踊る黒影、猛る幻影
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:弟が大好きだったフェルグス
『お前っ……無事だったのか!?』
『ああ。力を使い過ぎて弱っていただけだ』
エレインの声が聞こえる。けど、いつもより覇気がない。
なんか、かなり……無理しているように聞こえる。
繊一号から逃げ出した後、オレ達は交国軍人に襲われた。
あの戦闘で……オレやラートが気絶している間に、アルはオレ達を命がけで守ってくれた。エレインもその傍にいて、アルを手伝ってくれたはず――。
その時に力を使い過ぎた……って事か?
繊三号でバフォメットと戦った時、オレ達に力を貸しすぎて、オレ達にもしばらく姿を見せられなくなったみたいに……。どっか行ったわけじゃなかったのか。
『あの6人組は兄弟の手に余る相手だ。私が対処する。しばし身体を貸してくれ』
『い、いいけど……大丈夫か!? アイツら、光みたいに速いんだ!』
まるで、光になったみたいな速さだった。
一瞬で消えて、一瞬で移動して……。こっちの攻撃がまるで当たらなかった。
3人だけでもキツかったのに、さらに3人増えて6人になった。
あんなの……エレインでもキツいんじゃ……。
『光速移動を認識出来ているのか。さすがだな、兄弟』
身体が勝手に動く。
片手と片足が壊れてるけど、それは何とか流体甲冑で補う。
義手義足があった方が動かし易いけど……この状態で戦うしかない。
エレインがオレの身体を動かせるなら、オレは援護に回ろう。身体だけでも何とか維持して……。あと、敵の動きもちゃんと観て――。
『兄弟。私が戦えるのは数分だ。兄弟の身体を私が使えるのは、ほんの数分だ』
エレインが敵を睨みつつ、ゆっくりと大剣を構えた。
ロッカを庇いつつ、敵を視線で牽制している。
『だが、この6人は私が何とかする。残りの敵は――』
『オレが、何とかする』
『違う。ラート軍曹達と、力を合わせて戦え。お前は1人じゃない』
『わ、わかった……!』
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
「…………?」
なんだ? あの巫術師、1人でブツブツと……。
錯乱しているのか? いや、だが、先程の動きは――。
【認識操作開始:考察妨害】
「ペインキラー3? 何を呆けている」
「――――」
【認識操作休眠状態移行】
何でもない、と仲間に返す。
警告だけする。
相手は、なかなかしぶとい少年巫術師だ。
だが、しぶといだけだ。
情報によると、彼は義手と義足に流体甲冑の発生装置を埋め込んでいる。
義手と義足は1本ずつ潰した。発生装置にも障害が発生しているはず。
大狼の姿から、オークのような姿に形を変えたが……大勢に影響はない。おそらく今までの形を維持出来なくなって、流体を節約し始めたのだろう。
それなりに面白い人材ではあるが、我々の敵では――。
「――――」
敵が動いた。
何気ない動作だった。
手に持っていた大剣を、こちらに向けて「ぽい」と放ってきた。
投げられた大剣が「からん」と音を立て、床に転がった。
武器を捨てた。……やはり、錯乱したか。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:贋作英雄
『エレイン!? 武器を捨てたら――』
『過剰に恐れるな、兄弟。奴らはただ速いだけだ』
肉体も常人より強化されているようだが、それは重要ではない。
最も注意すべき能力は「光速移動」だ。
おそらく、一時的に肉体を「光」に変換して移動している。
移動先は限定的。自分の影にしか移動できない様子だ。
ただ、例外がある。
奴らの「影」は拡大解釈が可能なようだ。
地下に飛来している鳥型無人機についた小窓に奴らの姿が映ると、そこにも「影」が生まれる。
奴らはその「小窓に映った影」にも移動しているようだった。兄弟が奮戦したおかげで、奴らの移動方法の法則性は概ね理解した。
