過去:交国軍事委員会・教導部<第59教導隊>
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
オレは立派な交国軍人になりたかった。
オレの思う「立派な交国軍人」とは、「対プレーローマ前線で戦っている軍人」だ。家族や国家、人類を守る誉れ高い軍人だ。
だから、さっさと対プレーローマ前線に行きたかった。
軍学校を卒業したら直ぐに行けるだろう――と楽観していたが、卒業間もなく配属となったのは、対プレーローマの最前線ではなかった。
機兵部隊の一員として、同じ人類連盟の国家とにらみ合ったり……馬鹿をやっている後進国を諫めにいった程度。どれも対プレーローマ戦線ほど重要じゃない。
くだらない戦場。そう言っていい場所ばかり派遣されていた。プレーローマという強大な敵がいるのに、人類同士で争ってる場合じゃないのに……。
まあ、交国も本当はこんなくだらない戦いはしたくないはずだ。他国が馬鹿をやっているから、「馬鹿らしい」と思いながら対応しなくちゃならない。
軍人になった以上、馬鹿な人類をこらしめるのも仕事だ。
納得は出来ないが、実際に馬鹿共が暴れている以上、馬鹿を諫める役目を誰かが担う必要がある。それは「立派な先進国」である交国の役目なんだろう。
それはそれとして「早く誉れ高い戦場に行きてえ~」と思いながら、同じ人類相手に戦い続けていた。そんなある日、オレに――いや、オレ達に転機が訪れた。
任地の変更!
別部隊への移籍の時がやってきた!!
『やっとプレーローマと戦えるんですか!? やったー!!』
そう考え、歓喜したオレに対して、上官は「違うぞ」と言ってきた。
『お前達の次の任地は、<アーミング>だ』
『どこっスか? 聞いた事ねえ場所なんですけど』
『ざっくり説明すると、後進世界の1つだ。治安は最悪だが、プレーローマはいない。まあ……任務の内容的にも、命を落とす場所じゃない』
オレがプレーローマと戦える「誉れの高い戦場」に行きたがっているのを知っているくせに、上官は笑みを浮かべながら「ノンビリ戦って来い」と言ってきた。
オレは誉れから遠のいたと思い、天を仰いだ。
幸い……左遷ではない。オレ達の働きはそれなりに評価されているらしい。上官殿は「むしろ出世コースだぞ。良かったな」と言っていた。
あの言葉は嘘ではなかった。
けど、オレは出世より、誉れが欲しい。歴史に名を残す英雄になりたいんだ。
「それなのに……こんな後進世界に派遣されるとは……」
オレ達の任地となった<アーミング>という世界は、人類文明圏に存在する。
ただ、ここは人間同士の争いが行われている。世界の4分の1が紛争地帯になっているらしい。当然、人類同士の紛争だ。
人類同士で争っているわけだ! オレが大嫌いな「人類同士の無駄な争い」がバンバン行われている! それがアーミングという下らない後進世界だ。
任地そのものは、前にいた機兵部隊で行った紛争地帯と大差ない。あの時は「この紛争をさっさと終わらせれば、次の任地にいける!」という希望があった。
アーミングは紛争地帯がワンサカあるが、オレの任地は紛争地帯の外にあった。
そこでアーミング人を指導する。
「教導隊で、アーミング人の教官役を務める……か。確かに出世コースかもだが……面倒くさそうな仕事だ」
新しく配属となった部隊は、交国軍事委員会・教導部に所属する<第59教導隊>だった。委員会所属とはいえ、憲兵ではなく教官を務めるのが仕事だ。
憲兵とか向いてないから、それにならずに済んだのは幸運かもだが……オレは人に物を教えるの、苦手だ。他人とか正直どうでもいい。
家族や親しい友人相手や、国家や人類といった大きな枠組みならともかく……知らねえ奴を指導するとか……あまりやる気が出ない。
んなことするより、機兵動かして戦っていたい。
指導する相手は、この後進世界の住人。
安物の銃を枕に育った紛争馬鹿共を指導し、「立派な交国軍人に育成する」というのが今のオレの任務だ。
アーミング人はオークのような屈強な身体を持っているわけじゃない。むしろ、ヒョロっとしているらしい。そんなの指導したところで、「立派な交国軍人」にするのは無理だと思うけどなぁ……。
「指導したアーミング人は……交国軍人として、交国の戦場に派遣する、か……。アーミング人、余所の戦争に関わってる暇あるのか?」
自分達の世界でも何年も紛争しまくってるくせに、異世界の戦争にも関わるらしい。……よっぽど、戦争大好き人間なんだろうか……?
