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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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真白の地平



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 ヴィオラと久しぶりに話せた翌日。


 再びヴィオラに会いに行くと、何やら分厚い封筒を見せられた。


「ラプラスさんに、ネウロンの歴史資料を渡されました……」


「ウワーッ! 知識の押し売り……!」


 あの自称天才美少女の外見金髪幼女、やりやがった!


 昨日の今日でクッソ分厚い紙束を用意してきやがった。資料の表紙にヤツの似顔絵と「私が一晩で書きました」って文言が添えられてる。


 しかも、全部手書きだコレ!


 史書官って、徹夜でこんなもん書くほど暇なのか?


 海にポイしようとしたが、ヴィオラが「ポイ捨てはダメですっ!」と言って止めてきた。まともなこと言いやがる。でもコイツ、紐パン愛好者なんだよな……。


「大丈夫です。これの存在はラートさんと私と、あの人しか知りませんから」


「ヴィオラはともかく、あの女は信用できねえよ~……」


「でも、これはネウロンの歴史について書かれた貴重の資料ですよ? 交国管理下のネットワークにはネウロン史なんて殆ど出てこないでしょう?」


「交国がネウロン見つけたの、わりと最近だしなぁ……」


「気になりませんか? ネウロンの歴史」


 分厚い紙束で胸板をペシペシ叩かれる。


 正直、興味はある。


 結局、俺は好奇心に負け、ヴィオラと2人でこっそり資料を読み始めた。


「ヴィオラはもう読んだのか? これ」


「一通り読みました」


「教本みたいな分厚さなのに……」


「私が重要だと思ったとこ、掻い摘んで説明しますよ」


 まず最初に「ネウロンに軍隊らしい軍隊が無い」という話を聞いていく。


 おかしな話だ。


 文明があるのに、軍隊が無いなんて……有り得るのか?


 常備軍が無いって話なら、まだ理解できるが――。


「ラプラスさん曰く、軍隊を作る構想は<ネウロン連邦>が結成した際はあったそうですが……どの国も軍隊は持っていなかったそうです」


「んなバカな……。それどころか戦争も無かった(・・・・・・・)だって?」


 資料の該当箇所見つつ言うと、ヴィオラが真剣な表情で頷いた。


「この1000年間、ネウロンの国家間戦争は無かったそうです。国家以外の組織による武力衝突もろくに無かったみたいです」


「1000年前……。新暦240年頃かー」


 それだけの長い期間、戦争が無かっただと?


「有り得んだろ……。町内会程度の規模ならともかく、ネウロンには国家が複数あったんだ。国家間戦争は絶対あったはずだ」


「でも、アル君達もネウロンの国家間戦争なんて知らなかったんですよ。軍隊なんて交国が来るまで見たことも無かったって……」


「マジかよ……」


「ネウロンには武器らしい武器も無いんですよ。剣とか、槍とかも……。狩猟や林業、漁業用の道具はさておき」


 あの史書官の言うことは眉唾だが、アル達の言うことは信用できる。


 信用できるが……脳が理解を拒んでる。


 1000年間、戦争のなかった世界なんて……有り得るのか?


 交国では他国の歴史も勉強するが、多次元世界なんてそこら中で戦争やってるぞ。人類の敵・プレーローマ相手に限らず、同じ人類相手にやってるぞ。


 交国もプレーローマ以外の国家と戦っている。


 人類国家間戦争調停のために武力介入したり、人類同士の争いを煽る犯罪組織と戦ったり、圧政を敷く悪い奴らもブッ倒してきた。


 いくらネウロンが今まで異世界から忘れ去られていたとしても、自分達の世界内で戦争ぐらいあったはずだ。あるのが普通のはずだ……。


「平和なのは良いことだぜ? でも、人が大勢いたら喧嘩ぐらい起きる」


 国家が出来るほど人がいたら、もっと大きな喧嘩が起きる。


 それが戦争だ。


「ネウロンは、何で争わずに済んでたんだ?」


「そこまでは……書かれていないですね」


「いや、待て、わかった。抑止力が存在したんだろ」


 答えがわかったので口に出す。


 ネウロンには大きな組織があった。


 そこが平和を保っていたんだ。


「ネウロンには主だった国家が集まってつくられた連合国家が……<ネウロン連邦>があった。そのネウロン連邦が武力を握っていて、戦争を未然に防いでいたんじゃないのか?」


