声はもう聞こえない 声はもう届かない
■title:交国軍艦艇<星喰>にて
■from:玉帝の影・寝鳥満那
「うわ、嘘でしょ? 突入班全滅?」
敵の本丸に送り込んだドローンも、全て破壊された。
たった1人の敵に――流体甲冑を纏った少年巫術師に、突入班が全員やられた。
相手が普通の機兵乗りなら、操縦席に手榴弾を送り込めば殺せる。
私達に与えられた権能ならそれが出来る。
ただ、流体甲冑は相性が悪い。歩兵用の火器だと倒すのが難しい。
それでも彼らなら勝てると思ったけど、見立てが甘かったか。
敵を舐めちゃダメなのに。私もまだまだ。
けど、まあ――。
「英雄だけじゃ、戦争は勝てないって事で~」
突入班は、最低限の目標は達成してくれた。
地上近くの敵機兵はよく持ちこたえているけど、地下はもうダメ。
方舟は破壊したし、地下進入路の蟲兵部隊は止められない。
あの流体甲冑が急いで応援に駆けつけたところで、もう間に合わない。
地下港に蟲兵の群れがなだれ込んで終わりだ。
■title:<目黒基地>にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
『ペインキラー4、本丸突入班が全員やられた。そっちの突破は――』
「総攻撃を行っている。このまま物量で押せ――」
押せる、と言おうとした瞬間。
倒れていた敵機兵が「むくり」と立ち上がった。
何故か群がっていた蟲兵が装甲に張り付いたまま、立ち上がった。
立ち上がり、敵が逃げていった方向に火炎放射器を使い始めた。
……こちらの巫術師が勝手に起動したのか?
「おい、誰があの機兵を動かしていいと言った。許可は出していないぞ」
こちらの支配下に置いている巫術師とはいえ、勝手はさせない。
蟲兵化していない巫術師を従わせる方法は使っているとはいえ、自分の命を捨てて襲いかかってくる危険性もある。
機兵のような過剰な戦力を使わずとも、蟲兵化した解放軍兵士達だけで押せる状況だ。いま、わざわざ機兵を使う必要はないと判断したのだが――。
「お前達じゃないのか? では、誰が――」
巫術師は全員揃っている。
敵陣に突撃させ、死んだ奴はいるが……それ以外は全員いる。
「――――」
機兵は火炎放射器を使いつつ、後退している。
敵の本丸方向に向かう蟲兵部隊を上から焼きつつ、後退してきて――。
「おい、待て、まさか……!」
機兵が蟲兵を踏み潰しながら、「くるり」と反転した。
こちらに走ってくる。
あれは味方じゃない。敵が操作している。
報告だと、巫術師は全員……本丸である地下港に戻ったはず。
「き、機兵の中に、誰かの魂が観えますっ……!」
「おい、なんでそんな重要な情報を今まで――」
「だって、こっちの兵士がいっぱい機兵に張り付いてたから……!」
こちらの巫術師も気づくのが遅れた。
敵は機兵を放棄したフリをしていたのか?
操っていた巫術師は本丸に戻ったものの、誰かが操縦を代わった。
機兵が放棄された時、誰かが駆け寄って……素早く操縦席に乗り込んだのか!?
一体、誰が――。
「巫術師! 憑依を許可する! その機兵を止めろ! 早くッ!」
蟲兵を焼き殺し、あるいは踏み潰しながらやってくる敵機兵。
巫術師の流体甲冑も、機関砲や火炎放射器にやられている。
巫術師が憑依したドローンが突撃しても、炎で撃ち落とされる。
火炎が起こす強烈な光により、影の方向も操れない。
突撃してくる敵機兵を止められない。
蟲兵達に任せて、一時後退するか? いや、待て、あの機兵……!
「貴様、正気か……!?」
敵機兵からけたたましい異音が聞こえてくる。
混沌機関から聞こえる。あの音が聞こえているという事は……マズい!
「くそッ……! こっちを見ろ! 俺を見ろ!!」
迫る炎に向けて進む。
敵機兵のカメラに、こちらの姿を映させないと。
奴を止めないと、マズい……!
