過去:選民の萌芽
■title:
■from:使徒・バフォメット
ネウロン人が巫術師として覚醒していく。
ネウロンに巫術師が増えていく。
覚醒したばかりの巫術師は、そう強くない。常人には使えない巫術があるとはいえ、力の使い方と戦い方を覚えねば戦力にならん。
だから巫術師向けの訓練計画を立て、私達が指導にあたった。直ぐに使い物にならなくても、将来的には「精鋭兵」と呼べる人材候補は増えていった。
彼らは芽生えた力に喜び、はしゃいでいた。
少し訓練を積ませただけで、実力以上の自信を持ち始めた。
常人にはない異能を、実戦で使いたがった。
実力はともかく、自信だけは直ぐに一人前になった。
『エデンの先輩方! 我々も遠征に連れて行ってください!』
『必ず、ご期待に添える活躍をしてみせます!』
『どれどれ。じゃあ、俺が実力を計ってやる。喜べ!』
『ヒッ……! おっ、オカザキ様……』
『私も手伝おう』
『ひぇっ……! バフォメット教官……!?』
『ひぃ~~~~っ!!』
『逃げるのが早いぞ、ヴィンスキー』
彼らは確かに常人とは違う。
初めて扱う兵器でも、念じるだけでそれなり以上に扱える。
しかし、多次元世界は広く、尻の青い巫術師より強い者は数多く存在する。広い世界を知らない彼らはそれを知らず、増長していた。
だから庭木の剪定をするように、私やシシンが適度に相手してやる必要があった。時には他の使徒に手伝ってもらう事もあった。
『オカザキ様に勝てないのは、仕方ないですよぅ……。我々は新兵ですもん』
『バ~カ。自信過剰でイキってたなら、最後まで貫けっつーの』
『けど、実際……仕方ないでしょう? エデン最強の戦士である貴方様に勝てなくても……。それは自然の摂理みたいなものです』
『そうそう。バフォメット教官に勝てないのも、仕方ないんです。巫術師の先輩に……最初の巫術師に勝てるわけないでしょ?』
『どいつもこいつも……。じゃあ、俺らみたいに強い奴が現れたら、直ぐに諦めるのか? 降参するのか? それで許してもらえるほど実戦は甘くねえぞ』
ただ、私達が相手をしてやっても――実力差がありすぎる所為か――懲りない馬鹿は大勢いた。口ばかり達者になっていった。
『シシン。エデンの一般構成員との模擬戦を組むのはどうだ?』
『確かにそうかもな。俺ら相手だと、す~ぐ言い訳しやがる。直ぐに諦める』
巫術師達の伸びた鼻を剪定するのは、それなりに工夫も必要だった。
彼らは驕っていた。
一般構成員相手なら、異能を使える自分達の方が強いと思っていた。
成長した後はともかく……最初のうちは酷いものだった。彼らは「普通の人間」である一般構成員相手に良いように負ける事もあった。
それも当然だろう。
一般構成員といっても、ネウロンしか知らない者達より多くの事を知っている。ネウロン人如きより、ずっと修羅場を潜っている。
『今の模擬戦、油断しなければ勝てた。索敵を怠るなと言ったはずだ』
『し、しかし、教官……』
『アイツら、そこらの虫とか使って……ズルいですよっ! 巫術師の力を知っているから……卑怯な対策を……!』
『あの程度で卑怯か。先は思いやられるな』
それでも、巫術師達は確かに成長しつつあった。
彼らは色々と未熟だったが、「術式が使える」という事はそれだけで優位性があった。伸びしろがあった。
マスターも彼らの成長を好ましいもの……と捉えていたはずだ。
ただ、マスターも彼らの運用には慎重だった。
『シシン、バフォメット。今回の遠征、巫術師の参加は――』
『参加を許すとしても、見学だけにさせとけ。今のアイツらは足手まといだ。奴らの面倒を誰かに見させると、誰かの足が引っ張られる』
『同感だ。付け加えると、出しゃばる可能性があるから引率をつけるべきだろう』
『そう。じゃあ、そういう事で』
切り札として温存している――という側面もあったかもしれない。
だが、我々が「前線への投入はまだ早い」と口添えすると、マスターはそれを汲んでくれた。巫術師達に無茶をさせず、大事にしていた。
