでも自動発動する仕組みもあるのさ』


 マスターは私に向かって歩いてきた。


 私が持つ刃に向け、自分の肌を押しつけようとしてきた。


 だが、私の手は――私の意志に反して――動いた。


 マスターを傷つけないよう、自分で刃を引いてしまっていた。斬り殺してやりたいのは本当だったのに。本気で殺すつもりだったのに――。


『キミ達は、絶対、私を殺せない。統制戒言によって私の魂魄を認識し、自動的に殺傷を止める術式(せってい)を施している』


『ッ……!! ぐッ……!!』


 マスターが一歩歩むたび、私は一歩後退していた。


 壁際まで追い詰められ、私は壁に張り付けにされた。


 ただ目の前にマスターがいるだけで――。


『キミ達は私を殺せないし、私に逆らえない』


『……有り得ん……! では、この殺意(きもち)はなんだ!?』


 我々は真白の魔神に対し、怒りを抱いた。


 スミレを犠牲にしている事に関し激怒し、殺意を抱いた。


 そして実際に行動まで起こした。


『統制戒言にも穴はあるはず……! 我々が貴様に殺意を抱いている時点で、貴様の術式にも何らかの欠陥が――』


『残念ながら、それは意図的な欠陥だ。……キミ達が私に叛意を抱くのがよくわかるよう、殺意は抱ける。実際に行動も起こせる。しかし、肝心要の殺害までは至れない。裏切り者をあぶり出せるよう、意図的に欠陥を作っているだけさ』


『貴様……! 貴様ッ……!!』


『まあ、普段からある程度は思想を誘導しているけどね……。ふとした思いつきで私を殺すとか、私を殺しかねない選択肢は取らないよう誘導している。思いつきではない明確な殺意なら、直前までは許してあげているだけ』


 そう言いながら振り返ったマスターの視線の先には、エーディンがいた。


 エーディンは必死に身体を動かし、マスターを刺そうとしていたが……あと少しのところで動けなくなっていた。


 透明な壁すらないのに、マスターを傷つけられないでいた。


『私を殺したいなら、シシンを連れて来なさい。彼には本当に、一切、統制戒言なんて仕掛けていない。……彼なら実力的にも私を軽く殺せる』


『マスター……! 本気でスミレを利用していたの!? あの子のことも、私達のように……統制戒言で従わせるつもり!?』


『いや、スミレにも統制戒言なんてかけていないよ』


 スミレは「真白の魔神の完全複製体」を作るための器。


 いざという時、使えるように……準備はしていた。


 しかし、統制戒言をかけているわけではない。それは「スミレなら統制戒言無しでも従わせる事が可能」という驕りかと思ったが――。


『統制戒言は強制力が強すぎて、危険なんだよ。「器」に使うのは』


『どういう……』


『統制戒言は私の魂魄を認識し、作動する術式だ』


 だからこそ、我々は真白の魔神を殺せなかった。


『解除も容易くない。もちろん、真白の魔神(わたし)は出来る。けど、もし私が突然死んでしまった場合は? スミレにも統制戒言を仕掛けていた場合、誰がそれを解除するの?』


『それは……貴様の、完全複製体が解除できるのでは――』


『不可能じゃない。ただ、そこで重大な不具合(エラー)が発生する可能性がある』


『不具合……?』


『まあ、それはどうでもいい話だ。そもそも……スミレ程度なら統制戒言無しでも従わせることができる。キミ達に命令したりしてね』


 真白の魔神が「武器を捨てなさい」と言うと、私達は同時に武器を捨てていた。


 力ある言葉(オーダー)に対し、統制戒言という首輪が締まり、私達を従わせてきた。


『私は、死にたくないんだ。今の真白の魔神(じぶん)が一番いいんだ。私は真白の魔神(じぶん)すら信用できないけど、これ以上……壊れたくない。まともな状態で人類のために戦い続けたいんだ。戦わなきゃいけないんだ』


