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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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海門



■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


「くぁ……」


 繊十三号の広場で伸びをし、あくびをする。


 昨日は色んなことがあった。


 巫術師の繊十三号入場禁止。タルタリカの襲撃。技術少尉による発砲事件。


 繊十三号の住民が、巫術師を迎え入れてくれたこと。


 住民による歓迎の宴は夜遅くまで開かれた。子供達はとても楽しそうにしていたが、戦闘の疲れもあって次々と眠っていった。


 子供達が全員眠ったことを合図に宴はお開きとなり、俺達は部屋を借りて雑魚寝し、夜を明かした。最良の1日じゃなかったと思うが、最悪の1日でも無かった。


 ただ――。


『だからヴィオラ、アイツらを機兵に乗せてみないか?』


 そう言った後、飛んできた平手打ちの感触を思い出す。


 痛くはなかった。俺達、オークの痛覚は死んでいる。


 銃弾打ち込まれようが腕をねじ切られようが全身を潰されようが、痛くはない。


 痛くはないんだが……ヴィオラ……いや、ヴァイオレットに叩かれた感触がまだ残っている気がする。千の銃弾よりキツい一撃だったかもしれない。


 頬を触りつつ物思いにふけっていると、背後で扉の開く音がした。振り返ると、眠たげに目元をこするフェルグスの姿があった。


「おはよう、フェルグス」


「んー……」


「えーっと……。早起きだな? まだ寝てて良かったんだぞ?」


「そうもいかねえだろ。船は今日、出港しちまうんだろ?」


「ああ、その予定だ」


 町には奇跡的に死人が出なかったらしい。


 住民どころか、守備隊の人間にも死者は出てないそうだ。


 ……あれほどの襲撃で死人ゼロはおかしな話だが……まあ、良いことだ。


 死者ゼロでも、繊十三号の守備隊はダメージを受けた。


 それを立て直すまでの間、星屑隊も町に残って防衛を手伝う可能性もあったんだが……上の人は「さっさとタルタリカ狩りに行け」という考えらしく、俺達は予定通りに出港する予定になっている。


 繊一号から救援が来る予定だが、到着は遅れてるみたいだ。


「出港は昼過ぎだ。まだ余裕はあるよ。何か用事があるのか?」


「いや、お前がスアルタウとの約束忘れてないかと思って、忠告しにきたんだよ」


海門(ゲート)を一緒に見に行く約束か」


 ここに来る前、そう約束した。


 守備隊に睨まれたことで難しくなっていたが、今なら見に行けるだろう。


「町の中には入れたけど、夜は色々ゴタゴタしてたじゃん。町の人に歓迎してもらえて、アルのヤツ、久しぶりにいっぱい笑ってくれたけど……どうせならもっと笑ってほしいんだよ。アルは……アンタとの約束、楽しみにしてたんだ」


