世界を荒らす紙魚人間共
■title:<泥縄商事>・本社艦隊・社長室にて
■from:泥縄商事社長のドーラ
「もしもーし? 【占星術師】くぅ~ん」
社長室に戻り、取引先に通信を繋ぐ。
通信は繋がったけど……通信先は慌ただしい様子だ。ドタバタとしている。
「依頼通り、ヴァイオレットちゃんは交国軍から奪還しておいたよん。今のところこっちで確保して、脱走しないように夜行も見張りにつけてる」
戦闘中ってわけではないみたいだけど……時折、悪態が聞こえてくる。
「犬塚特佐や黒水守とは、何とかやり合わずに済んだ。私の悪運もまだ捨てたもんじゃないかも? とはいえ、値引きする気はないから報酬はキッチリよろしくね」
『ふざけるなーーーーッ!!』
急に大声で叫ばれたから、顔をしかめながら通信機から耳を離す。
お怒りのようだ。まあ、そうだろうね~。
『私の口座が! また!! 交国に凍結されたんだぞ!!? 貴様らの雑な仕事の所為で!! 私の!! 口座が!!』
「え~? こっちは精一杯やったのに~」
主に頑張ったのはカトー君達だけど、まあまあまあ……「下請け」が頑張った仕事も私達の実績ってことで!
『話が違う! ヴァイオレットを助けに来た人間が、カトーってバレてるぞ!?』
「そりゃあ、泥縄商事の問題じゃないよ。カトー君が顔出ししてカッコつけて救出に向かったのが悪い」
一応、それとなく忠告はしたんだよ?
交国軍はキミの事も追ってるから、救出作戦は覆面して参加した方がいいよん――と言いつつ、ピンク色の虎柄覆面を渡してあげた。
カトー君は汚いパンツでも受け取るような手つきで覆面を摘まみつつ、「いらねえよ。これはオレなりの宣戦布告でもあるんだ」とか言ってたけど~。
カトー君は、自分が助かった裏に【占星術師】がいたのなんて知らない。存在すら知らない。だから【占星術師】を気遣ったりもしな~い。
私からしつこく「覆面しろ~」って言ったら怪しまれるでしょ?
『玉帝は泥縄商事と俺の関係を疑っている!! そんな状況でお前らが助けたカトーが救出に現れたら、俺が邪魔したってバレるだろうが!!?』
「実際、その通りじゃん」
『それがバレるのがマズいから、偽装しろって指示しただろ!!?』
カトー君がヴァイオレットちゃんを助けた。カトー君はそもそも泥縄商事が助けた。泥縄商事と【占星術師】が繋がっている可能性がある――と睨んだ玉帝が、ブチギレて【占星術師】の口座凍結するのは……不幸な事故さ!
などと言い訳しておく。
通信先の【占星術師】君はブチギレつつ、ウダウダと文句を言っている。
言いつつ、夜逃げの準備をしているらしい。通信先が慌ただしいのは【占星術師】君が荷造りしている影響のようだ。
『バレないよう、上手くやれと仕事しただろ!?』
「無理無理。カトー君は学のない流民テロリストで、暴れん坊だもん。キミの依頼で助けたとはいえ、敵視されてる私の言葉なんて聞きゃしないよ~」
どっちにしろ、玉帝にはバレてたでしょ。
完全にバレずとも、【占星術師】が疑われていたのは間違いない。ヴァイオレットちゃんの脱走に外部の人間が携わってる時点で、疑われていたさ。
「資産なら多少は逃がせたでしょ? 支払い、忘れないでね~?」
『くそくそくそくそくそッ……!!』
苛立っている【占星術師】君の声を肴に、一杯やらせてもらう。
とりあえず、彼の依頼は一通りこなした。正確には今もこなしている途中だけどね。ヴァイオレットちゃんとカトー君の身柄を保護する、って形で。
しかし……これってホントに必要なことなのかなぁ?
