過去:銃声
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「全員の訓練内容を見直すべきです!」
鼻息荒くそう言ったイジーの横で、天を仰ぐ。
なんでこうなる。
オレ達は訓練所では新参者だ。先輩方にそういう意見をしないよう、イジーを説得していたんだが……止めきれなかった。
しかも、意見した相手は第59教導隊の教導隊長だった。
あくまでアーミングにある訓練所の隊長だが……オレ達の上官であり、ここの王様みたいな存在だ。偶然出くわしたからって、そういうことを言うなよ……!
「おい、イジー。やめろ、イジー……!」
「ここの訓練内容は、あまりにも厳しすぎます! 俺達なら乗り越えられる内容ですが、身体もまともに育っていないアーミング人の子供達に耐えられる内容だとは思えませんっ……!」
「すみません教導隊長! こいつ、ちょっと……頭がアレで!!!」
教導隊長は何も喋らなかった。
黙ったままイジーの顔面に鉄拳制裁を行い、イジーを黙らせた。
イジーもいきなり殴られるのは予想外だったのか、モロに喰らっちまった。オレに出来るのは倒れていくイジーを抱き留めることだけだった。
教導隊長は目を剥いて怒鳴り始めた。隊長に意見してきたイジーに対し、「貴様は何もわかっていない」「この程度の訓練で根を上げるようでは、交国軍の作戦についていけん!」と怒鳴った。
怒鳴る口からは、アルコール臭がプンプンと漂っている。
「アホ。よりにもよって、教導隊長に物申すなよ」
隊長が肩を怒らせながら去った後、イジーを医務室に連れて行って手当してやる。手当しつつ、イジーの愚行を責める。
「ここの訓練内容は厳しすぎるよ。子供達、毎日ひぃひぃ言ってるじゃないか」
「けど、教導隊長の言う事も一理あるだろ」
オレ達は、アーミングのガキ共よりずっと厳しい訓練を受けてきた。
脱落した奴もいるが、大半は訓練をくぐり抜けて卒業し、交国軍人になった。「交国のオーク」として恥ずかしくない仕事をしている奴が、大勢いる。
「まあ、お前の言葉にも一理あるけどな。でも教導隊長に言っても無駄だろ」
「訓練内容を変えるなら、教導隊長に進言するのが一番だろ?」
「けど、あのオッサンはアル注の常用者だぜ? 昼間から酔っ払ってる異常者だ」
教導隊の長とは思えないほど、よく酒の臭いを漂わせている。
単なる飲酒では飽き足らず、アルコール注射までキメているらしい。……仕事中ですら酔っ払っているのは、正直、「オークの恥」と言いたくなる醜態だ。
「脳みそまでアルコール漬けになってる輩に、まともな進言が通るかよ」
隊長の言葉も一理あるが、それでもここの訓練内容は厳しすぎる。
アーミング人向けの訓練内容に改めるべきだと思うが、教導隊長は自分達基準の訓練計画を組んでいる節がある。
ガキ共はしょっちゅう倒れているし、疲れ過ぎて栄養補給にも支障が出ている。食堂の人達は、ガキ共を気遣って食べやすい食事を用意してくれてるが……根本的な問題の解決にはなっていない。
「アーミング人は、鍛えたところでオーク並みに活躍するのは不可能なんだ。もうちょっと優しい訓練にしてやってもいいとは思うが……」
「アラシアだってそう思うだろ? だから――」
「でも、あの教導隊長に何を言っても無駄さ」
あの人は「他人に厳しく、自分に優しい人間」だ。
常に酒臭い息を吐きながら怒鳴って、ガキ共には厳しい訓練をさせている。深夜に突然全員起床させて、予定にない訓練もさせている。
教官達もそれに付き合わされる。オレ達は別に耐えられる内容だが、ヒョロヒョロのアーミング人はいつも死にそうな顔をしている。
余暇にガキ共がゆっくり湯船に浸かっていても怒鳴り、栄養補給の時間も監視をしにきて……吐くガキがいたら「吐くな! 食え!」と強要もしていた。
ガキ共は身体だけではなく、精神的にもボロボロになっている。気の休まる時間がない様子で……それを見たイジーは、義憤に駆られて進言しちまったようだ。
「あんな酒カスのクズでも、立場は教導隊長なんだ。真っ向から進言しても、さっきみたいな理不尽な鉄拳が飛んでくるだけだ。勉強になったな」
「次は額で受け止めてみせるっ!」
「もっと別の方向に頭を使いな~?」
相手は脳までアルコール漬けの馬鹿だ。
もっと上手くやり合う方法はあるはずだ。
