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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.3章:過去は影なり【新暦190-242年】
453/875

過去:彷徨う狂犬



■title:

■from:使徒・バフォメット


『スミレ……! スミレっ!! そいつから離れろ!!』


『はぇ……?』


 スミレは死司天をもてなしていた。


 スミレは奴を死司天だと気づけず、「盲目の身で苦労してニイヤドに来た方」と勘違いし、もてなしていたらしい。


 それを見かけたエデンの構成員は、スミレがまた人の世話を焼いている――と思って見ていたところ、死司天だと気づいて血相を変えたらしい。


 幸い、戦闘にはならなかった。死司天は両手を上げ、「戦闘の意志はない」と言った。天使の言う事など信用できないが、マスターは奴を受け入れた。


 戦闘に発展せずとも、「プレーローマの天使にここが見つかった」という時点で大事なのだが――。


『やあ、死司天。なんでキミがここにいるの?』


我が主(アイオーン)を探していただけだ』


 忠犬であり、イカれているにも程がある天使はそう言った。


 マスターは無人機越しに奴に話しかけたが、死司天もそれがマスターだと直ぐ気づいたらしく、「お前達がいるとは思わなかった」と言った。


『しかし、真白の魔神。お前の事は探していた』


『殺すために?』


『お前は殺しても蘇る。殺すのは、どうしようもない時だ』


 我々に――使徒達に取り囲まれた死司天は「そんなに睨むな。重ねて言うが、戦闘の意志はない」と言った。


『今回は……どちらかといえば私用だ。先程も言った通り、私は我が主を探している。あの御方を探すために、真白の魔神(おまえ)の知恵を借りたかった。だからお前の事も探していた』


『そう。源の魔神は誰かに殺された。死んだ奴を探すのは無駄だよ』


『救世神が殺された程度で終わるものか。あの御方はそう簡単には死なん』


 とにかく、奴は情報を求めていた。


 マスターは呆れていた。「キミも懲りないね」と呆れていた。


 源の魔神は死んだ。死んだからこそ、プレーローマは混乱期に突入している。源の魔神亡き後の主導権争いを天使達が行っている。


 それでも――いや、あるいはそれだからこそ、死司天は源の魔神を探して多次元世界を彷徨い続けているらしい。


『お前達から有益な情報を貰えるなら、ワタシも情報を差し出そう』


『キミからも?』


『プレーローマの内情(・・)を話そう』


『味方を売る、と?』


 死司天は――狂える神を探す――イカれた天使だが、プレーローマの中枢に関わっている。基本、本土の政治には無関係のようだが……源の魔神の側近だった経歴や、親しい者が中枢の天使という影響で、それなり以上に情報を持っている。


『救世神がプレーローマに帰還したら、プレーローマの利益になる。プレーローマはかつての輝きを取り戻す。そのためなら情報を切り売りするのも、皆が許してくれるだろう』


『本気で言ってる?』


『いや、さすがに怒られる気はする。だから、内密の話で頼む』


『……信用できない』


 疑り深いマスターでなくとも、疑うに決まっている。


 マスターの言葉など無くとも、使徒達は臨戦態勢に入っていた。


『キミは、腐ってもプレーローマの天使だ。本土に私達(エデン)の情報を持ち帰る可能性がある。……ここに顔を出した時点で信用できないんだよ』


『貴様らが、ここに拠点を築いているからか』


『そうだよ。……わかってるのに顔を出したの?』


『わかっているが、わかっていなかった。誰も見向きもしない辺境の世界のわりに、やけに発展している。という事は救世神がいるのでは? と思ったら……お前達がいただけだ』


 死司天は、ネウロンに来た時点で生かして帰せなくなったのだ。


 ネウロンは方舟ではない。この場所に「<エデン>が拠点を築いている」と気づかれた時点で、我々は戦わざるを得ない。


『まあ、街に近づいた時点で「違うな」と察してはいた。道行く者に話を聞いて、皆がネウロン(ここ)の神を賢神と讃えていたからな。救世神ならもっと恐れられていると思ったから……察しはついていた』


