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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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雪の眼



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 海門見学を終え、皆のところに戻ると――物言いたげにしている守備隊員らが銃持って立っていたが――住民達に追い払われてどっかいっちまった。


 住民達と守備隊が揉めなきゃいいなぁ……と思ったが、そこまで一触即発の事態になりそうな様子はない。大事にはならないはずだ。


 昼には繊十三号を後にし、船に乗り込むことになったが――町の住人達が見送りに来てくれた。昨日、子供達を歓迎してくれた人達がまた来てくれた。


 涙を流しながら「またおいで!」「生き残るんだよ!」と言いながら手を振ってくれていた。


 子供達もずっと手を振り続けている。


 海が苦手らしいロッカですら、ずっと手を振っていた。


 港が遠ざかっても町が見え続ける限り、手を振り続けていた。やがて陸地に隠れて港が見えなくなったが、その後もしばらく名残惜しげに町の方向を見ていた。


「さあさあ、そろそろ部屋に戻って二度寝でもしな。まだ眠いだろ?」


 医務室にいるヴァイオレットに代わり、フェルグス達を船室に戻るよう促す。今日は偵察補助任務も休みでいいだろう。第8巫術師実験部隊の任務も無いはずだ。


 あの人は相変わらず船内にいるようだが――。


「んっ? ガキ共、まだ甲板にいたのか」


「あ、副長」


 子供達が船室に戻っていく背中を見守っていると、副長も甲板に上がってきた。


 いい機会なので礼を言う。


 子供達が町に入れるよう、取り計らってくれていたのは副長ですよね? と言うと、「なんのことだ?」としらばっくれられた。


「またまた~。副長達が裏でなんかしてくれてたんでしょ?」


「ハッ。オレがガキ共のためにタダ働きするかよ」


「アル注せずに奔走してくれてたんでしょ? 俺はわかってますよっ」


 やっぱ副長は優しい。


 肘で軽く突きつつ褒め称えると、嫌そうな顔して「はいはい、そういう事にしておいてやろう」と言われた。


 そうだ、この機会に聞いておこう。


「副長。技術少尉は……お咎めなしですか? ヴァイオレットを撃った件」


「あのヒス女が、この船に乗り続けているのが答えだ」


「そうですか……」


 隊長達が庇ってくれたおかげで、アルは抗命罪に問われなかった。


 それなら先走って部下を撃った技術少尉が裁かれるんじゃ――と少し期待していたんだが、お咎めなしか。嫌になるなぁ~……。


 俺の気分はともかく、子供達の身が心配だ。


「正確にはお咎めなしじゃなくて、処分保留だけどな。あの後、隊長にミッチリ絞られてたから……しばらくは大人しくしてると思うよ。久常中佐辺りに報告したら喜々としてヒス女にあることないこと責任負わせそうだし」


