人の都合で生まれし者
■title:<目黒基地>地上部にて
■from:黒水守・石守睦月
「うわ~……。酷い状態だなぁ」
星屑隊を追っていた部隊の一部に導かれ、ネウロンの大地に降り立つ。
<星の涙>や<鋼雨>が沢山落ちたらしく、一帯が酷い状態だ。大地はめくれ上がり、木々は吹き飛んでいる。巨人がはしゃぎ回った跡みたいに見える。
既に戦闘は一段落したらしい。
もう静かなものだ。
私が乗せてきてもらった方舟を除けば、もう1隻、交国軍の方舟が停泊しているだけ。機兵の残骸も転がっているけど……人の気配は殆どない。
『戦場の後始末を頼みます』
玉帝は私に対して、そう言ってきた。
戦闘にも参加しますよ、と言ったものの……それは許可してくれなかった。私に監視をつけ、戦闘が一段落するまで待つよう言ってきた。
身の潔白は証明したつもりだけど、まだまだ信用してもらえないらしい。私も戦闘に参加した方が効率的で確実だと思うんだけどね。
それだけ、実質部外者の私に任せたくない案件だったんだろう。
私の正体が露見したわけではないようだけど……私に疑念の目を向け、重要な案件からは遠ざけている。ヴァイオレットさんの存在は、玉帝にとってそれだけ重要な存在のようだ。
……私も追撃に参加させてくれたら、どさくさに紛れて「処理」する機会があったかもだけど……玉帝に睨まれている以上は仕方ない。
「黒水守。指定地点の死体焼却をお願いします」
「了解です。識別票の回収は――」
「あなたが気にする必要はありません」
さっさと死体処理だけしろ――という事らしい。
厳しい目つきの交国軍人に対し、苦笑を返す。
戦場跡に降り立ち、神器を使って火炎を作り、死体を焼いていく。……知っている子がいないか、こっそり見ながら焼いていく。
「ところで、ここで戦っていた部隊はどこに? ここに残っている人達だけでは、これだけの破壊は行えないでしょう?」
『軍事機密です』
焼却処分しつつ、監視の軍人さんと話をする。
重要なことは教えてもらえなかった。けど、察するにヴァイオレットさんは界外に逃げたのだろう。交国軍の妨害を何とか突破し、逃げたのだろう。
逃げ切れたかどうかわからない。これだけの戦闘だ。星屑隊の方にも相当な犠牲者が出ただろう。それでも一部は界外に逃げたようだ。
「…………」
アダムの姿はない。
遺体すらない。
仮にあったところで、権能を剥がすために回収されるだろう。
そんな事を考えつつ、淡々と死体を焼いていると――。
「ん……?」
発砲音が聞こえた。
1発、2発と聞こえてきた。
どうやら、まだ生き残りがいたらしい。
これは、ひょっとすると――。
「加勢してきます」
監視の軍人さんに一言断っておき、銃声の聞こえた方向に向かう。
すると、そこに負傷した交国軍人がいた。死ぬほどの怪我ではない。脚を撃たれたらしく、座り込んで呻いている。
「脱走兵の生き残りがいたんですか?」
「そ、そうだ……! 奴め、機兵の中で死んでいると思ったら……急に、飛び出てきて……攻撃してきた。私に、発砲して……逃げて……!」
「敵はどこに?」
姿を探しつつ、問う。
「確か、皆さんは解放軍捕虜の巫術師を連れていましたよね?」
「そ、そいつらは、追撃部隊が連れて行った……」
この場にはいないらしい。
地道に探すしかないか。
けど、まあ……簡単に見つけられそうだ。
「こっちか」
血の跡が残っている。
まだ生き残っている脱走兵の血だろう。
血を流しつつ、どこかに向かっている。
……まだ使える機兵を探しているのかな?
「かわいそうに。楽にしてあげないとね」
■title:<目黒基地>地上部にて
■from:防人・ラート
「は……! ッ……! くそぉッ……!」
上手く逃げようと思ったが、失敗した。
落下や敵の攻撃で、操縦席で気絶している場合じゃなかったのに……!
