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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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残火



■title:<泥縄商事>本社艦隊にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


 カトー特佐が――カトー元特佐が助けに来てくれた。


 今度こそ敵を撒く事が出来た。……いつの間にか私達の方舟に発信器が取り付けられ、その反応を追われていたらしいけど……それも取り除いてもらった。


 カトー元特佐の仲間と一緒に逃げた先には、巨大な方舟が待っていた。


 方舟を収容できる船渠(ドッグ)艦に辿り着き、そこで下りた。ただの船渠艦ではなく、無数の方舟が連結してとてつもなく巨大な方舟になっているらしい。


 その方舟に常駐しているお医者様達に皆を預けたところで……私の記憶は途切れた。どうも、そこで倒れて気絶したらしい。


「大丈夫か?」


「…………」


 目を覚ますと、少し埃っぽい病室にいた。


 私が目を覚ましたのに気づき、病室内のソファに腰を下ろしていたカトー元特佐が歩み寄ってきた。……皆の姿は無かった。


「落ち着け。他の奴らはいま、手術したり……手当を受けてる」


「こっ……。こども、たちは……!」


「アイツらも手術中だ。お前も骨が折れてる。大人しくしておけ」


 3人共、怪我をしている。特にグローニャちゃんが危うい状態らしい。


 医薬品も不足していた私達はろくに手当出来なかったけど……大きな方舟に辿り着けたなら、まだ、何とかなるかもしれない。


 けど、星屑隊の皆さんの多くは――。


「手術しているのは……ぶっちゃけ藪医者なんだが、オレの仲間が見張っている。無茶なことをしないよう警戒してるから、お前は自分のことだけ考えてろ」


「こどもたちを、庇って……くださった、皆さんは――」


「…………。スマン」


 カトー元特佐は、そこに関しては多くは語らなかった。


 逃げる途中、手当をしていたから……皆さんの状況はわかっている。交国軍を振り切った時点で、もう息を引き取っている人もいた。


 一緒にネウロンから逃げられた星屑隊の人達の中で、生きているとしたら……2人か、3人ぐらい。他の人は、おそらく――。


 皆さんの方が酷い状態なのに、「気にするな」とか「痛くないから大丈夫だ」とか……「チビ達を診ててやってくれ」とか……他の人の心配ばかりして……。


 星屑隊の皆さんは、良い人だった。


 それなのに、死なせてしまった。


「わたしが……はやく、投降……していれば……」


「交国軍は外道の軍隊だ。投降しなくて正解だよ」


「私が、発信器に気づいていれば……!」


「ヴァイオレット……」




■title:<泥縄商事>・本社艦隊にて

■from:<エデン>総長代理・カトー


 ヴァイオレットが立ち直るのには、時間がかかった。


 いや……立ち直ったとは言いがたい状況か。


 交国軍から脱走した皆を助け出した翌日。


 ヴァイオレットは皆の様子を見に行きたがった。まだ安静にしておくべきだが、オレが根負けした。車椅子に乗せ、皆のところに行くことにした。


 手術したが、駄目だった奴もいた。幸い、ここの犠牲者(・・・・・・)になる奴は出なかった。……いや、幸いと言うべきじゃないか。


 ここからも早いところ脱出したい。


 だが、交国軍を完全に振り切れたわけじゃない。オレも本調子じゃないし、何より行くアテもない。しばらく厄介にならないと……。


「…………」


 ヴァイオレットは寝台に寝かされた皆を見て、ずっと謝っていた。


 意識を取り戻さない子供達を見て、ずっと泣いていた。


 ようやく泣き止んだ後、「水分補給しておけ」と温かい茶を飲ませると……ポツポツと喋りだした。暗い表情で、ようやく現在(いま)と向き合い始めた。


「なんで……カトー特佐が、助けに来てくれたんですか……?」


「特佐はやめてくれ。オレも脱走兵仲間だ。知ってるだろ?」


 カトー特佐(オレ)が玉帝暗殺を企てたり……ゲットーで反乱を扇動した。


 そういう報道がされていたのは、オレも聞いた。交国の事を思い出すたびに腸が煮え返る想いを抱くが、努めて冷静に話をする。


「オレは……神器を奪われて、ボロクソの状態だったが……仲間に逃がしてもらえた。逃げて療養している時に、ネウロンの窮状を聞いたんだ」


 正確には「オークの秘密」に関連する一連の騒動だな。


 <ブロセリアンド解放軍>は一斉蜂起したが、蜂起は実質失敗した。


 犬塚特佐が……あのクソ野郎が先手を打って交国政府を告発したことで、解放軍の告発やほぼ不発に終わった。火種自体は残っているが、解放軍は勢いに乗り切れずに各個撃破されている。


