過去:最初の祝福
■title:
■from:使徒・バフォメット
エデン。
真白の魔神が立ち上げ、率いていた反プレーローマ組織。
当時のプレーローマは<源の魔神>の死を皮切りに始まった混乱期の真っ只中だった。プレーローマの主導権を巡り、天使同士で争っている時代だった。
天使同士で争っている状態でもなお、プレーローマは人類を蹴散らすだけの力を持っていた。真白の魔神は対プレーローマのために動いていたが……奴らに勝つためには「組織が必要」と考え、エデンを立ち上げたらしい。
『プレーローマに抵抗している神器使いの噂を聞いて、エデンに勧誘しにきたんだ。その神器使いが、キミの担い手なんだけど……』
我が担い手は死んだ。
だから、勧誘はできない。
『けど、キミは生きている。自我に目覚め、いまここに生きている』
キミさえ良ければ一緒に来ないか――と聞かれた。
私に貴様らの活動を手伝えという事か、と問いかけると、真白の魔神は笑って「手伝ってくれると非常に助かる」と言った。
『ただ、急に現れた私達を直ぐ信じるのは無理でしょ? ひとまず行動を共にして、私達のことを観察してもらえばいい』
『…………』
『このままここに留まっていても、良いことないよ。プレーローマが戻ってくるかもしれない。……私達についてきたら、良いこともあるよ?』
『我が担い手を蘇生したい。方法を知らないか?』
私は担い手を守れなかった。
だが、もし、死者蘇生の方法があれば……取り返しがつくと考えた。
苦し紛れの思いつきだったが、真白の魔神は私の言葉を笑わなかった。「死者蘇生なら私が出来るかもしれない」と言ってきた。
『私は対プレーローマ活動をしつつ、色々と研究をしていてね。その研究の中には死者蘇生も含まれる。だから、その子も蘇生できるかもしれない』
100%成功すると約束出来ないけどね、という言葉も添えられた。
私はその甘言に釣られ、真白の魔神についていく事を決めた。
まんまと騙され、<エデン>への同行を決めた。
破壊以外に取り柄の無い私は、他の方法も道も思いつかなかった。真白の魔神を怪しんでも、「どうせこれ以上、失うものは無い」「ならばこの女に賭けてみよう」などと考えていた。……浅はかな考えを抱いていた。
『プレーローマには死者蘇生の方法が、現在も残されている』
『だからか。だから、殺しても殺しても同じ天使が立ち向かってきたのか』
『そう。ただ、彼らの死者蘇生も完璧ではない。アレはとある天使が持つ権能による予約式の蘇生だ。魂を保護し、肉体をその場あるいは別の場所で再生させるだけで……真の死者蘇生とは言いがたい』
とにかく、同じ方法は使えない。我が担い手は既に死亡しているため、治癒の事前予約じみた「蘇生」は使えない。
『プレーローマ式のやり方も出来れば便利だけど……いま私が研究しているのは、別の方法。本人の遺体を材料に、肉体を作り直すという方法なんだ』
真白の魔神はもっともらしい事を語り、許可を求めてきた。
我が担い手を蘇生するために、その遺体を使ってもいいか――と言ってきた。
私は……よく考えもせず、それを許可した。
『必ず、我が担い手を蘇生してくれ』
彼女は、あんなところで死んでいい者ではなかった。
プレーローマに突然、平穏を奪われた。奪われた平穏も家族も友人も、二度と戻ってこないとしても……それでも必死にプレーローマに抗っていた。
彼女は努力していた。
その努力が報われないまま終わるなど、あってはならない。彼女の頑張りを見守ってきた私は、自我を得た後にそう考えるようになった。
だから、必ず蘇生してくれと求めたが――。
『100%は約束できない。まだ研究中の技術だからね』
『要するに、我が担い手は実験体か』
『この世に絶対はない。けど、最善を尽くすよ』
『失敗した場合、どうなる。我が担い手の遺体がメスで切り刻まれ、辱められるだけで終わりということか?』
『いや、それはない。もし仮に蘇生が失敗しても、新しい生命が誕生する』
真白の魔神は、遺体を材料に「人造人間」を作った。
そうすることで、死者の魂が人造人間に宿ると考えていた。
表向きはそう主張していた。実際、真白の魔神は死者蘇生研究をやっていた。ただ、あの時は……最初から我が担い手を蘇生する気は、ほぼなかったはずだ。