「うん……」


「アルのヤツ、海門ってどんなものなのかなぁって、ずっとワクワクしてたんだ。アイツ、町へ入る許可出なかった後、こっそり泣いてたんだぜ?」


 フェルグスは焦り顔でそう言い、バッと頭を下げてきた。


 頭を下げて「頼むよ。アイツに海門を見せてくれ」と言ってきた。


「アイツ、交国が来てずっと嫌なことばっか続いてるんだ。父ちゃんと母ちゃんとも離れ離れで会えなくて……嫌なことばっかりなんだ!」


 頭下げる必要なんてねえ。顔をあげろって言ったが、「連れてくって言うまで上げねえ」なんて言ってきやがった。


「オレ、最近特に兄ちゃんらしいことしてやれてないから、アイツが喜ぶことしてやりたいんだよ。頼むよ! アイツを海門に――」


「大丈夫だ。一緒に見に行こう、海門を」


 元よりそのつもりだった。


 まだ時間の余裕あるし、繊十三号を離れる前に見に行こうと思っていた。


 それを告げると、フェルグスはホッと胸をなでおろした。


 弟のために頑張る良い兄ちゃんだな、と言うと、「うっせえ!」と言って顔を逸らした。恥ずかしがりやがって~。……でも、マジで弟想いなんだな。


「つーか……隊長とか守備隊のヤツは許してくれんのか? 海門見に行くこと」


「実はもう許可取ってる。遠巻きに見る分なら問題ないみたいだ。けど……」


「けど?」


「海門そのものは地味なんだよな。目立つ建造物じゃないし。でも、運が良ければ、良いもんが見れる可能性もある」


「ふーん。ともかく、見に行けるんだなっ? じゃあアル起こしてくるわ!」


 フェルグスが急ぎ、建物の中に戻っていく。


 まだ時間の余裕はあるんだが……まあ、守備隊の気が変わらないうちに行った方がいいか。眠り足りないなら、後で船で寝てもらおう。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


「よぉし、それじゃ行くか!」


「はいっ!!」


「おう」


「海門は町を出て直ぐのとこあるから、歩いていくぞ。おっと、ラート号に乗りたいヤツは俺の腕に掴まりな!」


「やったぁ!」


 アルが満面の笑みを浮かべ、俺の腕に抱きついてきた。


 フェルグスも乗せてやるぞ、と言ったが、ジト目で睨まれるだけだった。


 アルだけを肩に乗せ、歩き出す。


 アルは寝起きだが、いつもよりテンション高い。海門を見に行けることが嬉しいみたいだ。はしゃいでくれてるから俺まで嬉しくなってくる。


 そんなアルを見て、フェルグスは随分と優しい顔をしていた。


 お兄ちゃんの顔、って感じだ。


 アルの事、すげー優しく見守ってる。


 俺の視線に気づくと、「んだよっ!」と不機嫌そうに声をかけてきたので、笑って「なんでもねえよ」と言ってごまかす。


 2人を連れ、市街地の内陸側の門をくぐっていく。


 そこには大きな広場と管制塔があった。地面はタルタリカに踏み荒らされているが、管制塔は健在。海門も問題なく使えそうだ。


「アレが海門だ」


「…………? 塔以外に何もねえじゃん」


「実はあるんだよ。あの広場の地下に、海門を開くための機械が――」


 解説しようとしていると、広場上空の空間が割れた(・・・)


 横一線に黒い線が奔り、まぶたが開くように空間がこじあけられていく。


「お前ら、運がいいな! ちょうど船が来るなんて……!」


「な、なんだアレ!? 空が割れて――」


「にいちゃん! 割れ目の奥! おっきな船が飛んでるよ!」


 アルが指差した空間の亀裂。


 その奥から軍船が出てくる。


 船といっても星屑隊が使っている船舶とはまったく違う。


「あの船、空を飛んでねえか……?」


「ご明察。アレは方舟(はこぶね)、空を飛べる特殊な船だ」


 見たことねえか? と聞く。


 フェルグスは覚えがなさそうだったが、アルが「護送される時に乗ったかも?」と言った。その時は外の様子が見えなかったそうだが――。


「あの方舟、繊一号から来た救援だな」


 多分、あの船は……<舞鶴>かな?


