過去:暗い希望
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「イジー。軍事委員会に相談しよう。あの隊長はもう、交国軍人じゃない」
隊長と別れた後、オレはイジーにそう告げた。
船室には盗聴器が仕掛けられているかもしれない。方舟周辺を囲う障壁の上に登り、イジーと2人で今後の相談をする。
教導隊長は陰謀論を信じる交国軍人モドキだ。
確かにアーミングでは紛争が起きている。治安も悪い。だが、交国がそんな状況を作っているなんて……何の証拠も無い陰謀論だ。
隊長がその陰謀論を信じるキッカケになったのが「テロリストになった元教え子の証言」なのだから……呆れた。そんなの何の根拠にもならねえよ。
テロリストがまともなこと、言うはずないだろ。
おそらく、教官だった隊長につけ込むために嘘をついたんだ。……異世界で脱走し、アーミングに戻ってこれたのは確かにおかしいが……背後の「支援者」がどこぞの犯罪組織だったなら、不可能な話じゃない。
「あの隊長の下で働いていたら、オレ達にも火の粉が飛んでくる可能性がある」
「…………」
「何の証拠もない馬鹿隊長と違って、こっちは隊長の証言を録音した」
ペラペラと陰謀論を喋っていたから、それを密かに録音させてもらった。
隊長にはまだ気づかれていない。これを軍事委員会に渡せば……教導隊長は捕まるはずだ。少なくとも教導隊長の地位からは追われるだろう。
ガキ共に厳しい理由は……正直、理解できるとこもあるが……あの馬鹿隊長のやり方はイジーに合ってない。
あのクソ野郎を追い出せるのは、イジーにとっても悪くない話だと思うが――。
「……隊長の話って、本当に陰謀論なのかな……?」
「イジー……お前、マジで言ってんのか? 交国の正義を疑うつもりか?」
「いや、でも……実際に交国ほどの国家が、アーミングの紛争を100年以上に渡って解決できていないのも事実だろ……?」
勘弁してくれ。
コイツ、あの隊長の妄言を信じているのか!?
正気に戻ってくれ――と言いつつ、肩を掴んで揺らす。するとイジーは困り顔で「さすがに鵜呑みにはしてないよ」と言った。
「だけどアラシア、周りを見てくれ」
「周りって……」
方舟周辺の障壁の上から、周囲を見回す。
周りには相変わらず、この廃墟都市の住人がワンサカいる。
助けてくれ。食い物をくれ。昼夜問わず、そう言い続けている。
ただ、初日と比べたら静かになりつつある。声を上げる奴が減り続けている。……群衆の中にも、餓死者が出ているようだった。
住人達は……その死体で山を作り、障壁の中に入ろうと考えているようだった。異様としか言い様のない光景が眼下に広がっている。
イジーはつらそうにその光景を見つつ、言葉を続けた。
「この惨状は、現実のものだ。……ここの人達は、明らかに困窮している。でも……自分達の力でこの蟻地獄から抜け出す事が出来ないんだ……」
「…………」
障壁周辺に転がる死体は、殆どが全裸の人間だった。
死んだ後、周囲の人間が衣服も持ち物も全て奪い去っていく。薄汚い衣類でも、ここの奴らにとっては貴重な資源らしい。
……正直、直視したくない光景だが――。
「アラシア。俺達は……人類のために戦っているんだよな?」
「そうだよ……」
「交国は先進国として、後進国の弱者も守るために戦っている」
「……ああ」
「ここにいる人達も、救うべき弱者じゃないのか?」
それなのに交国は、彼らを救えていない。
イジーは「それはおかしくないか?」と問いかけてきた。
「…………」
おかしくない。
交国は「正義の国家」だ。
プレーローマという「人類の敵」がいるのに、人類同士で争っている馬鹿共とは違う。そういう馬鹿共を諫める力を持つ正義の国家なんだ。
けど、無敵の国家じゃない。
多次元世界には……争いが多すぎる。
交国がいくら強くて正しくても、全て救うのは無理だよ。
そう思ったが……言えなかった。イジーには言えなかった。
「…………」
イジーは飢え苦しむ群衆を見て、泣きそうな顔をしていた。
申し訳なさそうに眼下の群衆を見ていた。群衆の中に……弱者の中に飛び込んで、助けてやれない自分の無力さを悔やんでいるようだった。
薄情なオレと違って、イジーは……情に厚い。軍学校の落ちこぼれ達も見捨てず助けてきた。ずっと、弱者のために戦ってきた。
そういう正しい心を持っていても、全て救えるわけじゃない。
オレ達は無力だ。
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
