過去:傲慢な考え
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「面倒な事になったなぁ……」
教導隊長は自殺を図ったかと思えば、陰謀論を唱え始めた。
オマケにオレとイジーを「アーミングの紛争地帯に連れて行く」と言いだした。
あくまで教導隊の仕事の一環だ。裸一貫で紛争地帯に投げ入れられるわけではなく、方舟で現地まで行くだけ。オレとイジーは隊長達を機兵で護衛する。
「訓練所周辺は、一応は紛争地帯じゃないんだっけか?」
「一応ね。アーミングでは比較的治安がマシな場所らしいよ」
教導隊長に命じられ乗った方舟で、イジーと話をする。
今から向かっている紛争地帯がどんな場所か、言葉を交わす。
イジーはアーミング人の心配ばかりしていたが……オレは内心、少しワクワクしていた。訓練所での仕事は正直、退屈だった。
久しぶりの実戦もあるかもしれない。
訓練所でも機兵に乗る機会はあった。ガキ共に作業用機兵の操縦指南したり……作業用とはいえ機兵だから、それを使って悪さしないよう監視を行う事はあった。けど、戦闘らしい戦闘はもうしばらくやってない。
教導隊長の言動はヤバいが、久しぶりの実戦も有り得るかもな――という考えを抱き、心を躍らせていると、方舟が目的地上空に到着した。
眼下に広がる「紛争地帯」は――。
「なんか……思ってたよりは先進的だな」
オレ達がやってきたのは高層建築が立ち並ぶ港町だった。
人も大勢暮らしているようだが……激しい戦闘跡があちこちに残っている。
建物の窓はどこもかしこも割れている。無傷の高層建築は1つもない。中には崩れ落ち、他の建物を巻き込んだ巨大な残骸も転がっていた。
海から流れてくる潮の香りでは覆い隠せない腐敗臭もする。廃墟だらけの街のあちこちに、死体が転がっているんだろうか……。
『流体装甲の障壁建築を急げ。直ぐに「彼ら」がやってくるぞ』
隊長がそう指示すると、広場に着陸した方舟が流体装甲を蠢かせた。
方舟の流体装甲が周囲に流れ出し、方舟を囲う形で高さ5メートルほどの障壁となっていった。それが方舟周辺を囲っていった。
オレとイジーは機兵に乗り込み、方舟周辺の警戒を開始。……ここまで厳重にやるってことは、どこかの武装勢力が襲ってくる見込みがあるんだろうか?
そう思ったが、違った。
やってきたのは普通の人間だった。
廃墟だらけの港湾都市に住む住民達が、何故かワラワラとやってきた。
「こんな汚え街なのに、結構な人数がいるな……!?」
方舟が展開した障壁の外を覆うほど、たくさんの人間がやってきた。
そいつらは障壁の外から、こちらに何かを訴えている。
殆どの奴が「食べ物をくれ!」と叫んでいるようだ。
『元々、この街では人道支援団体が定期的に炊き出しを行っていた。それに期待し、周辺住民が集まっていたんだ』
隊長がそう語ると、イジーが問いを投げた。
『炊き出しは、もう行われていないんですか?』
『ああ……。1ヶ月前、その団体が襲撃されてな』
「どっかの武装勢力の仕業ですか」
『いや、襲撃したのは住民だ』
この都市ではかつて、大きな戦闘があった。
それが落ち着いた後、人道支援団体が炊き出しを行い始めた。荒れた都市に住んでいた住民は、それによって何とか命を繋いでいた。
だが、炊き出しも終わった。
『炊き出しをアテにした人間が、余所の地域からも大勢流れてきたそうだ』
元々、十分な量の食事はなかった。
それなのに余所からも大量の人間が流れてきた事で、殆どの人間に食料が行き渡らない日々が続いていた。
最初は住民同士で食料を奪い合っていたらしいが……暴走した住民は炊き出しを行う支援団体を直接襲撃し、何とか自分の食料を確保しようとしたらしい。
そんなことされたら、もう炊き出しどころではない。支援団体の護衛についていた交国の駐留部隊は、団体職員を守りつつ一時撤退を決めた。
それによって、数少ない食料の供給源もなくなった。この地域の食料不足はさらに加速し……まだ生きている奴らはオレ達に期待して押しかけてきたらしい。
「自分達の所為で食料が減ったのに……。恥知らずな奴らだな」
『傲慢だな、アラシア。貴様は彼らと同じ状況に置かれたら、彼らのような振る舞いをしないと誓えるのか?』
教導隊長はそんな事を言ってきた。
当然、誓える。
オレは飢えても、人間として最低限の品性は守ってみせるさ。
そう思ったが、教導隊長にそう言うのは面倒だった。逆らうような事を言ったら、色々と面倒くさそうだからな……。適当に謝って流すのが正解だ。
『我々は全員に提供できるほど、食料を持って来ていない。ただ、交国軍の兵士となる意志を持つ者には衣食住を用意する準備がある』
今回の任務は食料支援じゃない。
紛争地帯で直接、教導隊で指導する「兵士候補」を見つける事だ。
