過去:誰のための未来
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「おまっ! イジー……! マジか!? 殺るなら、もっと上手く――」
「医務室の先生を呼んで! 早く!!」
「へっ? や、そのっ……死体の後始末とか――」
「隊長が、自殺を図ったんだ!!」
色んな意味で予想外だった。
イジーに言われた通り、医務室に連絡をした。
幸いと言うべきか、隊長はそこまで深手じゃなかった。
医務室に隊長を運び込んだ後、少し疲れた顔のイジーに事情を聞くことにした。
どうも、イジーがいつものように教導隊長に進言しに来たところ、隊長が自分の頭に銃を突きつけていたらしい。
イジーが説得しても引き金を引こうとしたので、止めに入って……揉み合っているうちに引き金が引かれちまったそうだ。
放たれた弾丸は隊長に当たったが、死ぬほどではなかった。だが、イジーが銃を奪うために突き飛ばした結果、頭を打って気絶したらしい。
「――ってことらしいんで、イジーを守るのに協力してくださいっ!」
オレは教導隊の先輩方に頭を下げ、そう頼んだ。
教導隊長が自殺を図ったなんて、醜聞だ。教導隊長自身が「私は自殺などしようとしていない」と言い、イジーに罪をなすりつけようとしたら……大変なことになる! イジーが憲兵に連れて行かれかねない!
だから、隊長が気絶しているうちに色々と手を回していたんだが――。
「すまなかった……」
オレの心配しすぎだったらしい。
目を覚ました隊長は――珍しくシラフになっており――自殺を図ったことを認めた。ただ、自殺しようとした動機については硬く口を閉ざした。
「どうせ、酔っ払っていたんだろ。これだからアル注常用者は……」
イジーが火の粉を被らずに済んだ事もあって、オレは宿舎でくつろぎながらそう言った。オレの言葉を聞いたイジーは、しばし考え込んだ後――。
「そんな様子じゃなかった。……あの人は、何か思い詰めている様子だった」
「横領でもして、それがバレそうになってたとか?」
それならそれで、第59教導隊から追い出しやすくなって助かる。
オレはそう思ったんだが、イジーは「自殺を図った動機」が気になるらしい。
「んなこと調べるより、委員会に提出するための告発文を書くの手伝ってくれよ。あとさぁ、他の奴らの署名も……」
「アラシア。それは、待ってほしい」
「お前……マジか。これはあのクズ隊長を追い出す好機なんだぞ?」
勤務中から酔っ払っている危うい輩。
それが自殺未遂までやらかしたとなれば、教導隊から追い出す大好機だ。実際、委員会の憲兵が既に動き出していた。
もう一押しでクズ隊長を追い出せる好機なのに、イジーはオレの提案に反対した。イジーだって、あのクズがいない方がいいだろうに――。
「いいのかよ。教導隊を変える好機でもあるんだぞ」
「けど……今回の件で追い詰めすぎて、教導隊長が職を失った場合……家族はどうなるんだ? 教導隊長にだって、大事な家族はいるだろ……」
イジーは悲しそうな顔して、そう言ってきた。
コイツのお人好しっぷりは、敵対者にも発揮される。
何かあっても、教導隊長の自業自得なのに――。
「……わかったよ。けど、交換条件だ」
イジーの言う通り、告発はやめておく。
ただし、イジーはイジーで「これ以上の無茶はやめてくれ」と頼む。
「お前が心配なんだ。痛覚なくても、殴られたら死ぬ危険もあるんだぞ」
「…………」
「教導隊長と話をする時は、必ず……事前にオレに相談してくれ」
「……わかった。アラシアの言う通りにする」
「ハァ……。まったく……」
「……ごめんな。いつも、俺の都合で振り回して……」
「まったくだよ! けど、慣れっこだから気にするな」
好きでやっていることだ。
物好きのお前に付き合うのは疲れるが、別にいいさ。
とにかく、告発は差し止めになった。
教導隊長はお咎め無し……とはならなかった。
自殺未遂の件で、憲兵にキツく灸を据えられたらしい。自殺未遂の件だけではなく、アルコールの件も咎められたようだった。
教導隊長の地位は、ひとまず据え置き。減給とアルコール依存症への治療が始まった。後者のおかげか、隊長はシラフの状態が増えて大人しくなった。
人が変わったように怒鳴らなくなったんだが――。
「うへ~……。訓練計画は相変わらずだなぁ……」
訓練内容は相変わらず厳しいものだった。
ガキ共は毎日、くたくたになるまでシゴかれ続けている。
イジーはそんなガキ共の世話を焼きつつ、別のことも始めていた。
「教導隊長の過去を探るだぁ?」
「うん。隊長が自殺を図ろうとした動機がわかれば、説得材料になるかも」
「説得って……訓練計画見直しの説得か?」
そのために、わざわざ隊長の過去を調べるつもりらしい。