実はオレも教導隊長の蛮行を見て、「このままだとイジーが突っ走るだろうなぁ」と思い、教導隊長を何とかする策を練っていた。
軍事委員会に報告すればいい。
教導隊長の勤務態度を委員会に報告したら、新しい教導隊長を用意してくれると思った。敵はアル注常用者だから、簡単に左遷させられる……と思った。
だが、上手くいかなかった。
教導隊長はアルコール中毒ってこと以外は、大きな問題がなかった。常に酒臭いくせに、仕事自体はキッチリやっているようだった。
おかげで委員会に報告するだけの材料が集まりきらず、「どうしたものか」と思っていたら……イジーが突っ走って、さっきみたいなことになった。
「とにかく、正攻法で教導隊長をどうにかするのは不可能だ」
色々と納得いかねえだろうが、ひとまずオレに任せてくれ。
イジーをそうなだめる。……コイツもコイツで頑固だから、オレの説得なんて聞かないだろうなぁ……と思いつつも、なだめておく。
「教導隊長は、何故……あそこまで子供達に厳しいんだろう?」
「アル注常用者の考えなんかわからねえよ。まあ、でも――」
何かしらの原因はあるのかもしれない。
そう、例えば――。
「アーミング人に恨みがあるんじゃねえの?」
あるいは人種差別主義者。
後進世界の人間なんだから、先進世界出身者の言うことを聞け~って感じ。
理由付けするとしたら、その辺りじゃないのか――と言ったが、イジーは首を傾げて「そういうのじゃないと思う」と言った。
「あの人には、あの人の考えがあると思う」
「お前の進言に対して、いきなり鉄拳を飛ばしてきた輩だぞ」
「う、うーん……。でも、前に隊長が真剣な顔をしていたんだよ」
イジーはそれを見たらしい。
酒臭くて、目つきはイッちゃってる隊長が……まともな表情をしているのを見たらしい。その時の事を教えてくれた。
「この前、子供達が『神経接続式操作』の適性検査に挑んでいたんだ」
「神経接続式って……機兵の?」
「そう」
機兵の操縦方法で、一番使われているのは<追随式>だ。
オレ達も追随式を使っている。
神経接続式の方が、優れた動きが出来るが……神経接続式は誰でもやれることじゃない。適正がなければまともに使えない方法だ。
「隊長、子供達の適性検査を見ている時……必死の形相だったんだ。ただ見守っていただけだけど……一度試験に落ちた子も、『もう一度、受けさせろ』って言って……検査官に詰め寄っていたんだ。それも何度も」
検査官達は仕事を増やされ、嫌な顔をしていたらしい。
ただ、教導隊長の言うことなので……仕方なく従ったようだ。
結局、その時の適性検査では100人以上が試験を受けて、1人しか適正持ちが見つからなかった。神経接続式の適正持ちはマジで珍しいから、1人見つかっただけでも凄いことなんだが――。
「ともかく、隊長は子供達の適性検査に拘っている様子だった」
「そりゃそうだろ。神経接続式の適性ある奴は珍しい。珍しいから……そんなの見つけたら教導隊長としての評価も上がるだろうからな」
神経接続式の適性が見つかった奴は、異世界の訓練所に送られる。
ここみたいなボロ訓練所じゃなくて、神経接続式の適性持ちだけを集めた訓練所に送られる。未来の精鋭機兵乗り候補になるわけだ。
まあ、神経接続式の適性持ちが全員、精鋭になれるわけじゃないけどな。
奴らは考えるだけでパッと機兵を動かせる才能を持っているが、それだけで強くなれるほど甘くない。判断能力や知識を身につけないと、精鋭にはなれない。
5000人に1人程度しかいないとされる神経接続式の適性持ちでも、そこから「機兵乗り」に成長できる人間はさらに少ない。
適性持ち達が追随式の機兵乗りを甘く見て、ボッコボコにやられたなんて話はよく聞く。神経接続式は確かに優れているが、追随式との間に絶望的な差があるわけじゃない。ただ、神経接続式の方が優れているのは確かだ。
だからこそ、適性持ちを見つけたら……発見者の評価も上がるはずだ。
「大半のアーミング人は、兵士として大成しないんだ。それなら一発逆転狙って適性持ちを見つけて輩出しようって考えを持ってんじゃないか?」
要するに自分のためだ。
自分の出世のために、必死になっていたんだろう。
そう言うと、イジーは唸った。納得は……してくれなかったらしい。
「そんな風には見えなかったんだ」
「じゃあ、どんな風に見えたんだよ。クソでも我慢している顔か?」
「まるで、祈っているみたいだった」
