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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.1章:嵐の始まり【新暦1230-1233年】
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過去:長の責務



■title:アイランド・ロディにて

■from:<ロレンス>首領・伯鯨ロロ


「おい!! ロミオ!! 何が食いたい!? お前の希望も聞いてやるぞ!!?」


「酒の肴とか……」


「よしッ!! じゃあチーズケーキだな!?」


「酒の肴って言ってんでしょ」


「和酒にあうチーズケーキを作ってやるよ!!」


 筋骨隆々の天使、<武司天>のミカエルが楽しげにスイーツを作っている。


 今は光翼を出していないとはいえ、わかる奴は「天使だ」とわかるだろう。武司天・ミカエルはプレーローマの現支配者<三大天>の1体。有名な天使だからな。


 ウチは人類連盟と敵対している犯罪組織(ロレンス)とはいえ、分類としては人類陣営の組織だ。プレーローマに故郷や家族を奪われた流民も大勢いるから……出来るだけ武司天と人と合わせたくない。


 ロディの厨房を1つ貸し切り、旦那(ミカエル)に自由に使ってもらう。まあ……武司天がこんなところで菓子作りに興じているなんて、誰も思わないだろうが……。


「わざわざウチで菓子作りしなくても、プレーローマ本土に戻ればいくらでも出来るでしょ。材料も腐るほどあるはずだ」


「本土にいないから仕方ないだろ!? 菓子作り欲を発散できねえんだよ。俺の筋肉が叫んでんだ!! 菓子(スイーツ)! 菓子(スイーツ)!  菓子(スイーツ)!! よろしい、ならば菓子作り(スイーツ)だって思っても――」


 旦那はムッとした様子で手を止め、御付きの部下達を見つめた。


「せっかく作った菓子を、アイツらが食ってくれねえんだよ!!」


 旦那の菓子はマズいわけじゃない。むしろ、美味いと言っていいはずだ。


 だが……旦那の菓子作りに毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日……付き合わされる部下達にとってはたまったものじゃないだろう。


 旦那が菓子作りしているだけで「うっ」となっている奴もいる。旦那の咎めるような視線から、さっと顔を逸らして凌いでいる。


 旦那は不満げだったが、オレを見て「ニカッ」と笑った。


「けど、アイランド(ここ)ならいくら作ってもいいだろ!? いくら作っても食ってくれる奴がたくさんいるだろ!? だからなぁ、作っていいよなぁ!!?」


「はい、はい……。ご自由にドーゾ」


 ロディの備蓄物資を少し使われるが、大半の材料は旦那負担だ。


 こちらの腹は大して痛まない。


 しいて問題を挙げるとしたら、厳しい流民の暮らしに甘いスイーツは毒って事だ。甘い毒。耐えがたい誘惑。それが日常的に食べられない奴も大勢いるのに、一度味を知ってしまえば……。いや、こういう機会に贅沢させてやるべきだな。


 武司天の頼みを無碍にする事も出来ない。本来、もてなす側がもてなされるのはちょっとどうかと思うが……相手は変わり者の旦那だ。好きにさせておけばいい。


 旦那が好き勝手歩き回らないよう、監視も兼ねて付き合う。


 旦那はクリスマスケーキの注文を受けたケーキ屋の如く、じゃんじゃんとスイーツを作っていった。1人で相当な数のケーキを焼き、合間に焼き菓子も作っている。出来た端から「振る舞ってこい!!」と部下に命じている。


