華は散る場所を選べない
■title:<目黒基地>上空にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「ラートさん!」
『悪い! 手間かけた!』
混沌機関を再起動させた方舟を低空飛行させ、ラートさんの機兵を迎えに行く。
止まる余裕はない。だから、ロッカ君にお願いし、流体装甲でクレーンを作ってもらい、ラートさんの機兵を巻き上げる。
そうやってラートさんを方舟の上部に引っ張り上げる間も、敵の機兵やドローンが襲ってくるけど――。
『しつけえんだよ……!』
レンズさんの機兵が狙撃銃や機関砲を使い、ドローンを撃ち落としていく。機兵の銃を狙って爆発を起こし、牽制してくれている。
レンズさんの機兵も、ラートさんの機兵も既にボロボロ。何とかギリギリ戦えているけど、もうあまり長くは持たないはず――。
「方舟に向かいます! 落ちないように気をつけて……!」
『あいよ!』
『…………おうっ』
隊長が斬り込んだ方舟に向かう。
近づけば近づくほど、敵の攻撃が止んでいく。
地上では敵の<逆鱗>が攻撃してくるけど、そちらの攻撃は方舟から煙幕を撒いて誤魔化す。敵も無茶な攻撃を出来ないから、巫術師が憑依したドローンの方が脅威だったけど――。
「敵のドローンが次々落ちていく! 軍曹達の攻撃によるものじゃない!」
「…………!」
誰にも攻撃されていないドローンが、次々と体勢を崩して大地に落ちていく。
撃ち落としても撃ち落としても補充されていたのに、そのドローンが減っていく。これは、ひょっとして――。
『船内の巫術師を全員、「無力化」できた……はずだ』
「隊長さん……!」
『そちらから、憑依を――』
「はい! ロッカ君!」
『いま、移動中……!』
ロッカ君が方舟への憑依から、レンズさんの機兵への憑依に切り替える。
レンズさんが使う狙撃銃の弾丸に憑依し、弾丸ごと敵船に届けてもらう。
着弾と共に粘着性の高い流体が敵船に張り付き、ロッカ君の憑依が――成功した。敵船の海門発生装置を巫術で操作し、強引に海門を開いてくれた。
あとは、隊長さんを拾って海門に飛び込むだけ――。
「隊長さんっ! どこですか!? 直ぐ、迎えに……!」
■title:交国軍艦艇<星喰>にて
■from:星屑隊隊長
「先に、行け」
星屑隊の船に残した血に向け、権能による移動を試したが失敗した。
もう、この距離の光速移動もおぼつかないらしい。
立っていられなくなり、船室内で蹲る。
床には血だまり。私が流した血もあるが、船室内にいた巫術師達が流した血の方が多い。……無力化には成功した。
だが、さすがにもう……身体がまともに動かん。
星屑隊に追いつくのは、もう……無理だ。
『隊長! 迎えに行きます! いま、どこに――』
「私1人なら、権能を使ってどうとでも……逃げられる」
ラート軍曹の言葉に通信を返す。
もう、あまり喋らせるな。
だが、喋らないといけないか。……これが最後かもしれんからな。
「貴様らは足手まといだ。さっさと、行け」
『でっ、でもっ……!』
「貴様らは、自分の手が届く範囲のものだけ……守っていろ」
私は守れなかった。
自分の手の届く範囲の大事なものすら、守れなかった。
「守って、逃げて…………胸を張って、生きて、いけ…………」
自分に出来なかった事を、お前達に求めるのは酷い話かもしれん。
だが、それでも……見せてくれ。希望を。
「今度こそ、最後の命令だ……。……総員、生きろ」
死んでいった星屑隊の隊員達も、生きたかっただろう。
この方舟の中で死んでいったパイプも、生きたかっただろう。
全員を生かす事は出来なかった。だが、それでも、まだ――。
『隊長さん!!』
『隊長……!』
「私の命令を、守れないなら……抗命罪で、射殺、してやる……。以上だ」
『何を言っているんですか! 私達はもう――』
通信を切る。
これで逃げない馬鹿者共なら、もう知らん。
「…………」
死兵達の足音が近づいてくる。
船内の混乱も、かなり落ち着いたようだ。死兵の統制も戻ったようだ。
近づいてくるなら、逃げねば。もう、相手する気力も理由もない。
だが、少々――。
「…………疲れた、な……」
身体が重い。
まぶたが重い。
痛みはない。
私はオークだ。交国生まれ、交国育ちのオークだ。
ただ、不死身の存在ではない。
「……すまん…………。素子…………、――――」
■title:<目黒基地>上空にて
■from:防人・ラート
「ヴィオラ、行け!」
敵艦の砲塔を攻撃し、破壊しつつ叫ぶ。
「隊長や皆の奮戦を、無駄にしないでくれ……!」
