人形どうしよう?
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:不能のバレット
格納庫でパイプ軍曹と整備の打ち合わせをしていると、ラート軍曹がフラフラとやってきた。
どうしよう、どうしよう、と狼狽えているので落ち着いてもらう。ラート軍曹のことだから、しょうもない事の気がするが――。
「え? 木彫りの人形用の木材を手に入れるの忘れてた?」
「そうなんだよ~……! どうしよう? この船、木材積んでないのか!?」
「あるにはありますけど、軍曹に差し上げられるほど余裕はないですよ」
船のダメージコントロール用に木材を積んでいるけど、アレはさすがに渡せない。あとは物資の入っていた木箱があるけど、あれ加工するのは難しいだろう。
「木なら陸に行けばそこら中に生えてますから、適当にへし折ってきたらどうですか? タルタリカ狩りの帰りとかに……」
「作戦行動中にそんなことしちゃ駄目でしょ。機兵は軍の物だよ? 作戦のついでだとしても、私用で使っちゃ駄目だよ」
パイプ軍曹は真面目なので、そういう事を認めてくれそうにない。
副長は木の1本、2本ぐらい目をつぶってくれそうだけど……隊長は許してくれるかな? 俺だったら絶対頼みたくないな。隊長怖いし……。
「次の寄港は……1、2ヶ月は先でしょうね」
「だよなぁ~……。どーしよ」
「ドローンで良ければパーツあまりそうなので、もう1機ぐらいは何とか……」
予備パーツが減るけど、それは別の機会に調達すればいいだろう。
だからドローンを勧めたが、ラート軍曹は「グローニャには可愛い人形をやりたいんだよなぁ」と言った。軍曹が可愛いもの作れるとは思えないけど――。
「でも、何も無い方がガッカリするだろうからなぁ……」
「バレット、その辺の部品で作れない? 簡単な人形」
「いや、さすがに無茶言わんといてください……。出来たとしてもロボですよ、ロボ。女の子がそんなの貰って喜ぶんですか?」
「喜ぶ子もいると思うけど、あの子はどうだろうね」
3人でウンウンと唸っていると、外で煙草吸ってたはずの整備長が「なにやってんだい」と言いながら戻ってきた。
仕事サボってるの怒られる――と思い、慌てて端末片手に体裁を整える。軍曹達はそれに付き合ってくれず、整備長に馴れ馴れしく話しかけ始めた。
「整備長! 整備長はものづくりのプロですよね!?」
「違うよ。アタシの仕事は整備だ」
「でも、常人より作るの得意ですよね」
「旦那に『キミは料理しないでくれ』と懇願された事ならあるよ」
「に、人形ならどうですか!? ぬいぐるみでもいいんですが」
「ハァ? アンタら何の話をしてんだい」
整備長に事情を話す。
呆れ顔を浮かべられていたが、子供に渡す贈り物だと言うと、その呆れ顔も少しは薄れた……ような気がする。
「どうっすか? 何とか可愛いもの作れませんか?」
「そうだねぇ。バカの髪の毛100人分あれば、それで編み物ならしてやるが」
「俺ら全員ハゲなんで無理っス」
「だよねぇ。でも、作れるヤツなら心当たりあるよ。可愛いもの」
「「「えっ?」」」
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
「整備長の話、本当なんでしょうか?」
「眉唾ものだが、他に頼れる相手いないんだ。行くしかねえ」
パイプとバレット引き連れ、船内をズンズン進んでいく。
アル達のプレゼントはバレットが作ってくれるけど、グローニャのプレゼントは用意できませんでした! っていうのはあまりにもあんまりだ。
何とか調達してやらないと――。
「レンズ~! 俺だ! ラート軍曹だ! ちょっと相談あるんだが~!」
レンズの部屋の扉を叩く。
俺達とつるんでいない時は格納庫かトレーニングルームとか、自分の部屋でゆっくり過ごしてることが多いから……多分にいるはず。
しばらく返事がなかったが、待っていると扉が少しだけ空いた。隙間からレンズの顔が覗き、いぶかしげな表情で「なんだ」と言ってきた。
「ゲームの誘いか? いま寝てたから夜にしてくれ……」
「うそつけ、寝てねえだろ」
寝起きのレンズなら、もっと声が低い。
ラフな格好してるが、寝ていた様子はない。
「単刀直入に聞く。レンズ、ぬいぐるみ作れるってホントか!?」
「……………………。なんの、はなしだ?」
「整備長が言ってたんだ! お前がぬいぐるみ作るの得意――」
扉の隙間から素早く伸びてきた手が、俺の顔面を掴んできた。
骨がキシキシ軋むほど指が食い込んでくる。
「おっ、オレ……! オレがそんなファンシーなもん作るわけねえだろっ!?」
「でも整備長が言ってたよ。レンズが繊一号の店で、ぬいぐるみの材料を取り寄せててたって。その場でも買い物して材料吟味してたって」
「あのババア……!!」
パイプが代わりに喋ってくれたが、レンズが余計にキレた。
喋れないし、歯が折れたら怖いのでレンズの腕を叩いて離してもらう。
レンズは手を離してくれたが、俺達を睨んでくる。妙に警戒してる。
「テメエら、そのネタでオレを脅すつもりか……!?」
「えっ? いや、単に可愛いぬいぐるみ作ってほしいだけで――」
「テメエらとの友情も今日で終わりだ! 二度とオレの前に顔出すなッ!!」
扉が勢いよく閉まる。
寄り付く島もない対応。途方に暮れ、パイプ達と顔を見合わせる。
なんでキレたのかわかんねえ。
けど、レンズがぬいぐるみ作れるのは本当みたいだ。
このチャンスを逃がすわけにはいかない!