■title:<目黒基地>にて
■from:ロッカ
『急げ、急げ! 急げっ……!』
フェルグスが白い外套の奴らを倒してくれた。
ヴィオラ姉は、ひとまず大丈夫。
大丈夫じゃない奴らが多いけど……前線に戻らないと!
他の敵が来る! ドローンに憑依して、隊長達のところへ戻らないと。
機兵を取り戻して、敵を押し返して……それで、それでっ……!
『ぅっ……!!』
ドローンの操作を誤って、柱に当たってしまった。
体勢が崩れ、回転して落下する。
マズい。ドローン、まだ飛べるか……!? 落ちてる暇ねえのに……!
頭が、割れそうなほど痛い。たくさん、人が死んでいる。
けど、オレが……何とかしねえと。
隊長達だけじゃ、無理だ。あんな数の敵、隊長達だけじゃ足止め出来ない!
バレットも……どうせ、戦えねえし……。オレが何とかしないと――。
『あ……! 隊長!』
『ロッカ! 地下港の方は――』
『向こうは、フェルグス達がなんとかしてくれた! こっちは――』
血を流している隊長達をよく見る。
いない。
1人足りない。
魂の数が足りない。
『隊長、バレットは――』
血を拭っていた隊長が、ハッとした様子で辺りを見回した。
1人いない。
バレットがいない。
■title:<目黒基地>にて
■from:星屑隊隊長
「バレット! どこにいる!?」
敵に気を取られていると、バレットを見失っていた。
先程まで共に戦っていた隊員の中で、バレットだけいない。
『生きてます。無事です』
バレットの通信機に通信が繋がった。
通信機越しに聞こえてきたのは、バレットの声だけではなかった。
機兵の駆動音が聞こえる。
異音も聞こえる。……この音は、まさか――。
■title:<目黒基地>にて
■from:人殺しのバレット
『機兵に乗っているのか!?』
「すみません……! 俺、これしか……思いつかなくて……!」
ロッカが地下の前線から下がる時。
咄嗟に、機兵に走った。
機兵は反攻の要。数で勝る敵に勝つには、機兵が必要だ。
けど、再起動に手間取ってしまった。
……もうこの手しかない。
大丈夫。皆とは距離が離れている。何とかなる……はず。
「こっちの敵は、俺が何とかしますっ……!」
手がガタガタと震える。
懐かしくも恐ろしい機械の棺桶の中で、震えながら操作する。
まだ、機兵の操作方法を覚えていた。まだ動かせる。戦える。
ロッカ達みたいに、立派には……戦えないけど――。
「隊長達は、地下港に戻って! 扉、出来るだけ閉じて――」
『貴様、まさか――』
『バレットお前! オレの機兵を勝手に使ってんのか!?』
『――ごめん』
ロッカの声だ。
良かった。
無事なんだ。
地下港が襲われたって聞いて、心配で……。
俺なんかに心配されても、気持ち悪いかもしれないけど――。
『ま……まともに戦えない役立たずのくせに! オレの機兵、盗るなよっ!』
『ごめん……。でも、ロッカも……もう、限界だろ?』
誰かが何とかしなきゃ、ダメなんだ。
この状況なら、もう、出し惜しみなんて出来ない。
幸い、隊長達は機兵から離れてくれた。十分、退避できたはずだ。
……ロッカ達はもう、まともに戦えないはずだ。
鎮痛剤を打っているとはいえ、敵が大量に死んでいるからつらかったはずだ。死を感じ取って、頭痛で苦しんでいたはずだ。
機兵の動きも精彩を欠いていた。
もう無理だ。
もう戦わせたくないんだ。
……守りたいんだ。
俺は、ネウロンに……人を守るためにやってきた。
守るどころか、いっぱい殺した。
血まみれでも、穢れていても……俺にはまだ、守りたい人がいる。
その相手に嫌われても、憎まれても、俺は――――。
■title:<目黒基地>にて
■from:ロッカ
『勝手すんな、バカっ! いま……。いま! そっち向かってるからっ!』
バレットだけじゃ無理だ!
あいつ……ろくに戦えないのにっ!