ヴァイオレットちゃんを確保するのはわかるよ。
彼女の身体は「真白の魔神の使徒」であり、知識・記憶もそれなりに受け継いでいる。叩けばそれなりのモノが出てくるだろう。
ただ、カトー君はもう――。
「カトー君って、ホントにまだ保護しておく必要あるの? 神器を失った神器使いだから、多分、老い先短いよ?」
『あの馬鹿には、まだ利用価値があるんだよ……!』
「ふぅん。ま、いいけどね。ウチは金さえ貰えれば……」
お金さえあれば、天使共のケツも舐めなくて済むしねん。
派遣社員のイヌガラシ君達にも、デカい顔されずに済む。
ブロセリアンド解放軍の蜂起がほぼ失敗に終わった以上、彼らの企みも失敗かな。まあ、数千の企みのうち1つが頓挫した程度だろうけど――。
『俺に傅くなら、今後も甘い汁を吸わせてやる』
荷造りが一段落して、多少は落ち着いたらしい。
【占星術師】君の声色が、ほんの少しだけ穏やかになっている。心の中は荒れ狂っているだろうけどね。わかりやすいんだから~。
『だが、この件は――』
「はいはい、口外禁止ね。ウチは企業だよ? 守秘義務違反なんてしませ~ん」
観測肯定派にチクったりしないよ。
チクったらキミは破滅するだろう。彼らは裏切り者を許さないからね。
【絵師】にそそのかされたキミ達の所為で、<源の魔神>の後継候補だった「秩序の神」の擁立計画が頓挫したんだもん。
1000年以上前の話で、当時のプレイヤーもそれなりに死んだけど……生き残りはまだ怒ってるだろうしね。
「口止め料も貰ってるし、秘密は守る。何でもやる。料金の範囲でね」
『わかればいい』
「で、こっからどうする? ヴァイオレットちゃん達はキミに引き渡せばいい?」
■title:【占星術師】のセーフハウスの1つ
■from:【占星術師】
「いえ、今は泳がせておきなさい。彼らの希望する場所に送りなさい」
計画の修正は、概ね完了した。
俺の資金が犠牲になったが……予言の書に書かれた本来の歴史に戻ってきた。未知なる道ではなく、既知なる道に戻ってきた。
ならば、予定通りに泳がせておけばいい。
泳がせておけば、きっと……予言の書の通りに事態が動く。
無理に介入したら、予言の書通りに物事が進まなくなり、計画が破綻する恐れがある。欲張って近道を選ぶ必要はない。
『フェルグス君はどうすればいい? 殺した方がいい?』
「――殺せるのか?」
『医療事故に見せかけて殺せるよ。ただし、カトー君とエデン残党に見張られているから……彼らとの敵対は避けられないかな~? 誤魔化しきれないと思う』
「それはマズい。罪をなすりつけられる殺し屋はいないのか?」
『追加料金をくれるなら用意できるよ。カトー君達がウチを警戒しているから、その警戒をくぐり抜けられる殺し屋となると高額になるよん』
舌打ちする。守銭奴め。
金か。いま、金は……貴重な資源だ。無駄遣いは出来ない。
下手したら、計画成就まで泥縄商事を雇うだけの金がなくなる。
『どうする? 誰か手配しようか?』
「追加料金がかかるなら不要だ。ヤツは……とりあえず、殺さなくていい」
今は見逃してやる。
計画の障害として書かれていたのは「マクロイヒ兄弟」だ。
その片方を殺せた以上、1人生き残っていたとしても大勢に影響はあるまい。所詮、ヤツは平凡な巫術師のガキだ。
そんなガキのことより、今は金だ。
念のため、追加の資金調達をしなければ……。
計画は概ね順調に進んでいる。
予言の書の通り、未来を作っていけば、きっと――。
『あ、いま情報入ってきたんだけど。キミがいる世界に交国軍が来たよ』
「…………!? そっ、それを早く言え!!」
『だから、いま情報入ってきたんだって……』
鞄を掴み、急いでセーフハウスから去る。
計画と違うのは、玉帝とほぼ敵対してしまったこと。
弁解の余地はあると思いたいが、これは少々……マズい。
マズいが、何とかなる。俺の計画は完璧だ。
必ず成功する。成功に導くだけの力が、俺にはある。
「種は撒いた」
あとは、収穫の時を待てばいい。
燃えさかる戦火を肴に、ゆるりと酒を飲んでいればいい。
最後に勝つのは、この俺だ。




