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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.3章:過去は影なり【新暦190-242年】
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過去:エデンの同志達



■title:

■from:使徒・バフォメット


 真白の魔神が作った<エデン>は「プレーローマ打倒」を目指していた。


 <源の魔神>が死してなお、人類を苦しめる天使達(プレーローマ)を倒さねばならないと考え、奴らを倒すために努力していた。時には奴らを強襲した。


 最初は少なかったエデンも、プレーローマとの戦いを重ねるたびに構成員が増えていった。力を増していった。


 構成員の多くはプレーローマに恨みを持つ者達だった。彼らはプレーローマを憎んでいたからこそ、「プレーローマ打倒」を目指すマスターに付き従った。


 真白の魔神は人類の希望(メサイア)である。


 凡人とは違い、超越者である彼女なら……いつかきっとプレーローマを倒せると信じ、付き従っていた。


 構成員はまともな者が多かった。プレーローマを憎みつつ、プレーローマに与えられた傷に苦しみながら、お互いを労り合っていた。


 同志を大切にする者も、多くいた。


 だが、全員が全員そうだったわけではない。


 特に<使徒>の中には問題のある者が多かった。


 真白の魔神の<使徒>と呼ばれる者達は、特別な力を持つ者が多かった。一騎当千の猛者が多かった。戦闘以外の得意を持つ者もいた。


 彼らは頼りになったが、クセの強い者ばかりだった。


 和を乱す者もいた。例えばマスターがネウロンの政をエーディンに一任したのに、それに納得せずに急進的な干渉をする者も多かった。


 真白の魔神(マスター)ですら、彼らの扱いに困る事は多々あった。マスターが創造した使徒ですら、マスターの指示を完全には果たさず、好き勝手にする事もあった。


 ゆえにマスターは、彼らに枷を与えた。


 <統制(ドミナント)戒言(レージング)>という枷で縛った。


『ウゥゥゥ……。マァスタァ…………! くび、輪……! 取っデェ……!』


『マスタァ! マスダァ! キャキャギャキャギャァ!!』


『ハァ……。キミらがもうちょっと、聞き分けの良い人間ならね』


『使徒というより野獣だ。同志ながら恥ずかしい』


『まあ……その分、戦闘では頼りになるから。とりあえず……スミレ~! この子達、いつもの散歩に連れてってあげて~!』


『は~い。お兄ちゃん達~! 今日もスミレとお散歩行こっ♪』


『オォォオォオ!! スミレ! スミレぇ!! きょうも、うまそぉぉ!!!』


『ボォルゥ! ボォルなげへェ!!! じんにぐ! じんにぐクれェ!!』


『貴様ら……スミレにすり寄るな。……私もついていくぞ』


 マスターがスミレに「安全装置の用意」を厳命したように、マスターは曲者達を<統制戒言>という術式で縛った。


 術式で行動を制限し、命令を与えて操っていた。


 常に操っていなければ問題を起こす者もいた。油断ならないため、その場で命令を与えずとも自動的に縛る時もあった。


 さすがに……飢えた獣と大差ない使徒(ヤツ)はそこまでいなかった。まあ、他の曲者と比べたら……奴らの方がまだ可愛いものだったが――。


『マズダァ! おデだぢ、しんぢデなぃのォ!?』


『ひどォイィィィイイイ!! ひャひゃひゃヒゃひゃッ!!』


『もうっ! 仕方ないでしょっ? お兄ちゃん達が、マスターを襲ったり……その辺のものをかじったりするんだから~……!』


『ずミレぇ、おごっダぁ~~~~っ!!』


『キャキャキャキャキャ!!』


 マスターは、仲間を信じていなかった。


 理性的な使徒も、他のエデン構成員も信じていなかった。


 常に疑っていた。


 何度も裏切られてきた影響だろう。


 彼女は人類を救おうとしていたが、多くの人類は……彼女を救おうとしなかった。マスターやエデンを遠ざける事もあった。


 構成員の裏切りに遭い、窮地に陥る事もあった。


 裏切りで死んだ事もあったそうだ。死んでも転生するマスターにとって、死は終わりではないが……計画の破綻を意味する事はあった。だから警戒した。


 裏切りが彼女の心を傷つけ、安眠できず、クマを作ることもあった。


 私は彼女の不信感を理解してやれなかった。彼女の傷を共有してやれなかった。


 当時は彼女のように、裏切られた経験がなかったから――。


『これは私の(もの)だから。キミ達に理解は求めない。……ごめんね』


 仲間を疑う事に関し、彼女は何度も我々に謝罪してきた。


 使徒達の多くは彼女を責めなかった。マスターはそうあるべきだと言った。


 そう言いつつ、マスターの意向を無視して独断専行する者も多かった。