「ネウロン連邦はかなり最近の組織ですよ? 交国がネウロンに来る2年前に作られた連合国家です。1000年前から存在したわけじゃありません」


「あぁ……。じゃあ絶対に違うな」


「でも、1000年前から存在する巨大組織ならいますね……」


「ネウロンにそんなもん――」


 いたか? と思ったが、いたわ! 確かに。


「シオン教団か!」


 指を鳴らし、そう言ったつもりだった。


 俺の指は「スカッ」とかすれた音しかせず、ヴィオラが代わりに鳴らしてくれた。恥ずかしい……。


「シオン教団は、ネウロン最大の宗教組織でした。殆どネウロンの地域で信仰されていたようです。オマケに歴史も古い」


「教団が、ネウロンの平和を守っていたのかな?」


「どうでしょうねぇ……」


「そんな他人事のように。お前の服、シオン教団の修道服ってヤツなんだろ?」


「いや、私は余っている服を頂いたコスプレ女なので……」


「そうか……。シオン教団お抱えの軍事組織とかいなかったのか?」


 どの国も軍隊持ってなかったなんて、有り得ねえ。


 平和が1000年も続いていたなんて、とんでもない事だ。


 シオン教団がネウロンで一強の強さを誇っていて、教団お抱えの武力でネウロンの平和を守っていたならまだ納得できるんだが――。


「そういうのは無かっ――いや、似たようなものはいるんでした」


 ヴィオラがページをめくる。


「ラートさんは<赤の雷光>って知ってますか?」


「一応、知ってる。ネウロン魔物事件を起こしたテロ集団だっけ?」


 タルタリカを呼び出した――あるいは作り出したテロリスト達。


 巫術師ってだけで「罪がある」と特別行動兵にしたのは交国だが、諸悪の根源はそいつらだ。……ネウロンで大勢の人が死ぬ原因を作ったテロリスト共だ。


「赤の雷光は関係者含めて全員捕まったとかなんとか……聞いた覚えあるが、アイツらってシオン教団の一員だったのか」


「交国の発表だとそうらしいですね。ただ、ラプラスさんの調査によると正確には一員ではなく、シオン教団のマクファルド・ヴィンスキー枢機卿が支援していた団体だそうです」


「テロ屋の支援とか、ムチャやってんなぁ……そいつ……」


 あの自称天才もよくそこまで調べ上げてんな。


 雪の眼だってネウロンを見つけたのは最近の話だろうに――と疑問すると、ヴィオラが真面目な表情で「私は天才美少女史書官なので、短期間でもこの程度の調査は余裕です――って書かれてます」と教えてくれた。


 その情報はいらねえ。


「ネウロン魔物事件は赤の雷光が起こし、これには巫術師も密接に絡んでいた」


「うん……」


「この話が事実なら、これが唯一の『巫術師軍事利用』例みたいです」


「なるほど……?」


「1000年に限れば、そうみたいです。事実なら(・・・・)


「なんか含みのある書き方だな……」


「ですね」


 魔物事件云々はともかく、赤の雷光という準軍事組織があった。


 それ以外にはなかった。


 それはそれでおかしいよなぁ……。軍隊のない世界なんて信じられん。


「ラプラスさん曰く、赤の雷光は近年に生まれた組織みたいです。1000年前から存在していたのはシオン教だけです」


「じゃあ1000年の平和を守っていたのは、シオン教? 軍事力も無しで? 不思議な力で信者の洗脳でも行ってたのか?」


「不思議な力って?」


「うーん……巫術……じゃないよなぁ?」


「ですです。巫術の洗脳能力なんてないですもん」


「……やっぱおかしい。あの史書官の調べが甘いんじゃねえのか? 軍事力無しで平和を保つのは不可能だよ。赤の雷光は1000年前から存在していて、表に出てきたが近年ってだけじゃね?」


