蟲群
■title:<目黒基地>にて
■from:星屑隊隊長
「隊長! こっちに……!」
隊員達の援護射撃してもらいつつ、基地内を走る。
仕掛けた爆弾を起動し、敵を巻き込む。
少しは倒したが……キリが無い。
可能な限り通路や天井、そして隔壁への配電経路を破壊しているが、敵の勢いを僅かに削ぐ事しか出来ていない。
1000年前の代物とはいえ、腐っても軍事基地。我々が運搬出来る程度の爆弾では破壊しきれない。出来るだけ敵を巻き込むのが精一杯だ。
人間しか通れない脇道なら、ある程度は塞げているが……機兵の出入り出来る大通路は塞げない。爆弾で一時凌ぎをしたり、資材を崩して簡易のバリケードを築く事しか出来ていない。
だが、もう少しで援軍が――。
『ごめんっ! 待たせた……!』
ロッカが操る機兵が、大通路までやってきた。
とにかく敵を撃て、と依頼する。
『敵って、アレ、生身の人間――』
「あれは敵だ! 構わず撃て!」
ロッカは僅かに躊躇ったようだった。
相手は歩兵の群れ。
機兵の攻撃なら簡単に蹴散らせる。簡単に蹴散らせてしまう。
ロッカは躊躇いつつも、機兵の機銃を使用した。歩兵の重機関銃以上の連射能力により、無数の弾丸が敵に向かって放たれる。
弾丸を食らった敵兵が吹っ飛ぶ。あるいは、身体の一部だけが吹っ飛んでいく。血煙が舞い、通路が一瞬で赤く染まっていった。
だが、それでも――。
『く……来るなぁっ……!!』
敵は止まらない。
自分達を一撃で屠ってくる弾丸が飛んでこようと、構わず突撃してくる。
異様な光景を見て、ロッカが悲鳴のような声を漏らしている。
歩兵相手を蹂躙することに対し、ただでさえ怖じ気づいている子供だ。ゲームの駒のように突撃してくる敵を見て、腰が引けてしまっている。
「気にするな。撃て」
怯えていようが、撃ってもらう。
敵は明らかにおかしい。機兵の火力でようやく止められる程度。
いま躊躇ったら、全員が死ぬ。
「アレは敵だ。敵兵を通せば、ヴァイオレット達が惨たらしい目に遭うぞ」
そう脅し、撃たせる。
ロッカは躊躇いながらも射撃を続けていった。……精神的な問題に加え、脳にダメージを受けている関係もあり、射撃の精度は平時よりさらに悪くなっている。
だがそれでも、相手は歩兵。機兵の圧倒的な火力で蹂躙できている。
「ロッカが大通路を堰き止めているうちに、脇道を塞ぐぞ!」
隊員達を動かし、何とか道を塞ぎにかかる。
敵は愚直に突進してくる。
オークが多いが、それ以外の人種も混ざっている。……痛覚の無い交国のオークだけならまだ、敵の「おかしさ」も理解できる。
オーク以外の人種も、まったく躊躇わずに突撃してくるのは……やはりおかしい。痛覚が無くても、死の恐怖はあるはずなのに――。
「隊長。ロッカも来てくれた事ですし、機兵を自爆させて通路を――」
「まだ早い。脇道を完全に潰してからだ」
巫術師に機兵を遠隔操作させれば、こちらは誰も死なず自爆攻撃が出来る。
だが、機兵の自爆で全てが片付くわけじゃない。半端なところで自爆させたところで、敵はまだ生きている脇道に走ってくる可能性がある。
機兵の数も限られる以上、自爆は最後の手段だ。
使いどころは、よく考えないと――。
■title:<目黒基地>にて
■from:星屑隊の隊員
「なんでアイツら、死ぬのわかってんのに突撃してくるんだよぉ……!」
「ゾンビ映画のゾンビみたいだな……!」
突撃してくる敵兵に向け、とにかく撃ちまくる。
どこ撃っても当たる。それぐらい沢山の敵がいる。突っ込んでくる。
「っ……!」
「大丈夫か!? いま、敵の弾丸が――」