『貴様のどこが、まともだと……』


『貴女は、スミレを犠牲にしている! あんな良い子を、我が身可愛さに犠牲にしているだけでしょ……!?』


『わかってない。キミ達は、何もわかっていない……』


 真白の魔神はうんざりした様子で頭を振っていた。


『私は、部下の裏切りなんかで死にたくないんだ。終わりたくないんだ。まだ、人類を救えていないのに……!』


 マスターが今まで何度も裏切られて来た事は知っていた。


 傷つき、疲弊していたと知っていたが――。


『貴様は! 裏切られて当然の外道だ!!』


 私はそう言った。そう吠えて、殴りかかった。


 武器が無くても殺せる。そう思いながら振るった拳は、やはり真白の魔神に当たる直前で止まった。拳の先で、奴が「学習能力がないの?」と呟くのが聞こえた。


『真白の魔神!! 貴様こそが裏切り者だ! 貴様が、先に裏切ったのだ!!』


『…………』


『よくも! よくもっ……!! 私の! 娘を……!!』


『お父さ――――お父さんっ!? なっ、なにしてるの!?』


 私は真白の魔神を殺せなかった。


 統制戒言だけではなく、スミレに阻まれた。


 血相を変えてやってきたスミレは、私と真白の魔神の間に割って入ってきた。


 真白の魔神が「スミレ、家に戻りなさい」と言っても聞かなかった。スミレはあの女を……庇い続けた。


『エーディン姉様も、なんで!? 2人共……急に飛び出していったと思ったら、なにしてるの!? ま、マスターを……殺す気――』


 スミレは部屋に落ちていた研究資料に目を落とした。


 我々が持って来たそれを――自分に関わる資料に目を落とした。


『スミレ。やめろ。見るな!』


『これで、揉めてたの? 私、この事なら……もう、知ってるよ』


 スミレは硬い表情でそう言った。


 真白の魔神に既に教えられていたのかと思ったが――そうではなかった。真白の魔神自身が驚いた表情を見せていた。


『マスターを怒らないで。私、マスターの代わり(バックアップ)になるの納得してるから』


『スミレ? 貴女、何を言っているの?』


『お前は、その女に利用されていたんだぞ!』


『利用って……。私は、真白の魔神の使徒だよ!?』


 スミレは胸に手を当て、そう叫んだ。


 真白の魔神を背中に庇いつつ、そう叫んだ。


『マスターを支えるのが私の仕事で、私のやりたい事だから……役立てるならいいの! マスターは、「今の自分」がいなくなるのを……怖がってるんだから……誰かが助けてあげないと……!』


『そいつは、単なる自己保身のために――』


『貴女は騙されて――』


『違うよっ! 全然違うよっ!!』


 スミレに手を伸ばし、私達の方に引き寄せようとした。


 だが、その手を叩かれた。


 非力なスミレでは、私の手など弾けないが……スミレは思わず私の手を叩いてしまった事に、自分で驚いていた。


 狼狽えていたが、それでも震えながら「私はマスターの不安を、少しでも取り除いてあげたいのっ……!」と言った。


『私は、今のマスターが好き。一番好き。私自身が、今のマスターのままでいてほしいと思っているの』


『お前は、何を、言って……』


『プレーローマは強大だから、仕方ないでしょ……? プレーローマに対抗するためには、真白の魔神(マスター)みたいな神様が絶対に必要なんだよ!』


『…………』


『マスターが死なないのが一番いいけど、どうしようも無かった時に……私が代わりになれるなら……。それでマスターの不安が取り除けるなら――』


 本望だよ、とスミレは言った。


『その結果、お前が消えるんだぞ!?』


『私は、そのために生まれたんだよ。そのために作られたんだから、その役目を果たすべきだよ。私は……それでいいの。それで納得しているの』


 スミレは私達に背を向け、真白の魔神の手を取った。


 きっと、笑っていたのだろう。


 真白の魔神の顔は、強ばっていたが――。


『マスター、私が必要になったら……いつでも使ってくださいねっ!』


『騙されるな、スミレ! そいつは、私達を騙して――』


『お父さんが怒るのは、一応……わかるよ。私の身体は……お父さんの大事な人の身体だったんだもんね。蘇生できなかったの、悲しいってわかるけど――』


『私は彼女が蘇生されなかった恨みだけで、動いているわけではない!』


 お前が心配なんだ。


 お前が大事なんだ。


 それをわかってほしい。


 そう思いながら再び手を伸ばそうとしたが、伸ばせなかった。


 スミレに拒絶された事実が、脳裏をよぎった。


『真白の魔神。貴様、我らだけではなく……スミレの心も操ったな?』


『…………』


『お父さん、何を言ってるの? 私に統制戒言は――』


『統制戒言以外にも手段はある! 何かしらの手段でスミレを洗脳したな!? スミレが、我が身を犠牲にするように頭をイジって――』


『違うっ! マスターはそんなことしてないもんっ!』


『退きなさいスミレ! いま、貴女と話し合っても何も――』


『退かない! 私は、マスターを守るのっ!』


 真白の魔神はスミレの後ろで黙っていた。


 だが、私達が言い争う声は、他の者達を呼んだ。


 エーディンが上手く遠ざけてくれていた警備の者達も戻ってきた。


 私とエーディンは拘束されかけたが――。


『ぶえッくしょんッ!! あぁ~……。あぁん? お前ら、なに騒いでんだぁ?』


 雨でずぶ濡れになった使徒が、警備の者達を掻き分けて部屋に入ってきた。


 警備の者達に退くよう命じ、私達の顔を見渡してきた。


『……シシン。お前も、この真白の魔神(おんな)とグルなのか?』


『何の話だ。キチンと順を追って説明しろ』


 シシンはそう言い、私とエーディンに「ついてこい」と命じてきた。


 スミレはずっと、真白の魔神を庇う立ち位置を維持していた。


 私達が部屋を出る直前、スミレがポツリと呟くのが聞こえた。


『なんで、お父さんはわかってくれないの……』


 それは私の台詞だ。……だが、そんなこと……スミレに言っても意味はない。


 悪いのは全て、真白の魔神だ。


 奴は救世主(メサイア)などではない。真っ当な神ではない。


 ただの外道だ。


 だが、私やエーディンでは、奴を殺せない。統制戒言が邪魔で殺せない。


 ならば、奴を殺せる人間を手配するしかない。


 私は……そう考えながら、エーディンと共にシシンについていった。


 数少ない「統制戒言で縛られていない使徒」についていった。




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