元機兵乗りっていっても……アイツは怖くて戦えないんだ!
だってアイツは、弱くて……優しすぎて……傷ついてて……心、もうボロボロになっているんだ。戦える状態じゃない!
ドローンを飛ばして、機兵のところに急ぐ。
バレットのところに、急がないと。
敵の兵士が手を伸ばしてくる。銃弾が飛んでくる。
それを掻い潜って何とか進む。飛ぶ。早く、早く、早くっ……!
嫌な予感がする。
なにか、取り返しのつかないことが――。
『ザコのくせに! 役立たずのくせにっ! 余計なことすんなっ!!』
■title:<目黒基地>にて
■from:人殺しのバレット
「うん。ごめん……ホント、ごめん……」
警告音が鳴っている。
搭乗者は退避してください、という機械音声が聞こえる。
「俺、役立たずだから……。こんなこと、しか……」
『自爆まで、あと、10、9――』
「ごめん……」
進む。
もう少し、前へ。
そう思って前進した瞬間。
「――――」
操縦席内に、何故か、手榴弾が転がっていた。
■title:<目黒基地>にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
「無駄な足掻きだ……!」
貴様らはもう終わりだ!
機兵のカメラ越しに、操縦席内に手榴弾を送り込む。
敵の位置が悪い。せめてそこで死んで、止まれ!
これで少しでも被害を抑えて――。
「――――」
手榴弾はもう爆発したはず。
それなのに、機兵の足が止まらない。
敵の動きが止まらない。
馬鹿な。いま、あの機兵を操っているのは巫術師じゃない。
それなのに、機兵から耳障りな叫び声が聞こえる。
機兵の駆動音じゃない。生者の叫び声が聞こえる。
敵は叫びながら、突進してきて――――。
■title:<目黒基地>にて
■from:ロッカ
「うっ……!?」
大通路まで戻ったのに。
機兵が見えたのに。
バレットの乗る機兵が、「ピカッ」と光って――。
飛ばしていたドローンが急に吹っ飛ばされて、カメラも壊れて――。
どこかで敵が一気に死んだのか、頭が……一気に痛んで――。
「も、もどら……ないと……」
憑依、解けちまった。
また、別のドローンに憑依して……急がないと。
バレットが、1人で……戦えるわけ、ないのに……。
助けに行かなきゃ。
このままじゃバレットが……バレットがっ……死んじまうっ……!!
「ろ、ロッカ君……。動いちゃダメ……」
「ヴィオラ姉……ど、ドローンを……! ドローン、かしてっ……!」
「身体の骨が、いくつも折れてるんだよ……!? 内臓も、下手したら――」
「ドローンを……! ドローン、とばして……」
助けにいかないと。
アイツ、戦えないんだ。
きっと、もう殺したくないんだ。
アイツは最初から、殺したくなかったんだ!
そんなのわかってた! わかってたけど……オレ……! オレっ……!
アイツに、ひどいこと、して…………。
「バレットが、1人で……たたかって……」
地下が揺れてる。
何故か、ゴゴゴゴ……と音を立てて揺れて……。
「オレ、アイツに……死んで、欲しく……ないっ……」
「…………。…………」
ヒドいこと言って、ヒドいことやったんだ。
謝りたい。
オレ、まだ、バレットに――。
■title:<目黒基地>にて
■from:星屑隊隊長
「私の判断ミスだ」
敵が侵入してきた地下通路。
それが吹き飛んだ。
大通路の方から、さらに落盤が発生する音が聞こえてくる。
爆発によって生じた衝撃と火が、大量の敵を巻き込んだ。
敵の進入路も、上手く潰してくれた。
いくらか入り込まれているが、この数なら、何とか……対処できる。
機兵の自爆によって、最悪の状況は回避出来た。
だが、また1人犠牲になった。星屑隊の隊員が。元機兵乗りの整備士が――。
「私が……」
もっと早く、機兵を捨てる判断をするべきだった。
脇道の封鎖がしっかり終わっていなくても、一か八か自爆させるべきだった。
ロッカが憑依している間なら、誰も犠牲が出なかった。
もっと早く決断していれば、地下港にいた者達も……。




