過去:裏切り者への報復
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「今の教導隊長のやり方が、全て間違っているとは思いません」
「…………」
「けど、昔の貴方のやり方も同じなんです! 全て間違っているわけじゃなかった! 貴方は……小さな希望の光を、しっかり守ったんです!」
イジーは真っ向から隊長にぶつかり続けた。
隊長は、元生徒と再会した後も……迷っている様子だった。
ただ、前より態度は軟化した。イジーの話を突っぱねる事が減った。
隊長が変わったところで、アーミングの現状が変わるわけじゃない。
隊長が言う陰謀論はともかく、アーミングで紛争が続いているのは確かだ。……元生徒もいつまで無事でいられるかはわからん。
ある日突然、大きな争いに巻き込まれて理不尽な最期を迎えるかもしれない。個人で……大きな流れに立ち向かうのは不可能だ。
「でも、交国が本腰を入れたら、完全な紛争調停も可能なはずです」
イジーは自分達が交国政府に訴えかけよう、と語った。
真面目なイジーらしい考えだが、オレは「難しいだろうな」と思った。
隊長の陰謀論を信じたわけじゃないが、アーミングで100年以上紛争が続いていて……交国が本腰を入れて対応していないのは確かなんだ。
一教官の俺達が訴えかけたところで、現状を変えるのは難しいだろう。
むしろ……これ以上の深入りは危険じゃないのか?
オレはそう思ったが、「隊長が態度を軟化させた」という希望を見つけたイジーは、アーミングの現状を変えようと突っ走り続けている。
まずは隊長から説得しようとしている。
小さな希望をかき集め、それで何とか本国に訴えようとしている。
アーミングの出来事は、交国人にとって他人事だ。それでも奔走するのはイジーの美点だろう。薄情なオレにとっては眩しいが……正しいのはイジーのはずだ。
だが、その正しさに危うさを感じる。
「教導隊の権限を利用し、紛争地帯の現地調査に入りましょう」
その内容を交国で発信するべきだ、とイジーは言った。
政治家達が動かなくても、世論を動かす事は出来るはずだ。
そんなイジーの主張を聞いているうちに――。
「わかった……。お前達の思うように、やってみなさい」
隊長はイジーの説得に応じた。
憑き物が落ちたような顔で、ついに折れた。
「私の権限で、お前達をアーミングの紛争地帯に送る。だが、絶対に油断するな。お前達が紛争を止めようとしても、アーミング人が支持してくれるとは限らない」
アーミングの紛争は領土問題や、宗教問題も複雑に絡んでいる。
それ以外にも各地域の利権も絡んでいる。
交国軍のオレ達が襲撃される危険性も十分ある。
だが、イジーは――。
「戦いを望まない人の方が、きっと多いはずです」
「…………」
「多くの人が、100年続く紛争に疲れ果てているはずです。平和を望む人達の声を集めて、束ねて行けば……きっと争いを止められるはずです!」
「……危険な任務になるぞ」
「覚悟しています。危険でも困難でも、やらせてください!」
イジーはそう言い放った。堂々と胸を張ってそう言った。
少なくとも、隊長の前では堂々としていたが――。
「な、なあ……アラシア。この件に、お前がこれ以上付き合う必要は――」
「おいおい! 手柄を独り占めにするつもりかぁ~?」
「ち、ちがっ……! そういうのじゃなくて――」
「わかってる。お前だって……色んな意味で『これ以上の深入りはマズいかも』って思ってんだろ。……それにオレを巻き込みたくないんだな」
イジーはオレと2人きりの時は、自信なさそうにしていた。
隊長に対して「覚悟している」と言ったのは、嘘じゃないんだろう。
自分の覚悟に、オレを巻き込むことを心配してんだろう。申し訳なさそうな顔をしているイジーは、「お前に何度も警告されたからな」と言った。
「でも、俺はアーミングの人達を救いたい。根っこの問題を解決したい!」
「わかってるよ。お前がそういう奴だってことは」
何年親友やってきたと思ってんだ。
オレは、イジーがこういう奴だと理解しているつもりだ。
理解して、納得して、イジーについてきた。
イジーは知らないようだが……オレが教導隊配属になったのは、イジーに巻き込まれたからじゃない。最終的にオレ自身も希望したからだ。
上の人に希望を聞かれた時、「イジーについていく」という道を自分で決めた。……プレーローマとの最前線に行くのも不可能じゃなかったが、オレは親友の選んだ教導部を優先した。
イジー本人にこの話をするつもりはない。恥ずかしいからな。
墓まで持って行くつもりだ。
「オレも、最後まで付き合うよ」
今更、選んだ道を変えたくない。
イジーはいつも正しい。その正しさで闇を照らしてくれる。……イジー1人じゃ危なっかしいから、支えてやりたいんだ。
薄情なオレだが、家族やイジーに対しては真摯に向き合える。そして、今の立ち位置に満足している。オレはコイツの影でいい。
「お前は次席より優秀な主席様だ。けど、オレがいた方が助かるだろ?」
「それはもちろん! 俺は、アラシアのように人付き合いが上手くない。試験なら負けないが……試験以外の事はてんでダメだ。お前の力が必要だ」
「ああ、任せておけ」
お前の副官役、しっかり努めてみせるさ。
オレが自分で選んだ道だ。
後悔はない。
そう、思っていた。
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「……なんか、慌ただしいな」
「さっき、どこかの方舟が緊急着陸してたようだけど……」
ある日突然、訓練所が騒がしくなった。
ガキ共が騒ぐのは珍しくないが、今回の騒がしさは種類が違った。
オレとイジーがアーミングの紛争地帯に向かうはずだった日。
その日、軍事委員会の憲兵がわんさかやってきた。
憲兵の標的は――。
「第59教導隊の教導隊長が、捕まった……?」
憲兵は、教導隊長を捕まえに来た。
そして……オレとイジーも憲兵に拘束される事になった。
突然のことだった。
闇を征くオレ達の足下を照らしてくれていた小さな希望が、突然……踏み潰された。一気に、状況が変わった。