これほど速い相手は、バッカスでもそうそう出会わなかった。移動速度で比較すると、敵と私は「兎と亀」だ。速度では圧倒されている。
だが――。
『奴らの力には、致命的な欠陥がある』
あえて一度武器を捨て、敵に隙を見せる。
敵を誘う。
こちらを取り囲む6人のうち、5人の姿が消えた。
残った1人が真っ向から射撃してくる。だが、あくまで牽制。
小銃の火力では、兄弟が纏っている流体甲冑は抜けん。敵もそれはわかっている。敵はいま、軽く牽制してきているだけだ。
敵が放つ弾丸さえも光速と化している。
敵の影が私に向けて伸びている。その影を利用し、弾丸を一時的に光に変えている。幸い、速く届くだけで弾丸の威力は変わらないらしい。
しかし、回避困難な弾丸と化している。
甲冑で十分防御出来るとはいえ、着弾の振動がこちらの機先を制してくる。力任せに動けない事もないが、少し、動きづらい。
敵の牽制射でこちらの動きが鈍る中、本命が来る。
光速移動した残りの5人が、私に向けて攻撃を――。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
「――――」
動き出そうとした敵を、小銃の弾丸で軽く押してやる。
流体甲冑の防御は抜けないが、少しは動きを鈍らせる事が出来る。
私の役割は牽制。本命は他の近衛兵だ。
敵の後方と、上方に仲間達が光速移動する。
上方にいる仲間2人は、ドローンのディスプレイに映った影経由で移動。
上方から対物狙撃銃による一撃を放つ。
放ったが――。
『受けて滅せよ――』
徒手空拳の敵は、狙撃銃の弾丸に対応してきた。
1発目は間一髪で回避した。
回避しつつ、2発目に向けて拳を振り抜いた。
『溝式煌剣』
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:弟が大好きだったフェルグス
『――――』
身体が勝手に動く。
エレインが動かしてくれている。
気がつくと、弾丸を拳で殴っていた。
殴って、弾丸を打ち返していた。
ガぎぃんっ! と鈍い金属音と共に、敵の弾丸を打ち返す。
打ち返された弾丸は、それを放った相手の胴体を抉っていた。
『まずは1人』
『おいおいっ……!』
コイツ、拳で対物狙撃銃の弾丸を打ち返して殺りやがった……!
打ち返すのと同時に、妙なこともやった。
流体装甲の糸を、倒した敵に向けて伸ばしていた。弾丸に付着させて。
どういう意図でやったのか、よくわからなかったけど――。
『兄弟。少し細工をしてくれ』
『さ、細工……!?』
どういう細工をしたらいいか聞いて、意図が理解できた。
それなら出来る。
戦闘をエレインに任せ、細工を――。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
『ペインキラー3……?』
寝食を共にし、切磋琢磨していた仲間が死んだ。
石守回路の後継者になるべく競い、共に石守素子に敗れた仲間。
敗れた後も近衛兵になるため、一緒に戦ってきた仲間が死んだ。
何故か胴体が吹き飛んでいる。
敵の胴体を吹き飛ばすべく、対物狙撃銃を撃ったはずなのに。
【認識操作開始:考察妨害】
いま、敵が……弾丸を殴り飛ばしたような――。
【認識操作休眠状態移行】
そんなわけあるか。
流体甲冑を纏っているとはいえ人間が、対物狙撃銃の弾丸を殴れるわけがない。
跳弾だ。偶然だ。それ以外に考えられない。
ペインキラー3は、運悪く跳弾を受けて絶命しただけだ。
権能を使って移動し、横合いから小銃で撃つ。敵の注意を引く。
流体甲冑の敵に致命打を与えるなら、対物狙撃銃が手っ取り早い。対物狙撃銃を持った仲間はもう1人いる。必殺の一撃を入れられるよう、牽制しなければ――。
権能による移動を繰り返しつつ、攻撃していく。
敵はこちらのドローンを攻撃しつつ、こちらの攻撃を的確に防御している。
『こいつ……。私達の動きを、目で追っているのか……?』
馬鹿な――と思いつつ、思わず思考を口にする。