「食べたい奴には好きに食べさせてやれ!! というか、注文取ってこい!! 食べたいものを作ってやる!! スイーツ限定でな!!」


 ミカの旦那は半日以上、スイーツを作り続けた。


 厨房周りどころか、アイランド・ロディ中が甘ったるい香りで包まれるまでスイーツを作ると、やっと満足してくれたようだった。


 満足げな表情で紅茶を淹れつつ、手製のアップルパイを「食え! オラッ!! もっと食え!!」とオレに勧めてきた。


 近くで監視しているため、旦那がちょくちょく「味見しろ!!」と言ってきた所為で……もうホールケーキ5台分ぐらいは食っている。


 さすがにもう勘弁してください、と頼むと、旦那はふてくされたガキのような顔で「自信作なのにっ……!」と漏らした。


「これなら次の<交国アップルパイコンテスト>優勝堅いぞ!! 多分!!」


「いや、旦那は出禁食らってるでしょ……」


「俺だけじゃねえ!! プレーローマ関係者はどいつもこいつも参加できねえんだよ!! 玉帝の奴、スイーツでもプレーローマに負けるのが怖いらしい!!」


 そういう問題じゃないと思うけどな……と思いつつ、口直しの紅茶だけ貰う。


 オレが呆れながら話を聞いていると、ミカの旦那はベラベラと喋り続けた。


「確かにスイーツは人間の発明だが、元祖や本家が常に最強とは限らん!! 交国や他の人類国家がプレーローマ製スイーツを拒む鎖国を行っても、プレーローマのスイーツだって負けてねえぞ!!?」


「人類の諸国家がアンタら相手に鎖国をキメてんのは、アンタらの責任でしょ」


 それどころか、命乞いしてもプレーローマ側が拒む事さえある。


 まあ、ミカの旦那は相当な変わり者だから……まだ話が通じるほうだが――。


 オレが呆れながら意見すると、旦那は苦笑しながら「確かにな」と同意した。


 旦那の苦笑顔を見つつ、一応、弁護しておく。


「より正確に言えば、源の魔神(アイオーン)の所為でしょうけど――」


「いいや、天使(おれ)達も悪い!! 人類虐待を始めたのは親父(アイオーン)だが、俺達はついぞそれを止められなかった!! そして今も止めてない」


 旦那の笑みが苦笑から、不敵なものへと変わっていく。


「止める気もない。俺も人類(おまえら)を滅ぼすつもりだ。天使と人間は相容れない存在なんだ。どっちかが絶滅するまで戦争続けねえとな」


 武司天・ミカエルは変わり者だ。


 だが、所詮は天使だ。


 旦那の言う通り、天使と人間は相容れない存在なんだろう。


「ま、それはともかく、お前が元気そうで安心したよ」


「まだまだくたばる気はありませんよ」


「良いことだ!! 少なくとも偽者じゃねえようだなぁ」


 旦那は自分で焼いたアップルパイを頬張りつつ、「交国(ほうほふ)もふぉこまでふぁふぇきてねえみふぁいだ」と言った。


 アップルパイ食ってる所為で、何を言ってるかわからん。


 多分、交国の話をしているんだろうが――。


「お前、交国と仲直りしねえのかよ?」


「交国とロレンスは敵同士ですよ」


「だが、お前らは長らく談合してただろうが」


「…………」


「お前と石守回路が上手くやっていたから、ウチだってその尻尾は掴めなかったけどな。疑い自体はウチ以外にも大勢抱いていたはずだ」


 旦那はそう言って紅茶を飲んだ後、「けど、今はもう談合関係が破綻しているはずだ」と言ってきた。斬り込んできた。


「ロレンスとの折衝を務めていた石守回路も死んだからな。後任がヘタ打ったんだろ? あるいは、玉帝自身かね……」


「旦那の言うような仮説はよく聞きますが、さすがに考え過ぎ――」


「交国はロレンスを疎んじているはずだ」


 ミカの旦那はオレの言葉をあえて流しつつ、構わず言葉を続けた。


 いつも通りの唯我独尊(マイペース)


 しかし、声色はいつもより静かで鋭い。


「けど、交国も馬鹿じゃねえ。短絡的にお前を暗殺する気はないだろう」


「…………」


「お前ほどの傑物が死んだ場合、ロレンスは瓦解する。犯罪組織の長とはいえ、犯罪者達を束ねていたお前が死んだ場合……人類文明全体にどれだけの悪影響が及ぶかわかっているから、短絡的な暗殺には手が出せないはずだ」