「適性持ちが見つかるか否かは、宝くじを買うようなもんだ。役に立たないガキ共の中に適性持ちがいてくれ~って祈ってたんじゃねえの?」
「アラシア。役に立たないガキ――なんて言葉を使うな」
イジーがムッとした顔で注意してきたので、「以後気をつけるよ」と返す。
「けど、教導隊長はまともな人間じゃない。お前みたいなお人好しと違って……道徳的な考えはできないと思うぞ」
「うーん……」
「とりあえず、オレに任せてくれ」
教導隊長の醜聞を見つけてやる。
アル注やってるアル中なんざ、叩いていればそのうち埃が出るだろう。そもそも仕事中も酔っ払っている時点でおかしいんだよ。
「正面からやり合って勝てる相手じゃない。搦め手でいきゃいいんだよ」
そう言ったが、イジーは「隊長を説得しないと」などと呟いた。
イジーらしく、真っ向からぶつかっていくつもりらしい。
そういうところはイジーの美点だと思うが、軍組織でやっていくなら不向きな性格だと思う。……オレが上手く支えてやらねえと……。
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「何とか……教導隊長を説得しないと」
イジーはたびたび、そう呟いていた。
オレが止めても聞かず、たびたび教導隊長に意見しに行っていた。
そして毎回ブン殴られて帰ってきた。酷い時は2階の窓から投げ捨てられることもあった。イジーはイジーで上手く着地し、そのまま直ぐに教導隊長に物申しに行って……オレがタックルして止めざるを得ない時もあった。
「マジで勘弁してくれ!! このままじゃ、ガキ共の前にお前が死ぬ!!」
「離してくれアラシア!!」
「ダメに決まってんだろっ! ボケッ!!」
オレ達は軍人だ。軍人である以上、上官の命令は絶対服従するべきだ。
教導隊長はクソ野郎だが、それでもオレ達の上官だ。
あのクソ野郎を取り除くには……もっと上手くやる必要がある。あんなクズの所為で親友を潰されてたまるもんか!
「教導隊長に突っ込んでいくより、別方向で攻めてみな? 例えば、ほら……ガキ共の身の回りのことを、何とかしてあげるとか……」
オレがそう言うまでもなく、イジーはガキ共の世話を焼いていた。
食堂の人達と協働で、クタクタのガキ共がしっかり栄養補給できるメニューを考えていた。ガキ共の汚い寝床を整えてやる事もあった。
ガキ共に怒鳴りに来た教導隊長の気を逸らし、ガキ共を逃がすこともあった。
ガキ共がくだらない喧嘩で体力消耗しているのを仲裁したり、泣いているガキを辛抱強く慰めてやることもあった。
行軍訓練の引率役を引き受けることもあった。
しかも、ただ引き受けるだけではなく――。
「さあ、皆。俺に荷物を渡して! この行軍訓練で、少しでも身体を休めるんだ」
訓練である以上、どうしても体力は使う。
だが、イジーはガキ共の荷物を持ってやることで、少しでも負担を減らしてやっていた。教導隊長達の目を盗んで、少しでも楽をさせようとしていた。
「ハァ~……。オレもお前に付き合わなきゃダメなのかよ~……」
「頑張れアラシア、お前なら出来る!」
「ガキ共を励ますノリで励ますな~」
「「「あらしあキョーカン、がんばれ~!」」」
「くそっ。ガキ共の分際で、オレを励ますんじゃねえ」
面倒見の良いイジーの面倒を見ていると、オレも色々と苦労しなきゃならない。
まあ、それはいい。ガキ共はともかく……親友のためなら頑張れる。
「ごめんな、アラシア。付き合わせちまって……」
「いいよ。オレとお前の仲だろ。……お互い、何かあった時は……お互いの家族を気遣い合おうぜって約束の延長だ」
オレ達が死んだところで、交国政府が家族に恩給を出してくれる。
だから、オレ達は何も心配せず命を賭けられる。……嘘だ。恩給だけじゃ正直不安だから、自分が死んだ後……家族がどうなるかは正直、不安だ。
恩給が出ることで生活では不便しなくても、アレコレと別の問題が見つかる可能性もある。それが心配だから、オレ達は「お互いに何かあったら、お互いの家族の面倒を見よう」と約束していた。
オレはイジーの事を信頼しているし、イジーもオレの事を信頼している。だから、普段からお互いに手を差し伸べ合うのは当然のことで――。
「ゲッ! あれ、訓練所の偵察ドローンじゃねえか!?」
「あぁ……。バッチリ見られてるな……」
行軍訓練の「ズル」が教導隊長達にバレることもあった。
