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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.1章:嵐の始まり【新暦1230-1233年】
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過去:ミカの旦那、襲来



■title:アイランド・ロディにて

■from:<ロレンス>首領・伯鯨ロロ


『貴様らは信用できん』


 オレは、長く続いた交国とロレンスの取引関係を終わらせた。


 交国が信用出来なくなった。だから終わらせた。


 元々、交国に全幅の信頼を寄せていたわけではない。交国と取引したところで、ロレンスや流民が抱えている全ての問題が解決したわけじゃない。


 だが、石守回路はまだ信用できた。


 あの男は「仲間」ではないが「取引相手」として最低限の仁義を守っていた。だが、石守回路の死を契機に交国は本性を現した。


 ロレンスを「都合の良い手駒(パーツ)」として使おうとする下心を隠さなくなった。流民の窮状につけ込んで、無茶な仕事ばかり振ってくるようになった。


 交渉はしたが、満足いく回答は得られなかった。


 これ以上は付き合ってられない。


 オレはそう判断し、交国との取引関係を終わらせた。


 ロレンスは交国より古い組織だ。交国ほどの経済力は無くても、<カヴン>でも指折りの巨大組織。裏社会では交国以上の地位を築いている。


 だから、交国との取引がなくてもやっていける自負があった。


 実際、交国との取引を終えた後も、ロレンスは武力は(・・・)弱体化していない。多次元世界屈指の海賊組織として、今も多方から恐れられている。


 弱体化はしていない。


 だが、問題は発生している。


 正確には「元々あった問題を解決出来なくなった」と言うべきか――。


「おう、邪魔するぞ」


「首領! 来てくださったんですね……!?」


「そりゃ来るさ。助けてくれって頼まれたし……そもそも、オレがお前達に助けてもらっている立場だからな」


 ここはロレンス管理下のアイランド・ロディ。


 ただ流民が暮らしているだけではなく、「病院」としての機能を持っているアイランド。ロレンス最大の医療拠点がここにある。


 ロディにはロレンス構成員か否かを区別せず、流民内にいる病人や怪我人を収容し、治療を行っている。


 収容人数に限りはあるが、ウチの管理下(シマ)で最大かつ最高の医療環境が整っているから、重篤患者はロディに集め、保護している。


 基本、大した金にはならん。


 他所の組織から病人や怪我人を受け入れ、治療費を請求する事もあるが……シノギとしては大したものじゃない。


 だが、必要なものだ。


 どこの国家にも属さない流民にとってのセーフティーネットみたいなものだ。……身体を壊した時、誰にも頼れないのは恐ろしい事だし、家族しか頼れない環境というのも個々人への負担が大きすぎる。


 流民(おれたち)だって人間だ。


 こういうものも必要なんだが――。


「苦労をかけてすまんな……」


「我々は大丈夫です。ただ、患者は――」


「新しい医療用アイランドの建築と、場所の確保を急いでいる。増築代わりに病院船を5隻持って来たから、ひとまずそれを使ってくれ」


 アイランド・ロディはロレンスの医療の要。


 だが、医療崩壊の危機に瀕している。


 ロレンスは今まで重病患者をロディ等のアイランドで治療するか、(おか)の病院に送っていた。だが、後者が殆ど使えなくなった。


 交国との取引関係を終えた影響だ。


 今まで交国、あるいは交国の息がかかった国家に、患者を預ける事もあった。ロディの医療環境にはかなり投資しているんだが、それでも限界がある。


 重篤患者を助けるには、陸の病院に預ける方が確実。先進国の病院の方がロディよりずっと良い環境が整っている。


 先進国でも必ず全員救えるわけじゃない。だが、ロディの設備では延命しか出来ない事もある。……オレが交国との取引関係を終わらせたから、今まで救えていた命が救えなくなっている。


 救えなくなるどころか、医療体制が崩壊(パンク)しそうになっている。


 急ぎ、体制を立て直そうとしているが――。


「追加の人員も連れてきた。といっても、陸からさらってきた奴(・・・・・・・)が大半だが」


「あ……。ありがとうございます……」


 奥歯に物が挟まった物言いの医者に対し、「方法に問題を感じると思うが、これ以外の手段がない」「上手く使ってくれ」と押し切る。


 新しい同僚が「拉致被害者」というのは、現場の人間としても困るだろう。だが、犯罪組織(ロレンス)に来てくれる医療従事者なんて限られる。


 多くの人間を救って回っている非政府組織の者達ですら、流民のアイランドに来る事はそうそう無い。奴らにとっての「人間」は陸の人間であって、海の人間は「人間の形をした別物」なんだろう。