「でもあの人、また何かやらかすんじゃ……」


「いいのか? 仮にアイツを更迭したところで、まともなヤツが来るとは限らん。それに監督者不在の間、ガキ共が繊一号に連れ戻されるかもしれんぞ」


 あぁ、そういう可能性もあるのか……。


 一度引き離されたら、また会うの難しいよな。


 明星隊みたいなクソ部隊と組まされる可能性もあるし……。


「隊長を信じろ。ヒス女がバカやらねえよう、キツく言ってくれたから」


「はい……」


「第8といえば、お前、ヴァイオレット特別行動兵と何かあったのか?」


「えっ?」


 頬に触れ、叩かれた感触を想う。


 いや、別に何も――と誤魔化しかけたが、正直に話す。


「その……怒らせること言っちまっただけです。俺が」


「ふーん。まあ、あんまり気負うなよ。相手は所詮、特別行動兵だ」


「気負いますよ。相手は俺と同じ人間ですもん」


 そう返すと、副長はうっすらと笑った。


 空虚な笑みが怖くて、話題を変える。


「そういえば副長。昨日の戦闘なんですけど……本当に死者ゼロなんですか?」


「奇跡的にな。ウチは当然として、町の住民どころか守備隊にも死人は出てねえ。ケガしたヤツはいるが行方不明者すらいねえとさ。……変な奇跡だよな」


「半島の先端にあるケナフ……繊十三号が襲われた事といい、おかしな事の多い戦闘でしたね」


「最近はおかしなことばっかりだよ~! ニイヤドでガキ共と出会ってからずっと、おかしなことばっかりだ。オレはアイツらが厄種に見えてきた」


「ムッ……。あの子達が頑張ったから死者ゼロだったんですよ、きっと。それに前の偵察任務で俺達が無事だったのも――」


 反論し始めると、副長は手をヒラヒラと振って「あ~、はいはい。わかりました、ラートセンセイの仰る通りですよ」と俺をあしらい、去っていった。


 アイツらが厄種なんて有り得ねえ。


 俺達を助けてくれたんだ。これからも肩を並べて戦う仲間なんだ。


 そう思いつつ、俺も船室に戻ろうとしていると――。


「ん? 隊長と……誰だ?」


 隊長が廊下で誰かと話をしている。


 船内を案内していたらしい。俺の知らない人達――いや、知ってる顔もいる。


 町であったぞ。あの女。


 目があったので敬礼すると、その女は隊長の脇を通って近づいてきた。


「昨日ぶり――」


初めまして(・・・・・)。私、<ビフロスト>の<雪の眼>に所属する史書官のラプラスと申します。以後、お見知りおきを」


 昨日、雷雨の中であった自称天才美少女は、笑顔で挨拶してきた。


 初対面を装って挨拶してきた。


 けど、唇に人差し指を当てていた。


 初対面じゃないけど、黙っておけ――って事らしい。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 隊長が案内していたのは自称天才のラプラス含め、5人。


 3人は交国軍人らしいが、星屑隊に配属されてきたわけではなく、ラプラスの護衛としてついている軍人らしい。昨日言ってた監視かな?


 残りの1人は一応、見覚えがあった。


 雨の中、ラプラスを迎えに来ていた護衛だ。


 線の細い男だ。よく見ると両目を包帯で覆っているが……。


「こちらはエノク。雪の眼で雇っている護衛です。両目を包帯で覆っていますが、エノクは盲目の達人なのですよ」


 そう紹介された。


 言葉だけだと眉唾モノだが、エノクという男は盲目とは思えない堂々とした立ち振る舞いだ。船の上なのに杖すら持ってねえ。


 本当に盲目なのか?


 ラプラスとエノク達は今日からしばらく、この船の「客人」となるらしい。


 隊長は俺に対して「失礼のないようにな」と言った後、ラプラス達が割り当てられた船室に入っていくのを見送った。


 見送った後――。


「ラート軍曹。ついてこい」


「あ、はい」


 隊長は厳しい目つきで俺を睨みつつ、ついてくるよう言った。


 珍しく隊長の表情が動いてる。こわい。簀巻きにされて海に投げ込まれるのかな……と戦々恐々としていたが、つれていかれたのは会議室だった。


「軍曹。貴様、先程の女性とどこかで会ったな?」


「ええっと……」


「あの女は『初めまして』などと言っていたが、貴様の表情はそう見えなかったぞ。どこであの女と会って、何の話をした。言え」


「その……昨日、繊十三号で出くわして、ちょっと立ち話を……」


「何の話をした」


「大した話はしてませんよっ? 昨日、雷が酷かった時、あったでしょ? その時に店の軒先で出会って、なんで殆どの店が閉まってんだろ――って話をしただけです! ナンパとかしてないですっ!」


 俺がそう言うと、隊長の圧が緩んだ。


「ネウロンの雷休みの件か」


「あっ、隊長もご存知でしたか。雷休み」


「小耳に挟んだだけだ。……他には何も聞いていないんだな? 本当に?」


 再びズイッと詰め寄ってきた隊長に対し、両手を上げて「それ以外は話してないですっ」と返す。


 そう言うと隊長は身を引き、「そうか。ならいい。詰問してスマンと」言った。何で自称天才に対し、過敏に反応してんだろ?