敵部隊はもう、殆どいなくなっている。多分、海門を開いて界外に向かい、ヴィオラ達の追撃に向かったんだろう。
いま直ぐ追いかけたい。だが、その前に――。
「レンズ……! レンズっ……!」
交国軍人から逃げつつ、レンズの姿を探す。
俺でもまだ生きてんだ。
骨も、内臓も、調子悪いけど……まだ、生きてる! まだ、自分の脚で歩けている! 思ったように走れないけど、それでも――。
「うわっ……!?」
脚がもつれ、地割れの中に転げ落ちていく。
星の涙で地下基地が沈み、出来た地割れの中に転げていく。転げ落ちながら必死に手を動かし、土を掴む。落下の速度を緩める。
おかげで何とかなった。結構、下の方まで落ちてきたが……何とか、目指していた場所に辿り着けた!
「レンズ! おいっ! 逃げるぞ!」
神器が作ったと思しき方舟が放った熱線。
皆を守るために機兵で熱線を受けたレンズ。そのレンズが乗っていた機兵が、ここに落ちていくのを見た。機兵も、確かにあった。
レンズの機兵も……もう、壊れている様子だ。流体装甲がどろりと溶け、焼け焦げている。けど、レンズさえ無事ならいい。
「起きろ! まだ、いけるだろっ……!?」
呼びかけ、這っていく。
さっき落ちてきた時、脚が変な方向に曲がって……。
けど、まだ這って移動できる。
早いところ、レンズを連れて逃げて――。
「なあ、おいっ! 返事、してくれよっ……!」
レンズの手が見えた。
機兵の隙間から垂れ下がっている。
垂れ下がったまま、動かない。ピクリともしない。
……焼けた肉の臭いがする。
「グローニャ達は、界外に逃げた。このまま、逃げ切ってくれるはずだ」
「――――」
垂れ下がったレンズの手が、「何か」を握り込んでいる。
ギュッと……握りしめている。
手を伸ばす。レンズの腕に、手を伸ばしたが――。
「あ…………」
垂れ下がっていた腕が、ぼとりと落ちてきた。
ちぎれていた。
肉と皮が、少しだけ繋がっていただけ……だったらしい。
「レンズ……」
返事はない。
落ちてきた手が握っていたもの。それが俺の傍に転げてきた。
貝殻で作られた勲章。
……子供達が、俺達に贈ってくれた星屑勲章だった。
「…………」
貝殻に、何か文字が書かれている。
つたなくも可愛らしい字で、「レンズちゃん だいすき」と書かれている。
「…………。レンズ。グローニャ達が、待ってる」
逃げよう。
「なんとか……。なんとか方法を見つけ、皆に追いつこう」
まだ、間に合うはずだ。
「俺達は、まだ戦える」
手遅れなんかじゃない。
「まだ、守れ――――」
喉奥から湧き上がってきた物に、言葉を阻まれる。
吐く。口元に、手を当てる。
「…………」
少しボンヤリとした視界の中、手に……黒ずんだ血のようなものが――。
「まだ……。まだ……」
やれるはずだ。……こんなところで、倒れてる暇はないはずだ。
「俺達は……!」
ダンッ! と銃声が響いた。
銃弾に後ろから押され、地面に倒れる。
誰かが撃ってきた。
銃弾に耐えつつ、何とか身をひねって銃を手にする。
「くそ……!」
敵がいる。向こうも、大怪我を負っている。
「くそっ……!!」
地下に侵入してきていた敵の生き残りらしい。
虚ろな目を揺らし、そこら中に銃弾を撒き散らしてきた。
「邪魔、するなぁ!!」
敵の喉に弾丸が当たり、敵が後ろに転げた。
転げ、さらに深くまで続いている穴に落ちていった。
倒した。倒したけど、いまの銃声で……他の敵に気づかれたかも――。
「おれたちは、逃げ……るんだ」
逃げないと。
レンズを、なんとか……操縦席から引っ張り出そう。
そして、逃げよう。何とか、皆に追いつくために逃げよう。
レンズを連れて逃げたら、グローニャもきっと喜ぶ。
レンズの腕は……義手を作ってもらおう。
フェルグスが義手持ちの先輩として、レンズを指導してくれるかもしれない。