『それなのに来たんだ』


『ああ。ワタシが奇襲をかけず、ノコノコやってきた事が敵意のない証明になると思った。ワタシが本気なら、貴様らの大半はもう死んでいる』


 ケロリとした様子で放たれた言葉は、多くの使徒達の神経を逆なでした。


 吠え、うなり、罵声を吐く者達もいた。


 だが、1人の使徒が進み出ると皆が黙った。


『今からでも試すか? 殺し合おうぜ、源の魔神の犬』


 シシンが笑顔で剣を抜き、嬉々として戦おうとし始めると、マスターが「待った待った! シシン、さすがに今回はやめて!」と慌てて止めた。


『なんだよ! 俺が、この俺が! この駄犬に後れを取るって言いてえのか!?』


『相手は死司天なんだよ。キミは死なないとしても、奴の権能で多くの人が死ぬ。ネウロンにいる無辜の民が、視線で撫で切りにされるんだよ!?』


『チッ……! だが、どっちにしろコイツを生かして帰せないだろ』


 シシンはひとまず矛を収めたが、奴の言う事も正しい。


 シシンの言葉に対し、死司天から「対策」を提案してきた。


『ワタシの行動を縛るといい。真白の魔神(おまえ)ならそれが出来るだろう?』


 天使というだけで信用できない。生かして帰すのは危うい。


 だが、死司天は情報と提案を寄越してきた。


 さすがに統制戒言で行動を縛る事は出来なかったが、マスターは他の術式によって契りを結び。死司天の行動を縛った。


『では、取引成立という事でいいか?』


『情報次第かな。……まあ、源の魔神に関しては、心当たりが一応ある』


 かくして、死司天との情報交換が始まった。


 死司天はかなり安易にプレーローマの情報を喋った。あまり交渉が得意ではないうえに、「別に喋ったところでプレーローマが簡単に負けるものか」という自負があるらしかった。


 死司天の上から目線の言葉に神経を逆なでされる使徒は多く、マスターは苦い表情を浮かべながら暴れようとする使徒を統制戒言で縛った。


『とりあえず……今日のところはこれで。続きは明日にしよう』


『寝床と食事が欲しい。それぐらいはサービスしてくれ』


『厚かましいなコイツ……』


『デザートも欲しい。先程のアップルパイは、お前の使徒が焼いたものだな? アレは良い香りだった。兄上の作ってくれたそれには敵わないが――』


『ホントに厚かましいなコイツ!!』


『スミレの菓子も料理も世界一だろうが殺すぞッ!!!!!』


『犬の餌でも食ってろ! バーカバーカ!』


『うんち!!!』


『アンタの寝床なんて、犬小屋で十分よ!! 来なさい!!』


『恐ろしい……。真白の魔神一行は野蛮だ』


 死司天はしばし、ネウロンに逗留する事になった。


 初日は突貫工事で作った犬小屋に滞在してもらったのだが、「さすがにちょっと……」と哀れんだスミレが、よりにもよって我が家に招いた。


 スミレの傍に死司天がいるという状況は、どうにも落ち着かなかったが……厚かましくも三食を食って、家でくつろいでいる死司天の呑気さに「先に手を出したら負け」という意識が芽生えてしまった。