 ネウロン旅団に配備されている数少ない方舟だ。


 <星の涙>を撃てる軍船だから、前にアルと野営した時に見た<涙>は、あの舞鶴が放っていたものかもしれない。


「えっ、繊一号って結構遠いじゃん。こんな早く助けが来るはず……」


「方舟は空を飛べるし、世界の外側(・・・・・)を航行できるから、俺達みたいに世界の内側を移動してくるよりずっと早く駆けつけれるんだよ」


「世界の外側って……他の世界があるだけじゃねえの?」


「ちょっと違う」


 棒きれを拾い、地面にいくつもの「丸」を描く。


「かなり雑な絵だが、これが多次元世界だ。この丸一つ一つが世界で……この世界の間の空間に<混沌の海>というモノがある」


 多次元世界は、大きな海なんだ。


 果てしない混沌の海の中に、いくつもの世界が漂っている。


「世界と世界の間には真っ黒い<混沌>が流れている。方舟は混沌の海の中でも安全に航行ができて、色んな世界を行き来できるんだ」


「あんなバカでかい船、どうやって飛ばしてんだ?」


「混沌機関だよ。ウチの船や機兵に積んでる混沌機関とは性能が段違いだけどな」


 そんな話をしていると、方舟が世界の内側に完全に入ってきた。


 地に大きな影を落としつつ浮遊する方舟の上空で、空間の穴が――海門が閉じていく。それを見て、アル達が感嘆のため息を漏らした。


「世界は外側から――混沌の海側を見ると結構小さいんだよ。だから混沌の海を通ってきた方が、世界の内側を通るより圧倒的に早く目的地につけるんだ」


 混沌の海側から見た世界は、直径数キロ程度の球体だ。


 その世界の内側には、数キロでは済まない巨大な世界が収納されている。


「世界の外と内側を行き来するための門が、<海門(ゲート)>なんですか?」


「その通りだ」


 世界の壁は、特殊な機器がないとこじ開けれない。


 こじ開けた時に生まれるのが<海門>だ。


「あそこの広場の地下に、海門の発生装置が埋まってるんだ。それをあの塔で……管制塔で操作し、世界の内側から海門を開いてやってんだ」


「へー……。お前ら交国人は、海門使ってネウロンに来たってわけか」


「そうそう」


「……それ、おかしくないですか?」


 フェルグスの声に返答していると、アルが首を傾げた。


「昔のネウロンに海門発生装置なんて無いはずですよね? それなのに交国の人達は、どうやってネウロンに入ってきたんですか?」


「良い質問だ」


 ネウロンは異世界と交流のない後進世界だ。


 海門を作る技術なんて無いから、ネウロン側から海門を開く事は出来なかった。


「あの方舟にも海門の発生装置が積んであるんだ。だから最悪、世界の内側から海門開いてもらわなくても、外からこじ開けれるんだよ」


「なるほど。でも、それなら繊十三号の地下に海門の発生装置を埋めておく必要もないんじゃ……? 方舟だけで海門を開けられるんでしょ?」


「色んな問題があって、世界の両方から開いた方が効率的なんだよ」


 世界の内側から出ていく分には内側の海門だけでパッと開いて出ていけるが、外側だけで海門を開けようとすると事故が起きやすい。


 外から雑に海門開けると、地中に出ちまう事もある。


 狙った場所ピッタリに出ず、目標地点の数キロ先に出ちまう事もある。


 時間をかけてじっくり海門を開いていけば、安全かつ狙った場所に海門開くことも出来る。でも、それは下手したら数日かかる作業だ。


 んなことやるより、世界の内外両方から海門を開いた方が時間短縮になるし、事故が起きる確率も減らせるんだ。


「こういう港は両側から安全に海門開く。軍事作戦だと片側だけ開かざるを得なくて大変なんだよ~。時間かえてたら敵に見つかるし」


「敵と戦う前に、事故って全滅しちまう事もあるんだ?」


「あるある。わりとよくある」


 海門が開く位置を誘導され、いきなり集中砲火浴びる事もある。


 世界間戦争で先陣を切る部隊はメチャクチャ危険だ。