 だから再交渉するなり、替え玉を用意するんじゃないか。


 旦那はそう言い、さらに言葉を続けた。


「けど、再交渉している気配はないな。となると現実的なところは……ロレンス首領の首を穏便にすげかえる。カヴン、あるいはロレンス内部の人間に働きかけてお前を首領の座から降ろし、後釜には交国の意を汲む奴を据えるとかな」


「旦那の与太話に付き合ってあげますが、そういう人間がいますかね?」


「お前だって心当たりは何人もいるはずだ。お前は確かに傑物だが、強い光は濃い闇も生み出す。お前が強すぎて『気に入らねえ』って奴は組織の内外に沢山いるはずだ。その自覚はさすがにあるだろ~?」


 まあ、実際その通りだ。


 オレはそこまでの傑物じゃないが、悪のカリスマってわけでもない。


 長年に渡ってロレンス首領を務めてきた事から、多少の無理は利く。だが、万人に愛される人間じゃない。慕ってくれる奴は多いが、全員と仲良くなれるほどの人たらしじゃあない。


 同じ大首領直参幹部だけではなく、ロレンス内にもオレを疎んじている奴はいる。……交国がそういう奴らと秘密裏に手を結んだ場合、厄介な事になる。


 いや、既に手を結んで、何かしらの工作を始めているかもな……。


 警戒はしているんだが……相手の方が上手なのかもしれん。


 オレは交国に喧嘩を売った。いや、喧嘩を買った。


 その事は組織だけではなく、オレ自身にも影響してくるだろう。


 覚悟は……していたつもりだが……。


「もっと大胆な替え玉を用意するかもな。お前の皮を被った偽者用意するとか」


「偽者ねえ……。それはさすがに非現実的じゃねえですかい?」


プレーローマ(ウチ)には他人に化ける権能使いがいた。それが交国辺りに流れるなり、交国が『再利用』していたら有り得る話だよ」


 今のところ無事のようだが、交国相手の喧嘩は面倒だぞ。


 旦那は忠告するようにそう言った。


 いや、実際に忠告しに来たんだろうな……。


「交国相手に突っ張り続けるのは面倒だぞ」


「百歩譲って、アンタの推測が全て正しいとしましょうか」


 フォークで小さく切り分けたアップルパイを口に運んだ旦那に言葉を投げる。


「仮にそうだったとして、それがどうした。オレはロミオ・ロレンスだ。ロレンスの首領だ。交国だろうが人類連盟だろうが、武力で蹴散らしてやる」


 交国のような壁なんて、今まで何度も立ちはだかってきた。


 だが、そのたびに上手く切り抜けてきた。


 力尽くで突破してきた事もある。……避けようのない壁なら、ブッ壊してでも突破するだけだ。交国が刺客を送ってきたとしても何とかしてみせるさ。


 そう宣言すると、旦那は哀れむような表情でオレを見つめてきた。


「そんな強がらなくてもいいじゃねえか」


首領(オレ)は戦わなきゃいけないんだ。問題から逃げず、立ち向かって打ち倒す。それが首領の責務なんですよ。……アンタもそういうのわかるでしょ?」


 オレが何とかしないと、流民(みんな)が不幸になる。


 同じ流民同士でもいがみ合い、戦う事だってあるんだ。誰かが流民をまとめ上げて、正しい方向に導く必要がある。


 敵を倒しながら……悪事を働きながらでも……オレ達は進んでいかなきゃならねえんだ。悪さをしても、それはきっと……勝利が肯定してくれる。


 そのはずだ。


 そうでないと、オレ達に救いはない。


「ロミオ。お前1人で背負い込む必要はねえよ」


「…………」


戦争(・・)を起こす必要もない」




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