翌日も募兵は続いた。
第59教導隊が求めている人材は、10歳から15歳の男子のみ。
群衆達にも、それがようやく伝わってきたらしい。検査を受ける人間は子供ばかりになってきた。けど、中には女子も混ざっていた。
この蟻地獄から抜け出すために、男のフリをして混ざってくる女子もいた。
ガラスの破片で髪の毛を短くした子もいたようだった。当然……その程度で誤魔化せるわけがない。身体検査で弾かれていった。
交国軍には、女性の軍人もそれなりにいる。
だが、第59教導隊が育成しているのは主に歩兵だ。神経接続式の適正者は機兵乗りとして別の訓練所で育てられる事になるが、それは例外中の例外。
貧相な身体付きのアーミング人から、わざわざ女子の志願兵を募っても……男子並みの兵士にするのは難しい。「だからそもそも、アーミング人から女子の兵士は募らない」という方針になっていた。
筋は通っている……と思う。
本当にそれでいいのかは……考えたくない。
「おれ、なんでもできます。なんでも、やりまぁす」
志願兵として名乗りをあげる奴の中には、明らかに一桁代のガキもいた。
親に連れられてきたガキもいたようだったが……そうではないガキもいた。浮浪児らしき奴らもいた。
チビ達は背伸びして、志願兵として立候補してきた。
少しでも、自分達を大きく見せる努力をしてきた。
「なんでもするから、たべものください」
チビ共は、そう言ってきた。
検査の担当者達も、どう対応するか迷っている。
規定を踏まえて考えれば、追い返すべきだ。第59教導隊は託児所じゃない。交国軍人の候補を育てる訓練所だ。
身体検査と適性検査をパスしたガキでも、厳しい訓練についていけず……脱落する事もあるんだ。あんな……チビ共が、耐えられるはずがない。
だが、だからといって、ここで追い返せば――。
「帰りなさい」
「おれ、いっぱいたたかえまぁす」
「駄目だ。……規定により、キミ達は連れて帰れない。不合格だ」
隊長はそう言った。
濁った目つきで規定外のチビ達を見つつ、そう言った。
「犬猫を連れ帰るのとは、ワケが違うんだ。我々は交国軍人なんだ」
隊長は周囲の教導隊隊員に対し、そう言っていた。
あるいは……自分に言い聞かせていたんだろうか。
隊長は不安げなチビ達を真っ直ぐ見つめつつ、「帰りなさい」「もう少し大きくなったら、また志願してきなさい」と言った。声を絞り出していた。
イジーは機兵から下り、隊長に食ってかかっていた。
「こんな幼い子供達が、こんな環境で生き残れると思うんですか!?」
「……何とか生き延びた子もいる。その生存能力は、軍人として活躍するのに……活かせるはずだ。それも、1つの試験――」
「こんな環境で育ったわけじゃないのに、それを言う権利があるんですか!?」
「…………」
イジーは食い下がったが、隊長は判断を曲げなかった。
チビ達が何を言っても「帰りなさい」と言い続けた。
見かねた検査担当者が、個人的に持っていた菓子をチビ達に渡していた。
ただの対症療法だ。何も解決していない。チビ達を見送る教導隊隊員の罪悪感を、少しでも和らげようとする誤魔化しに過ぎない。
担当者はそれをこっそりやっていた。……オレはそれを見ていたが、見ていないフリをした。止めたところで、意味がないと思った。
……オレ自身、罪悪感を感じていたのかもしれない。
「何をやっている」
「たっ、隊長……!」
隠れてやっていたが、教導隊長に直ぐバレた。
幸い、隊長は「渡すな」とは言わなかった。
「ここで食べなさい。障壁の外に持って帰る事は許可できない」
厳しい顔つきで、何故かそう言った。
その理由は直ぐにわかった。
チビ共の中には、隊長に言われた通りにする奴もいた。
だが、中には――。
「かあちゃんにもってかえるっ!」
そう言い、菓子を持って逃げて行くチビもいた。
「待て!」
逃げたチビに対し、隊長は血相を変えて飛びついた。
だが、少し遅かった。
隊長の手から逃れたチビは、菓子を手に逃げて行った。
「駄目だ!! 行くな!! やめてくれぇっ!!!」
隊長の制止を聞かず、チビは障壁の外に走っていった。
そして、チビに群衆が殺到した。
「…………」
道端の死体に、カラスが群がるような光景だった。
オレは何も出来なかった。
何が起こったか見ていなかったイジーを、止める事しか出来なかった。
吐きながら止めることしか出来なかった。
群衆が去った後には、骨と皮で出来た人形が……壊れた人形が転がっていた。
