過去:父親の悩み
■title:
■from:使徒・バフォメット
ネウロンは順調に発展していった。
ネウロン人も――表向きは――順調に私達の「共犯者」になっていった。
経済的砂漠地帯であったネウロンに、それなりの文明と社会基盤が構築されていき、それを土台とした軍備も整っていった。
ただ、ネウロン人は直ぐには使い物にならなかった。
『ネウロン人はザコいし、根性ねえわ! 丘崎新陰流が全然根付かねえ!』
『シシン。お前の指導方法が下手という陳情が――』
『ケンカ売ってんのか。コラ! 叩き斬るぞ、コラッ!』
整ったのは兵器だけ。
それを扱い、戦う「兵士」を用意するのには苦労した。
真白の魔神の技術を「神の御業」として紹介し、説明を省くのは便利だが……実際に運用させる機械等に関しては「神」という思考停止説明は使っていられない。
使用するネウロン人が、ある程度は理解しないと使い物にならん。
『だから言ったでしょ! ネウロン人にも教育は必要だって……』
キレるエーディンに対し、我々は「仰る通り」と言いつつ――都合の良い時は「神」という言葉を使いつつ――兵士育成に挑んでいった。
中々、実戦に投入できる者は育たなかった。
しかし、あの技術によって一部兵士の育成速度は飛躍的に向上した。
『乗れる! 私にも鉄巨人が動かせる!』
『言葉ではなく、心で理解できた!』
『術式使い量産計画……第二段階成功か』
『うん。あとは術式使いとしての……巫術師としての適正が子孫に引き継がれるかどうか。毎回、個々人の適正に縛られる手術をするわけにはいかないからね~……』
最初の巫術師の体液を使い、巫術師の量産計画が始まった。
ネウロン人は巫術師となる適正が極めて高かった。全ネウロン人が巫術師になれるわけではないが、他人種よりもずっと覚醒の可能性が高かった。
巫術を使えば、未熟な兵士でも直感的に機兵や方舟を使える。脆弱な人間でも兵器を与えてやれば、それなりの戦力になる。直感的に兵器を使う事が出来れば、訓練期間を大幅に短縮する事が出来た。
巫術の力は、兵器運用以外でも役立った。
ただ、当初の巫術師の力は物足りなかった。
『彼らも、私のように憑依対象の遠隔操作が出来ないのか? 現状のままでは機械の扱いが少しだけ上手いだけの兵士だぞ。精鋭兵と言うほどではない』
『キミの遠隔操作は、神器の力も借りてるからな~』
『遠隔操作だけでも、何とかならないのか? 神器の代用品を用意できないか?』
『うーん……神器の力を全て再現するのは難しいけど、遠隔操作だけなら……補助用の器具作成は出来るかも……』
『量産可能なら、それも用意した方がいい。遠隔操作出来た方が巫術師運用の幅が大きく広がり、彼らが生還する可能性も飛躍的に上昇する』
『遠隔操作用の増幅器でも考えてみるよ』
真白の魔神は巫術の増幅器として、ヤドリギを開発した。
ヤドリギによって、巫術師達は憑依対象の遠隔操作も可能となった。距離制限はヤドリギを複数用意する事で改善し、彼らの運用の幅は一気に広がった。
また、ヤドリギの恩恵は私にも与えられた。
私は元々、遠隔操作はそれなりに出来ていたが……ヤドリギがある事でその範囲がさらに拡大した。私の戦闘能力も向上した。
神器無しでも、それなり以上にやれるようになった。
『ヤドリギは良い。これがあれば神器を使わずに済む。スミレに怖がられずに済む。感謝する。マスター』
『スミレは父親を怖がらないでしょ』
『いや、神器としての力は怖がっている。どこぞの誰かが「カミナリさまにおへそを取られるよ」と、スミレに吹き込んだ所為だ』
幼いスミレは遠雷を聞くだけで、「ぴゃあ!」と鳴いて怖がるようになった。
大人になっていくにつれ、克服していったが……。諸悪の根源である魔神は、私の言葉を聞き、口笛を吹いて誤魔化していた。
『おとうさま! マスター!』
『スミレ』
『やあ、スミレ』
『スミレのお話、してたっ?』
『ああ。マスターが、お前にウソを吹き込んだ件を話し合っていた』
『スミレ、まただまされたの!?』
『う、嘘じゃないってぇ~……。私の言うこと信じてよぉ~……』
スミレは私のことを「おとうさま」と呼んで接してきた。
異形の私を、自然に「父親」として扱ってくれた。
私も彼女に応えるべく、父親として振る舞っていたつもりだが……立派な父親になっていた自信は、あまり……ない。
ただの神器だった私が――出自は普通と違うが――人の子に対し、どう接するか迷った。迷ったが、マスターは「普通でいいんだよ」と言っていた。
その「普通」がよくわからなかった。
だが、わからないなりに努力したつもりだ。
泣かせたくない。泣かないでほしい。だから必死に努力した。
スミレの笑顔を見ていると、自分の役割を全う出来ている気がした。
だが、そうではない現実を、しばしば突きつけられた。
『おとうさま~! お出かけする約束っ! 約束~っ!』
『うむ。行こう、スミレ』
エーディンの施策により、ネウロンは急速に発展していった。
ネウロン人の数は増えていき、集落も大きくなっていった。
それが「街」と呼べる規模になるまで、そこまで時間はかからなかった。
多くの人々が暮らす街には、多くの家族が生まれていた。
……仲睦まじい親子も、多く見かけた。
真白の魔神に祈りを捧げる親子。父親と母親と手をつなぎ、談笑しながら帰って行く子供の姿。はしゃぐ子供達は笑顔で見守る親の姿。
そういったものが、街にあふれるまで……そう時間はかからなかった。
『…………』
スミレはそれらをジッと見ていた。
羨ましそうに見ていた。
だが、羨望を必死に隠していた。
スミレは優しい子だった。私の視線を感じると、羨望の視線を慌てて隠し、ごまかすように私に抱きついてきた。
父親に、気を遣っていたのだと思う。
……母親がいれば、あの子はもっと幸福になれるのではないか?