 私はそれを止めきれなかった。


 むしろ、私自身がマスターの意志を踏みにじる事もあった。


 ……マスターはきっと、そうなる事もわかっていたのだろう。


『マスター。私にも統制戒言を取り付けるべきでは?』


『……何故? 何でわざわざ首輪を欲しがるの?』


 ある日、私はふと抱いた疑問を投げかけた事がある。


 研究所の庭で、スミレと獣に近い使徒達がボール遊びをしているのをマスターを眺めつつ、抱いた疑問を投げた事がある。


『私も貴女を失望させる事があるだろう。謀反を起こす予定はないが……万が一という事もある。念のため、枷をつけておくべきでは?』


『聞き分けの良い子には(・・)つけないよ。私が欲しているのは下僕ではなく同志だ』


 マスターは「疑り深い私にそう言われても、信じてもらえないかもしれないけど――」と言って苦笑いを浮かべていた。


『手綱を握らないと何をしでかすかわからないイタズラっ子には枷をつけるけど、良い子にはつけない。例えば……スミレにはね』


『そうか。感謝する。スミレや私を信頼してくれているのだな』


『…………』


『バフォメット! 来てやったぞ! 手合わせする相手が必要なんだろ?』


『ああ、すまないな。シシン。マスター、悪いがスミレを頼む』


『うん。行ってらっしゃい』




■title:

■from:使徒・バフォメット


 エデンの一般構成員はともかく、使徒には曲者が多かった。


 本当に多かった。


 そのため使徒同士の仲はそれほどよくなかった。私は大半の使徒とはほどほどに付き合いつつ、親しくしていたのは一部の使徒だけだった。


 代表格はエーディンだった。スミレの姉貴分として彼女を可愛がっているエーディンには、あまり頭が上がらなかった。


 エーディンは戦闘員では無かったので、エーディンが出来ない仕事は代わりに私が請け負っていた。その代わりと言ってはなんだが、私が不在の時はエーディンにスミレのことをよく頼んでいた。


 その他に親しくしていた者といえば、やはり奴だろう。


 丘崎獅真(シシン)


 我が戦友。我が同胞。エデン最強の戦士。


 彼もまた真白の魔神の使徒だったが、特殊な使徒(・・・・・)だった。


 奴はスミレと同じく、統制戒言をつけられていない特殊な使徒だった。


 奴はマスターの命令(オーダー)に縛られず、かなり好き勝手にやっていた。


 シシンは良き戦友だったが、戦闘狂いの節があった。奴は強者との戦いを好んでおり、マスターに撤退を指示されても強者との殺し合いに興じる事があった。


『シしぃんバッカ、ずるいずるいズるぃ!!』


『おデダぢもォ、だだガぅ!! まズだぁの敵、喰ウ!』


『やめとけやめとけ。雑魚犬共。アレは俺の獲物だっ!』


『シシンも下がりなさいっ! これはエデンの長としての命令――』


『先に退いてろ!! ここは俺が任されたぁっ!!』


 奴は問題児だった。


 悪い奴ではない。人としては他の使徒よりかなりまともだった。しかし、独断専行も命令違反も多かった。……結果的に我らを救うことは多かったが、ヤツはいつも無茶をしていた。


 皆を守るために無茶をしていた。


『俺が気に入らなかったから、真白の言うことも聞かなかった。文句あっか!?』


『…………』


『文句ありそうなツラしやがって! ケッ!』


『シシン……。自主的に(・・・・)、懲罰房に入って。今回はやりすぎ』


『ふんッ! ちょうどあそこが懐かしかったところだ! 久しぶりに入ってやるぜ! 俺の自由意志でな!』


 だが――私の知る限り――マスターはシシンを統制戒言で縛らなかった。


 他の使徒達にシシンを縛るよう嘆願されても、マスターは困り顔で断るだけだった。彼女はシシンから自由意志を奪わなかった。


 シシンは「特別な使徒」だった。


 エデン最強の戦士だから許されていたわけではない。エデン最強がシシン以外なら、マスターは当然縛っただろう。特に裏切りを警戒して縛っただろう。


『素朴な疑問なのだが、お前は何故、好き勝手を許されているのだ?』


『あ? テメエもマクスウェル達みたいに、俺の行動にケチつけてくんのか?』


『だから、素朴な疑問だ。ひょっとしてお前は……マスターの愛人なのか?』


 特に考え無しにそう言うと、シシンは私の頭を思い切り殴った。


 殴られた頭部が半壊しながら落ちたので、それを拾ってシシンを見ると、シシンは大層怒っていた。貧弱な語彙で罵倒の言葉を叫んでいた。


『気持ち悪いこと言うな!! アイツと俺が、そんな仲のわけねえだろ!? 次に言ったら殺すぞ!! ボケ!! カスぅッ!!』


『では、マスターは何故……お前は縛らないのだ? 統制戒言で』


『そりゃあ、俺も…………知らねえよっ! 真白に聞けよっ……!』


 ともかく、シシンは特別な使徒だった。


 真白の魔神にとって、統制戒言は使徒や部下を縛る大事な枷だった。


 大事な安全装置だった。

 