『正直、あまり会いたくない相手だけど……情報は欲しい』


 マスターはそう言いつつ、死司天との情報交換を積極的に行った。


 死司天との話は、概ねつつがなく進んだ


 途中、邪魔者が現れる事はあったが――。


『おい死司天! 殺し合うぞ!! 付き合え! ハハハハハッ!!』


『シシン、うるさい……。まだ交渉中……』


『真白! お前、さっきも同じこと言ってたぞ! こっちはわざわざ人気のないところまで移動してから殺し合いしてやろうと思ってんのに……』


『10分刻みで来てるから、同じこと言ってるの……! 私達いま大事な話をしているんだから、あっち行ってて。しっしっ!』


『クソがぁ……! 人を犬っころみたいに……! おい! 死司天!! 昨日と同じところで待ってるからな!? 先に行ってるぞクソったれ!!』


『わかった。後で行く』


 エデン最強の戦士(シシン)は自由奔放だった。


 統制戒言で彼を縛っていないマスターは、眉間を押さえながら頭痛を堪えているようだった。……シシンは問題児だが、彼女は奴を縛る事はなかった。


『ハァ……。いや、失礼。ウチの馬鹿担当が騒がしくて』


『いや、いい。今回のお前は『まとも』だから、この程度の騒がしさは些事だ。此度は良い仲間に恵まれたようだな』


『あぁ……。やっぱりキミは、今までの私も知ってるよね……』


『全てではないがな。以前見た真白の魔神(おまえ)は酷いものだったぞ。子供を爆弾に変えて、プレーローマに特攻させていた』


 死司天が何気なく放った言葉に、マスターは強く反応しなかった。


 その目には諦観の感情が浮かんでいた。


 ただ、スミレは強く反応した。


『マスターがそんなことするわけありませんっ! いくら私達がプレーローマの敵だとしても……そんな酷い冗談を言わないでください!』


『いや、スミレ。いいんだ。多分、事実だ』


『マスター……?』


『今の私が覚えていないだけで、そういう「私」も確かにいたんだろう』


 スミレが戸惑う中、マスターは死司天に問いかけた。


『この機会に、キミが知る真白の魔神を教えてもらえないかな?』


『ああ、構わない。宿泊料と食事代と相殺しておこう』


 真白の魔神は死んでも転生する。


 一種の不死身だが、しかし、死ぬたびに記憶と精神が壊れる。


 前世に関する記憶を失う事もある。全てを忘れるとは限らないが、忘れるうえに精神にも悪影響が及ぶからこそ……「別人のような真白の魔神」が何人も生まれる。本人だけではなく、周囲の環境にも左右されて変貌していく。