過去に「動機」が眠っている。そう考えたようだ。
「教導隊長を理解したら、あの人がどういう意図で動いているかわかるようになる。そしたら、説得もしやすくなるはずだ」
「話が通じる相手には見えねえが……」
イジーは第59教導隊の先輩達に話を聞き、隊長の情報を引き出そうとしていたが……真っ向から聞いても実りのある話はなかった。
先輩達も、隊長のことは腫れ物扱いしている。
命令には従うが、深く関わりたくないらしい。
関わり合いになりたくない相手のことを深掘りしてくるイジーの事も、鬱陶しく思っているようだ。オレに文句がやってきた。
「……仕方ねえなぁ」
イジーはお人好しで頑固者だ。
いま第一に考えているのはアーミング人のガキ共のこと。
だが、クズ野郎の教導隊長のことまで考えているらしい。
一度「やる」と決めたイジーを止めるのは大変だ。それなら……イジーの代わりに「教導隊長の素性調査」をやる方がマシだ。
オレは、自分のツテを使って調査を開始した。
交国軍人について調べるなら、憲兵の権限で調べるのが手っ取り早い。オレ達も軍事委員会所属だが……部署は「教導部」だから、憲兵ってわけじゃない。
だから、憲兵の知人に頼った。
ある程度の経歴は憲兵経由で、それとなく調べてもらった。
そこで知った情報を元に、休暇を使ってさらに深掘りしてきた。
「ほれ、調べられる範囲で調べておいたぞ」
「すごいな、アラシア! 教導隊長が、教導隊長になる前の経歴だけじゃなくて……家族構成や故郷まで調べてきたのか……!」
「色々わかったけど、オレの結論は『わからなかった』だ」
そう告げ、宿舎のベッドに寝転がる。
どういうことだ、と聞いていたイジーに詳細を教えてやる。
隊長の経歴関係は、それなりにわかった。
けど、問題は「自殺を図った動機」だ。
「結局アレは未遂で終わって……本人は『酔っ払ってうっかり銃を手にしていた』と語っている。けど、それは……どうにもウソっぽい」
「ああ、俺もそう思う」
イジーが隊長の自殺を止めた時、隊長の受け答えはしっかりしていたらしい。
「けど、オレが調べた範囲では……動機は不明だ」
イジーが聞き込みに失敗した教導隊の先輩達にも、オレから改めて話を聞いた。
真っ向から真っ正直に話を聞きに行ったイジーと違い、上手く聞き出したんだが……先輩達も「隊長の動機」は知らんらしい。
先輩達も、それ以外も……誰も知らないらしい。
さすがに教導隊長の家族から話は聞けていないが……そこまで話を聞きに行くと、オレがコソコソと調べ物しているのが隊長にバレかねない。
「動機は本人のみぞ知る、ってことだ。力になれなくてスマン」
「いや、そんなことないよ。ありがとう、アラシア……」
「アーミングでの作戦行動で、何かあったんじゃないかと思ったんだが……」
「アーミングの、作戦行動……?」
オレがまとめた報告書を見ていたイジーに対し、説明する。
「隊長は教導隊に来る前、アーミングの対テロ任務に参加していたんだ」
「そうだったんだ……」
「だから、その任務で仲間を殺されたとかで……アーミング人に対して、恨みを抱いているんじゃないかと……思ったんだが……」
隊長はガキ共に――アーミング人に厳しい。
だから、奴らを恨んでいると想像していたんだが……。
「隊長が参加した……というか、率いていた部隊はアーミングでの作戦を死傷者ゼロで乗り切った。後遺症を残す怪我を負った奴もいなかった」
「じゃあ、やっぱり隊長は……アーミング人を恨んでいない?」
「そこまではわからん。あぁ、それと――」
これは関係あるかわからないが、教えておくべきだろう。
「隊長が第59教導隊に配属になったのは、2回目だ」
「2回目が、いま?」
「そう。7年前、教導隊長としてここに戻ってきたらしい。その前は……20年前だ。その時は10年近く、第59教導隊の教官やってたんだとよ」
時系列順にまとめると、こんな感じだ。
20年前、あの人はただの教官として第59教導隊にいた。
教官としての生活が10年近く続いた。
その後、別の部隊に移り……部隊を率いていた。
その部隊は、対テロ任務をこなしていた。
色んな世界を回ってテロリストに対応してきたらしいが、アーミングにいたテロリストをブッ殺す任務も行っていたらしい。
そして、7年前に第59教導隊に戻ってきて……以来、教導隊長を務めている。
「一教官時代は、これといって問題はなかったらしい」
「…………」
「あと、前に率いていた部隊で、隊長の部下だった人にも話を聞いたんだが――」
休暇中、会いに行ったのはその人だ。
アーミングでの作戦行動が、諸々の動機として一番怪しかったからな。
けど、オレの予想は外れたらしい。
あの作戦行動で隊長の部下に犠牲者は出なかった。
「部下だった人も、『良い隊長だった』って懐かしそうに言ってたよ」