「レンズ! 開けてくれ~! ヤなこと言ったなら謝るからよぅ」
「…………」
「俺、どうしてもぬいぐるみが欲しいんだ! 最初は木彫りの人形にしようと思ったんだが、どうせならプロのお前に作ってほしい!」
「うっせえ帰れッ!! オレはプロじゃねえッ!! 交国軍人だ!!」
扉を内側からガンガン蹴られる。
扉越しにくぐもった声が聞こえてくるが、怯まず声をかけ続ける。
「お前がぬいぐるみ作れるのは意外だった! すげえ特技じゃんっ! あれか? 妹ちゃん達が手作りのぬいぐるみ欲しがったのか?」
「っ……! 仕方ねえだろっ! 可愛い妹達がねだってくるから……!! オレは、オレなりに必死で……! 仕方なくっ……!!」
「その特技、俺達にも披露してくれっ! レンズが思う最高に可愛いぬいぐるみを作って、俺に売ってくれっ!!」
扉が開く。
そこから出てきたレンズにボコボコに殴られ、「二度とくんな!」と言われた。
閉まりそうな扉に手を伸ばし、閉じるのを止める。
「まっ……待ってくれっ……! お前しか頼れるヤツいねえんだ……!」
「テメエらもオレをからかいに来たんだろうがッ……! オレみてえな強面が、交国軍人がっ! ぬいぐるみ作ってるのがおかしいって……!」
「ちげーよっ! グローニャにプレゼントしたいんだよっ!」
やばいやばい、扉が閉じそう。
指がブチ切れてしまう――と思ったけど、パイプが扉の間に靴をねじ込んでくれたので、危ういところで助かった。
「頼むレンズ。力を貸してくれ」
「木彫りの人形作るとか言ってたじゃねえか! クソボケッ!」
「うっ……。も、木材手に入れるの忘れてたんだよ。色々あって……」
「テメエの尻拭いなんかしてやるかよっ! 帰れ帰れっ!」
「グローニャは元々、木彫りの人形を持ってたんだ。家族から貰った大事な木彫りの人形だったんだが……それを前いた部隊の奴らに捨てられたんだ」
「――――」
パイプの脚をゲシゲシと蹴っていたレンズの足が動きを止める。
グローニャの事情を話す。
大事なものだったのに、明星隊の奴らが勝手に捨てたらしい。グローニャも家族とろくに会えないのに……家族との数少ない絆の証だったのに。
「俺達のプレゼントが、家族からのプレゼントの代わりになるとは……思えないけど……。でも、なにもあげないよりは……」
「……オレが知るかよ。特別行動兵のガキの事情なんざ」
「レンズ、頼む。あの子達、家族にメール出す自由すらないんだ……」
「っ……」
「グローニャは人形捨てられて、わんわん泣いて――」
「だぁ~~~~ッ! うるせえッ!!」
レンズが俺とパイプを突き飛ばしてきた。
そんで、再び扉を閉めたが――。
「作ってやる。作ってやんよ! 仕方ねえなぁ~……!!」
ブチギレながら、ぬいぐるみの材料を持って外に出てきた。
パイプとバレットとハイタッチし、喜びを分かち合う。
レンズともやろうとしたが、レンズは俺の顔面を叩いてきた。
「作ってやるのは1個だけだ。で、どんなぬいぐるみ作ればいい」
「なんか可愛いヤツ」
「具体的に言え……!」
レンズの妹ちゃん達が喜ぶようなヤツでいいんだが、レンズは「どうせ作るなら一番気に入ってくれそうなもんがいい」と言ってきた。
「それとなく聞き出して来い。例えば……好きな動物だ! その情報があればこっちで適当にやってやる。『なんでもいい』って注文は許さん」
「わかった。何とか聞き出してくる」
「それと……オレがぬいぐるみ作ってること、言いふらしたら殺す」
レンズが俺の喉元にハサミを突きつけつつ、ドスの効いた声で言ってきた。
「戦闘中、事故に見せかけて殺す。あるいは移動中、事故に見せかけて機兵で踏み潰す……。お前ら全員、連帯責任で殺してやる……」
わかったな? と言われ、3人でブンブン首を縦に振って受け入れる。
とりあえず……作ってくれるらしい。好きな動物さえ聞いてくれば。
レンズが部屋の中に引っ込んでいったのを見届け、胸を撫で下ろす。
これでグローニャ用のプレゼントは何とかなりそうだ。
けど……何でレンズはあんな過敏に反応したんだ?
ぬいぐるみ作れるって、スゲー特技だと思うけどなぁ……。