「私は<赤の雷光>の存在事体、疑わしく感じます」


 ヴィオラはアル達に聞いたらしい。


 赤の雷光って組織の名前、聞いたことはあるか――と。


 返ってきたのは「そんなの知らない」という返答だったらしい。


「……赤の雷光なんて、最初からいなかったのでは……?」


「そんな馬鹿な。それだと交国が嘘の発表して、犯人でっち上げた事になるぞ?」


「…………」


「アル達だって知らないことぐらいあるだろ。ネウロンってネットワーク発展してない後進世界だったんだから、一般に開示されてる情報も少ないしよ」


「でも、あの子達って教団の保護下で育ったんですよ? アル君とか熱心にお祈り捧げてますし、教団のことは結構詳しいかと……」


「教団の保護下?」


 どういう事だ。


 アイツら、親いるだろ。


 孤児ってわけじゃねえよな……?


 親の幻覚まで見てんのか――と思ったが、さすがに違った。


「シオン教団は巫術師の保護も行ってるんですよ」


「保護ねぇ……」


「巫術師は死を感じ取ると酷い頭痛がする。だから人が多く暮らしている場所や、死期が近い人達いる場所は暮らしづらいんですよ」


 だから、教団は人里離れた場所に<保護院>という保護区を作った。


 ネウロン中にいくつも作った。


 巫術の才に覚醒した子供達をそこに集め、子供達を死から遠ざける。


 野山に住む動物達の死はどうしても感じ取っちまうが、そういう動物の死は人間の死に比べたらずっとマシなものらしい。


「大人になったら少しは慣れてくるので、子供の間は保護区で暮らす子が多いそうです。シオン教団は巫術師の身を案じ、ずっと昔からそんな活動してるそうです」


「保護区で暮らすために、親から引き離すのか」


「まあ……仕方ないのでは? 老若男女が混在する人口密集地、危険ですし」


「ふーむ……」


「まあ、家族と会える機会は減りますが……。シオン教団は巫術師の子の親の職業斡旋も行っているそうですよ? 保護区にできるだけ近い町で働けるように取り計らって、ちょくちょく会えるようにしてくれるそうです」


 オマケに諸々の費用も持ってくれる。


 親とずっと会えなくなるわけじゃない。手紙のやり取りもできる。


 そう聞くと、交国よりずっとマシに見えてくるな……。


 交国の場合は巫術師を罪人扱い。教団の場合はVIP扱いだ。


「でも、そんなことして教団に何の得がある?」


「そういう教義らしいですよ。子供を守りましょう、って教義。私も子供大好きなので、シオン教の方々とは気が合うかもです」


「ふーむ……」


 話が随分とそれちまった。


 ともかく、ネウロンに軍事組織らしい軍事組織はなかった。


 準軍事組織であり、テロ集団の赤の雷光って組織はあった。


 けどそれぐらい。


 それなのに1000年の平和を守り続けた。


 1000年前からいた影響力の強い組織なら、シオン教団がいるが――。


「たかが宗教組織に、1000年の平和が守れるとは思えねえ」


「ネウロンの方々が、特別温厚だったのでは?」


「人の善意頼りにするのも限度あるだろ~?」


「あと、シオン教団は宗教組織ですが、運営費は殆ど自分達で稼いでいたそうです。寄付を貰うより、寄付する方が多かったぐらいみたいで……」


 ヴィオラが史書官の資料を見せつつ、そう教えてくれた。


 変な宗教組織だな。シオン教団……。


 宗教組織じゃなくて、宗教を商材にしてる商業組織かぁ?