 オレを助けてくれた奴らは、どうも解放軍とも取引があったらしく……その縁でネウロンの窮状も掴めた。お前らが大変な目に遭っている情報も掴んだ。


 見捨てられない。


 そう思った。


 だから、助けに来たんだ。


 オレ1人じゃあ、どうにもならなかったが……ファイアスターター隊の生き残りが支援してくれた。それに「あの人」に恩義があるという傭兵部隊が手を貸してくれたおかげで、何とかヴァイオレット達は助けられた。


 もう少し早く助けてやりたかった。それが出来なかった事を謝っておく。


「悪かった。あと3分……いや、1分早く、辿り着いていれば……」


 謝ると、ヴァイオレットは力なく首を横に振った。


 その後、問いかけてきた。


「ここって……どこなんですか……?」


「あ~…………。あんまり良くないとこって、察していると思うが――」


 オレ達がいるのは、混沌の海を航行中の巨大な方舟。


 正確には船団。複数の方舟が連結し、巨大な方舟として航行している。


 奴らはここを「本社艦隊」と呼んでいる。


「ここ犯罪組織の移動本拠地……。<泥縄商事>ってクズ共の方舟だ」


「ちょっとちょっと! クズ共ってご挨拶だね!!」


 クズの親玉の声が近づいてくる。


 舌打ちしつつ、その親玉の顔を見る。……正直、泥縄商事はマジもんのクズだから組みたくないんだが……今は仕方ない。それほどオレ達はマズい状況だ。


「ヴァイオレット。紹介する。コイツが……泥縄商事の社長(・・)だ」


「ドーモドーモ。真白の魔神に連なる使徒(もの)よ~! 私はパンドラ! 気安く『ドーラ』って呼んでねん♪」


 丸いサングラスをかけた少女が、陽気な声色でそう言った。


 見た目は少女だ。ただ、実際はクソババアだ。


 いや……逆に赤ちゃん(・・・・)って言うべきなのか?


 まあ、クソ犯罪者のことなんざ、どうでもいいか。


「カトー君はさぁ……もうちょっと泥縄商事(わたしたち)に敬意を払ってよ~! 私達がいなきゃ、キミもヴァイオレットちゃんも危うかったんだよ?」


「はいはい……。感謝してるよ。テメエみたいなクズに助けられたのは気に入らないが、助けてもらったのは事実だもんな」


 実際、コイツらが首を突っ込んで来なかったらマズかったのは確かだ。


 傭兵達と――ラフマ隊長達と会えたのは、泥縄商事に保護されて療養していたおかげ。協力を取り付けられたのは加藤黒(あのひと)のおかげだが……フェルグス達を救助するための物資関係は、泥縄商事に手配してもらった。


 広い混沌の海でフェルグス達を見つけられたのも、泥縄商事のおかげ。


 クソみたいな奴らに借りを作っているのは、少々マズいが……まあ、それでも<カヴン>よりマシと思うしかない……。


「ラフマちゃん達を貸してあげたのも感謝して~!!」


「アイツらは傭兵だろ? お前のとこの社員じゃねえ」


「まあね! でも、彼女達は泥縄商事の取引先の1つだしぃ~。といってもラフマちゃんは仕事を選り好みする傭兵だけどねん。紛争調停とか後進世界の支援とか、儲からない仕事をするクリ~ンな傭兵! キミ達と気が合いそうダネッ!」


 フェルグス達の救出を手伝ってくれたラフマ達は傭兵だ。


 それも、どこの組織にも属していない独立傭兵と聞いている。


 ラフマ達は一応、泥縄商事とも取引があって……偶然、泥縄の本社艦隊に来ていたところ、泥縄の社長が引き合わせてくれただけだ。


 ラフマ達があの人に恩義があるから、エデンの生き残りと会いたい――と言い出し、療養中のオレのとこに来ただけだ。そんで意気投合したら……フェルグス達の情報が舞い込んできて、ラフマ達も協力してくれる事になっただけ。


 タダ働きさせちまったから、何か恩返ししたいんだが……エデンには金がない。返せる恩は何も――。


「ところでぇ~、カトー君の希望で救出した脱走兵達の手術費とか諸々の費用の請求……させてもらっていいかなっ?」


「金取るのか。ま、まあ…………取るわなぁ」


「取るに決まってるでしょ!? ウチは犯罪組織だけど、企業でもあるんだよ!? 寄付とか社会貢献しても、特に控除とかないから慈善事業なんかしてやるもんか~~~~いっ!!」