教導部から事前に与えられた資料を表示していた端末から視線を切り、自分の新しい仕事場である「訓練所」を見上げる。
訓練所を見てため息をついていると、交国軍人が話しかけてきた。
ただの交国軍人じゃない。
軍学校時代からの腐れ縁の……親友だ。
「アラシア! 何を黄昏れてんだ? サボりか?」
「今日のところは休んでいい、って言われただろ」
話しかけてきた親友に――イジー・スポークに言葉を返す。
軍学校時代から続く縁は、今でも切れずに続いている。
一緒にいて楽しい奴だから、同じ部隊配属になったのは正直嬉しい。嬉しいが……オレはイジーのように、教導隊の配属になった事を喜べないでいた。
「見ろよ、このボロ訓練所。壁がペラペラだ。弾痕残ってるけど……これ、訓練中のものだよな? 貫通してきた流れ弾が当たったらどうするよ」
「実際、当たった人がいたらしいな!」
「えぇっ……?」
「けど、ここはもう古い射撃訓練場なんだってさ。ほら、訓練所の東側に新しい建物が建ってただろ? 今は向こうを使ってて、こっちは倉庫にしてるってさ」
「倉庫以外の用途の場所も、ボロいところ多かったぞ」
訓練所の建物は、半分近くがボロボロだった。
数十年前の建物らしい。ここ数年のうちに建てられた新しいものもあるが――所詮は後進世界に作った建物なので質は悪い。交国基準だとボロ家だ。
オレ達の宿舎だって、隙間風が入っていた。
そのことを親友にボヤくと、イジーはキョトンとした様子で「野営よりマシだろ?」と言ってきた。仰る通りだけどさぁ~……!
「対プレーローマ戦線は、下手したらここよりもっと汚いぞ。あと危険だ」
「そりゃあ……そうだけど、対プレーローマ戦線には誇りがある」
ここにあるのは、ただの埃だ。
訓練所の周辺は荒れ地になっており、砂埃がよく舞っている。室内まで床がジャリジャリしているし、油断している砂埃が目に入る。
前にいた機兵部隊は、基本的に方舟で移動していたから……それなりに清潔な場所だった。部屋は狭いし4人部屋だったが、こんな砂埃はなかった。
「まあ、場所はいいよ。任務の内容がさ……」
「<第59教導隊>は、委員会の教導部所属だぞ。それなりに出世コースだぞ?」
「前の部隊長みたいなことを言いやがる……」
「宿舎だって個室になった! 広々と使えるぞ! 隙間風があっても、まあ悪くないだろ? この辺りはまだ紛争地帯じゃないらしいから、砲弾も飛んでこないだろうし……寝ている間に死ぬことはないはずだ」
「オレはお前と違って……誰かを教え導く仕事とか向いてないと思うんだよ」
「そうかぁ? アラシアは何だかんだで面倒見いいと思うけど」
イジーと比べたら、オレはメチャクチャ薄情だよ。
イジーは軍学校時代から、面倒見が良かった。
軍学校の落ちこぼれ達の面倒を見てやりつつ、主席の座を守り続けていた。コイツがいなけりゃ、オレが主席のはずだったんだが~……。
まあ……オレ自身がイジーの世話になった事もあるから、いいけどさ。親友のいない人生なんて考えられねえよ。
「面倒だから人と関わりたくないんだよ。イジーは人と関わるの好きだろうけど」
「うん! 俺は教導隊に来たかったから、要望通って嬉しい!」
ケラケラと笑いながら軽く小突いてきたイジーに、苦笑を返す。
お前が教導隊に要望出していた件は、オレも知ってる。……知っているから、オレもいまここにいるんだよ――とは言わない。さすがに言わない。
「誰かを指導するのは得しかない。指導を通して自分自身の知識や技能も磨けるし、頼りになる戦友が増えると思ったら……得しかないだろ!?」