 マスターにとっては……シシンの存在は、一種の枷だったのかもしれない。


 真白の魔神(じぶん)を律するための枷だったのかもしれない。


『つまんねえ話より、訓練しようぜ。今日もヤるんだろ?』


『ああ、頼む』


 特別な使徒であるシシンに思うところがある使徒は多かったが、私は大して気にしていなかった。むしろ好ましく思っていた。


 シシンは強かった。


 エデン最強の戦士である彼との模擬戦は、彼と比べれば未熟な私を磨く良い機会だった。シシンは自分より弱い私との戦いに、よく付き合ってくれた。


『今日は双方、神器無しで頼む。巫術の使い方をもっと磨きたい』


『おう! 構わんぞ!』


 ネウロンには続々と、新たな巫術師が誕生している。


 彼らをエデンの精鋭兵として運用していくなら、巫術師として先達の私が導いてやる必要がある。……当時の私は、真面目にそんな事を考えていた。


 マスターやシシン達にも大いに頼ったが、巫術師のことは私が一番理解している……と思っていた。私は……張り切っていた。


 巫術で機兵を遠隔操作し、生身の人間にけしかける。


 普通なら勝負は見えている。だが、シシンは普通の人間ではなかった。


 機兵の攻撃を跳躍で回避したシシンは、隙だらけに見えた。人間離れした動きだったが、空中では回避行動は取れまい。そう思い、攻撃したが――。


『おう、おう、おうっ! 甘ぇ、甘ぇ、甘えッ!!』


 シシンは笑いながら機兵の攻撃をいなした。


 その辺で拾った棒きれを使い、機兵の機関砲を弾いてみせた。


 ならば――と私は機兵を動かし、流体装甲の大槌を作った。シシンが着地する前に詰め寄り、機兵の力で潰してやろうと思った。


 模擬戦とはいえ、シシン相手に手加減など不要。


 本気で殺すつもりで、大槌を振るい――。


『ほっ』


 空中で「くるり」と回ったシシンに、大槌を蹴り上げられた。


 その次の瞬間、奴はさらに攻撃してきた。


『丘崎新陰流、六連』


 足先で着地したシシンは、足先(そこ)を基点にして身体を鞭のようにしなられた。同時に棒きれを振るい、こちらの機兵を殴り飛ばしていた。


 数十メートル殴り飛ばされた機兵は、背中から地面に落ちようとしていたが……落下点に走ったシシンは片手で「ふわり」と機兵を受け止めてみせた。


 とても生身の人間に出来る芸当ではない。


 しかし、シシンにはそれが可能だった。


 それほど優れた戦士だった。


『参った。相変わらず凄まじいな、お前は』


『神器有りなら、お前はかなりヤるだろうが。俺と互角とは言わんが、エデンでも指折りの戦士と言っても過言じゃないぜ。クソ速いからな』


 機兵片手に走ってきたシシンと感想戦を行う。


 強者との戦いを何度も経験してきたシシンとの戦いは、とても参考になった。


『さっきはもっと、ズババババァン! とやって、ジビシャァッ! とやりゃあ……俺相手でももっと良い感じにいけたと思うぜ!』


『人語で喋ってくれ』


 シシンの指導(かんがえ)を汲み取るのは大変だったが、学びは多かった。


 シシンのおかげで、私はそれなりの戦士に成長できた。


『お前以外の巫術師共も、お前ぐらい戦えればいいんだがなぁ』


『そう簡単にはいかないだろう』


『根拠のない自信だけは、ムクムクと膨れ上がってんだけどな。あいつらの尻の青さには……ちょっと呆れる』


 シシンも巫術師の指導には手を貸してくれていた。


 シシンは人を教え導くのが下手だ。だが模擬戦の相手としては申し分ない。少なくとも私にはとても良い相手だった。


『真白の話じゃあ、巫術師は死司天対策になるって事だったが――』


巫術師(われわれ)は常人より丈夫な魂を持っているそうだからな』


 相性は悪くないはずだ。


 マスターはそう見積もっていた。


『お前はあの天使野郎相手でもかなりやれると思うが……他の奴らは無理じゃねえかなぁ。死司天は権能馬鹿じゃないし』


『今すぐは無理でも、いずれ彼らも成長する』


 ネウロンで、巫術師は確実に増えていった。


 ネウロン人は巫術師として覚醒する適正が極めて高かった。


 巫術師が増えるほど、エデンも成長する。


 私は……そう思っていた。期待していた。


 あの頃は、何もわかっていなかった。私は愚かだった。




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