その辺の話を、周辺に集まったアーミング人にも伝える。方舟のスピーカーを使って周辺住民に教導隊長が説明したんだが――。
「こいつらに……隊長の話は伝わってんのか?」
隊長が何を言っても、障壁の外にいる連中は「食い物をくれ」の大合唱だ。
多分、隊長もこうなる事は予想していたんだろう。だから方舟周辺に障壁を展開し、周辺住民が方舟内に殺到する事は回避したんだろう。
『貴様らは交代しつつ、周辺警戒を続けろ』
隊長はイジーとオレにそう命じ、募兵用の検査を指揮し始めた。
食糧難が起こっている場所だけあって、痩せこけたアーミング人が多い。
立派な兵士になれる人材はいない。
骨と皮で作られた貧相な人形みたいな人間しかいない。
それでも教導隊長は兵士候補を募るようだ。……アーミングの現状は「交国の所為」とか語っていたが、それでも交国軍の仕事はキッチリやるつもりらしい。
兵士候補選抜は「適性検査」と「身体検査」を行う。
適性検査といっても、小難しい事は求めない。
ひとまず年齢を問うだけだ。
「訓練所に連れ帰るのは、10歳から15歳の男子のみ……か」
あとは身体検査を行い、問題が無ければ連れて帰る。もちろん、連れて帰るのは志願者だけ。交国軍は真っ当な「正義の軍隊」だから人さらいなんてしない。
食うものが無くて痩せていても、自分の足で歩いて志願出来る人間なら第59教導隊は受け入れる。……そこまで難しい事は求めてないんだが――。
「こいつら……マジで隊長の話を理解してないな」
『それだけ困窮しているんじゃないかな……』
志願してくる奴は、殆どが適性検査で弾かれていった。
募集しているのは10歳から15歳の男子だって言ってんのに、「食い物をくれ!」といいながらオッサンやオバサンが志願してきた。
どうやら、兵士候補として育成される事をよく理解できず、「何か食い物をくれるはずだ」と誤解しているようだ。話を聞いてない奴の多いこと多いこと……。
オレが呆れていると、イジーは「彼らも、理解は出来ているのかもしれない」とこぼした。理解していても、それでも志願を行うって事か?
『ひょっとしたら食料を貰えるかもしれない。そう期待して……自分達に適性がなくても、とりあえず立候補しているんじゃないかな……?』
「無駄なことを……」
『無駄じゃないよ』
イジーはオレに対し、叱るようにそう言った。
言いつつ、機兵のカメラを使って群衆の一角を見せてきた。
『赤児を抱っこしている人もいる。自分の食料だけじゃなくて……何とか、子供の食料も確保しようとしているんだよ』
「…………」
『食べ物がないと、人は生きていけない。それはアーミング人も、俺達みたいなオークも同じだ。……いま俺達が飢えていなくても、彼らの苦しみは……キチンと汲み取ってあげるべきだと思う』
イジーに見せられている映像を、よく見る。
……群衆の一角にいる女が抱いている赤ん坊は、ピクリとも動かない。泣き声を上げる様子もない。アレって、もう……。
「…………」
募兵の検査は、順調に進まなかった。
明らかに適性検査で弾かれる奴が何人も並んでいた。何度検査で弾いても――必死の形相で――何度も列に並ぶ奴もいた。
だが、隊長は検査を切り上げたりせず、辛抱強く検査を進めさせた。
何度も何度も住民に説明を行い、「我々は食料支援に来たわけではない」「交国軍に志願する若者を探しに来ただけだ」と語っていた。
検査は遅々として進まず、数日がかりになった。
「隊長。いつもこんな事をやっているんですか?」
「我々が直接、選別を行うことは少ない。大抵は支援団体等の協力組織の手を借り、兵士候補の『調達』を行っている」
この辺りでは、炊き出しを行っていた人道支援団体がそれを担っていた。
だが、ここに踏みとどまっていると危険だから逃げていった。それを守っていた交国軍のアーミング駐留部隊も無敵じゃない。襲撃してくる「民衆」を下手に撃つ事も出来ないから、仕方なく撤退したらしい。
「奴らの…………」
「…………。なんだ?」
「いえ、何でもありません」
隊長に言おうとした言葉を飲み込む。面倒くさいから、飲み込む。
この辺りの募兵を行っていた人道支援団体は、この辺りの住民の所為で撤退せざるを得なかったんだ。
だから、兵士候補として拾ってやれない人間が出ても……それはこの辺りの住民の所為じゃないですか? だから、放っておけばいいのでは?
要は自己責任でしょ。
コイツらが飢えているのも、アーミング人が紛争を続けているのも。
そんな言葉が出かけたが、教導隊長相手だからやめておいた。……イジー相手でも言わなかったかもしれない。
多分、アイツは……オレの言葉に怒るだろう。
自己責任じゃない、とか言って怒るだろう。
それに陰謀論を信じている隊長に率直な意見を言ったら、面倒になるだけだ。
オレが何か言ったところで、何も変わらない。
だからオレは、無駄な言葉を飲み込んだ。