それが奴らに伝わったかどうかは……わからん。
伝わったとしても、悪い方向に伝わったのかもしれん。
ある日、こんな事があった。
『おっかしいなぁ~……』
『どうかしたのか?』
『ああ、バフォメット殿。機兵の整備をしていたんですが、機関の調子が何故か悪くて……。ウンともスンとも言わないんですよ』
『…………』
エデン一般構成員が使う機兵の整備が行われていた。
だが、その機兵の調子がどうにもおかしい。
整備士達が唸り、原因を探していた。
私は一目で原因がわかった。わかってしまった。
私が来た途端、慌てて機兵から逃げていった魂を追っていくと、そこに巫術師達がいた。何食わぬ顔で「少し休憩していただけですよ?」と言いたげにしていた巫術師を、私は締め上げた。
『私の眼が節穴だと思ったか? 整備を邪魔していたのは貴様らだな』
巫術師達は、巫術を悪用していた。
しかも……とてもくだらない「イタズラ」に使っていた。
締め上げながら理由を問うと、「だって、アイツらズルしたからっ!」という答えが返ってきた。……どうも、一般構成員相手の模擬戦で負けた腹いせにイタズラをしていたらしい。
『貴様らの言う「ズル」は、ズルなどではない。ただの工夫だ』
私は巫術師をひとしきり叱った後、マスターに事件の報告をした。
改善策として、巫術師のイタズラに直ぐ対応できるように巫術師の監視も立てることを提案した。……完璧な対策ではないが、提案はした。
『すまない。彼らの訓練がそこまで順調ではないうえに、このようなくだらん事件が発生したのは……指導者である私の責任だ』
『キミがそこまで重く考える必要はないよ。彼らの事を「愚かだなぁ」とは思うけど……まあ、そんなもんでしょう』
マスターは微笑んでいた。
冷ややかな目つきのまま、「人類は愚かなんだよ」と言っていた。
その言葉には諦めと失望が滲んでいる気がした。……スミレの前ではあまり見せない表情だが、マスターはよく、あんな表情を浮かべていた。
人類を救うために奮闘してきた中で、何度も人類の愚かさを見せつけられてきたのだろう。
マスターに事件の報告をした後、私はシシンにも同じ報告をした。
シシンも「お前がそこまで気にしなくていい」と言ってくれた。私は指導者の責任だと思ったが――。
『力に目覚めたばかりの若人は、あんなもんだ。大惨事になる前にシメれただけ良かったじゃねえか』
『しかし、マスターを失望させてしまった』
『アイツは常に失望している。人類に対して。まあ……ネウロンの巫術師達はまだまだ尻が青いが、確かに成長している』
『だといいが……』
成長はしていた。
少なくとも、力の使い方は上手くなっていた。
『もう少し、厳しくしようと思う。力が強くなっても……それを使う者の心が、力に追いつけていない気がする』
『そうか。まあ、あんま思い詰めんなよ。当分先の話になるかもだが……巫術師は、かつて頓挫した精霊部隊並みの存在にはなれるはずだ。俺も一応は期待してんだぜ?』
『セイレーンとは、なんだ?』
『人類の一種だ。巫術師の……肉体が無い版と言ったら伝わるか? 索敵能力は巫術師の方が優れているが――』
多次元世界は広い。
私はネウロン人は「ネウロン以外を知らない」と思っていたが、私自身もそこまで物を知らんな――と思う事が多々あった。
『お前は神器が受肉した存在だから、精霊の仲間と言っていいかもな。どうだ、同胞に会いたくなったか?』
『いや、別に。多少の興味はあるが、私はスミレ第一だ。機会があれば会ってみたいが、あえて会いに行こうとは思わん。それに……』
『それに?』
『……いや、忘れてくれ』
それに、ネウロンの巫術師達の指導もある。
我が子の「教育」は……実質、マスターに投げてしまっている。私に出来ることと言えば、スミレと食卓を囲んだり、ノンビリと過ごす事ぐらいだ。
スミレはとても手がかからない子だったから、直ぐに私がしてやれる事は少なくなっていった。直ぐに私より賢くなっていった。