 もちろん、そんな奴ばっかりじゃないが……好き好んでアイランドに来てくれる医療従事者は、本当に限られている。


 今までは交国のツテを使って陸に逃がした流民達が陸で学び、医者として帰ってきてくれる事もあった。だが……それも今後は難しくなるだろう。


 ロレンスの方で留学費用を捻出しても、受け入れ先の問題がある。ロレンスの存在を隠して支援しても、繋がりがバレる可能性もある。


 高度な技術を必要とする人材は、これからも不足していくだろう。


 ロディの設備と人員を無理矢理強化しても、やはり限界はある。海賊稼業でどれだけ稼いだとしても、何もかも金で解決できるわけじゃない。


 流民全体を見たら、ロディに収容しないと生きていけない重篤患者はほんの一部。皆が皆、大怪我を負ったり、大病を患っているわけではない。


 組織内には「重篤患者は切り捨てるしかない」「そもそも、ロレンス構成員以外の流民を受け入れる必要がない」と言う者もいる。


 死にかけの奴らを救ったところで、大した金にならない。


 セーフティーネットなど不要。


 そんなものより、もっと稼げるシノギに投資した方がいい。


 そう言う奴も、大勢いる。


 だが、「悪事を働いてでも流民を救う」のがオレの組織(ロレンス)だ。


 今更その生き方を曲げる事は、出来ない。


 悪事を働いている時点で、問題なのはわかっている。


 傷口を血で洗うような方法だとわかっていても、悪事に頼るしかない。


 頼りたくないという者もいる。


 家族や組織に負担をかけたくないという者もいる。


 そういう奴らが海に身を投げようとする事もあるが、止める。……暗い海の中で1人寂しく苦しみ、死んでいくなんて絶対にダメだ。


 死は救いじゃない。断じて違う。


 仮に死ぬとしても、せめて……温かいベッドの上で看取られるべきだ。


「首領。彼らにも……死の自由を与えるべきです」


「…………」


「希望者には、安楽死の手配をするべきです。……我々がどれだけ力を尽くしても、彼らの痛みや苦しみまでは取り除けません」


「だが、一度そういう手段を用意すると、周囲に強要される奴らも出てくるはずだ。家族や組織の負担になるから、さっさと死ぬべきだってな」


 強要されている感覚がなくても、流されて死んでしまう奴もいるはずだ。


「本人が納得していたとしても、死は救いなんかじゃ――」


「人によっては救いになるんです。ずっと痛みと戦っている子達もいるんです」


「…………」


 ロディの医療崩壊危機は、ロレンスが抱えている問題の1つに過ぎない。


 交国との取引関係を終えた影響は、これ以外にも色々ある。


 どれもロレンス全体の事と比べたら「些細な話」だ。


 元気なロレンス構成員達は、今日も酒場で騒いでいる。略奪品を椅子代わりにして、船内で即席の酒場を作り、どんちゃん騒ぎしている。


 だが、それが出来るのも元気なうちだけだ。


 海賊(おれたち)はいつ何時、大怪我を負うかわからない。海賊稼業は危険なものだ。ハイリターンだろうと、相応のリスクも付き纏ってくる。


 戦闘によって身体を欠損させ、前みたいに戦えないどころか……前みたいに生活できなくなった構成員は大勢いる。大勢いた。


 中には、海に飛び込んで行く奴もいた。


 もう戦えない以上、皆の邪魔にならないよう命を絶つべき。


 海賊達の中にそういう暗黙の了解があった。いや、今でもある。昔よりマシになっただけで、今でもそういう空気は残っている。


 今までずっと助け合って戦ってきた仲間が、脚の一本を失っただけで「終わった人間」扱いされる。そして……潔く死ぬことを求められる。


 (はなむけ)と称して酒を沢山飲ませ、前後不覚の状態にして海に送り出す。それで「良いことをしてやった」「良い最期を迎えさせてやった」という空気を出して、自分達の悪事を有耶無耶にする。


 身体の大半を無くした仲間が、大量の酒を飲みながら泣き、「ありがとう」「オレは幸せ者だ」と言う光景。言わされる光景。


 あの空気が嫌だった。


 同じ海の人間なのに、仲間を人間扱いしなくなる瞬間が嫌だった。


 見捨てたくねえよ。


 弱った奴らが可哀想だから助けるってだけじゃねえ。


 オレが嫌なんだ。


 あんな光景、もう二度と見たくない。


 組織全体から見たら、重篤患者は確かに「一部」に過ぎない。


 だが、小さな問題を放置していたら、それはいつか大きな問題に成長する。


 そもそも、当事者にとっては大問題なんだ。オレ達は組織に属しているが、その前に1人の人間なんだ。普通の人間は、一度死ねば終わりだ。


 この問題を解決したい。


 皆のためにも、オレ自身のためにも。


 解決したいが……解決手段は限られている。ロレンスは大組織だが、所詮は犯罪組織だ。先進国のようなセーフティーネットは築けていない。


「何とか、手を探す。もう少し……耐えてくれ」


 ロディの医者達に頼み込む。


 声を絞り出す。


 苦しむ患者を救う手段は、確かに存在している。


 だが、アレは「救い」と言っていいのか?