 記憶と精神の破壊という対価を、本人の意志とは関係無く支払う。


 復活という結果が、本人の意志とは関係無く発生する。


 マスターは――覚えている範囲の話や自力で調べた事で――以前の自分に関してもある程度は知っている様子だった。


 だが、それでも全てを網羅しているわけではない。


 だから、「自分」と向き合うために死司天の話を聞きたがった。我らの敵から見た真白の魔神について、話を聞きたがった。


 私とスミレは席を外そうとしたが――。


『2人にも同席してほしい。真白の魔神(わたし)の悪行を、知ってほしい』


 そう言われ、私達も話を聞く事となった。


 死司天は敵だ。情報交換のために逗留してもらっているが、本質は敵だ。敵の言うことを信じる必要はない。


 だが、話半分で聞く事は出来なかった。


 いくつかの話は、マスター自身が認めた。そして否定はしなかった。


 対プレーローマ研究のために人体実験を行い、数万人の人間を殺した。


 プレーローマ艦隊を倒すため、今なお続く大災害を混沌の海で引き起こした。


 プレーローマの軍勢を倒すために、世界を1つ犠牲にした。


丘崎獅真の親(・・・・・・)も殺した、と報告を受けている』


『馬鹿を言うな。シシンは……マスターの使徒の1人だぞ』


『事実だよ。バフォメット』


 マスターは僅かに青ざめていたが、平坦な声でそう認めた。


『彼の親だけじゃない。私は、彼の世界そのものを滅ぼしたんだよ』


『……何故? ……やむを得ない事情があったのだろう?』


『いいや、無かったよ。私は私の都合で彼から全てを奪ったんだ』


 外では雨が降り始めていた。


 マスターや、スミレの顔色に連動するように、雨脚は強まっていった。


 スミレは「聞きたくない」と言いたげにしていたが、マスターは最後まで死司天を真っ直ぐ見据え、彼の話を聞いていた。書き留めていた。


 その記録行為の理由はわからない。仮に転生したとしても、自身の罪を忘れないためなのか、それとも……単なる格好(ポーズ)だけだったのか――。


『大半の真白の魔神(おまえ)は、対プレーローマを大義名分にして多くの者を犠牲にしてきた。ワタシがとやかく言う権利はないが、真白の魔神は……苛烈な存在だった』


『……だろうね』


『今の真白の魔神(おまえ)は、どうなのだろうな。善人面をしているだけで、実際は――』


『いい加減にしてくださいっ! あっ……あなたの言葉は、全部ウソですっ!』


 マスター以上に青ざめていたスミレは、立ち上がってそう叫んだ。


 睨むだけで人を殺せる天使の胸ぐらを掴む勢いだった。私はスミレの手を引き、彼女が死司天に攻撃を加えるのは止めた。


 スミレの言葉は、マスターが止めてくれた。


『スミレ、きっと全て真実なんだ。死司天は人類の敵だけど……でも、天使の中でも比較的信用できる存在だ。この天使はスラスラと嘘をつけるほど器用じゃない』


『マスターが悪い事、するはずないですっ!』


『スミレ。私は、そういう思考停止が一番嫌いだ。……キミまで私を「神」として扱わないでほしい。私はもっと、ろくでもない存在だよ』


 マスターはそう言い、スミレに席につくよう促した。


『転生のたびに記憶の喪失と、精神への異常が発生しているのは事実だ。今でも……私は、油断すると直ぐに倫理を忘れそうになる。いや、既に手遅れと言ってもいいだろう』


『確かに、お前は転生を繰り返すたびにおかしくなっていた』


 スミレとマスターのやりとりをそよ風のように受け流していた死司天は、茶を飲んだ後に口を挟んできた。


『今回はまともだな。まともだから、この子のように慕う者もいる』


『…………』


『だが、人間のフリ(・・・・・)をするのが上手くなっただけで――』


 死司天の頬が鳴った。


 スミレが死司天の頬を叩き、黙らせていた。


 死司天は「ワタシの失言だな。すまない」と言い、「今日のところはこの辺りで終わりにしよう」と言ってきた。


『今日の夕食は用意しなくていい。人に誘われているので、食べて帰る』


 死司天は何事もなかったかのように立ち去り、後には重苦しい空気と我々だけが残された。


 あの天使はスラスラと嘘をつけるほど器用ではないが、人を気遣った発言が出来るほど器用でもないらしい。


『と、まあ……私は結構なろくでなしなんだよ』


 沈黙を破ったのはマスターだった。


 彼女は苦笑いを浮かべつつ、さらに言葉を続けた。


『この機会に、私との付き合い方を考えるのをオススメしておくよ。……なんなら、キミ達で異世界に行って、そのまま――』


『私はマスターとずっと一緒にいますっ!』


 スミレはマスターから離れなかった。


 ずっと一緒にいる。いさせてください――と懇願した。


『マスターが過去に大変なことをしたとしても、償っていけばいいじゃないですか! プレーローマを倒し、人類に平和をもたらせば、それまでの全てが――』


『スミレ。それ以上は言わないで』


 マスターはスミレの言葉を遮り、しばし黙っていた。


 そして、微笑しながら「ありがとう」と言った。


『キミの気持ちは嬉しい。けど……真白の魔神が危険で愚かな存在ということは、よく覚えておいてほしい。……バフォメットもね』


『ああ』


 真白の魔神が常識外れの存在なのはわかっていた。


 時に倫理を踏み倒すこともあると、わかっていた。


 それでも必要な存在だと思っていた。


 プレーローマは強大だ。源の魔神亡き後も彼らは多次元世界屈指の強者として君臨し続けており、そんな者に対抗するなら……常軌を逸した存在が必要だ。


 我らには「神」が必要だった。


『私も、スミレと同じ気持ちだ』


『…………』


『我々には、お前が必要だ。マスター』


 だから、私も使徒として仕え続ける事を望んだ。


 ただ……力だけが必要だったわけではない。


 マスターが、マスターだからこそ必要としていた。


 真白の魔神がスミレに対し、厳しく指導しつつも……それでも時折、優しい眼差しを注いでいるのを私は知っていた。


 マスターも、私の宝物(スミレ)を大事にしてくれている。


 そう思ったからこそ、私は使徒であり続ける道を選んだのだ。


 あの時は、そう思っていたのだ。


『バフォメット。ちょっと……いい?』


『ん……? どうした、エーディン』


 改めて仕えることを決意した日。


 私は真実を知った。


 降りしきる雨の中、スミレの正体を知った。


 あの子が真白の魔神の都合で作られた存在だと、知ってしまった。





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