イジーとオレは引率役としての役目を果たしていないとして、鉄拳制裁。
かなりボコボコにやられた。痛覚ないから痛くないが、身体が傷ついた事で、さすがに熱や倦怠感が襲ってくる。しばらくは身体を動かすのがダルそうだ。
「すまん、アラシア……。俺の所為で」
「気にすんな。こうなる可能性ぐらい、考慮済みだ」
お人好しのイジーに付き合っていたら、こういう事もあるさ。
予想は出来ていた。覚悟もしていた。だから大丈夫だ。
どうせ痛くないし、ボコボコに殴られるのは別にいいんだが――。
「痛めつけられるの、オレ達だけか。教導隊長、ガキ共は全然殴らないな」
「……そうなんだよね」
「まあ、訓練がクソ厳しいから……常にボコボコにしているようなもんだがな」
教導隊長は「良い上官」とは言えない。教官としても良い人材とは思えない。
ただ、逆らわなければ殴られない分、マシだ。
オレだけだったら適当に命令をこなして、別の任地に行くまでやり過ごすんだが……イジーはそういうのが出来ない。頭が良い奴なんだが、性格まで良すぎて……ああいう輩は見過ごせない。
「でも、このままじゃ……イジーまで潰れかねん」
イジーは少し、真面目過ぎる。
訓練中の事故でガキが死ぬと……その死体に泣きながら縋り付いていた。
一応は訓練中の事故だが、死んだガキが訓練で疲れ切っていたのは皆が知っていた。……過労が死因に結びついているのは誰の目にも明らかだった。
教導隊長の組んだキツい訓練計画の所為で死んだと言っても、過言じゃない。憤るイジーをなだめ、教導隊長のやり過ぎを委員会に報告した。
知人の憲兵を通して、何とかしてくれるよう頼んだんだが――。
『すまん、アラシア。さすがに無理だった』
「マジかー……。あくまで、委員会は訓練中の事故って片付けるつもりなのか?」
『さすがに、再発防止のための報告書提出や教導隊長への厳重注意ぐらいはやる。けど、訓練中の事故死なんてオレ達の間でもあっただろ?』
「それはまあ、そうなんだが……」
ウチの教導隊長は、ハッキリ言ってやりすぎだ。
アルコール漬けの脳で、まともな判断が出来ているとは……とても思えない。
だが、それでもこの程度では軍事委員会も厳しい処罰は行わないらしい。……第59教導隊では、この手の死亡事故は初めてじゃないらしい。
『もう何人か死んだら、さすがに上も動くと思うが……』
「んなもん待ってたら、イジーが死んじまうよ……」
『アイツは相変わらずか。苦労するな、お前も』
「オレはいいんだよ。イジーも、本当ならあのままでいいんだ」
軍組織で生きていくためには、イジーのような人間は苦労するだろう。
交国軍は正義の軍隊だが……綺麗事だけじゃ組織は回らん。
けど、オレみたいな薄情ばっかりだと……多分、組織がおかしくなっちまう。利益を度外視して人に優しく出来る人間がいないと、きっとダメなんだ。
「……無駄だろうけど、オレからも……教導隊長に意見するしかねえか」
イジーの意見を、先手を打って教導隊長に言うしかない。
返ってくるのは鉄拳だろうが、イジーに対する交渉材料になる。お前が無茶やってるとオレもボコボコになるから、勘弁してくれ~と牽制できる。
お人好しのイジーは、小賢しいことをするオレの事も気遣ってくれる。……教導隊長を直ぐ排除出来ない以上、今は……こういう手を使うしかない。
そう思いつつ、教導隊長の執務室に向かっていると――。
「げ……。イジーの奴、止めたのに行ったのか……」
窓から声が聞こえる。
教導隊長の執務室から、イジーの焦った声が聞こえる。
教導隊長の声は聞こえないが……多分、イジーがまた物申しに言ったんだろう。
このままじゃ、またアイツが殴られる。
焦りつつ、走って向かっていると――。
「――――」
銃声が聞こえた。
教導隊長の執務室から、銃声が聞こえた!
「あの、教導隊長……! 鉄拳制裁だけじゃ飽き足らず……!!」
銃まで持ち出したのか!?
オークは痛覚ないとはいえ、不死身じゃねえ。
イジーが殺される。何とか止めないと!
「イジー!!」
全力疾走して執務室に飛び込むと、イジーは無事だった。
逆に、教導隊長が倒れていた。血を流しながら、倒れていた。
そして、その傍には……拳銃を手にしたイジーの姿があった。
大事になる予感はあった。
けど、さすがに……これは、予想外だった。
上官を殺っちまったのか、イジー…………。




