過去:天使的取引
■title:<ロレンス>の戦闘艦にて
■from:影兵・アダム・ボルト
「睦月。大人しく寝ていろ」
医務室のベッドから起き上がった加藤睦月を咎めると、彼は「いつまでも休んでられないよ」と言いながら医務室を出た。
命に別状はないとはいえ、負傷している。
<ロレンス>首領殺しの疑いにより、加藤睦月は<カヴン>で拘束されていた。拷問されて痛めつけられていた。近く、処刑が行われる予定だった。
首領の娘であるジュリエッタ・ロレンスの手引きにより、何とかカヴンの手中から睦月を逃げ出す事は出来たが……厄介な追っ手に追われる事になった。
私と巽だけでは負傷した睦月を逃がすのは危うい状況だったが、「別の助け」が来てくれた事もあり、何とか追っ手を撒く事には成功した。
ただ、負傷していた睦月はしばし眠っていた。
今も傷が癒えていないため、安静にしておくべきだが――。
「おやっさんの遺体と神器は――」
「無事だ。巽が影に入れて保護している」
ロミオ・ロレンスが死んだとはいえ、その神器にはまだ利用価値がある。
欲しがる勢力も多いだろう。だから、巽がしっかり守ってくれている。
追っ手を撒いたとはいえ、厄介な輩が方舟に同乗している。奴らが牙を剥いてきて、神器と遺体を掻っ攫う危険性もある。まだまだ油断は出来ない。
睦月はその輩共を気にしているらしく、「彼らは? 助けてくれたお礼をキチンと伝えていない」と言いだした。
奴らと睦月を会わせるのは、あまり気乗りしない。だが、黙っていたところで直ぐにわかる話なので、「奴らは艦橋にいる」と伝えた。
「じゃ、ちょっとお礼を言ってくるよ」
「わかった。だが、気を許すなよ」
「…………。わかってる」
睦月に付き添い、艦橋に向かう。
そこにはロレンス構成員がいた。
構成員といっても、睦月側についてくれた一部の構成員だけ。彼らは睦月が首領殺しの下手人と言われても「有り得ない」と言い、脱走を手伝ってくれた。
彼らは信頼できる。
あくまで、彼らはだが――。
「…………」
艦橋の一角に目を向けると、巽が「奴ら」と話をしていた。
巽が話している人間――いや、人間ですらない者達は、正体をまったく隠していなかった。背中に光翼、頭上に光輪を晒している。
プレーローマの天使。
奴らは睦月の脱走を手伝ってくれた存在だが、人類の敵でもある。睦月は以前から知っている相手のようだが……天使は信用するべきじゃない。
確かに、奴らが密かに手助けしてくれなければ、我々は危うかったが――。
天使達に歩み寄った睦月は、天使達に頭を下げて救援の礼を言った。相手は「我らは主の命に従っただけです」と事務的な言葉を返してきた。
「それより、主が貴方と話したがっています。通信を繋いでも構いませんか?」
天使の言葉に睦月が頷く。
すると、天使は船の端末を操作し、龍脈通信で遠方との通信を繋いだ。
通信先はどこかの執務室のようだ。おそらく、プレーローマ本土だろう。
『おう、ムツキ!! まだくたばってないみたいだな!?』
「お陰様で……。支援に感謝します。ミカエル様」
睦月が頭を下げると、武司天・ミカエルは笑みを浮かべた。
笑みを浮かべたまま、語りかけてきた。
『これは貸しだぞ。いつか必ず返してもらう』
「もちろんです。俺に返せる範囲の話になりますが――」
2人はそんな会話を交わした後、今後の事を話し合い始めた。
ロミオ・ロレンスは死んだ。殺害された。
彼の死は、必ず大きな嵐を生むだろう。