 その人達が奮戦して橋頭堡作ってしまえば、あとはバンバン増援送り込んで敵地に攻め入っていけるんだが……そこに至るまでが難しいんだよなぁ。


「世界から出ていく時は、多少、雑に海門開いても大丈夫だけどな。混沌の海には障害物ないし。……他の方舟がいたら、方舟の中に海門開く大事故も起こるけど」


「ふーん……。でも、出入りの問題さえ解決しちまえば……その混沌の海? ってとこは楽に移動できるんだろ?」


「いや、そうでもない」


 混沌の海は非常に危険な場所だ。


 人類は色々と工夫して、混沌の海の安全航行を確立しようと努力してきたが、未だに「絶対安全」な領域までは達していない。


 どれだけ手練の部隊でも、混沌の海で起きた事故で即死する可能性がある。


「混沌の海には<混沌>っていうエネルギーが大量に流れてんだ」


「船とか機兵を動かして、流体装甲や甲冑の材料になってんのも混沌だっけ?」


「そうだ。ただ、そういう兵器で使われる混沌と、混沌の海を流れる混沌は質と量が全然違ってな。……海にある混沌の方が遥かに危険なんだ」


 混沌の海は暗い。


 高濃度の混沌が邪魔で、数メートル先も見えないほどだ。


「普通の海と違って、混沌の海の中は生身で泳げる。何故か息もできる」


「じゃあ、世界を出入りする方法さえあれば、生身で他所の世界に行けるのか」


「不可能じゃないが、オススメできない。世界間の距離はそんな近くないし、上も下もわからない真っ暗闇の中を進み続けてたら頭おかしくなるぞ」


「そんなに暗いのか?」


「1メートル先も見えない場所もあるほどだ」


「いちめーとるって、ヤードだといくつだ?」


「なっ……!! お前ら、邪悪単位・ヤードなんて使ってんのか!!?」


 驚き、思わず大きな声を出しちまうと、フェルグス達は顔を見合わせた後、「ネウロンはヤード使ってるよ」と言ってきた。


「ヤードなんてクソ単位の使用が許されるのは卓上遊戯だけだ! 二度と使うんじゃねえぞ!?」


「は、はいっ……」


「意味わかんねーところでキレるな、コイツ……」


 ヤードなんて邪悪な単語聞いちまったから、動悸が激しくなった。


 呼吸を落ち着け、話を続ける。


「混沌の海は、夜の海より危険で恐ろしい場所なんだ」


 夜の海なら、空を見上げれば星が見える。


 混沌の海には、それすらない。


 混沌は海水とは違うので、息が出来なくなって死ぬことはないが、先が見えない暗闇を進むのは苦行を通り越して拷問だ。


 俺は交国軍の訓練で、混沌の海を泳いだことあるが、あれはキツかった。


 航行中の方舟2隻の間にロープ張って、それ伝って泳ぐ訓練だったが……ほんの30メートルの距離を進むだけで恐ろしかった。


 突発的に方舟間の距離が変えられて、30メートル以上進んでも反対側の方舟に辿り着けなかった時は冷や汗が止まらなかった。


 ロープ離して遭難したら、そのままずっと混沌の海を漂わなきゃいけない。


 そうなると救助してもらうのはほぼ不可能だし、ロープの両端が切れていたら――なんて想像をしちゃたら小便ちびっちゃうぜ。


 あの訓練で脱落していった仲間が15人いたっけか。


 いやー、あの時はホントひどかった!


 ロープの両端が事故で切れてなぁ……あの15人、未だに見つかってねえ!


 俺は運良く方舟に辿り着けたけど、ビビりすぎてウンコが肛門までコンニチワしてたんだよ! 硬いウンコで良かった~~~~!


 そんな訓練がある事を話すと、フェルグスもアルもドン引きしてた。


「交国軍って、仲間を積極的に殺すのか?」


「んなわけねえだろ! ありゃあ不幸な事故だよ。ロープの両端を切った奴らは捕まったしな! 悪は裁かれたんだ」


「事件じゃねーか! 切った奴いたなら!!」


 そうとも言うかもしれねえ。


 とにかく、混沌の海は怖い場所だ。


 それを実体験踏まえて話すと、アルはオドオドとビビり始めてくれた。アルなら怪談とか話し甲斐ありそうだな~……!