奴の目的は「器」を作ることだった。
そうとは知らず、私は担い手の遺体を渡してしまった。
他に方法もない。失うものは何もない。
真白の魔神に賭けるしかない。そう、考えながら――。
『……成功したのか?』
『いま調べているところ。ただ、この子が生きているのは確かだよ』
真白の魔神の言う通り、新しい生命は誕生した。
神器使いの遺体を材料とした人造人間。
その身には、確かに魂が宿っていた。
お前は我が担い手か? と問いかけることは出来なかった。
当時はあの子はまだ、赤児だった。
『何故、わざわざ赤児の形で蘇生した』
『前は失敗したから、別の方法を試しているんだよ』
失敗という言葉には不安を抱いたが、もう「蘇生実験」は始まっている。今更、何を言ったところで無駄だ――と思い、見守り続けた。
『うぅ~……ばぁ~、ぶぅ~…………』
『我が担い手が、このような赤児になってしまうとは……』
『似てない?』
『わかるか。さすがに、担い手の赤児時代までは知らん』
『まあ、完全に同じ容姿にはならないと思う。ただ……成長していけばかなり似てくると思うよ。それこそ、母親と娘ぐらいには似てくると思う』
寝台に寝かされた「我が担い手の遺体から造られた人造人間」を、私は何とも言いがたい気持ちで見守った。
本当に真白の魔神に任せてしまって良かったのか? 確かに少し似ているかもしれないが、この子が本当に担い手として復活してくれるのか?
そんな不安を抱きながら、見つめていると――。
『あぅぁ~……』
『ム…………』
赤児が、私に手を伸ばしてきた。
モチモチした手で私を触ろうとしてきたため、驚いて身を引いた。
身構えている私を見て、真白の魔神は笑っていた。笑いながら「なにビビってんの。神器サマが、赤ん坊を恐れるの?」と言った。
『恐れてなどいない。ただ……少し、心配だっただけだ』
『何が?』
『私は剣だ。下手に触れれば……この子を、怪我させてしまうかもしれん』
この子は幼い。丈夫ではない。
ちょっとした切り傷が、死に繋がるかもしれない。
そう思うと恐ろしかった。傷つけたくなかった。
そう説明すると、真白の魔神は苦笑して「平気だよ」と言った。
『改造してあげたでしょ? キミはもう、触れるもの皆傷つけるような存在じゃない。自我を持つ知的生命体……実質、人間だ』
『…………』
『キミはもう、神器<■■■■>じゃない。「バフォメット」という自我を持つ存在だ。武器じゃないんから……遠慮しなくていい』
触ってあげて、と言われた。
『愛してあげて。キミと同じ命として』
私は、自分の手を見た。
それは「人間」というより「機械」のものだった。戦闘に適したものだ。
私がそう望んだ。硬い手だ。だが……抜き身の刃ではない。
「あぅ、あぅ~……」
赤児が手を伸ばしてくる。
武器相手でも、臆せず手を伸ばしてきた。
私は躊躇いつつも、好きにさせてやった。
この子は我が担い手。武器として、私はこの子に傅くべきだ。
そう考え、好きに触らせてやった。……真白の魔神が「ちょっと用事を済ませてくるね」と言った後も、ずっと触らせていた。
1時間後。戻ってきた真白の魔神は「まだ触らせてたの!?」と驚いていた。
私が「離してくれない」と言うと、奴は笑った。「尻尾を掴まれて、助けを求める大型犬みたいだね」などと言って笑っていた。
『赤ん坊と接するの、苦手?』
『初めての経験だ』
『これから慣れていって。よくお世話してあげて』
『わかっている。この子は、我が担い手だからな』
『…………。そうだね』
私は可能な限り、赤児の傍にいるようにした。
真白の魔神の使徒となり、戦闘を任されるようになった後も……暇な時は常にあの子の傍にいるようにした。
赤児は脆い。目を離すと、心配だった。
色々と大変だったが、必要なことは全て覚えた。おむつの替え方も覚えたし、ミルクを飲ませた後、げっぷをさせるのは私の得意技となった。
『おい、バフォメット! 余所見するな! まーーーーた、あのチビのことを気にしてんのか!? お前ら留守の時は他の奴が子守りしてるって言ったろ!?』
『だが……あの子は私がいないと、直ぐに泣く。やはり、自分の武器である私がいないと不安なのだろう』