私はそう考えた。
『母親は作成可能か?』
マスターにそう聞いた事がある。
同席し、茶を飲んでいたエーディンが咽せる中、マスターは「作ろうと思えば作れるけど……」と言いつつ、詳しい事情を聞きたがった。
私はスミレの幸福のために、母親に当たる存在が必要なのではないか――と聞いた。作成可能なら作ってほしい、と依頼した。
『まあ、キミの伴侶ぐらい作れるけど……スミレが求めているのはそういうのじゃない。そういうのは自然に出来るものだよ』
『生えてくるのか? 雑草のように』
『ちょっと違うかな……』
『スミレの母親って、実質、マスターじゃないの?』
茶で汚れた口元と衣服を拭き終わったエーディンは、そんな事を言った。
マスターは困った表情を浮かべていた。私が「マスターはちょっとな」と拒否すると、それはそれで腹が立ったのか「おい、コラ」と言ってきたが――。
『スミレも、マスターに母性感じてると思うけどなぁ』
『私は……スミレの師匠だよ。親じゃない。……エーディンとかどう?』
マスターがエーディンを指さしながら言うと、エーディンは私をしげしげ眺めた後、茶菓子を口にしながら「私はパス~」と言った。
『バフォメットに恋愛感情とか抱けないわ~』
『微妙に失礼なことを言われてないか?』
『じゃあ、アンタは私にキスとか出来る? スミレにお休みのキスするみたいに』
『エーディンは私を、そのような目で見ているのか……』
『違うわ!! 仮定の話だっつーーーーの!!』
『私はお前を、頼りになる同志だと思っている。あと……スミレにとって「良き姉」のような存在だと思っている』
『ああ、それは私も思う。スミレのことは実質、妹みたいに思ってるつもり』
私は、スミレには「母親」がいた方がいいと思った。
だが、それは無理に作成するものではないらしい。
スミレもそこは理解してくれるだろう――とマスター達も言ってくれた。
『けど、もし結婚するとしたら……私もスミレのような娘が欲しいなぁ~。バフォメットみたいな朴訥とした男とは結婚したくないけど』
『そもそも、私は男なのか?』
『身体的な話はともかく、性自認的にはそうじゃない? スミレの父親でしょ?』
『確かに……。しかし、母親になったエーディンか……』
私が腕組みして唸っていると、エーディンは少しだけ眉間にシワを寄せながら睨んできた。「私が母親になるなんて、想像できないってこと?」と言ってきた。
『逆だ。お前ほど良き母親になる者はいないだろう。お前がネウロン人と……根気強く接し、教え導く姿に対し、私は「母」のような姿を感じている』
『そりゃどうも。……色々、限界は感じているけどね』
エーディンは憂いに満ちた表情を浮かべ、「子供が宗教にハマったら、こういう気分になるのかしらね」などと言っていた。
『エーディン。結婚したら相手を紹介してくれ。お前ほどの者が選んだ相手なら、さぞ立派な相手だろう。父親として参考にしたい』
『結婚の予定なんて無いって。何だかんだで……私は結婚なんてしないと思う。私は……バフォメットみたいに家族に親身になれないと思う。なんだかんだで冷たい人間だからさ』
『そうは思わんが……』
エーディンは聡明で情に厚い女だった。
子を持てば、きっと立派な親になるだろう。