何度も隊長を褒めていた。
あの人が隊長だったから、俺達は上手くやれていたんだ――と懐かしそうに語っていた。そして、惜しんでいた。
「アーミングでの作戦行動後、急に部隊長を辞めて……どこに行ったのかも不明だったから、『今は教導隊長やってますよ』と言ったらビックリしてたよ」
「急に部隊長を辞めたってことは、やっぱり……アーミングで何かあったんじゃ」
「けど、それっぽい事件は起きてないぞ?」
本人も無事。部下も無事。
作戦の詳細までは教えてもらえなかったから、部隊外の関係者に死人が出ていたら……それが動機に繋がっている可能性もある。
ただ、仮に「アーミングのテロリストの所為で、誰かを失った」って過去があるなら……いま教導隊長をやっているのはおかしいと思うんだよな。
「隊長は、自分で望んで第59教導隊に戻ってきたらしい。自分の部下には何も語らなかったらしいが、『教導隊に戻りたい』って異動願出してたっぽい」
「仮に、アーミング人に恨みの感情を持っていたら――」
「教導隊より、もっと直接的な部隊に来ると思うんだよな」
例えば同じ部隊に残る。
対テロ任務を主にやっていた部隊だから、アーミングのテロリストを倒す任務を再び受ける機会があっただろう。
もしくは、アーミングに駐屯している交国軍の部隊とか……。それも教導隊とは別の、もっと直接的な軍事行動を行う部隊とか……。
「自分の希望で教導隊に戻ってきたってことは……教導隊での任務が苦痛だから、自殺を図ったって可能性も低いか」
「多分な。……酔っ払って、ついやらかしたって説明の方がまだしっくり来る」
「けど、自殺未遂以外もおかしい。隊長の振るまいは……どうにも引っかかる」
イジーは、どうも教導隊長を過大評価しているらしい。
最近はシラフのことが多いが、奴の本質は酒クズだ。
「酒に溺れる奴なんざ、ろくな奴がいない。交国軍の恥さ」
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
『酒に溺れる奴なんざ、ろくな奴がいない。交国軍の恥さ』
「この声は、貴様のものだな。アラシア」
「「…………」」
非常に……マズいことになった。
イジーに調査報告をした翌日。隊長の執務室に呼び出された。
どうも、クソ教導隊長はオレ達の部屋に盗聴器を仕掛けていたらしい。
「貴様達は、私のことを嗅ぎ回っているようだったからな。……私の方も貴様らを調べても、文句はないだろう?」
「「…………」」
あるに決まってんだろ、ボケ!!
盗聴器はさすがに反則だろ……!?
そう思ったが、オレ達は脂汗を流しながら黙り込むしかなかった。
酒クズで隊長という地位もある以上、マジで手段を選ばなくなったら恐ろしい。オレ達は虎の尾を踏んでしまった。そう、思ったんだが――。
「……まあ、正論だ。私は実際……ろくでもない男だ」
隊長は盗聴器をオレに投げて渡しつつ、ため息をついた。
オレの暴言は、特にお咎め無し……って事だろうか?
「貴様らが私を調べていたのは……くだらん好奇心か?」
「隊長に、子供達への対応を変えてほしいんです」
重々しい声で問いかけてきた隊長に対し、イジーが返答した。
相変わらず真っ直ぐな言葉。けど、今はこれ以上、隊長を刺激しないでくれ~……! と思いつつ聞いていると、隊長は静かな声で問いを重ねた。
「訓練計画を改めてほしいのか」
「はい。そのための交渉材料として、俺がアラシアを脅して調査をお願いしていました! 全ての責任は俺にあります。……不快な思いをさせて、すみません」
「構わん。身から出た錆だ」
「……隊長! アーミング人の子供達は、俺達の大事な生徒です! 同時に……俺達の戦友になる人材でもあります!」
オレが肘で突いて牽制しても、イジーは止まらなかった。
一歩前に出て、隊長に対して熱弁を振るい始めた。
「彼らに無理をさせて死なせるなんて、馬鹿げています!」
「…………」
「あの子達は、交国の未来を担う人材なんですよ!?」
「彼らに交国の未来を背負わせるなッ!!!」
久しぶりに、隊長の怒鳴り声を聞いた。
今はシラフだが、隊長は……明らかに激怒している。
額に青筋を立て、イジーを睨んでいる。
「あの子達は、アーミングの民だ。……交国の未来を背負う必要はない」
「…………」
「本来は、そうなんだ。それなのに……私は…………」
怒鳴ったかと思えば、目元を片手で覆い、弱々しい声を漏らした。
何なんだ、この男は。情緒不安定か?
何がやりたいんだ? 何故、急に自殺を図ったんだ?
そして今は……何で、アーミング人を労るようなこと言ってんだ……?
アーミングのガキ共をボロ雑巾のようにしているくせに……。
教導隊長は……何がしたいんだ?
ただのアルコール注射常用者の酒クズじゃ、ないのか……?