『そういうのじゃねえと思うが……』
私はせっせと赤児の世話を焼きつつ、期待していた。
赤児は明らかに私を必要としていた。私不在の間にぎゃんぎゃんと泣いていたかと思えば、私が抱っこするとキャッキャと笑い始める。ご機嫌になる。
それは、担い手としての自覚がある影響だろう――と思っていた。
期待していた。
だが――――。
『ごめん。蘇生は失敗した。この子は、キミの担い手本人ではない』
『………そうか』
少し成長し、判別可能になった後に告げられた。
蘇生実験は失敗した、と告げられた。
私は不安になり、真白の魔神に問いかけた。
腕の中の赤児が……その弱々しさが、とても不安になった。
『この子は、大丈夫なのか? 寿命は? 蘇生に失敗したとしても、この子は生きているだろう? いつか急に、泡になって消えたりしないか? ちゃんと……普通の子供のように、しっかり生きていけるのか? どうなんだ、マスター』
『ええっと……。蘇生実験失敗したのに、怒ってないの?』
『成功するとは限らないと聞いていた。期待はしていたが――』
不思議と、落胆はなかった。
不安だけがあった。
この子は大丈夫なのだろうか――という不安だけがあった。
その不安を真白の魔神に打ち明けると、彼女は微笑して「それは大丈夫」と言った。……真実を隠したまま、そう言った。
『キミから見たら弱っちく見えるだろうけど、常人よりずっと丈夫な子だよ。神器使いの血が入っているから……結構な長寿になるはず。キミが常に傍にいなくても……ほぼ不老不死かも?』
『そうか。それなら、いい』
弱き赤児が小さな手を伸ばしてきた。
武器と違い、か弱い存在。弱きもの。
だが、それでも直ぐ死ぬことはない。むしろ長生きなら……それでいい。
健やかに育ってくれるなら、それでいい。……そう思った。
私は、神器として薄情な存在かもしれない。担い手の復活を願っていたのに、それが失敗したと聞いても……それを納得してしまった。酷い神器だ。
『この子の名前。ちゃんとつけないとね?』
『そうか。……確かに、そうだな』
この子は、私が真の担い手ではない。
神器使いとしての血を引き、私を振るう事も不可能ではないが……しかし、彼女ではない。彼女とは別の生命体だ。
であれば、識別のために別の個体名をつけるべきだ。
『おっ! ついに名前をつけるのか』
『新しい命に、最高の贈り物を贈ってあげないとね』
『バフォメット。その子の名の公募大会告知をしておいてやったぞ』
『おい、待て。この子の名付けで遊ぼうとするな』
エデンの同志達は、無責任に名前をつけたがった。
押しつけがましく、様々な名を並べてきたが……全てはね除けた。
『真白の魔神。この子の名付けを頼む』
『は? え? 私がつけるの? ……いや、キミがつけなよ……』
『私は戦闘と、この子の世話以外は苦手だ。個体名決定などという高度なことは……出来ない。だが、マスターは優れた頭脳を持っている。責任重大なことでも、しっかりとこなしてくれると信じている』
『や……やだよ……。私に、そんな……重大なこと、任されても……』
私が名付けを頼むと、真白の魔神は酷く狼狽えた様子だった。
それでも、私は頼んだ。エデン最高の頭脳を持つマスターなら、きっと良い名を与えてくれる。そう信じて頼んだ。
『マスターがやらないなら、私がつけてあげる! その子の名前は――』
『エーディン。私はマスターに依頼しているのだ。出しゃばるな』
『ムカッ……! 私だってお世話してあげてんだから、名付けの権利ぐらいあると思わない? 候補を挙げるぐらいイイでしょ~……?』
『次の機会にしろ。この子の個体名はマスターが決める。私がそう決めた』
『個体名とか……兵器じゃないんだから~……。名付けって言いなさい。名前は、その子が最初に授かる祝福なんだから』
『ム……。以後、気をつける』
騒ぐ使徒達を退け、私は頼み続けた。
『頼む。真白の魔神。この子に祝福を与えてやってくれ』
『…………』
何度も頼むと、マスターは折れてくれた。
か弱く幼い赤児に、最高の祝福を与えてくれた。
あの時、私はマスターの「真の計画」を知らなかった。