近衛兵は<エウクレイデス>を使う事で光速移動できる。旧世代のエウクレイデス使いと違い、移動先を読まれづらい進化も遂げている。
それなのに、目の前の敵は……こちらの動きを目で追っている。
当たり所が悪ければ抜ける小銃の弾丸を、的確に防御している。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:贋作英雄
『敵の移動は「点と点の移動」もするが、基本は「線の移動」だ』
敵の射撃を回避あるいは防御しつつ、兄弟に向けて語る。
多少の豆鉄砲なら兄弟が作ってくれている流体甲冑で防げる。
ただ、油断は出来ない。
流体甲冑といえども、関節部は柔らかい。関節を硬く固めすぎると動けなくなる。ずっと防御を固めていたら一方的に攻撃されてしまう。
敵もそれはわかっているらしく、狙える時は関節部を狙ってくる。弱い部分に飛来する弾丸は手で弾く。手が無理なら出来るだけ硬い位置で弾く。
小銃の弾丸は、それで何とかなる。
問題は対物狙撃銃だ。
アレはしっかり回避するか、しっかり防御しないと死んでしまう。
『兄弟も、敵の移動が「線の移動」なのはわかっているのだろう?』
『な、なんとなく……! アイツらの魂が、線みたいに観えてる!』
兄弟には巫術の眼がある。
敵が光速移動しようと、魂の位置は察知出来ている。
移動の軌跡が「線」として観えているし、移動先に魂が現れたのも観えている。肉体の目で捉えずとも、巫術の眼で敵の位置は把握できる。
敵がやっているのは、あくまで光速移動。
予測不可能な空間転移ではない。
『観えてるけど……速すぎて追い切れねえんだ! 攻撃しようとした時には、もう別の場所に移動されてるっ!』
『光速移動しているからな』
我々が同じ速度で動けない以上は、速度で勝負するのは得策ではない。
『敵の移動先と行動を読むのだ。未来の敵を攻撃しろ』
『て、敵の移動先を、敵の移動前に攻撃しろって事か!?』
『それも1つの手だな』
『でも、移動先なんてどうやって――』
『敵の移動先は限られる。自分自身の影か、無人機の小窓に映った影だ』
無人機に蹴る、殴るなどの暴行を与え、打ち落としていく。
まだまだ飛んでいるが、こいつらを減らしていけば敵の移動先を潰せる。
敵の選択肢を潰していけば、敵の手も読みやすくなっていく。
『影と無人機の位置を、よく把握しなさい。敵の移動先を予想して攻撃するんだ』
『そっ、そんなの出来ねえよっ……!』
『難しいのはわかる。よし、手本を見せよう』
床をキュッ、と鳴らしつつ一時停止。
裏拳を放つ。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:弟が大好きだったフェルグス
『そっ、そんなの出来ねえよっ……!』
『難しいのはわかる。よし、手本を見せよう』
そう言ったエレインが、急に裏拳を放った。
何もない空間に向けて裏拳を――――いや、違う!
『こうやるのだッ!!』
『…………!?』
何もなかった空間に、敵が現れた。
光速移動してきた敵に、エレインの放った裏拳がモロに当たった。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
「――――!?」
敵に近接戦闘を挑みにいったペインキラー6が、裏拳で殺された。
顔面を裏拳で打ち抜かれ、頭蓋を卵のように割られて崩れ落ちていった。
中身が出ている。
まだかろうじて生きているが、あれは助かるまい。
敵に組み付いて動きを止め、対物狙撃銃の一撃が確実に当たるように動くはずだったのに……その目論見が打ち砕かれた。
それどころか、別方向から飛んできた弾丸を腕で払いのけた。落ちてきた木の葉を払いのけるように、軽い動作で――。
なんだ、コイツは。
先程までと、まるで動きが違う。
【認識操作開始:考察妨害】
先程まで戦っていた相手と、本当に……同一人物なのか?
【認識操作休眠状態移行】
なにを、馬鹿な。同一人物に決まっている。
だが、なんだ……この違和感は。
考えが……まとまらない……?