「あの人って、何者なんですか? 自前の護衛だけじゃなくて、交国軍人まで引き連れて……。<ビフロスト>とか<雪の眼>って何なんですか?」


「ビフロストとは、多次元世界で永世中立を誓約している組織だ。雪の眼はその下部組織のようなものだ」


 隊長は「最近は軍学校で習わんのか?」と言い、じとっ……とした視線で見てくる。習ったかもしれねえけど覚えてないです、と正直に言う。ため息つかれた。


「そんなヤバい組織なんですか? 交国軍人がついてるってことは、正規のルートで来た客人なんでしょ?」


「ビフロストは、プレーローマとすら不可侵条約を結んでいる」


「えっ……」


「そう言えば、異常な組織だとわかるだろう」


 プレーローマは人類の敵だ。


 交国だけではなく、様々な人類国家・組織と敵対している。多方に戦線を抱えている「戦争上等」の組織と敵対せずにいられるのは異常だ。


「ビフロストは何度かプレーローマに侵攻されているが、その全てを跳ね除け、不可侵条約を結ぶに至った組織だ」


「バカ強い組織なんですか? ビフロストって」


「本拠地のある大龍脈での防衛戦なら負け知らずだ」


 組織規模はそれほど大きくないらしい。


 大龍脈――混沌の海の中心部にある空間を本拠地としており、プレーローマ以外の敵も跳ね除け続けてきたそうだ。


「ビフロストに領土拡大の意欲はさほど無いらしく、構成員の多くは大龍脈に引きこもって生活している。手出ししなければ危険はない」


「でも、あのラプラスって子は引きこもってないですね」


「アレは<雪の眼>の史書官だからな。雪の眼は多次元世界全体の歴史調査と編纂を行っている集団だ」


「つまり、学者のセンセイ?」


「まあそれに近い。多次元世界を渡り歩いて情報収集を行い、大龍脈にある本部に情報を持ち帰り、歴史書を作っている変人達だ」


 めっちゃ普通じゃん。


 プレーローマ相手にすら一目置かれてるっぽいのはスゴいが、単なる歴史調査しているだけなら怖くない。そうですよね、と隊長に言った。


 言ったけど、何とも言い難い顔をされた。


「す、スミマセン……。俺、バカなので隊長の言いたいこと汲み取れなくて」


「いや、いまの話で理解するのも無理がある。だが、どう伝えるべきか……」


 隊長は悩ましげにアゴに手を添えていたが、少し待つと再び口を開いた。


「雪の眼が集めている歴史は『真実の歴史』だ。彼らの歴史観は大抵の国と相容れない。交国も、雪の眼の歴史書を『真実』とは扱わん」


「真実なのに、否定するんですか?」


「……そうだ。例えばラート軍曹、貴様が訓練中にクソを漏らしたとしよう」


「な、なんの話ですか!?」


「例え話だ。お前はクソを漏らした。これは恥ずかしいことだ」


「全部ブリブリ出したことはねえですよ!? 先っちょぐらいです!」


「先は出た事があるのか……。まあいい……幼い時はそんなこともあるだろう」


「10歳の時、訓練中に出しました! でも周りにはバレてません!」


 ついつい自白してしまうと、隊長はちょっと後ずさった。


「お前は『クソを漏らした』という真実(・・)を隠蔽した。恥ずかしいし、公表すると不利益を被る話だからな」


「ウンコマンってあだ名がつきそうですね」


「だが、雪の眼は貴様が『訓練中にウンコ漏らした』という真実を突き止め、自分達の歴史書に記す。そういう事をやるのだ、奴らは」


「コワ~~~~!」


 隊長の話を咀嚼する。


 つまり、雪の眼は情け容赦無く「真実」を暴く。


 俺が知られたくねえ話を文献に残し、後世に語り継ぐ。


「アイツら、そんな陰湿なクソ野郎なんですか?」


「あくまで例え話だ。貴様のような末端の兵士の記録などわざわざ記さんだろう。立場のある人物なら『ナンタラカンタラの戦いに敗北し、逃亡しながら脱糞した』という記録は残すかもしれんな」