 フェルグスは「ふんっ、怖くねえし!」って顔してるけど――。


「混沌の海に放り出されても、運が良ければ助かるんだろ? 余裕だ!」


「いやぁ、アレはマジで気が狂うぞ。遭難した時は特に」


「即死しなきゃ平気だ、平気」


「いや、下手したら即死するぞ。混沌の海は」


 混沌はエネルギーだ。


 機兵を稼働させ、方舟を飛ばすだけの力を持つエネルギーだ。


「混沌の海にある高濃度の混沌は、ちょっとした刺激で反応する危ないもんなんだ。例えば、混沌の海でマッチを点けると~~~~…………」


「「点けると?」」


「バァンッ!! って、一気に混沌が押し寄せてくるんだよ」


 急に大声出して、その衝撃を表現してみる。


 アルはビックリしすぎて転びそうになった。


 さすがのフェルグスも仰け反ってる。


「混沌の海を流れる混沌は、濃度が高すぎて油みたいなもんなんだよ。刺激を与えると、その刺激に向かって一気に押し寄せてくるんだ。襲いかかってくるんだ」


「爆発じゃなくて、襲いかかってくるんですか……?」


「そうだ」


 刺激さえ与えなきゃ襲ってこないが、襲ってきたら非常に恐ろしい。


 海の最も深い場所の水圧より、もっと強力な圧力が襲いかかってくる。


 人間なんて紙くずみたいに潰れる。混沌の海を航行可能な方舟だって、海の荒れの規模次第ではぺしゃんこになっちまう。


 ぺしゃんこになった拍子にまた「新しい刺激」が発生し、さらに海が荒れる事もある。連鎖的に広範囲の海が荒れる事もある。


 なんて話をすると、アゴを触っていたフェルグスが口を開いた。


「それだけ危険だと……武器として使えそうだな。混沌の海」


「おっ! いい着眼点だな」


 フェルグスを褒めたものの、こんな話してたらヴァイオレットに嫌な顔されそう。ま……まあ、今は本人いないから別にいいか。


「敵の航路上に機雷を……爆弾を仕掛けておいて、それ爆発させる。その爆弾事体は弱いものでも、それに反応した混沌の海が『ブワァッ!』と襲いかかってくる罠とかあるぜ」


「ふーん……。ネウロンがそういうこと出来りゃ、ネウロン近くの混沌の海に罠を仕掛けて交国人を寄せ付けないって事が出来たのか」


「そうそう、その通り」


 この戦法を上手く使えば、強敵も少ない犠牲で撃退できる。


 ただ、自分の世界の周辺に機雷を撒くのは非常にリスキーで、環境にも悪い。


 機雷が邪魔で自分達が他所に行くことすら難しくなるからな。回収・無力化出来なかった機雷が流され、一般人の乗る方舟を破壊しちまう事もある。


 敵を退けるために機雷を撒きまくった結果、誰も近づけず、誰も出られない魔の海域と化しちまったところもある。


「混沌って危ないものなんですね」


 そう言ったアルが、おずおずと質問してきた。


「ボク達が使っている流体甲冑や、ラートさん達が使っている機兵の流体装甲って混沌を材料にしてるじゃないですか」


「うん。そうだな」


「アレも危なくないんですか? その……例えば敵に撃たれた時とか」


「俺達が使ってる奴は反応しにくいよう、工夫してるから大丈夫だ」


 流体装甲で作る地雷や爆薬は激しく反応するが、普通の装甲や銃器は自爆しないよう処理されている。だから大丈夫だ。


「けど、混沌機関はちょっと危ない。安全装置ついてるからそうそう事故らねえけど、混沌機関がブッ壊れたら……混沌の海が大きく荒れた時のような破壊が発生する事もある」


 周辺の物が木っ端微塵になるほどの破壊が起きる事もある。


 操縦者も一瞬で「ぐしゃっ!」と潰れちまう。


 意図的に爆発を発生させて、爆弾代わりにする事もあるけどな。


 どうしようもない時に自爆して、周りの敵を巻き込むとか――。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:狂犬・フェルグス