「オレはその『得』を、面倒な人付き合いという『損』で引いたらマイナスにしかならねえの。誰も彼もがお前みたいにはなれないよ~」
「でもさぁ、アラシアは何だかんだで面倒見が――」
「それより、何か用事があったんじゃないのか?」
イジーの言葉を遮りつつ、問いかける。
イジーはオレに声をかけてきた時、何故か嬉しそうに笑っていた。コイツの性格から察するに、「良いこと」をオレにも教えに来たんだろう。
その「良いこと」がオレにとっても利益になる話かはともかく……イジーとしては親切心で何か教えに来てくれたようだ。
まあ、何にせよ付き合ってやるがね。
「そうそう! 実はさ、もう直ぐオレ達の生徒が来るらしいぞ!」
「来るって……。確か、訓練所は全寮制だろ?」
「新しい生徒が来るんだってさ! 訓練所の外から!」
「あぁ、なるほど……」
「第59教導隊に配属になったオレ達と、同日に来た生徒って……何か運命を感じないか!? 是非、挨拶しにいこうぜ!」
「うーん……。まあ、挨拶はともかく偵察は必要だな」
ここにはまだ、到着したばかり。
教導隊の先輩教官達に挨拶して、自分達の宿舎ぐらいしか見ていない。
訓練所の生徒も、まだ誰も会っていない。
オレ達が指導するのはこの世界の住人……紛争大好きな<アーミング人>だと聞いているが、そいつらの顔を拝むのは悪くない。
ヒョロい身体付きと聞いているが、ひょっとするとオレ達にはない特技を持っているかもしれない。オレはイジーみたいに指導好きじゃないが、仲間として役に立ちそうなら少しは指導のやる気が湧いてくるかもしれない。
そう考え、「迎えに行こう!」と言うイジーについていく事にした。
少し……ほんの少しだけ、期待していた。
わざわざ指導する価値のある人材が来ると、期待していたんだが――。
■title:紛争の絶えない後進世界<アーミング>にて
■from:アラシア・チェーン
「……貧相なガキばっかりだな」
「そう……だね……」
訓練所に100人以上のガキがやってきた。
後進世界製のボロい運搬車の荷台から、痩せこけたガキ共がゾロゾロと下りて来た。ネズミみたいに貧相で、薄汚れたガキ共ばかりだ。
とても「兵士」として役立つ人材には見えない。
ガキだから身体が出来上がっていない。オレ達がアイツらぐらいの年頃には……もっと立派な身体だったんだが……そこは種族差か。
期待して損したが、「まあこんなもんか」と納得した。
所詮は後進世界の人材だ。
何年も紛争し続けている世界の住人だから、根っからの戦闘狂人種でもいるのかと思ったが……そうは見えない。
どいつもこいつもヒョロヒョロで、怯えた様子の奴らが多い。オレ達を怯えた様子で見てきている。物陰に隠れたがる奴もいた。
オレは呆れながら見ていたが、イジーは表情を硬くしていた。
ヒョロいガキが生徒でも、嬉々として親切に指導しそうなのに――。
「交国軍が人さらいしてきたわけじゃ、ないよね?」
「何言ってんだ。交国軍がそんなことするわけないだろ?」
珍しくアホなことを言うイジーに、呆れながら言葉を返す。
「アーミングは争いの絶えない世界みたいだし……紛争地帯からガキを保護してきたんじゃねえの? ここらの治安は、余所より少しマシらしいし」
「紛争地帯から逃して、異世界の戦場に投入するって……『保護』なのか?」
「そんなことは…………知らねえよ。オレがやってる事じゃねえし」
上の人達が「必要」と判断しているんだろう。