「シオン教団は必要以上にお金を貯めず、民衆のために使っていたそうです。人々は国より教団を頼ることも多かったんだとか」


「その羽振りの良さを1000年続けた? ありえん……」


「ラプラスさんの調べだと、国が教団に借金した記録も多いそうですよ。失政で何度か踏み倒されたようですが、それでも教団の力は揺るがなかったそうです」


「マジかよ……」


「でも、そんな教団も、今はすっかり弱くなってしまいました」


「魔物事件の影響か……」


 俺がそう言うと、ヴィオラは困り顔で「交国の影響も、ですよ」と言葉を添えてきた。まあ、交国はシオン教団を「詐欺組織」と扱ってるからなー。


 シオン教団は強い影響力を持っていた。


 だとしても、1000年の平和維持は無理だろ。


 平和だったのは確かっぽいが……何かカラクリがあるはず。


 シオン教団が強力な財力持っていたことも含めて――。


「ともかく、当初期待していた情報はなかったな」


「…………?」


「巫術師が軍事利用された例だよ。魔物事件はさておき、それ以外に無かったってことは、参考になる情報は皆無ってことだ」


「あ~……そうですねー……」


 魔物事件は参考にするべきじゃねえ。


 あんな大虐殺、二度とあっちゃいけねえし、子供達にやらせちゃダメだ。


 隊長が「タルタリカは生体兵器として利用価値がある」って言っていた通り、力があるのは確かだ。でも、アレは駄目だ。絶対に駄目だ。


「ラプラスさんはネウロンの歴史を調べ尽くせたわけではないので、歴史という地層をさらに掘り返せば新事実が見つかるかも……と書いてます」


「新事実かー……」


「歴史を調べていけば、軍事利用例が他にも見つかるかも……?」


「例えば、1000年以上前とか?」


「ですです。でも、今は調査難航しているそうです」


「なんで?」


「……どこぞの国が焚書を行ってるからですよ」


 焚書とは、書物を焼くこと。


 いま、ネウロンの歴史資料はバンバン焼かれているらしい。


「そんな酷いことやってる国があるのか……!」


「交国ですよ!? それ以外にどこに国がやるんですか……」


「な、なるほど。……そういえば俺も隊長に言われたなぁ。『ネウロンの古い文献を見つけたら報告しろ。私が処分する』って言われたわ」


「うーわ! ラートさんも加担してるじゃないですか……! ネウロンの文化を何だと思ってるんですか~……!」


「すっ、すまねえ……」


 上官からの命令だったから、深く考えずにやってたわ。


 作戦行動中に機兵から下りて本を回収し、隊長に渡した事もあったな。どうせ燃やすならその場で燃やした方が早いと思うけど……。そうか、アレが焚書か。


「交国はネウロンの歴史を抹消するつもりなんですよ。過去の歴史を全部消して……全て交国の色で塗りつぶす気なんです」


「その方が、交国にとって都合がいいって事か……」


 交国にとって、ネウロンの歴史が「隠したいクソ」なんだな。


 史書官が所属している<雪の眼>は、そのクソも掘り返す。「これが真実ですよ」と歴史書に書き記す。


 でも、その歴史書を交国が真実と認めないなら、ネウロンという存在は上書きされていくかもしれない。交国という巨大国家に潰されて。


「まあ……私は、ネウロンの歴史まで責任は持てません。あの子達だけで精一杯です。その方法がこれで見つかれば、と思ったんですが……」


「なかなか思い通りにはいかねえな。興味深い話ではあったが」


「ですねー……」


 預かった資料を閉じる。


 捨てちまおうか、と思ったが……ひとまず俺が保管しておこう。


 ヴィオラが持ってたら、技術少尉に見つかった時が恐ろしい。


 隊長達には……さすがに秘密にしておこう。


 けど、どうするかな……。巫術の軍事利用の前例に少し期待してたんだが、俺の考え事体が間違ってんのかな。


 そんな事を考えていると、ヴィオラの視線が俺の腕に向いているのに気づいた。「どうした?」と問うと、申し訳無さそうな上目遣いで見つめられた。


「いや、技術少尉に撃たれた腕の怪我……大丈夫かなって」


