死に損ないの老兵
■title:<目黒基地>にて
■from:防人・ラート
「フェルグス……!?」
敵のレギンレイヴを止めつつ、フェルグス機の突撃成功を祈っていた。
だが、フェルグス機に敵の砲撃が命中した。機兵が空中で爆発四散した。
敵の砲撃が当たる直前、フェルグスの操る機兵は明らかに体勢を崩していた。様子がおかしかった。まさか、何かあったのか?
「ヴィオラ! フェルグスに何かあったのか!?」
『それが、急に苦しみ始めて……!』
ヴィオラの声と共に、フェルグスが苦しむ声が聞こえてきた。
魂が身体の方に戻っている。悲鳴が聞こえる。濁った悲鳴だ。
まるで、身体に直接攻撃を受けたように――。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「まさか……敵の兵士が、一斉に死んだ……!?」
そうとしか考えられない。
敵兵の動きは「何者かに操られているようなもの」と隊長さんから聞いていた。
何者かによる操作で集団自決まで出来るなら、それが1つの攻撃になる。
実際、戦闘が始まった時、向こうの方舟からたくさん人間が落ちてきた。あれが突き落とされたのではなく、強い強制力を持つ命令なら集団自決も出来る。
人が死んだだけでも、巫術師にとっては攻撃になる。
巫術師限定で作用する回避不能の集団自決になる。
多分、フェルグス君を止めるために自決を命じた。集団自決によって「大量の死」が一気に発生し、フェルグス君やロッカ君の脳を焼いてきた。
鎮痛剤を打っているとはいえ、まだ意識のあるフェルグス君とロッカ君が……こんな非人道的な攻撃に耐えられるはずがない……!
■title:交国軍艦艇<星喰>にて
■from:玉帝の影・寝鳥満那
「敵が操作するレギンレイヴの撃墜を確認しました」
「ふぅ。さすがにヒヤッとした」
砲撃をモロに受けた敵機が、大地に向けて落ちていく。
方舟すれすれのところを落ちていく。……自爆する様子はない。
憑依も仕掛けられていないみたいだ。蟲兵達のおかげだね。
蟲兵達はもう実質死人のようなもの。指示専用の通信機を使って指示を与えれば動くけど、自我はもうない。生ける屍みたいなものだ。
けど、彼らは生きている。
自我はもうなくても、魂は存在する。
だから集団自決させれば、巫術師達に大量の死を感じ取らせる事が出来る。彼らの巫術の眼は敏感すぎて、それを感じ取って苦しんでしまう。
鎮痛剤を打っていようと、一気に大量の死を感じ取れば……さすがに脳に大きなダメージが入る。今頃、のたうち回っている頃でしょう。
こっちの巫術師ですら、苦しんでいる。
向こうよりキツ~イおクスリを打っているから、直ぐには死なないでしょうけどね。まあ、巫術師にはもうあまり期待していない。
いつまでものたうち回っているなら、蹴りつけて正気に戻す。
痛む脳よりさらに痛む部位を作ってあげよっか? と脅せば従順に命令に従ってくれるでしょう。蟲兵ほど言う事を聞いてくれなくても、従わせる方法はある。
「向こうの巫術師は、脳に何度も高圧電銃を食らった状態でしょうか」
「そんな感じかな~?」
実験では、鎮痛剤有りでもアレで死ぬ巫術師が発生したほど。
巫術師は確かに面白い能力持ってるけど、この弱点が致命的なんだよねー。
「でも、さすがに蟲兵がちょっと勿体なかったかな?」
「いま死なせたのは、地下で孤立していた蟲兵部隊ですよね? 在庫処理も兼ねて浮いた駒を処理したと思えば、まったく問題ないのでは?」
「まあ、それはそうなんだけど」
自決命令を出したのは、主に地下で孤立している蟲兵達。
塞がれた侵入路の前や、その途中で無駄に生きていた奴らに死んでもらった。巫術師相手なら、彼らは爆弾代わりにも使える。とても便利だ。
蟲兵は主上曰く「失敗作」らしいけど、まったく使えないわけじゃない。失敗作には失敗作なりの使い道がある。私達と同じでね。
「今ので敵巫術師が完全ダウンしてくれると嬉しいな」
とりあえず、飛んできたヤツは潰した。
あとは飛べない子達を処理するだけ。
敵の希望は、しっかり摘んで――――。
「――――。さっきの敵機を撃墜する直前の映像、こっちに回して」
急ぎ精査しつつ、索敵を任せている巫術師に問いかける。
「ねえ。さっきのレギンレイヴ、魂はいくつ観えた?」
『え、ええっと……?』
「2つ観えたでしょ。さっさと報告してよ。大事なことでしょ」
敵機撃墜の瞬間の映像を、よく見る。
撃墜する直前、敵機の後頭部に人影が見えた。
顔はよく見えない。けど、誰かが乗っていた。
誰かが飛行するレギンレイヴに、生身の人間が張り付いていた。
その人影は、敵機撃墜後には姿を消している。撃墜の衝撃で吹っ飛んだわけではない。敵機と一緒に落ちていった様子もない。
忽然と姿を消している。
まさか……こちらの方舟に飛び乗った? いや、そんなの人間業じゃない。
近衛兵なら出来るけど、それも権能ありきの話だ。
「艦内の監視カメラ映像は――」
異常はない。
そもそも、敵が入り込めるはずがない。
私達のような権能でもなければ、不可能だ。
「総員、現在位置から一歩も動かないで。従わないと殺します」
艦内放送ではなく、個別の通信を使って艦内の全員に勧告する。
皆の動きを止めたうえで、巫術師に観測結果を聞く。
艦内に動いている魂が観えないか聞く。
すると、いた。
先程の命令に従っていない魂が存在する。
という事は……!
「白兵戦用意! 艦内に侵入者がいる!」
■title:交国軍艦艇<星喰>にて
■from:星屑隊隊長
「――気づかれたな」
艦内の空気が変わった。
この戦場を仕切っているのは、玉帝の勅命を受けた近衛兵だ。只者ではない。
密かに忍び込んで目的を達成した後、逃げるつもりだったが……一筋縄では行かないようだ。おそらく、巫術師を使って私の位置を割り出したのだろう。
侵入自体は上手くいった。
フェルグスが操るレギンレイヴに運んでもらい、権能を使って敵艦に飛び移った。そして何とか侵入路を見つけ、そこから権能を使って艦内に入った。
「……何をやっているのだろうな、私は」
巽が今の私を見たら、「何やってんだ」と嘆くかもしれんな。
黒水守は私を責めないだろう。あの御方は、そういう人だ。
だが、私は……明らかに判断を誤っている。
私はもう、ヴァイオレットを殺すべきだ。
彼女を連れて逃げるのが難しい以上、せめて……彼女が玉帝の手に渡らないよう、殺すべきだ。そして私1人で逃げるべきだ。
全員を見捨て、私だけ逃げるべきだ。
それなのに、気づけば「私が敵艦に乗り込む」などという無謀な作戦を立案していた。相手は古巣だとわかっているのに、私は――。
「…………老いたな」
自分の判断ミスを、加齢によるものだとしておく。
敵はもう、私の位置を掴んでいる。
急ぎ、目的を達成しよう。