「へー。まあでも、事実なら仕方ないっしょ」


 出たもんは出たもんで仕方ねえよ。


 俺の場合、気合で引っ込ませて後で便所でサヨナラしたけどさ。


「軍曹。国の歴史は貴様のクソよりデリケートだ」


「俺のウンコは硬かったですよ」


 無表情の隊長に頭をひっぱたかれる。


 メッチャ良い音がした。


 軍学校で禿頭(ハゲ)太鼓した記憶が蘇る。俺は叩かれる側だったが、皆に「ラートは叩くと良い音が出る」って褒められたな……。


「軍曹。人それぞれに知られたくない過去があるように、国にも掘り返されたくない歴史があるのだ」


「交国にも、そんな歴史があるんですね……」


「貴様にも心当たりはあるだろう」


 交国は人類の盾であり、矛だ。


 プレーローマという人類の敵に立ち向かい、国と人類を守り続けている。


 ……けど、確かに純粋な正義ってわけじゃねえよなぁ。


 俺達はネウロンをプレーローマから助けるためにやってきたが、俺達の存在がネウロンのテロリストを刺激し、魔物事件が起きた。


 それだけでは済まず、今は巫術師の子供達を特別行動兵にしている。タルタリカというバケモノ相手に流体甲冑という頼りない装備でけしかけている。


 テロの方はともかく……子供達の件は言い訳しようがねえ。


 俺は交国の正義を絶対のモノだと思っていた。


 でも、実際は違うんだろうな……。


「ひょっとして……雪の眼は、巫術師絡みの調査に来たんですか?」


 真実の歴史を記録し、交国を正すために来たのかもしれない。


 そう思ったが、そう都合よくはいかないらしい。


「巫術師に関しても記録しに来たのだろうが、巫術師が置かれている現状を国際社会に訴えようとしているわけではあるまい。奴らはカメラのようなものだ」


「カメラ……?」


「その眼は真実を写し、記録する。しかしそれを広く喧伝するつもりはない。雪の眼は、あくまで歴史を記録するのが仕事だ。奴らは放送局ではないからな」


「興味本位で見に来ただけ、みたいな感じっすか」


「悪く言えばそうなる」


 あくまで中立。


 あくまで記録するだけ。


 だから、交国政府も立ち入りを許可してんのかな?


「そもそも巫術師が特別行動兵になっている事は、既に国際社会に知られている。人類連盟でも特に問題提起されていない。一応な」


「えぇっ……。そ、そうなんスか……?」


「だから、雪の眼の力を借りれば『巫術師の現状を変えることができる』などと考えるなよ。奴らと下手に関わると出世に大きな差し障りになるぞ」


 隊長は静かに俺の瞳を見つめてきた。


 釘を刺されてんのかな……。


「まあ、でも……交国が隠したがっているものがあるとしたら、わざわざ外部の組織が自由に出歩くことを許可しないんじゃあ……?」


「探らせないために『護衛』という名目で、交国軍から監視をつけている」


 交国側でも雪の眼の調査内容はチェックしてるらしい。


 でも、繊十三号でこっそり抜け出してたよなぁ……あの人。


 どうとでも誤魔化してきそうだ。


「それに、雪の眼――というか、ビフロストの要求を断りづらい事情もあるのだ。交国が雪の眼を黙認しているのは、奴らの持つ外交カードの影響が強い」


「へー、どういうカード持ってんスか??」


「私は貴様の教官ではない。それぐらい自分で調べろ」


「す、スミマセン……」


 隊長は腰に手を当ててそう言いつつ、「奴らの本拠地について調べれば、自然と政治的影響力の強さがわかる」とヒントだけは教えてくれた。


 気になるから、暇な時に調べてみよう。


「とにかく、雪の眼と下手にかかわるな。交国政府は一応奴らを受け入れているが、下手な行動をすると監視の交国軍人に目をつけられるぞ」


「気をつけます……」


「あのラプラスという史書官は……特に曲者のように見える。話しかけられても『上官を通してください』と言え。その程度なら外交問題には発展せん」


「了解」


「星屑隊は問題児が多いが、この件に関しては貴様が一番危なっかしい。絶対にあの女に近づくな。特別行動兵達にも近づけさせるな」


「りょ、了解……」


 隊長がここまで念押ししてくるの、珍しいな。


 俺ってそんなに問題児だと思われてたんだ……。


 良い子にしてるつもり――いや、ニイヤドで命令違反したし、第8の件でアレコレやってるし、昨日の戦闘でも勝手に副長達から離れたしなぁ。


 申し訳無さが込み上げてきて、ヘコヘコと謝る。


 謝っていると、隊長は「あの女は直ぐに出ていく」と言った。


「本来、雪の眼の史書官は時雨隊が拾い上げる予定だった。出来るだけ早く時雨隊に引き渡すから、それまで何とかあの女を避けろ」


「はっ!」


「繊十三号で話した事も忘れろ。幸い、向こうも初対面扱いして――」


「あッ!!」


 繊十三号(ケナフ)の名を聞き、思わず叫ぶ。


 言葉を切っていた隊長が「どうした」と聞いてくる。


「いやっ、そのっ……! 町に忘れ物したの、思い出して」


「何を忘れた。携帯端末か? 銃器か?」


「買い物忘れです……」


 隊長はしばし黙った後、「そんなどうでもいいこと、次の寄港地で済ませろ」と言って部屋を出ていった。


 まずいまずいまずい。


 色々ありすぎて、木材を買うの忘れてた。


 木材手に入れて、グローニャ用の木彫りの人形を作ろうと思ってたのに!