「大丈夫って――ああ、俺の腕の話か」


 包帯を取り、「ほれ、もう治ったぞ」と見せる。


 傷も殆ど塞がってる。ヴィオラは驚いた様子だったが、ほっそい指で俺の腕を撫でながら「ホントだ……」と言ってきた。


「傷跡はまだありますけど――」


「そのうちわかんなくなるよ」


 俺は軍人だから傷なんてしょっちゅう負ってるけど、ヴィオラは心配だ。女の子のキレーな肌に傷跡が残るのは心苦しい。


 まあ、多少の傷があっても、ヴィオラはキレイだと思うけど。


「これ、ホントに痛くなかったんですか?」


「うん。だって俺達、痛覚なんかねえし」


「そこがよく、わからないんですが……。交国の人って皆そうなんですか?」


「いや、オークぐらいだな。手術で痛覚消したって人もいるけど」


 広範囲を守護し、統治している交国には色んな種族の人間がいる。


 けど、生まれつき痛覚がほぼ無いのは俺達、オークぐらいだ。


「痛みって概念は、一応わかるぜ! お前らみたいに痛覚がちゃんとあるヤツの顔見てりゃ、『痛そう~』『かわいそう』って思うしさ」


「味覚だけじゃなくて、痛覚も生まれつき……?」


「そうそう。便利だろぉ?」


 軍人って仕事は、怪我が影のように付き纏う。


 だからこそ、俺達(オーク)みたいに痛覚のない人種は軍人向きなんだ。味覚も死んでるから食べ物で一喜一憂する必要もねえ。


「俺達オークは、天性の戦士ってわけさ。へへっ、スゲーだろ?」


「…………」


「えっ? 俺、なんかまたマズいこと言ったか? ゴメン……」


「いや、その……」


 悲しげな顔をしたヴィオラに腕を触られる。


「ごめんなさい。本当に、怪我させて……」


「いいって~。痛くねえから全然平気だもん」


「でも……ラートさん達だって、死ぬ時は死んじゃうんでしょう……?」


「まあな。痛みがねえから、怪我に気づけずポックリ逝っちまうこともある。そこはちょっと怖いな! でも、痛みがねえから最後の最期まで全力で戦えるんだ」


 それはとても素晴らしい事だ。


 皆のこと、たくさん守れるからな!


 貴方達(オーク)は戦士としての才能を授かって、この世に生まれ落ちた。それを活かすには軍人が一番向いている。軍人は貴方達の天職ですって言われて育った。俺もそう思う! 軍人になって良かった。


「俺は戦うために生まれてきたんだ。身体そのものが丈夫で、怪我の治りも他の人間より早えし、良いこと多いぜ。男しか生まれねえ種族だから、オークだけじゃ滅んじまうって問題もあるけどな」


 そういうとこは欠陥種族だよなー、と笑って話すと、ヴィオラは余計に悲しそうな顔になっちまった。


「ご、ごめんっ! 俺、やっぱまた嫌なこと言ったんだな?」


「ちがっ……。違うんです。ラートさんが、悪いわけじゃ……」


 俺はオークに生まれて良かったと思う。


 軍人向きの身体に生まれて良かったと思ってる。


 けど、どうせなら……賢い頭も授かりたかったぜ。


 そしたらヴィオラを涙目にさせること、なかっただろうし……。


 ダメな奴だなぁ、俺って……。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「…………」


 ラートさんが去った後、目元に手を伸ばして涙を拭う。


 戦うために生まれてきた? そんなはずない。


 ラートさんもフェルグス君達も、背負うべき役目なんてない。


 それなのに何で不幸になる方向に……戦いに身を投じていくんだろう。痛みを感じないとか、巫術が使えるとか、そんな理由で覚悟を決めないでほしい。


 なんて言うのは……私のワガママなのかな……。


「ハァ~……」


 軍人のラートさんはともかく、特別行動兵のフェルグス君達は戦いから逃げられないのは事実だ。……私はそこから目をそらし続けてきた。


 ラートさんの言う通り、戦いについてもよく考えないといけない。


 子供達を戦いから遠ざける方法も考えるけど、今を生き延びる方法についてもよく考えないと……。ケナフでの一件以降、技術少尉はそこまで怒らなくなったけど優しくなったわけじゃないし。