何故か、思考がかき混ぜられるような感覚がする。
敵がいる。敵がいるのに、敵を驚異として認識できない。
倒さなければいけないのに。殺さなければいけないのに。
どう戦えばいいか、わからない。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:贋作英雄
『このようにやるのだ。わかったか?』
『わかるかぁ!!』
『ふむ。さすがに無理か。まあ、少しずつ覚えていけばいい』
頭蓋を砕いた相手が、ふらつきながら後退する。
光速移動して逃げたが――逃がさん。
兄弟と会話しつつ、足下の大剣を蹴飛ばす。
離脱した敵の腹を大剣で貫き、仕留める。
『魂は消えたな?』
『あと4人……!』
敵は厄介だ。尋常な相手ではない。
だが、厄介で尋常ではない相手なら、私の原典は何度も戦ってきた。その幻影に過ぎない私も、原典の戦闘経験は引き継がれている。
そして、ここには兄弟がいる。
戦える。勝てる。……問題は時間だ。
兄弟の身体を操作する方法は、負担が大きい。だが、今回の敵はさすがに……兄弟の手に余る。私がなんとかせねば――。
『今回の敵は、見てから動いていては間に合わん。速すぎる』
だから動きを予測しろ。
『自分の頭の中に、人形劇の舞台があると思え。舞台の上に必要なものを配置しろ。今回であれば敵と無人機。そして……主役のお前だ』
ただ、あまり敵が多すぎると混乱する。
邪魔な人形は取り除いていこう。
光速移動する敵は簡単には倒せないが、無人機は比較的容易だ。
敵の攻撃を回避・防御しつつ、そこらにある物を投げるだけで倒せる。所詮は小型の無人機だ。そればかりに集中できないが、片手間に壊せる相手だ。
『過剰に恐れるな。敵は実体のある人間だ。幽霊などではない』
敵に微かに動揺が走っている。
狼狽えている。
2人死んだ以外にも、混乱する要素があるのだろう。
おそらく、例の認識操作によって思考がまとまらないのだろう。
兄弟が私と会話している事で、認識操作が常に発動している。敵は猛者だが、認識操作によって僅かに動きが遅れている。動きが単調になっている。
味方と連携して戦っている場合、認識操作が働くと味方の動きまで阻害しかねないが……いま戦っているのは私と兄弟だけだ。構う事はあるまい。
『頭の中で、敵の人形を常に動かせ。未来の動きを予測しろ』
新しい剣を生成する。
大剣で捉えるのは難しい相手だ。
長く細い剣を2本揃える。我が師に倣い、双剣で挑む。
所詮、相手は「光速で動く人間」だ。
私の原典が戦ってきた怪物ではない。こいつらは治癒魔術や蘇生魔術で瞬間再生しないし、甲冑をちぎるように裂く相手ではない。
無数の石柱も飛んでこないし、予測不能の転移魔術もしてこない。
認識操作という妨害と、兄弟の巫術があれば倒せる相手だ。
『敵がいくら速くても、敵の動きを事前に予想しておけば先手を取れる。肉体の目と巫術の眼で入ってくる情報は、答え合わせ程度に使いなさい』
『お、オレは……お前みたい強くない。強くないから――』
『兄弟なら出来る。必ず出来る。私如きでも出来る事だ』
確かに、今は出来ないだろう。
経験が不足している。
だが、出来ないのはあくまで「今」だけの話だ。
『経験と修練を積めば、兄弟もいつか必ず出来る』
『…………』
『悲観するな。熱い情熱で身体を動かしつつ、頭は冷たい思考を保て。今は私がいる。私がなんとかする。兄弟はいずれ、私以上の事が出来るはずだ』
私には先がない。
所詮は幻影だ。いつか消える。
だが、兄弟は生きている。私よりずっと先までいけるはずだ。
そして、いつか――。
『私に出来る事は、兄弟も出来るはずだ。いつか、きっと――』
敵の動きをよく見るんだ。
得た情報を、よく理解しろ。
『兄弟。敵の視線に注目してみなさい』
『視線……?』
『あそこに移動するぞ。今度はあそこだ! そこに来る! 後ろに来るぞ!』