 海門から出てきた方舟から、機兵や物資が下りてくる。


 アルはその全てが気になるみたいで、クソオークに「あれは何ですか!?」「あっちのは!?」と、はしゃぎながら聞いている。


 クソオークはクソオークで頼られるのが楽しいらしく、ウキウキしながら質問に答えている。2人共楽しそうだ。


 ちょっと気に入らねえけど……まあ、アルが楽しそうならいっか。


「…………」


 あの方舟や機兵を奪えば、オレ達も交国に対抗できるのかな?


 対抗できなくても、あの船が手に入ればネウロンから脱出できる。アルやヴィオラ姉達や父ちゃん母ちゃんを船に乗せて逃がすことも――。


「ふぅ……」


 いや、さすがに難しいか。


 そもそも父ちゃんと母ちゃんの居場所もわからないんだ。逃がすとしたらグローニャとロッカの家族も逃してやるべきだしなー……。


 交国は強い。


 強いからオレ達に命令できる。


 それが気に入らず、逆らいたいならオレ達も力を手に入れなきゃダメだ。


 ……全てのタルタリカを倒したところで、交国が約束守るとは限らない。


 その時に抵抗する力は持っておきたいな。


 方舟とか機兵って簡単に手に入らねえのかなぁ……? ネウロン人でも沢山作ることができれば……いや、作れたとしても操縦できる奴がそんなに……。


「フェルグス? どうした、そんなボーッとして」


「あっ。いや、何でもねえよ!」


 やべ、考え込みすぎてた。


 交国への対抗手段を考えてること、バレるのはマズいよな。


「ええっと――」


 何か質問して、適当にごまかさないと――。


「そうだ! 異世界に逃げるのって海門や方舟とか必要なんだよな?」


「そうだな。えっ? 脱走とかやめろよぉ~……!?」


 クソオークがじゃれてくるので、「ちげえよ! オレ様が逃げる話じゃなくて――」と言い、言葉を重ねていく。


「でも、異世界に逃げたネウロン人もいるって聞くぜ? ネウロンには方舟とか無いはずなのに……。界外(かいがい)に逃げたって」


「ほう? そりゃ誰のことだ?」


「ネウロンにある国の王女サマだよ、確か。名前は~……」


 何だったっけ。


 交国軍人が言ってたんだ。オレ達に「ネウロンの王族は、お前らを見捨てて逃げたぞ~」って言ってきたんだ。


 特別行動兵として戦わされてるオレ達に対して……。


「メリヤス王国のメラ・メリヤス王女様のこと?」


「おっ! それだ!」


 アルはちゃんと名前を覚えていたらしい。


 その王女様のことだって言うと、クソオーク軍曹はデケエ手で小さなケイタイ端末ってヤツをポチポチいじりはじめ――。


「これの事か? 俺もニュースでチラッと見た覚えあるわ」


「ああ、これだよ。これ」


 ネウロンにある国の1つ。メリヤス王国。


 その第二王女が民を捨てて、異世界に逃げたって記事が書かれている。


 オレ様達も一応、見捨てられた「ネウロン人」の1人ではあるのかも。


「この話がどうした?」


「これ、おかしくねえか?」


「…………?」


「さっき言っただろ。ネウロンに方舟や海門なんてなかったって」


 それなのに王女サマは異世界に逃げたって言われている。


 ネウロン人なのに。方舟とか持ってねえはずなのに。


 方舟や海門も無しで、どうやって異世界に逃げれるだよ――って聞くと、クソオークも「確かにそうだな」と言ったが……。


「あ、これ見ろ。ニュースに詳細書いてたわ」


 3人で1つの画面を見る。


 そこには、逃げた王女のことが詳しく書かれていた。


 どうやって異世界に逃げたのかも書かれていた。


「異世界の組織が逃走を手伝ったんだってよ。王女様の」


「ふーん……」


「組織の名前は……マーレハイト? そんな名前の国が確かあったなぁ……。プレーローマに滅ぼされたって聞いた覚えあるが……」