「ラートさんの案は、悪くないはず……」


 キャスター先生がくれたノートにアイデアを書いていく。


 有線による遠隔操作。


 それなら巫術師の弱点を回避できるかもしれない。


 鎮痛剤無しで戦えるうえに、安全な場所から戦えるかもしれない。


 けど、有線には大きな弱点がある。


 行動が制限されるという弱点がある。


 そこを解消するなら、やっぱり――。


「――――」


 考える前にペンが動く。


 真白のページにアイデアと図が書き出されていく。


 自分の脳が、自分のモノじゃなくなったような感覚。


 何かに憑かれているような感覚。


 でも、悪くはない。不思議と心地よさを感じた。


「…………」


 私達には力が必要だ。


 そのことは、ネウロンの歴史を見ても思った。


 ネウロンは1000年の平和を保ってきた。


 けど、交国という侵略者がやってきた事で、その平和は終わった。


 交国は自分達を「人類の守護者」などと言っているけど、それっぽい大義名分を掲げているだけの侵略者だ。でも、彼らは力があるから自分達の主張を通せる。


 ネウロンには(それ)が無かった。


 主権を維持する力がなかった。


 軍事力で抵抗できないネウロン連邦は、交国にあっさりと屈した。交国が軍港を作り、交国軍を駐屯させるのを受け入れざるを得なかった。


 力があれば、まだ抵抗できたかもしれない。


 それ以前に、交渉できたかもしれない。


 多次元世界有数の巨大軍事国家である交国に抗うには、生半可な力じゃ足りない。けど、あの人達(・・・・)はもっと大きな力に抗っていた。


『プレーローマは確かに強大だ。だからこそ、私達はネウロン(ここ)で抗うための牙を作る。人々を改造(・・)し、天使に対抗する軍団を作る』


 あの人はそう言っていた。


 ……あの人って誰(・・・・・・)


 自分の頭の中に、知らない言葉が湧き出してくる。


 真白の地平(ノート)に、黒い雨が降ってくる。


 あぁ、これは雨じゃない。インクだ。


 黒い(しずく)が文字になっていく。設計図になっていく。


「え…………?」


 気がつくと、ノートにはビッシリと何かが書かれていた。


 自分が印刷機になった感覚。


 書いた覚えは……ある。


 あるけど、こんなの知らない。


 これは私の(・・)知識じゃない。


「っ…………」


 恐ろしくなってペンを置く。


 わからないのに、わかる。


 コレは兵器だ。


 兵器になるモノの設計図だ。


「わたし、なんで……?」


 私は何で、これが何か理解できるの?


 暴力なんて嫌い。子供達に戦ってほしくない。


 でも、力による現状変更に抗うには、力が必要となる。


 抗う力がないと、ネウロン人もドードー鳥と同じ末路を辿ることになる。


「ドードー鳥って、なに」


 知らない単語が頭の中に溢れ出してくる。


 知らない知らない知らない知らない知らない。


 そんなもの知らない。こんなもの知らない。


 何も知らない。


 そもそも(・・・・)私は誰なの(・・・・・)






【TIPS:交国のオーク】

■概要

 多次元世界の広域を支配する交国は、領土相応の多種族国家である。


 そんな交国の中でオークは4番目に多い種族であり、交国が建国された当初から彼らは交国人として軍事利用されてきた。


 交国のオーク達は生まれつき味覚や痛覚が無いに等しく、屈強な身体を持つ事から「天性の戦士」と呼ばれている。


 ほぼ無い味覚から毒物に気づきにくかったり、痛みを感じないことで身体の不調に気づくのが遅れやすいという問題もある。だが彼らは自分達の身体を上手く使い、交国軍人として活躍している。


