過去:私の光
■title:
■from:使徒・バフォメット
『スミレ。私達を……巫術師を信じてくれ』
『えっ……? それは、当然……信じているけど……』
『巫術師は力を持っており、巫術師は今後も増えていく』
使徒達から見たら、巫術師は未熟な存在だ。
だが、大いに伸びしろのある存在だ。
実際に力を持っているからこそ、ネウロンの発展にも寄与している。
『力を持っているから、その力で多くの者を救える。私だけでは全ては救えないが……私の生徒達が今より強くなっていけば……より多くの人を救える』
繁栄の影に落ちてしまった者達も、繁栄の光が救うだろう。
巫術師、非巫術師の違いがあっても、同じネウロン人同士、助け合って生きていくはずだ。彼らはそこまで愚かではない。私はそう思っていた。
巫術師という光を増やしていき、全てを照らす。
ネウロンだけではなく、多次元世界全てを照らす。
そうする事で、闇を取り除いてみせよう。
私は、そんな愚かな考えを愛娘に披露した。……今にして思えばスミレは戸惑いの表情を僅かに浮かべていたが――。
『……うん、そうだね。お父さん達なら……それが出来るかも』
そう言ってくれた。
微笑んで、そう言ってくれた。
だが、あれは……私を気遣ってくれたのかもしれない。
私の発言を笑わないよう、気遣った発言だったのかもしれない。
『巫術師の皆が……お父さんみたいになってくれたらいいなぁ……』
『彼らが私並みの戦闘能力を手に入れるのは、さすがに難しいだろう。私には神器という下駄がある。巫術だけで追いつくのは困難だ』
『そうじゃなくて……。お父さんみたいに、優しくなってほしいなって思ったの』
あの子は微笑んで私を見上げ、手を繋いできた。
ギュッと握ってきた。いつものように。
『…………。私が、皆のことを信じ切れてなかったのかも……』
『ム……。いや、スミレ、お前を責めたわけではない』
『お父さんに限らず、<エデン>の皆が強い光。その光で多次元世界の闇を照らし……人類を救おうとしている』
それと同じく、巫術師という光が社会を照らす。
巫術師が皆を助けてくれる。そう信じるべきなんだよね――とスミレは言ってきた。心なしか、少し強めに手を握っていた記憶がある。
『信じるよ、私。お父さんを信じているみたいに、皆のことを……』
『お前が言う通り、確かに問題はあるのだろう。だが……人が作った問題なら、人が真面目に取り組めば、きっと解決可能だ』
『そうだね。……解決、できるよね……?』
エデンにもネウロンにも光がある。
より大きな光もある。我らには真白の魔神がついている。
きっと、我々は多くの問題を解決できる。強い光を当てることで闇を消せる。いつかきっと全ての問題を解決できる。そう思っていた。
スミレが言うように、多くの者にとって大事なのは現在なのに――。
『スミレ。少し買い物をして帰ろう。アルコールが不足してる』
『お父さん、ちょっとは禁酒するべきだよ~……』
などという話をしつつ、私達は帰路についた。
その途中、スミレが街の一角を見て「ハッ」としていた。
『あの子達……!』
彼女はそう呟き、急に駆けていった。
私が後を追っていくと、スミレは「こらっ! やめなさいっ!」と怒っていた。
スミレが向かった先には、小さな無人機が飛んでいた。
幼い巫術師に、巫術学習用の教材としてエデンが与えたものだ。小さなそれが飛び回り、非巫術師の子供達に襲いかかっていた。
小さな無人機に襲われた子供達は物陰に隠れつつ、「ヒキョーだぞっ!」と叫んでいた。涙目で身を縮こまらせ、小型無人機から必死に隠れていた。
玩具程度の無人機とはいえ、プロペラが当たれば怪我をするかもしれない。スミレが身を挺して非巫術師達を庇ったため、私は無人機鎮圧に協力した。
それと、離れたところで無人機を飛ばしていた巫術師の悪ガキ達を捕捉し、スミレに伝えた。スミレは彼らを叱った。
数そのものは、巫術師の方が少なかったが――。
『もうっ……。キミ達、なんでこんな事を……!』
『アイツらが悪いんだっ! アイツらが、巫術師を除け者にするから……これは、正当な報復なんだっ』
その言葉を聞いた非巫術師達は、バツが悪そうな表情を浮かべた。
無人機で襲われるだけの理由があったらしい。
『だ……だって、アイツら、巫術でズルするもん』
『してないっ!』
『してたっ!!』
『ちょ、ちょっと……落ち着いて……』
スミレは彼らにも話を聞いたが、子供達はお互いを責めた。少数の巫術師と、多数の非巫術師がお互いに「向こうが悪い」と言って譲らなかった。
それどころか――。
『先にワルイことしたの、向こうだよっ! 向こうを怒ってよっ!』
『ボクらは、お前らみたいなアブナイことしてないもんっ! それに、お前らはズルした! ズルいやつはワルイやつだっ!』
『スミレ様はどっちの味方なのっ!?』
『敵味方を決めるより、仲直りの方法を考えよう……? 皆は、同じネウロンの仲間なんだよ? それ以前に、同じ人間同士――』
『しらないっ! スミレ様もズルいっ! 行こーぜっ!』
『あっ、ちょっと……』
非巫術師達は逃げ出していった。
止めることも可能だったが、スミレは私を手で制してきた。