敵の移動先を、双剣で指し示す。
兄弟だけではなく、敵もギョッとしている。
全問正解。全移動先予測済みだ。
まあ、今のは半ば運が良かったな。
私の予測も完璧ではない。
『さっきの移動、視線の先に移動してた!』
『そうだ。奴らは時折、移動先を目で確認している』
奴らは光になるが、所詮は紛い物だ。
移動先を選ぶ思考も動きも、肉体に縛られている。
先程までは上手く視線を隠していたが、動揺して隠しきれなくなっている。
『煽ってやれ。そこでいいのか? そんなとこに移動していいのか! と……!』
防御と回避をしつつ、剣先で敵の移動先を指し示す。
さらに動揺を誘っていく。
雑念が混じるだろう。我々は貴様らの移動先を上手く当てている。
という事は、「本当にこの移動先でいいのか?」という雑念が動きを鈍らせる。
その思考も肉体の動きも、光にはなれていない。
目の前の敵は、所詮、移動中限定で光になれるだけの存在だ。
『読みを外す事もあるだろう。我々は未来視が出来るわけじゃない』
それが出来る剣士もいるが、私にはあの人のような真似は出来ない。
的中率100%の未来視は出来ないが、そこそこ当たる予測が出来る程度だ。
『予測を外したとしても、取り返しのつく動きをしなさい。攻撃は小さく!』
小さく踏み込み、剣先をさらに伸ばす。
光速移動してきた敵の腕を切り裂いた。
敵は慌てて離脱していく。
『今の攻撃、読みを間違えて外す可能性もあったが……兄弟には流体甲冑がある。対物狙撃銃の攻撃でなければ、鎧でそれなりに弾ける』
実際に敵の攻撃を鎧で弾く。
装甲が薄いところを守りつつ、攻撃を弾けるところで弾く。
『敵の攻撃が全て一撃必殺なら、一度も予想を外せない。だが、当たったらマズい攻撃を使う者だけ強く警戒したらいい』
『今だったら、対物狙撃銃を使ってるヤツっ……!』
『その通りっ……!』
両手の剣を投擲する。
対物狙撃銃を持つ敵の移動先に1本投げる。それに対処させる。
狙撃銃持ちが光速移動による回避をしている間に、別の敵の顔面を裂く。
当たったらマズい攻撃を封じつつ、その間に攻撃を仕掛ければいい。
『敵は速い。速度で圧倒されている。しかし、それ以外は全てこちらが上だ』
ある程度は攻撃を貰ってしまうが、流体甲冑で上手く弾けばいい。
光速移動だけが取り柄の敵と、流体甲冑を纏う兄弟。
相性は悪くない。
敵は速いだけで、一撃は重くない。
『狙撃銃持っている奴の動きを、特に注意しておけば……致命傷は貰わない!』
『そうだ。まあ、そこは敵も上手く工夫してくるだろうがな――』
まだそれは仕掛けてこない。
だが、どこかで仕掛けてくるだろう。
例えばそう。物陰に入った時とかな。
『敵の欠陥も教えよう。敵は、光速移動中は攻撃できん』
銃撃を新しい双剣で防御しつつ、敵に向けて走る。
圧力を与え、敵の位置を誘導する。
壁際に追いやる。
壁際に追い詰められた敵は、光速移動するしかない。
一度離脱し、体勢を立て直そうとするだろう。
そこを狙う。
『――受けて滅せよ』
剣を振るう。
指先で紙面をなぞるように、優しく――。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
「ちっ……!」
何故か考えがまとまらない。
脳みそにナメクジが這っているような感覚。
認めよう。敵は格上。速度以外の全てでこちらの上を行っている。
ひょっとしたら、近衛隊の隊長並みかもな。
いや、接近戦なら隊長すら凌いでいるだろう。
「――――」
壁際まで追い込まれた。
だが、問題ない。
ドローンに閃光を焚かせ、影の位置を操作。
光になって退避を――――。
「ぐぅッ??!!」
敵の脇を通って、移動した……はずっ……!
それなのに、敵がまだ目の前にいる。
こちらは壁に叩きつけられた。身体が軋む。
何故、移動できていない。
いや、移動したのか。
光速移動中に、剣で叩かれたのか!?