マスターは、あの子を「自分のバックアップ」として作っていた。私を騙し、我が担い手の遺体を使い……自分の計画のために利用していた。
だから、名付けを躊躇ったのかもしれない。
それでも祝福を与えてくれた。……どんな気持ちで名付けたのだろう。
『スミレ』
真白の魔神の気持ちなど、わからない。
魔神の気持ちなど知らん。理解出来ない。……聞いていない。
だが、マスターの計画を知らなかった私は、素直に祝福を喜んだ。
いや……今でも、最高の祝福だったと思っている。
名付けを任せた事だけは、間違っていなかった。そう確信している。
『スミレ。良き名だ。多次元世界最高の名前と言っていい』
『いや、そこまで珍しい名前じゃないぞ』
『黙れ。シシン』
私はスミレの世話を焼きつつ、よく名を呼んだ。
そっと抱きつつ、「スミレ、スミレ」と言い続けた。
『歌っているみたいだね。バフォメット』
『歌? そこまで高度な事はできない。現在、子守歌の習得に励んでいるが……歌というのは中々に難しい。私は満足に歌えていない』
『けど、ご機嫌で「スミレ」と口ずさんでいると……まるで歌ってるみたい』
『そうか? ……そうなのか。…………私は、パラメーター良好の状態なのか』
スミレは赤児だった。弱きものだった。
しかし、彼女は私に色んなモノを与えてくれた。
彼女と接しているうちに、私は多く事を学んでいった。
憎悪も学んだ。
スミレの存在が……愛おしさが、私に憎悪を教えてくれた。
あの時はまだ、知らなかったが――。
『バフォメット。キミはもうすっかり、その子のパパだね』
『それは違うと、私でもわかるぞ。マスター。私はこの子と血縁関係にない』
主従関係に近いものはある。
真の担い手の血を継ぐこの子は、神器を振るう資格があった。
賢い真白の魔神が、珍しく言葉の使い方を間違えていたので訂正したのだが――彼女は微笑んで、「血の繋がりが全てじゃないよ」と言った。
『その子にとって、キミは父親。パパみたいなものだよ』
『違うぞ。私はこの子の剣であり、盾だ』
『ハァ……。相変わらず頭はカチコチのままだね』
マスターは呆れ顔を浮かべていた。
私は腕の中のスミレに視線を向け、まじまじと眺めた。
この子はスミレであり、私の子供ではない。そもそも私は正式な人間ではなく、子供を作ることもおそらく不可能だ。そう考えながら、スミレを見ていた。
『ぱぁぱっ!』
『ム……。違う。マスターの所為で、スミレが言葉を誤って覚えた』
『合ってるって』
『違う。私は剣だ。スミレ、私はお前の父親などでは――』
そう否定すると、スミレが急に泣き出した。
私が傍にいる時は、滅多に泣かない大人しい子だったのに……。
ふぇぇぇ、と泣き出したため、私は激しく動揺した。
私が動揺していると、マスターは我が意を得たりと言いたげな顔で「ほら。スミレもパパって思ってるから、キミに否定されて悲しんでいる」などと言ってきた。
味方はいない。いや、いるのだが……当時の私は孤立無援の気分だった。
『私は、違う。父親の資格、など、ナイ』
『けど、その子をこの世界に産み落とす判断をしたのはキミだよ』
『違う』
私は、我が担い手の蘇生を願っただけ。
それが失敗した事は「仕方なかった」と思っている。スミレの誕生も祝福している。だが、それはそれとして……マスターの言っている事は間違っている。
正確ではない。
私はスミレが大事だったが、しかし……。
『……愛してあげて。その子には父親が必要で、その子もキミを求めている』
『…………』
『色々大変だと思うけど、困った時は私達が助ける。その子もエデンの一員だからね。キミだけに全てを背負わせるつもりはない』
けど、認知はキミがしてほしい。
真白の魔神はそう言った。
『それが、キミがその子のためにしてあげられる……祝福だから』
人の世は難しいものだ。
間違った言葉が、間違っていないものとして使われる事もある。
人同士で争い、事態を複雑にしてしまう事もある。
剣の私には……人の世は難しい。
だが、それでも……私はスミレのために出来る限りの事をしたかった。
『笑ってくれ、スミレ』
私が見守る。
私が守る。
命がけで……キミの父親として、キミの生を祝福する。
私は、そう誓った。
…………そう、誓ったのだ。