皆のところに、行きたい。
……ヴィオラに、会いたい。
…………会いたい。
会いたい、のに……。
「っ、ぅ…………」
身体が動かない。
さっき、反撃する時に……力を使い切ってしまったのかもしれない。
俺の、大事な燃料が……薄暗い地下にこぼれていく。
アルに貰った大事な血が、こぼれていく。
「…………くそ……」
「ああ、良かった。まだ生きていたね」
「――――」
いつの間にか、誰かがやってきた。
蛇みたいに、音もなくやってきた。
神器を手に、微笑みながらやってきた。
「こんにちは。ラート軍曹」
「…………」
黒水守が杖で俺を軽くつついてきた。
ニコニコと笑みを浮かべつつ、まだ生きているか確かめるようにつついてきた。
「キミを助けに来た――と言いたいところだけど、御免ね? 私も余裕がないんだ。玉帝の手下に監視されているからね」
「――――」
黒水守は、ヴィオラと子供達を逃がしてくれる約束をしていた。
けど、それは俺達が急にネウロンに呼び戻された事で、果たされなかった。
……脱走の手引きをする約束が宙ぶらりんのまま、放置されている。
手引き話が玉帝に知られた場合……黒水守は、責められるだろう。
ただ責められるだけでは済まないかもしれない。黒水守が逃がそうとしていた人間の中には、ヴィオラがいた。……玉帝が狙っていると思しきヴィオラがいた以上、この人にとって……俺は、「生きていると都合の悪い人間」だ。
生きていたら、黒水守にとって不都合な話を口走るかもしれない。
「ま……ェ……」
待ってくれ。
アンタのことは、まだ漏らしてない。話してない。
仲間内にすら、話すのを控えていたんだ。
そう弁解しようとしたが、黒水守が杖の先で俺を押さえつけてきた。笑みを消し、「黙って寝てなさい」と呟いた。
「…………」
もう身体も動かない。
血が、おかしな動きをしている感じが……する。
これで、終わりなら……せめて――。
「ヴィオラ…………たちは……」
「彼女達は今も逃げているみたいだ。……キミ達の奮戦のおかげだね」
「…………」
そうか。
そう、だよな。
まだ……捕まっていないはず。
まだ、希望はあるはず。
おれの希望。
おれが、守りたかったもの。
今回は…………ちゃんと、守れたんだよな……?
「…………」
身体から、どんどん、力が抜けていく。
くたっ、としたまま、完全に起き上がれなくなった。
……安心した。
ヴィオラ達が、無事なら……いいか。
…………。
こういう終わりを、望んでいた。
誰かを守って死ぬ。破鳩隊の皆のように、命を使う。
俺が皆のために出来ることなんて、それしかなかった。
交国から脱走して、敵として追われている身だから……破鳩隊の皆のように「名誉ある戦死」なんて出来なくても、それでも、俺は……。
「もう抵抗しないのかい?」
「…………」
「そうか。すまないね。せめて、苦しまないように――」
これで終わり。
悪くない終わりだ。
人類のためにならなくても……きっと、無駄死にじゃないはずだ。
これで、やっと、グラフェン中尉達のところに逝ける。
楽になれる。
「――――」
霞む視界の中、銃を手にする。
俺を杖で押さえつけ、殺そうとしてくる黒水守に向ける。
撃つ。至近距離から撃った。
「っ…………?!!」
黒水守がギョッとした表情で後ずさった。
腹から、血を漏らしながら……信じられないものを見る目で俺を見ている。
やっちまった。
なに、やってんだ……俺は……。
もう、どうせ、長くないのに……咄嗟に、身体が動いた。
「あぁ…………」
そうか。
わかった。
俺……死にたくないんだ。
まだ……諦めたくないのか……。
「痛い。痛いなぁ! あぁ、そうか、キミは――」
ヴィオラに会いたい。
「俺に、刃向かうんだな……!?」
そこら中から水が噴き出してきた。
黒水守の振るう神器に呼ばれ、大量の水が――――。