馬鹿な。流体甲冑や巫術があっても、そんな芸当できるわけが――――。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:贋作英雄
『ふっ――――!』
壁に叩きつけた相手に対し、双剣を振るう。首をハネる。
兄弟を怖がらせてしまうかと思ったが、杞憂だった。
私に対して「お前、なにやった!?」と驚いてきた。
『敵の移動先を読み、光速移動中に溝式煌剣で引っぱたいただけだ』
『光になってたら、攻撃を当てられないはずだろ!?』
『敵はな。しかし、我が溝式煌剣は混沌すら叩ける。光だろうと、上手く捉えれば跳ね返す事も可能だ』
偽物の光とはいえ、光は光。
光速移動するものを叩くのは面倒だが、頃合いを合わせて剣を振るえばいい。剣を振るう場所を間違わなければ、敵の方から飛び込んでくる。
光なら打ち損なったところで大きな問題はない。
砲撃や竜種の熱線と違い、跳ね返せなくても死なないからな。
『残るは3人』
敵はまだ混乱中の様子だが、退く気配はない。
おそらく、それも認識操作の影響だろう。
こちらを「完全な驚異」と考えきれず、まだ襲いかかってくる。
速度で完敗している以上、一時逃亡されたら為す術が無い。
逃げずに戦ってくれるなら好都合だ。
一度逃げて私との戦闘を避け、星屑隊隊員への不意打ちを行いつつ、他の敵を引き込む動きに切り替わったら……私達の負けだ。
そもそも、長期戦は私が持たない。
いい加減、仕留めねば。
『無人機も、かなり数を減らせたな』
敵の選択肢は奪い続けている。
まだ残っているが、動きはかなり予測しやすくなった。
敵は混乱しつつも焦っているらしく、何とか兄弟を殺そうとしてくる。
そろそろ……仕掛けてくるか。
『――――』
対物狙撃銃持ちの敵が、倒れたレギンレイヴの陰に逃げ込んだ。
遮蔽物の向こう側に隠れられた。
『露と滅せよ』
だが、そこでも観えているぞ。
兄弟の巫術の眼は、貴様らを見逃さん。
『虹式……煌剣ッ!』
敵機兵ごと、横一文字に叩き切る。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
「な――――」
横っ腹から反対側に向け、何かが通過する感覚がした。
体勢が崩れる。
腹が、骨ごと、真っ二つに斬られている……!?
明らかに致命傷。痛みが背筋を駆け上がってくる。
俺はもう死ぬ。
だが、まだ――――。
「行けっ……!!」
両手を使って手榴弾2つのピンを抜く。
そして、権能を使う。
敵に突撃したドローンのディスプレイに映る影経由で、手榴弾を送る。
敵の真上に手榴弾を送り込む。
爆発。確実に敵を巻き込んだ。だが、流体甲冑ならあれは凌ぐだろう。
それでも、目くらましになれば――。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:弟が大好きだったフェルグス
『あと2人……!』
流体甲冑を強化して、手榴弾の爆発を何とか凌ぐ。
エレインは、6人いた強敵を残り2人まで追い込んでくれた。
コイツらさえ倒せば、まだ希望が――――。
『――――』
エレインが斬った機兵の装甲の向こう。
そこに、敵がいた。
そいつはもう致命傷を負ってる。もう死ぬ。
けど、そいつの手に対物狙撃銃が無い!
機兵の陰に逃げ込んだ奴は、確かに対物狙撃銃持ちだったはずだ。
だから警戒した! それなのに、狙撃銃を持ってねえ……!
狙撃銃の代わりに、手榴弾のピンと持ってる。
いま、敵の力で送り込まれてきた手榴弾は、アイツが送ってきたモノだ。
手榴弾だけ、光速移動させてきたって事は――。
『エレイ――――』
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
『お見事』
味方を――ペインキラー5を殺した敵に対し、賛辞と銃口を向ける。
振るう銃器は対物狙撃銃。
機兵の陰に逃げ込んだペインキラー5が持っていた対物狙撃銃だ。
だが、対物狙撃銃だけこちらに送ってもらった。権能を使って渡してもらった。
敵が対物狙撃銃を警戒しているのは、視線を見なくてもわかっていた。
敵は対物狙撃銃持ちを強く警戒していた。だから囮になってもらった。
敵は巫術によって、こちらの位置を掴んでいる。
だが、巫術師にわかるのは魂の位置だけ。
魂無き銃器の移動まで、完璧に把握するのは不可能だ。
『――――』
敵は、ほぼ完全に背を向けている。
この位置からの対物狙撃銃攻撃。対応できまい。
それに、これはもう1本あるぞ。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:玉帝近衛兵隊<戈影衆>
『外さん』
副長と――ペインキラー2と共に、対物狙撃銃を構える。
敵の本丸に持ち込んだ対物狙撃銃は2つある。
最初に殺された仲間が持っていた対物狙撃銃も、まだ生きている。
権能で移動し、足先で軽く接触する。
接触した対物狙撃銃を自分の物にし、権能で手元に移動させる。
権能を使って即座に再装填を行い、副長と同時に敵を狙う。
機兵の陰で殺された仲間が、敵に手榴弾を送り込んでくれた。
あの手榴弾が起こした爆発が、良い目くらましになっている。
『――――』
引き金を引く。
仲間の屍の上を征き、主上に勝利を……!!