実際、アーミング人のガキ共は「保護」されていた。
どいつもこいつもアーミングの紛争地帯で苦しんでいたが、交国軍人になる覚悟を持って志願してきたらしい。
「ここなら、砲弾とかふってこないって……」
「1日3回も食べられるって、ホント!?」
「コーコク軍に入ったら、なにも心配ないって……」
断じて人さらいじゃない。
最初は不安げにしていたガキ共も、食堂でガツガツと食事をして腹を膨らませた後は、それなりに落ち着いたようだった。
食堂の食事を犬のように食べて、周りの分まで奪おうとしている光景には……正直、眉をひそめずにはいられなかった。
だが、食堂の人達は慣れた様子だった。ガキのケンカを仲裁したり、「訓練で良い成績を上げたら、もっと良い物が食べられる」と話していた。
軍学校で主席だったイジーは、次席のオレとは別のものが見えているのか……ガキ共を見ながら、ずっと表情を硬くしていた。
幸い、アーミング人のガキが「汚くて臭い」から嫌いでたまらない――というわけではないらしい。自分の仕事じゃないのに、ガキ共の風呂の世話まで率先してやっていた。相変わらず、面倒見の良い奴だこと。
「手伝ってくれるアラシアも、相当面倒見が良いよ」
「オレも第59教導隊にとっては新人なんだ。先輩達の機嫌を取っておいて損はないだろ。あッ! こら、こんなとこで小便するな!!」
「……この子達が行くべき場所は、難民キャンプなんじゃないかな?」
「ハァ? 訓練所に来たのは、コイツらの希望だろ?」
コイツらは交国人じゃない。
それどころか、アーミングの国籍すら持っていない。交国軍の方で後見し、身分証を発行してやったぐらいだ。
本人達も訓練所の環境に満足しているようだった。
中には親や家族に会いたいと泣くガキもいたが……そういうのは交国の軍学校にもいた。面倒見の良いイジーに付き合って、学校の後輩を励ましに行くことも結構あった。
「けど、コイツらはオレ達が軍学校に入った時より年上だ。10歳ぐらいって、オレらもう結構立派に戦えたぐらいだろ?」
「それは……俺達が他種族より成長早いから……」
「肉体が劣っていたとしても、精神ぐらいはオレ達並みになってほしいよ」
ピーピー泣いているガキを、イジーに付き合って適当に寝かしつけてやった。
第59教導隊の仕事は、オレが想像していたよりも酷いものかもしれない。オレは交国軍人であって、保育士じゃ無いんだがなぁ……。
ともかくガキ共に指導する事になった。
ガキといっても、普通のガキとは違うようだった。
「完全に一から指導する事になると思ったけど、皆、銃はそこそこ使えるのか」
「軍学校だったら教官にブン殴られるような雑な使い方だけどな……。あー、コラコラ、そんな風に扱ってると、自分の指が吹っ飛ぶぞ」
ガキ共は日常的に銃を使っていたらしく、ある程度は銃を扱えた。あくまで「一応扱える」程度であって、「兵士として使い物になる」かは別問題だが。
幸い、和語は通じたが所詮は後進世界のガキ。オレ達がどれだけ丁寧に説明しても、10分の1もわかっていないようだった。
しかもヒョロいガキばっかりだったから、長期の作戦行動に耐えられるようには見えなかった。
「こんな奴ら、訓練しても使い物にならないと思うがなぁ……」
何で上の人達は、こんな後進世界のガキ共を使う事にしたんだろ。
どれだけ訓練しても、オークの足下にも及ばない人材だと思うがなぁ……。
まあ、これも仕事と割り切ってこなしていくしかないか。