 アレに縋るという事は、彼らに大事なものを捨てさせるという事だ。


 出来れば避けたい。……避けたいと思っているが――。


「……オレが何とかする」


 首領(オレ)が、何とかするしかないんだ。


 祈ったところで、夢葬の魔神(かみ)はオレ達を救ってくれない。




■title:アイランド・ロディにて

■from:<ロレンス>首領・伯鯨ロロ


 ロディでの仕事を済ませ、居室で酒を飲みながら待機する。


 ここでの仕事はもう終えたが、用事は残っている。


 ロディで待ち合わせをしている奴がいるから、そいつが来るまで待つ。あまり時間がかかるようなら、こっちから迎えに行くことも考えていたが――。


『おやっさん。睦月です。例の林檎酒、手に入れてきましたよ』


「おう。悪いな」


 待ち合わせをしていた相手がロディ近海まで来たらしい。


 通信しつつ、首尾良く上手くいったかをそれとなく確認する。


 ムツキには交国に潜入し、1人の交国人を逃がす仕事を頼んでいた。


 単なる夜逃げなり国外逃亡なら、そこまで大した仕事じゃないんだが……今回は相手が悪かった。交国政府相手に人を1人逃がす仕事だった。


 石守回路が残した秘匿回線を使った依頼だったとはいえ、相手が相手だけに断るつもりだったんだが……ムツキが「俺が行ってきますよ」と言いだしたので、ムツキに任せる事にした。


 一応、対象を連れ出すのには成功したようだが――。


『ただ、瓶にヒビが入っているようで……。瓶の補修をお願いしたいんです』


「おう、わかった。人を手配しておくよ」


 どうやら救出対象が怪我をしているらしい。


 救出中に交国軍から攻撃されたのか、あるいは政府に拷問でも受けていたのか……。おそらくは後者だろう。


 幸い、ここはアイランド・ロディだ。腕利きの医者達がいる。


 多少の怪我なら何とかなるはずだ。隠し港から入港させて、素性を隠して入院させておこう。依頼内容はあくまで「交国領外への脱出」だが、これぐらいはアフターサービスでやってやらないとな。


 報酬は前金として全額受け取っているし――。


『あと、すみません。それ以外にも問題が……』


「ん? なんだ?」


『面倒な方に追跡されているので……そちらの対応をお願い出来ますか?』


 交国軍に追われているのか? 珍しいな。


 奴らが追っ手を出してもおかしくないが、混沌の海でムツキが撒き損ねるのは珍しい。……ただ、そこまで切迫しているわけではないようだ。


 追ってくる相手も誰かわかっているらしい。


 追跡者の名前を聞いた時、オレは思わず渋面を浮かべてしまった。


 多分、通信先のムツキも同じような顔してんだろうなぁ……。


「とりあえず、お前の方で応対してくれ。こっち着いたらオレが引き継ぐ」


『すみません……。追跡を撒く努力は、したんですが……』


「気にするな。事故…………いや、天災みたいなもんだよ」


 ムツキとの通信を終え、医者の手配をしておく。


 ロディの隠し港に向かい、いつでも救出対象を手術室に担ぎ込めるよう準備させておく。とりあえず、「追跡者」の応対が先だが――。


「……来たか」


 隠し港に2隻の方舟が入ってきた。


 1隻は、ムツキ達が交国に向かうのに使っていた方舟。


 だが、ムツキはもう片方の方舟から下りてきた。「追跡者」の注意を引くために乗り込んで、適当に雑談していたらしい。


 その追跡者はガハハと笑いながらムツキと談笑している。ムツキの方は笑っていないが、追跡者はそんな事はお構いなしに1人で笑っている。


 まあ、「1人」って表現がおかしい相手だ。


 正確には「1体(・・)」だな。


 笑っている追跡者は、鎧のような筋肉を纏った金髪赤眼の男だった。


 白いスーツを着ているが、ガタイが良すぎてパツパツになっている。


「おっ! ロミオじゃねえか! お前もいたのかよ!?」


 見た目相応のバカデカい声で、金髪赤眼の男が声をかけてきた。


「お久しぶりです。ミカの旦那。……何でムツキのストーカーしてんですか?」


「勧誘だよ! 勧誘に決まってんだろ!?」


 金髪赤眼の男は粗野な笑みを浮かべ、「ムツキはロレンス構成員じゃないから、引き抜きじゃねえよな?」と言ってきた。


 確かにその通りだ。ムツキはどこかの組織に正式に所属しているわけじゃない。


 ただ、アンタのところは絶対行かないと思うが――。


「さて、俺が来たって事は、どう持て成せばいいか……わかってるよな!?」


「……厨房ですね?」


 そう言うと、ミカの旦那は歯を出して笑った。


「そうだよ!! 厨房だよ!! さっさと案内してくれ!!」


「……ハァ。わかりました。オレについてきてください」


「おう!! だが、どうしたロミオ!! 何か悩みでもあんのか!? 疲れた顔してんじゃねえか!! 俺で良ければ話を聞くぞ!?」


「……急に<武司天>が来たら、誰だって疲れた顔になりますよ」


 うるさいうえに、アホのような強さの天使(・・)だからな。


 襲撃(カチコミ)じゃなくて良かったよ、本当に。


 武司天・ミカエルの注意を引きつつ、ムツキと目配せを交わす。


 オレがこの天使の注意を引いてる隙に、救出対象を手術室に担ぎ込め。




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