ならばせめて、後進の育成ぐらいはしっかりこなさねばならん。
そう思いながら私はネウロンの巫術師達と接していた。少し目を離せば馬鹿をやる子供を見守るような気持ちで、彼らの指導に当たっていた。
彼らは、スミレのように優秀ではない。
彼らは、スミレのように優しくない。
スミレと違って、彼らはおろかだった。
だが、それでも――。
『バフォメット様! どうですか!? 今のは結構、上手くやれたかとっ……!』
『我らも、貴方と共に戦場に駆ける戦士になれますよね!?』
『ふ……。まだまだ、尻が青いよ。お前達は』
……やりがいはあった。
彼らは愚かだが、愚かなりに頑張っていた。……私はそう思った。
彼らは彼らの歩幅で頑張っていた。少しずつ、強くなっていった。
当時の巫術師には弱点らしい弱点はなかった。
死を感じ取ったところで、頭痛で苦しむなんて弱点はなかった。
ゆえに、巫術師になりたがる人材は事欠かなかった。
巫術の力は持っていて損はない。むしろ必須になりつつあった。
『バフォメット教官! 少し、相談したい事が……』
『3分待ってくれ。ヴィンスキー。これが済んだら直ぐに聞く』
『はっ!』
1人の教え子に、巫術師化の施術で相談を受ける事もあった。
弟も、巫術師にしてもらえませんか――と相談を受ける事もあった。彼以外にも、その手の相談はよく持ちかけられた。
『施術希望は構わんが……その子達は、少し、幼すぎる。まだ早いだろう』
『ぼく、すぐおっきくなりますっ! すぐ、あにさまたちのようになれます!』
『弟にも才能があるはずです! 巫術師になれば、直ぐにエデンの皆様のお力になれるかと……!』
『ふむ……』
安全な施術を受けるだけで、常人が「術式使い」になれる。
その価値は、多次元世界を知らないネウロン人達も直ぐ理解した。
最初は「怪しげなまじない」という者もいた。特に保守的な部族では、そういう見方も強かった。だが、その考えは直ぐに淘汰されていった。
巫術は便利だった。
ネウロンの文明が発展すればするほど、便利になっていった。
巫術は人工物に――機械に憑依し、操る力がある。機械が普及すればするほど、それを簡単に操れる巫術師は重宝されていった。
多くのネウロン人が巫術師に対し、羨望の眼差しを注ぐまで……そう時間はかからなかった。多くの者が「巫術師」になりたがった。
巫術師になるために――。
『お願いです! エデンの皆様! 我々にも……我々にも<グリモア>を!』
『どうか神の血を! グリモアを分けてくださいっ……!』
最初の巫術師の体液を使って生成した加工血液。
<覚醒血晶>を求めるネウロン人は、大勢いた。
施術を受け、加工血液を注がれれば巫術師になれるかもしれない。絶対になれるわけではないが、皆が特別になりたがった。
『グリモアが、神の血ねぇ……。おかしくねえか?』
『ああ。「神」は真白の魔神だ。覚醒血晶は使徒の体液が材料だから、正確には「使徒の血」だろう』
『そういう話じゃねえよ。なんか……奴ら、熱狂しすぎじゃねえか?』
シシンの言う通り、ネウロン人達は「熱狂」していた。
熱に浮かされたように力を求めていた。
それに関し、エーディンは渋面を浮かべながら教えてくれた。
『マクスウェル達が……宗教的な考えとからめて、巫術師や覚醒血晶の力を喧伝しているみたい。巫術師達自身も自慢しているから……』
『必要以上に喧伝する事で、巫術師志望者を増やしているのか』
『奴ら、ま~た悪さしてんのか』
『確かにこのやり方なら巫術師志願者が増える。けど、ちょっと……危うくない? 信仰を利用しすぎると……大きな歪みと問題になる可能性が――』
『まあ、問題あるまい。ネウロン人も、損はしないのだ』
懸念を抱くエーディンと違い、私は軽く考えた。
巫術は便利な術式。
戦闘以外でも役立つ。全ての人間が巫術師になれば、社会構造に大きな革命が起きるだろう――などと軽く考えて言っていた。