「ど、どうしよ……!? 次の補給って、当分先だよなぁ……?」






【TIPS:禿頭太鼓】

■概要

 オークのいる文化圏で演奏されている伝統的な打楽器。別名、ハゲドラム。


 多くのオークは生まれつき禿頭であり、叩きやすい頭の形をしている。それを活かして2人から4人ほどのオークが並び、その禿頭を奏者がパンパンと叩いて奏でるのが禿頭太鼓である。


 一般的な太鼓のように音は響かないが、見た目が愉快なことから宴会芸として用いられることが多い。叩かれる側にとっては屈辱的な扱いだが、良い音を鳴らすことに誇りを持って挑むオークもいる。



■バリエーション

 禿頭太鼓は禿頭の人間を叩く打楽器のため、太鼓役を務める者達が「叩かれながら歌を歌う」「叩かれながら楽器を演奏する」というバリエーションがある。


 ただ、禿頭太鼓原理主義者らはそういったバリエーションを認めていない。


 禿頭太鼓から派生した楽器として<尻太鼓>という打楽器もあるが、原理主義者達は「太鼓役を務める者達への侮辱」とし、尻太鼓演奏会を襲撃して回っている。



■禿頭太鼓の問題

 交国では特に交国軍のオーク達が余興として禿頭太鼓をやったり、やらされたりしているが、後者はパワーハラスメントとして問題になる事もある。


 また、頭を叩いて演奏するため、奏者の腕が悪い場合や長時間の演奏になると太鼓役を務める者達が脳震盪になるリスクが高まっていく。最悪の場合、それよりもっと酷い怪我を負う場合もある。


 多次元世界で最も多い禿頭太鼓愛好者を要する<交国禿頭太鼓委員会>はこういった問題の危険性を叫びつつ、安全かつ愉快な禿頭太鼓を普及させるために日々努力している。



■交国での禿頭太鼓

 軍に多数のオークがいる交国でも、禿頭太鼓は昔から親しまれていた。


 ただ、人の頭を叩く楽器であることから、交国の最高指導者である玉帝が「傷害に至り兼ねない危険な遊び」と言い、禿頭太鼓を控えるよう言葉を残していた。


 それでも交国のオーク達は禿頭太鼓に惹かれ、さらなる普及を目指していた。そのために交国における大規模な禿頭太鼓大会開催を渇望した。


 そこで交国軍人のオークを中心に交国禿頭太鼓委員会が結成され、大規模大会開催許可の嘆願書が交国政府に提出された。


 交国政府は概ね「別にどうでもいい」と思っていたが、玉帝は禿頭太鼓を「脳障害を作りかねない馬鹿げた行い」と考えていたため、開催に難色を示した。


 だが、玉帝の側近である石守回路が口添えしたことで――正式な公文書による許可は出なかったが――口頭で大会開催を黙認する旨が伝えられ、禿頭太鼓の大規模大会開催が決定。


 第一回大会には玉帝が審査員として招かれた。玉帝は行きたくなさそうにしていたが、側近の石守回路に言われ、仕方なく審査員として参加。


 国内外から多くのオークが集う大会となり、大きく盛り上がった。玉帝は「帰りたい」「仕事したい」「厨房に行きたい」と考えつつ、交国の将軍らまで参加していることに絶句しながらも最後まで審査員を務めた。


 第一回大会ではアダム・ボルト少年が率いるチームが優勝した。このボルト少年は後に玉帝の傍で働く身になっており、「この大会での功績が任命に影響したのでは?」と言われているが、玉帝は「そんなわけないでしょう」と否定している。


 第一回大会の様子は広く放送され、禿頭太鼓はオークに限らず大きく流行した。


 ただし、禿頭太鼓をやった事により病院に運ばれる子供が出た事や、いじめ問題に発展したことから玉帝は未成年者の禿頭太鼓を法律で禁じた。このような法律をわざわざ作らなければいけなかった事実で気を病み、珍しく1日寝込んだという。



■禿頭太鼓のルーツ

 今でこそ宴会芸として親しまれている禿頭太鼓だが、その歴史は陰惨である。


 原初の禿頭太鼓はオーク達が「人類の敵」と呼ばれていた新暦紀元前に生まれた。当時のオーク達はとある事情で人類を攻撃し、侵し奪う日々を過ごしていた。


 そんな中、とあるオークが討ち取った首を並べ、祝勝の宴会で太鼓代わりに叩き始めた事が禿頭太鼓のルーツであると言われている。


 この行為は敵対者を死後も辱める行為だったが、当時のオーク達はこれを面白がり、真似していった。


 後にオーク以外にもこの辱めは普及していき、逆に首を狩られたオーク達が太鼓として叩かれるようになった。


 ビフロストの雪の眼が管理する資料館ではそのことを示す文献だけではなく、しゃれこうべで作られた当時の太鼓が展示されている。




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