ここで逃げ損なえば、全員死ぬ。
逃げて、生き延びて、生きたかった皆の分まで生きなきゃいけないんだ。
それが、俺達のせめてもの――。
■title:交国首都<白元>にて
■from:二等権限者・肆號玉帝
「そうですか。満那が死にましたか」
ネウロンで今も戦っている燭光衆から報告を受ける。
敵にいいようにやられ、その敵を取り逃そうとしている。
さらなる追撃は用意していますが、あまり派手にやり過ぎると他の勢力に<真白の遺産>の存在が露見しかねない。出来れば、ネウロン界内で終わらせたい。
ネウロンにはいま、黒水守がいるとはいえ……彼に大事な案件は任せたくない。彼はまだ、信用できない。
……アレを使いますか。
「揺籃機構への強制接続開始。対象:寝鳥満那」
満那を媒体に、強制的に「召喚」を行う。
死体だろうと、新鮮な今ならまだ使える。そこは実験済みです。
十分な力は出せませんが、短い時間でいい――。
「神器解放」
■title:<目黒基地>上空にて
■from:防人・ラート
「――――」
こっちの方舟が振りまいている煙幕。
それを押しのけ、周囲に無数の方舟がやってきた。
今にも崩れそうなボロボロの艦隊だが、その中の一隻が砲塔を向けてきている。
「ファイアスターターの、神器艦隊……!?」
交国本土の報道で見たエデン残党が神器で作った艦隊。
それがこちらを狙っている。
砲塔の1つが、こちらの方舟の推進器を狙い撃とうとしている。
「まず――――」
いま、推進器がやられたら墜落しかねない。
海門に飛び込む前に、大地に落ちていくかもしれない。
しかも、こちらを落とそうとしているのは砲塔だけじゃない。
さらにもう一隻、ボロボロの方舟が突撃してくる。
体当たりを仕掛けてくる。
「――――」
2方向から、敵が仕掛けてくる。
両方は無理だ。
両方、対応するのは不可能――――。
『邪魔すんなぁッ!!』
「レンズ――――!」
レンズが方舟から飛び降りた。
敵砲塔に向け、飛び込んでいって――。
■title:<目黒基地>上空にて
■from:狙撃手のレンズ
やらせるか。
オレは、守るって誓っ――――。
■title:<目黒基地>上空にて
■from:防人・ラート
「っ…………!!」
熱線が、敵の砲塔から放たれた。
その熱線に身を晒した機兵が溶けていった。
大破し、大地に落ちていった。
方舟の推進器は、おそらく無事。
レンズは――――。
「まだ……!」
まだ、仕掛けてくる方舟がもう1隻いる。
他の方舟は間に合わない。その前にこっちの方舟が海門に飛び込む。
体当たり仕掛けてくる奴を何とかしたら、俺達の勝ちだ。
「ヴィオラ、皆のこと頼む」
『ラートさん……!?』
体当たりを仕掛けてくる方舟に向け、飛ぶ。
敵は万全の状態じゃねえ。大打撃を与えてやれば、ヴィオラ達の方舟に体当たりする前に落ちていくだろう。けど、通常の兵装じゃ……おそらく火力が足りない。
機兵の自爆なら、おそらく事足りる。
けど、もう1つの可能性がある。
飛びつつ、大剣を生成する。
「露と滅せよ!」
見よう見まねだが、やるしかねえ!!
「虹式煌剣ッ!!」
向かってくる敵艦に飛び込み、大剣を突き立て――放つ。
フェルグスがやっていた技を、見よう見まねで使う。
付け焼き刃だけに威力が足りねえ。
足りねえなら、別のもんを足せばいい!!
「おッ! らぁぁぁぁあああッ!!」
機兵の重量で落下しつつ、突き立てた刃を地面に向けて引いていく。
フェルグスの力に、俺の命を賭ける。
飛ぶ斬撃で敵船内を引き裂きつつ、落ちていくと――敵艦が真っ二つになった。空中で分解し、ヴィオラ達に届かず、落ちていく。
俺と一緒に。
レンズの、後を追って――。
『ラートさん!? 何で……!!』
「行け! 振り返るな!!」
もう間に合わない。
操舵も間に合わないだろう。
ヴィオラ達の方舟は、既に海門への進入経路に乗っている。
「俺とレンズは、自分達でなんとかする!!」
まだ、俺の機兵は動く。
まだ、希望はある。
地上でレンズを拾って、必死に逃げれば――。
「逃げて……! 生き残った皆を、守ってく――――」
至近距離で爆発。
最初からいた敵艦が――こっちに砲撃をしてきたらしい。
空中で吹っ飛ばされる。操縦席で頭も身体も激しく殴打する。
「――――」
ネウロンの大地に落ちていく。
『いやっ……!! ラートさん! ラートさ――――』
ヴィオラ達の方舟が見えなくなった。
多分、きっと、大丈夫。
お前達はきっと、大丈夫だ。
大丈夫だって、信じさせてくれ。
今度こそ守れたって……信じさせてくれ。