あれは人間じゃない。
人間が、あんな死に方をしていいはずがない。
あんなガキが…………あんな風に……。
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「…………」
募兵は終わった。
予定していた人数を確保し、今回の募兵に関しては打ち切った。
ようやく、この蟻地獄から逃げる事が出来る。
……オレ達は逃げることができる。
方舟に乗って、飛び立つだけでいい。それでこことはおさらばだ。
「…………」
方舟の着地地点周辺に展開した障壁は、置き去りにした。
流体装甲で作ったそれは、維持していた方舟が離れれば遠からず溶けて消える。
ただ、障壁を取り囲んでいた群衆は消えない。いずれ消えていくかもしれないが……流体装甲のようにキレイに消えてなくなる事はないだろう。
「…………」
あの菓子を持って逃げたチビも、群衆の中に転がっているんだろうな。
「2人共、来なさい」
教導隊長はオレ達を呼び出した。
飛び立った方舟から、港を見るように指示してきた。
港には異常な光景が広がっていた。
赤褐色や黒色の「袋のようなもの」が大量に流れ着いていた。その「袋のようなもの」を無数の鳥達がついばんでいた。
様々なものが資源として重宝されていた廃墟都市でも、アレは「不要品」として海に捨てられたらしい。だが、波に押されて戻ってきたんだろう。
イジーはアレを見て吐いていた。蹲って泣いていた。
「アンタは……! 何がしたいんだよ!!」
オレは隊長の胸ぐらを掴み、方舟の窓に押しつけていた。
気がついたら身体が動いていた。
こんな事をしても意味がないどころか、マズいのはわかっている。相手は陰謀論に踊らされる狂人とはいえ、上官だ。……だが、身体が動いていた。
「アンタは交国を批判しているが、その交国の軍人だ!」
「…………」
「交国がアーミングの現状を作っているって主張するなら、何で交国の教導隊で働いてんだよ!? 軍を辞めて、アーミング人を助けて回ったらどうだ!?」
オレがそう言うと、隊長はボソリと呟いた。
どうやって?
どうやって助ければいい?
私1人で、どうやって助ければ良い?
「アーミングの現状は、交国だけが作っているものではない。他国も……交国と談合しながら現状維持を行っている」
アーミングのような蟻地獄は、色んな場所にある。
多次元世界のあちこちに存在する。
飢え苦しむ群衆がいるからこそ、それを安く買い叩ける。国家だけではなく、犯罪組織も買いたたく。正規軍の兵士になれたらまだマシで、傭兵や奴隷として連れて行かれ、異境の地で死んでいく奴らもいる。
「私1人で交国に逆らったところで、『現状維持』に抗えるわけがない」
「…………」
「私に出来るのは交国の意向を汲みつつ……アーミング人を育てる事だけだ」
「……そうすることで、少しでも多くのガキを延命するってことですか? 最終的に戦場で死ぬとしても、今日を生き延びさせれば……それでいいと……」
「希望はある。延命以外にも、希望はあるんだ」
隊長の言う希望とは、「神経接続式操作の適正者」を見つけること。
神経接続式の適性があれば、そいつは他のアーミング人より丁重に扱われる。もっと上等な教育を受けて、生き残れば交国人に帰化する機会も与えられる。
「神経接続式の適正持ちを……アーミング人の機兵乗りを増やし、彼らの発言力を強化していくんだ! アーミング人に、実力で『人権』を勝ち取らせるんだ!」
「…………」
「たくさんの適正持ちが増えて、彼らが『アーミングの現状を変えたい』と主張してくれれば……交国だって、重い腰を動かすはずだ!」
「…………」
「巨大軍事国家の力を使って、アーミングの治安を回復させてくれるんだ!」
隊長の言う希望とは、それらしい。
ガキ共を拾い上げ、兵士として延命させる。
その過程で拾った適性持ちのガキ共を増やして、主張させる。アーミングの紛争を何とかしたい、と主張させる。
それが隊長の語るアーミングの希望らしいが――。
「……そいつは、本当に希望なんですか?」
隊長の瞳は濁っている。何の光も宿っていない。
隊長自身、わかっているんだ。……それじゃ無理だって。
「飢えた子供に菓子をやるのと、何が違うんですか……?」
「では、教えてくれ。私はどうすればいい」
「…………」
「どうすれば、この仕組みを変えられるんだ?」
「…………」
「頼むから…………教えてくれ」
オレは何も答えなかった。
……違う。
答えられなかった。
オレ達は無力だ。