『巫術が魅力的な力なのは認める。けどね、バフォメット、これはあまりにも……性急すぎると思うの。……巫術の有無が悪影響を生まなければいいけど』
エーディンの懸念を、私は軽く流した。
相変わらず心配性だな――と思う程度だった。
巫術師は多いに越したことはない。
力を持つ同志は大勢いた方がいい。
エデンの同志でなくとも、巫術師人口が増えるだけで社会は進化する。
それはネウロン人が証明してくれた。
『バフォメット様! どうしてこんなところに……』
『お前の様子を見に来た。……お前がエデンの兵士を辞めたとはいえ、かつて私が指導していた事実は消えん。教官ヅラをして鬱陶しいかもしれんが――』
『そんなことありませんよっ! せっかくだから、私が操作する船に乗っていきませんか!? 私は兵士としては、パッとしない者でしたが……バフォメット様の指導のおかげで巫術は使えます! この船だって、私1人で動かしているんですよ』
巫術は軍事以外でも大いに活躍した。
巫術師なら、汽車や船を1人で動かせる。
整備も、憑依で精査できる巫術師がいれば作業が楽になる。
人の捜索も巫術が重宝する。
常人のような訓練無しでも、念じるだけでそれなりに動かせる。当然。訓練を積んでいけば常人では不可能な操作すら可能になる。伸びしろは常人を凌ぐ。
巫術が一気に普及した事もあり、ネウロンは一気に発展していった。豊かになったネウロンで、多くの者達が笑っているように見えた。
豊かなのは良いことだ。
巫術師が増えるのは良いことだ。
私は、そう思っていた。
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■from:使徒・バフォメット
『マスター。変装して視察に来たのか?』
『うん……』
マスターは「神」だ。
神があまりフラフラしていると、萎縮する民もいる。マスター自身も「神」として振る舞い続けるのに苦労している。
だから、マスターが変装をして密かに視察を行う事は、ちょくちょくあった。
マスターは発展したネウロンを、じっと眺めていた。その表情には憂いが浮かんでいるようだった。私は「何故?」と問いかけた。
『ネウロンの発展は、エデンにとっても悪い話ではないだろう? この発展はマスターの力によるところが大きいが、巫術師達も立派な歯車になっている』
『…………』
『何か、気に入らない事があるのか?』
私はネウロンの発展を喜んでいた。「発展」を軽く考えていた。
だが、マスターは違った。
エーディン寄りの考えを持っているようだった。
軽く考えていたから、私は――。
『教官! バフォメット教官……! 施術を……弟に、もう一度、施術を施してもらえないでしょうか……!?』
『ヴィンスキー。その子の巫術師化は失敗しただろう』
『で、ですが……もう一度、機会を与えていただければ、弟も…………。だって、兄の私だって巫術師になれたんですからっ……!!』
『血縁者が巫術師になれたからといって、家族全員が巫術師になれるわけではない。だが案ずるな。その子の施術も、次代に活きる事になる』
巫術師になれなかったところで、悲観する必要はない。
施術は種まきのようなものだ。
直ぐに芽を出す事もあれば、次代に――施術を受けた者の子孫が巫術師として覚醒する事もある。一度施術を行えば、その子孫は施術なしでも巫術師として覚醒する可能性を持つことになる。
だから、巫術師になれなかったところで問題はない。
命に別状があるわけではない。お前達は何の損もしていない。
『巫術師と覚醒するか否かは、ネウロン全体にとっては些細な事だ』
私は不安げな教え子と、その非巫術師の苦悩と向き合わなかった。
ネウロン人の苦悩と……キチンと、向き合わなかった。
彼らは何の損もしていないのだから、何も問題はない。
愚かな私は、そう思っていた。
青ざめた非巫術師を必死に励ましている教え子に対し、「家族の問題に立ち入るべきではないな」と考え、声もかけずに立ち去る選択をしてしまった。