「も、問題ねえよっ。ちぃと……肩に当たっただけだ!」
飛んでくる弾丸も多い。ロッカが操る機兵と、多脚戦車の火力があってもなお、敵歩兵から無数の弾丸が飛んでくる。……ある程度はこっちに当たっちまう。
俺達は痛覚がねえ。多少の負傷なら問題ねえ。
「…………」
腹からドロッ……としたものがあふれているが、止血用ジェルで応急処置する。これ、内臓に当たったかもな。まあ……しばらくは持つはずだ。
運が良ければ生き残れるだろう。
ぶっちゃけ、いま直ぐにでも逃げたいが――。
「……ロッカ! 悪いが頑張ってくれ! お前が頼りだ!!」
『ぅ……。わ……わかってる……!』
ガキが逃げずに戦ってんのに、大人の俺達が尻尾巻いて逃げられるかよ……。
機兵の攻撃が敵を薙ぎ倒していく。
だが、敵が倒れるたびにロッカが苦しそうにしている。
巫術で敵の死も感じて、苦しんでいる。
鎮痛剤を打っているとはいえ、大量の敵が死んでいるから……その「死」が痛みとしてロッカ達を苦しめ続けている。小さな痛みでも、連続で襲ってきたら相当キツいだろう。
『――――』
ついにはロッカの操る機兵がふらついた。
ふらついた銃口から放たれた銃弾が、大通路の天井を抉る。
敵にろくに当たってない。敵が来る。こちらの隙を突いてくる。
「援護するぞ!」
疲弊しているロッカに代わり、迫ってくる敵を多脚戦車と連携して打ち倒す。
脇道の閉鎖作業を行っていた隊員にも来てもらい、大通路に殺到する敵を倒していく。……どこ撃っても当たるが、敵の勢いを削ぎきれない。
「マジでゾンビなのか……!?」
敵兵が敵兵を盾に突っ込んでくる。
手薄になった脇道からも敵が突破してくる。
『ご、ごめんっ……! ごめん……!』
「大丈夫だ! 落ち着いて撃て、ロッカ!」
壁に手をついて倒れかけていた機兵が、何とか立て直した。
だが、これは……迎撃が間に合わない。
敵がかなり詰め寄ってきている。機兵の火力があっても、もう――。
「防衛線を下げる! 星屑隊、退避しろ!」
隊長の大声が響く。
隊長は銃と斧を振るい、突撃してくる敵を次々と倒しているが……隊長が奮戦しても敵を止めきれない。死を恐れず突っ込んでくる敵が多すぎる。
「ロッカ! 火炎放射器を使え!」
星屑隊隊員が退いていく中、ロッカが機銃を撃ち続ける。
撃ちつつ、新しい兵装を生成し始めた。
可燃性液体に加工された流体と炎が噴き出し、星屑隊隊員が退避した大通路や脇道を焼いていく。火炎の舌に舐められた敵兵が倒れていく。
中には全身丸焼けになっても走ってくる奴らがいたが、走り続ける事は出来なかった。しばし走った後、息絶えて倒れていく。
まとわりつく炎に周辺の空気を焼かれ、窒息死しているんだろう。
ロッカが通路を焼きつつ、俺達の後から後退してくる。
機兵から苦しそうなうめき声が聞こえるが、何とか……何とか敵の攻撃を凌いだ。だが、敵はまだ来る。
『アイツら、火の中に飛び込んでくるっ! なんでっ!? なんで!!?』
ロッカが悲鳴交じりの疑問を叫んだ。
通路が燃えさかっているのに、敵が突っ込んでくる。
火炎放射器を向けられてもなお、一切気にせず敵が突っ込んでくる。
死体が増えるだけだ。
努力や根性で、機兵の作る業火は突破できない。それは誰の目にも明らかなのに、敵は……まったく構わず突っ込んできて、死んでいく。
死ぬたびに「死」を撒き散らし、巫術師達を苦しめている。
「いくら何でもおかしい! アイツら、何かされてるんじゃ……」
「おそらく、何らかの薬物を投与されている」
隊長が斧を振るいつつ、そう言った。
隊長が斧を振るった相手は敵兵だった。そいつは両手両脚を斧で叩かれ、身動きが取れなくなっていたが……それでも、まだ動いている。