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:贋作英雄
『エレイン! 狙撃される!!』
敵の企みに気づいた兄弟に、言葉を返す。
ただ、口で言う時間はない。心中で「大丈夫」と呟く。
『受けて滅せよ』
敵の小細工は、予想済みだ。
敵は自分の身体だけではなく、自分の装備も纏って光速移動している。
影経由で弾丸を一時的に光速移動させる事も可能。
という事は、得物を異能で味方に受け渡す事も出来るだろう。
それをやるなら、遮蔽物に隠れた時だと予想は出来た。
敵は光になれる。
だが、攻撃時は光になれない。
攻撃を一瞬で打ち返されたら、反応できない。
高速逆撃が弱点になる。
『――溝式煌剣』
背中を剣代わりとし、発勁の動作も入れて弾丸を打ち返す。
対物狙撃銃に頼った敵を、打ち返しの弾丸を使って殺す。
残る敵は、あと1人。
その敵も対物狙撃銃でこちらを狙っている。もう引き金を引いただろう。
溝式煌剣の連続使用は、さすがに難しい。
だが、そもそも、もう反撃の必要はない。
「ぐあッ?!!」
残る1人が悲鳴を上げる。
その敵が手に持った対物狙撃銃が破裂している。
弾詰まりに気づかず引き金を引き、それで痛手を受けた。
こちらの不意をつくのに集中するあまり、確認を怠ったな。
そもそも――。
『我が兄弟を舐めるな』
剣を投じる。
敵は異能を使い、剣を回避したが――移動先にも剣を投じている。
いまこちらが使っているのは双剣だ。
「っ――――」
脳天に投擲剣の一撃を受けた敵が崩れ落ちる。
『手間をかけたな、兄弟。弾詰まりの細工のおかげで助かった』
敵が対物狙撃銃に頼るのは、わかりきっていた。
それに頼るのが1つの手段だ。
だから、最初に倒した敵の狙撃銃はあえて壊さずに置く。
ただし、流体の糸を伸ばし……兄弟に細工を頼んだ。
私が敵と戦闘しているうちに、狙撃銃が弾詰まりを起こす加工をするよう頼んでおいた。巫術で流体を操作できる兄弟なら、それも可能だ。
『エレイン、まだ敵がいる! こいつらだけじゃないんだ!』
『スマンが、私の方が……時間切れだ』
『あっ……!』
『また、しばらく……眠る』
目の前の敵は倒したが、まだ……敵がいる。
それはわかっているが、さすがに……力を使い過ぎた。
『兄弟、方舟の混沌機関を使って……天井の穴を塞げ!』
私は今、まともに動けないが……また消えるまで助言ぐらいは――。
『そして、直ぐに隊長の応援に迎え。流体甲冑を使えば――――』
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:弟が大好きだったフェルグス
『え、エレインっ……!』
頼りにしていたエレインの気配が、フッと消えた。
身体の自由も戻ってきた。……エレインがまた消えた。
力を使い過ぎたんだ。オレが、不甲斐ないから。
回復したら戻ってきてくれると思うが、それは当分先。
ここからは、オレが何とかしないと――。
『エレイン、すまんっ……!』
お礼だけ言って、動く。
光速移動する6人組は、エレインが倒してくれた。
そいつらの魂はもう観えない。けど、まだ敵が沢山いる。
まだ、戦いは終わってない!