そして、改めて巫術師達と向き合った。
『……ボクら、わるくないし……』
『でも、無人機を仕掛けたのは危ないよ』
『な……なんだよぅ……。スミレ様、結局……アイツらの味方かよ』
『スミレ様も、巫術、使えないから~……』
『皆は、私を「敵」にしたいの?』
『…………』
『私は、皆と仲良くしたい。……人と人が仲良くするには、人が嫌がることはしちゃ駄目。あの子達がキミ達が嫌がることをしたのは事実だったとしても……仕返しをしていたら、キリがないよ……。ずっとケンカする事になる』
無人機のプロペラで大怪我をしていたかもしれない。
小型のものとはいえ、目玉を切り裂くぐらいの力はある。
スミレがそう説くと、巫術師の子供達はギョッとしていた。そこまでは想像していなかったらしく、「そ、そんなことしない」と言っていた。
『ボクら、無人機……ちゃんと使えるもんっ。巫術あるもん』
『アイツらは使えないから、巫術師を仲間はずれにするんだ。どーせ、あいつらは巫術が使えない劣等――』
『――どこで、そんな言い方を覚えたの』
劣等。
確かにそう言った子の肩を掴みながら、スミレは問いかけた。
子供達は狼狽え、「大人が言っていた」と漏らした。
それを聞いたスミレは顔を強ばらせつつ、「そんな言葉、使っちゃダメ」と説いた。それは酷い言葉だ――と説いた。
『で、でも……パパとか、よく使ってるし~……』
『その言葉を言ったら喧嘩になるよ。それも、すごく嫌な喧嘩』
『『『…………』』』
『巫術師は、他の人にはない力を持っている。それを上手く使えば、色んな人に感謝される。……けど、力を悪いことに使ったり、悪い言葉を使っていたら……皆から嫌われる』
『…………』
『言葉も巫術も同じなの。使い方を間違えば、大変な事が起きるの』
スミレは、悲しんでいた。
子供達には怒っているように見えたかもしれないが、あの子は明らかに悲しんでいた。愚かな私でも、それはわかった。
『べ、べつに……アイツらに嫌われても、いいし……』
『オレらの方が、つよいもん。強いから、アイツら……倒せるし……』
『それはどうかな? 強い人を苦しめる方法なんて、いくらでもあるんだよ』
『うそだぁ! オレら、巫術使えてツエーもんっ』
『じゃあ、キミ達より強い人を連れてきたら、どうかな?』
そう言ったスミレが私をチラリと見てきたので、私は頷いて子供達に語りかけた。「貴様らは私に勝てるのか?」と低い声で語りかけた。
ぴぃ、と鳴いた子供達に対し、スミレはさらに強い言葉を使った。
彼らに言葉の恐ろしさを伝えた。
『食べ物の中に針を入れられたら、どうする? 寝ている時に襲われたら、どうする? 家に火をつけられたら、逃げられる?』
『えっ、えっ……?!』
『全員と仲良くしなさい――とは、さすがに言えない。けど……皆とケンカしていたら、いつかきっと……仕返しされるよ。仕返しの方法なんていくらでもある』
子供達も、そう説かれてようやく青ざめた。
未熟な想像力でも、恐ろしい未来を想像できたらしい。
『ケンカしないようにしよう。……ケンカしたくなるような事されたら、まずは私に相談して? キミ達を助けるために頑張るから……』
スミレは子供達を抱きしめつつ、そう説いた。
争いを第一の手段にしたら、お互いにエスカレートしていく。安易に始めた争いがとんでもないことに発展する。怪我どころか死に繋がる可能性もある。
そういう話を、子供でもわかりやすいよう……優しく説いていた。
『ケンカもイジメもダメ。それよりも逆のことをしましょう』
『なんで……?』
『その方が得だからだよ。皆だって、優しくされると嬉しくなるでしょ? 皆が優しさを交換しあえば、今よりもっと幸せになれるよ』
いつどこで襲われるかわからない恐怖より、いつどこで楽しいことがやってくるか待つ方が得。不意の幸福をワクワクしながら待ち受ける方が楽しい。
スミレは子供達に対し、そう説いた。
説かれた子供達は――。
『……でも、もう……ケンカしちゃった……』
『ぉ……オレら、ホントに……巫術でズルしてないのに……。アイツら、ズルした、ズルしたって……ずっと、言ってきて……。除け者にして……』
『それは良くないね。仲直りのために……私も力を尽くすよ』
スミレはそう請け負っていた。
日々の仕事で忙しいのに、疲れた様子すら見せずに請け負って……見事に彼らを仲直りさせてみせた。大変そうではあったが、あの子は成し遂げた。
両者の仲を取り持ち、「巫術でズルした」云々と揉めないような遊びも提案し、彼らのその後も見守っていた。
スミレの優しさは、彼らにも……伝わったと信じたい。信じたかった。
『見事だ、スミレ。お前は巫術師と非巫術師の溝を、見事に埋めて見せた』
『そんなことないよ……。まだまだ、だよ。これは所詮、一例に――』
『いいや。お前は、闇に光を届けた。お前の優しさは……ろうそくの火の如く、優しい光として……彼らの未来を照らしている』
私の未来も照らしてくれている。
私の、自慢の光。自慢の娘だ。
そう告げると、スミレは微笑んでいた。
ありがとう、と言って微笑んでいた。……だが、陰りのある微笑みだった。