 異世界の奴らに助けてもらった。


 それなら自前で方舟を持ってなくても逃げれるのか。


 で……自分達だけ逃げたと。


 ズルいなぁ、それ。


 オレ達も船に乗せてもらえてれば……いや、やめよやめよ。もう終わったことをウジウジ考えていると気持ちが暗くなるばっかりだ。


 期待するだけ損なのに、どうしようもない過去にガッカリしてたら疲れる。


 自分達(ネウロン)のことは自分達(ネウロン)で何とかする。


 そうしなきゃ、誰かに利用され続けるだけだ。


「…………」


 でも、あの人なら……明智先生なら損得抜きで助けてくれたかもしれない。


 あの優しい先生なら――交国軍を止めるのは無理でも――オレ達の家族を助けてくれるかもしれない。特別行動兵の立場も何とかしてくれるかもしれない。


 先生は、ここにも来ていなかった。


 今頃、どこで何してんだろう?


 ……タルタリカに食われてなきゃいいけど……。






【TIPS:混沌】

■概要

 多次元世界で広く、様々な用途で利用されているエネルギー。


 混沌は主に「生命体の感情」から生じるもので、感情が強いほどより質の良い混沌が排出される。混沌は通常、肉眼では見えない。しかし、<混沌の海>のような混沌の濃度が高い場所では肉眼でも見えるようになる。


 混沌は<混沌機関>などの発動機を動かすエネルギーとして活用可能で、その力は巨大な方舟を宙に浮かせるほどの力を持っている。


 物質化も可能で、一度<流体>に加工することで様々な物を作る材料にもなる。


 基本的に混沌で作られた物質は混沌を継ぎ足し続けないと1時間程度で溶けてなくなってしまう。


 しかし、源の魔神は大量の混沌を材料とし、いくつもの世界を創造しているため、混沌を物質として存在させ続けることは「技術的には不可能ではない」と言われている。容易な事ではないが。


 混沌は西暦の時代に<御門雪>という研究者が発見し、現代に至るまで利用されてきたが、未だに謎の多いエネルギーである。


 そもそも、エネルギーであるのかすら怪しい。エネルギーとして利用できるのは確かなのだが、本来は別のものなのでは、という説もある。



■ほぼ無尽蔵のエネルギー

 混沌は生命体の感情によって生じ続けるため、再生可能資源である。


 人口密集地に混沌機関を設置しておけば、そこに住む人々の感情によって大量の混沌が生まれ、その混沌で発電が可能となる。


 混沌機関の誕生はエネルギー革命を起こしたが、混沌機関は簡単に作れるものではないため、「混沌機関を持つ者と持たざる者」の間の格差が存在する。


 未だ尽きず、増殖を繰り返すエネルギーは知的生命体の希望となるはずだった。しかし未だ争いは尽きず、命の無駄遣いは続いている。



■混沌の海

 多次元世界の世界と世界の間を流れる大量の混沌の名称。


 莫大な量の混沌が存在しているため、混沌を肉眼でも捉えることが可能となっている。ただ、量が多すぎて数メートル先も見えない危険な場所となっている。


 世界間を移動するためには混沌の海を航海しなければならないため、多次元世界の先進国家はどこも高度な航行技術を持っている。


 国際社会が協調して航行ルールを定めてもなお、戦争や海賊行為などにより、毎日のように事故が発生している。



■巫術師と混沌

 巫術師に限らず、<術式>を使える者達はその身に多くの混沌を宿し、混沌を消費して術式を行使できる一種の異能者である。


 術式は上手く使えば常人を遥かに超える力を得られるため、各国が研究しているが、一般に供給できるほどの体系化に成功した国家・組織は存在しない。


 少なくとも、今のところは。




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