 暗く沈んでいるヴァイオレットの横で、泥縄商事の社長がギャアギャアと騒ぎ始めた。うるさいが、無い袖は振れない。


 マズいな……。ナアナアで済ませて逃げて、踏み倒そうと思ったんだが……。


「出世払いじゃダメか?」


「出世するアテでもあんの?」


「無い。支払いのアテもない」


「いやいや、あるじゃん。アレ売ればいいだけっしょ?」


 泥縄商事の社長は揉み手しながら言葉を続けてきた。


「脱走兵ちゃん達が乗ってきた方舟で手を打とう! ウチで転売するから」


「あ、それでいいのか」


「いいよ~ん。1000年前の方舟だろうと、混沌機関は現役だからねん」


 フェルグス達を助ける手伝いと情報料。そして手術費とか当面の滞在費を合わせ、古い方舟1隻でチャラにしてくれるらしい。


 方舟本体はともかく、混沌機関にはそれなりの価値がある。交国軍とやり合う協力をしてもらった事を考えると……まあ、妥当な取引だろう。


 いや、むしろ、かなりこっちが有利な取引だな。


「ヴァイオレット、スマン。……こいつらに方舟、売っていいか?」


 遠慮気味に聞くとヴァイオレットは頷き、了承してくれた。


「皆を……助けてください。おねがい、します……」


「うんうん♪ 任せておきたまへ~♪ 大体の子が死んだけどねん♪」


 余計な言葉を加えた社長(バカ)に拳骨をお見舞いする。


 バカはまたギャアギャアと騒いだ後、「まあ、しばらくはここでゆっくりしていきな~」と言ってくれた。


「交国軍の艦隊に襲われたらマズ~イけど、私達、正規軍に襲われるの慣れてるから! これ以上は誰も死なないよう頑張ってあげるよん」


「ありがとうございます……。見ず知らずの、私達を……助けていただいて……」


「まったくの他人ってわけじゃないよん。真白の魔神には世話になったしね」


 泥縄の社長はそう言い、ヴァイオレットを指さしながら「キミみたいな使徒に、借りを返しておくのも悪くない」と言って笑った。


 使徒がどうのこうのって話は、よくわからんが……ヴァイオレットは心当たりがあるらしい。表情を少し強ばらせている。


「わ、私は……真白の魔神の使徒では、ありません」


「でもさぁ、キミの身体って使徒のモノでしょ? 交国軍も……キミを大層欲しがっているようだった。そうじゃな~い?」


「…………」


「けど安心して! ウチは交国とも敵対してるし、引き渡すつもりはないよん♪ そもそも私は真白の魔神に色々と貸しがあるし、サービスしてあげる」


 泥縄商事の社長の言葉は、話半分に聞いておいた方がいい。


 こう言いつつ、ヴァイオレットを交国に売りつけてもおかしくない。


 泥縄商事と交国が敵対しているのは確かだが……泥縄商事と交国が間接的に組んでいたこともあるはずだしな……。


 泥縄商事が後進世界で騒乱を起こし、交国が介入して交国領が増えた事もある。仲良しこよしってわけじゃないが……裏で繋がっていてもおかしくはない。


 ただ、今はコイツら以外……頼れる相手がいない。


「ホントはネウロンからの脱出を一から手伝ってあげたかったけど、解放軍とも少しだけ取引あってさ~。解放軍から逃げたキミ達の脱走をガッツリ手伝ったら企業としての信用損なうからさ~。ごめんね~?」


「…………。真白の魔神が、いま、どこにいるかご存知ですか……?」


「しらなぁ~い。最近は疎遠だしぃ」


 泥縄の社長は肩をすくめてそう言った後、「カトー君達を運ぶついでに、お望みのところまで連れてってあげるよ」と言った。


 そう言われたヴァイオレットは、社長にすがりついて「ネウロンに連れてってください。交国軍に連絡を取らせてください」などと言いだした。


「私が投降したら、まだ、ラートさん達を、助けられるかも……」


「いや、無理でしょ」


「ヴァイオレット。交国軍を信用するな」


 ラートが……ネウロンに取り残されたのは聞いている。


 だが、状況的に仕方なかったんだ。


 助けに行くのが遅れたオレが、言える義理じゃねえが……。


「どんな代償だって支払います。お願いします……!」


「ヴァイオレット……」


「どうしてもって言うなら、泥縄商事(わたし)と契約――」


 泥縄の社長の口を塞ぎ、ヴァイオレットに語りかける。


 今は逃げるしかない。そう告げる。


「ラート達が守った命を、無駄にするな」


 ラートは、まだ生きているかもしれない。


 アイツは勇敢で良い奴だった。……そんな良い奴は死ぬべきじゃない。


 世界は残酷で……死ぬのはいつも、良い奴からだが――。


「今は休め。……交国への復讐の機会は、必ず訪れる」


 オレは、今の世界が嫌いだ。


 強者が幅を利かせ、弱者が虐げられる世界が嫌いだ。


 今の世界は理不尽だ。……この理不尽を、オレは終わらせたい。


「機会はオレが……オレ達(エデン)が作ってやる」


 オレ達はまだ生きている。


 死んでいった仲間達のために、戦える。


 火を絶やすな。


 反抗の火を……意志を絶やすな。


 それが死に損ない(おれたち)の責務だ。





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