 交国のオークは他国にも戦闘種族として恐れられ、英雄的な活躍をする者も少なくない。しかし多くが戦場で散っていき、将官まで上り詰めた者はごく僅か。


 殆どの交国オークが軍人になるため、老衰で死ねる者も異常に少ない。


 それでも彼らは戦場で先陣を切って戦うことを誇りに思うよう教育されており、非常に士気が高い。交国軍の主力、あるいは主力兵器は「機兵ではなく、オークである」と言っても過言ではないだろう。



■オークに対する迫害

 オークという種族は源の魔神が人類を苦しめる目的で作った戦闘種族だった。


 大昔にはプレーローマ側の戦力として多次元世界を荒らし回っていたことから「人類の敵」の一員とされていた。


 オーク達がプレーローマと距離を取った現在でも、地域によっては「人類の敵」と呼ばれ、迫害が続いている


 交国の支配者である玉帝はオークに対する迫害を「同じ人類種に連なるオークへの迫害は、プレーローマに利する行為」とし、オーク達の人権を守るための機関を設立。多次元世界のオークの保護や訴訟対応支援、イメージアップ活動を行い、オークの人権を守ろうとしている。


 交国によるこれらの活動により、オークに対する差別意識は変化した。厳しく統率され、対プレーローマ戦線で戦果を上げている交国軍のオークは一目置かれる存在にもなっている。


 ただ、さすがの交国も交国外のオーク全てをまとめ上げることは出来ていない。


 交国外のオーク達は――迫害による影響もあって――犯罪行為や国際条約違反に手を染め、その評価を落としている。


 交国のオーク達は犯罪行為に手を染めている国外のオークを嫌悪している。


 犯罪者のオークがいる軍事作戦に参加した際、「オークの恥晒し共め」と敵対するオークに苛烈な攻撃や暴行を与えがちである。


 交国軍のオークと対峙し、蹴散らされる交国外のオーク達は「痛い、痛い」と悲鳴を上げ、惨たらしい最期を遂げている。



■「交国オーク」と「それ以外」の違い

 一口にオークと言っても様々なオークがいるが、交国のオークは他のオークにはない特徴あるいは障害を持って生まれてくる。


 それが「味覚」と「痛覚」の欠如である。


 交国以外のオークは、大抵が人並みの味覚と痛覚を持っている。


 交国のオークの殆どが味覚と痛覚に問題がある理由は諸説あるが、交国は「交国のオークは交国が誕生する以前からこのような特徴を持っている」「彼らはより戦闘に特化する形で進化したオーク達である」と主張している。


 交国のオーク達は味覚と痛覚の欠如をあまり問題視しておらず、交国軍の兵士として戦い、散っていく日々を尊んでいる。



□研究記録 記録者:生ける屍

○記録日:新暦75×年

 大ブロセリアンドの首都占領完了。オーク達は未だに抵抗を続けているけど、天使共の寵愛を失ったシャチ達なんて大した驚異じゃない。


 実験用のオークは十分に捕獲できた。


 可愛いオークの子供達! 私、子供って大好きっ!


 真白のキャンバスのように汚れを知らないオークの子供達よ。


 貴方達の親は汚れているけど、貴方達はまだやり直す機会がある。


 私が貴方達の新しいお母さんになって、導いてあげますからね。


 お母さんが貴方達を立派な兵士に教育してあげますからね。お母さんが貴方達を立派な兵士に改造してあげますからね。


 お母さんと一緒に世界を侵し、改造していきましょうね。


 貴方達は私の可愛い子であり、尖兵ですからね。お母さんの言うことを聞いて、邪悪なプレーローマを打倒し、世界に平和を取り戻しましょう。


 痛い? 苦しい? 大丈夫! お母さんがついてますからね。


 いらないものはどんどん捨てていきましょうね。これもいらない。あれもいらない。ちょきん、ちょきん。ほら、身軽になった。


 幸せでしょう。うん、私も幸せ。


 さあ、私達で世界を救いましょう。


 世界を救うために、ここに楽園を作りましょう。


 私達は、私達で、救世主(メサイア)になるの。




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