首と胴体だけ動かし、芋虫のように這っている。
手指が動かない状態になってもなお、床を這って俺達に噛みつこうとしてくる。
隊長がそいつを足で押さえつつ、状態を確認している。……敵は乱暴に扱われても文句1つ言わず、愚直に俺達を襲おうとしてくる。
「どのような薬物かはわからん。だが、尋常な状態ではない」
「単なる薬物で、ここまでの死兵になりますか!?」
「少なくとも、死を恐れていないのは確かだ。殺す以外、止める方法がない」
敵1体1体の強さは、そこまでの驚異じゃない。
死を恐れず突っ込んでくるのは恐ろしいが、動きは……素人同然だ。
突っ込んでくる敵兵の後ろで、別の敵兵が射撃し、その弾が敵兵を倒す事もある。同士討ちしようと、奴らは構わず突っ込んでくる。
燃えさかる床に死体の絨毯を敷き詰め、その上を駆けてくる。
「敵が死兵になっている原因は断定できん。詳細を議論する暇もない」
火だるまになっても突撃してくる敵に対し、隊長が発砲する。
瞬時に2発撃って、的確に敵の膝関節を砕いた。……けど、敵はそれでも止まらなかった。転倒しようが、這ってでも迫ってくる。
それ以外の敵も……まだまだやってくる。
止まらない。止められない。
こんなの……凌ぎきれるのか……!?
■title:<目黒基地>にて
■from:寝鳥満那の部下
「消化剤散布、急げ。脇道の復旧も進めろ」
方舟から運搬してきた消化剤を撒かせ、通路内の火災を鎮火していく。
炎の壁の向こうから、敵の射撃が飛んでくるが……今は「強引に突破しようとしている」という動きが求められている。
敵歩兵及び機兵1機の目を、こちらに引きつけねば――。
「蟲兵部隊、突撃準備」
通信機を使い、指示を出す。
周りの兵士達が命令通りに動き始める。
いま投入している兵士達の正体は「解放軍兵士」だ。
繊一号等で捕まえた解放軍兵士共に薬物を打つ。
それによって、奴らを<蟲兵>として運用する。
蟲兵達は専用の機器を通して命じれば、何でも言う事を聞いてくれる。
死も痛みも恐れず、愚直に命令に従う兵隊蟻と化す。
ただ、愚直過ぎるのが弱点にもなっている。
蟲兵はとても従順だが、命令以上の事は出来ない。小便1つすら、命令しなければ垂れ流すか、膀胱が破裂するまで我慢する「愚鈍な肉の塊」になってしまう。
どれだけ経験を積んだ兵士だろうと、蟲兵になってしまえばその経験も失せる。命令に従うだけの存在になるため、自分達で柔軟な対応が出来なくなる。
だが、損耗度外視の突撃兵としてなら使える。
捕まえた捕虜だろうと、蟲兵にしてしまえば文句1つ言わない人形と化す。主上は蟲兵を「失敗作」と言っているが、これはこれで便利なものだ。
死んでもいい人間なんて、多次元世界中に生えている。
何の取り柄もなく、ただ資源を食い潰しているだけの凡夫共も交国のために――人類のために死ねるなら光栄だろう。
「巫術師共、準備はいいな?」
拘束して連れてきた巫術師達に呼びかける。
コイツらは隔壁の万能鍵代わりに使えるが、それ以外の用途もある。
巫術師達は蟲兵にしていないため、指示を飛ばしても不服そうに睨んでくる。交国が大層憎いようだ。親の仇のように睨んでくる。
実際、交国はコイツらの親の仇かもしれんな。
だが、知ったことか。
「不服そうな顔をするなよ。寒いのか? 暖まりたいなら、火に飛び込むか?」
脅し、従わせる。
指示通りに動け。
反抗は無駄だ。
虫けらの分際で、交国に逆らうな。
我らこそが、人類の救世主なんだぞ。
■title:<目黒基地>にて
■from:ロッカ
『ぐ……うぐぅッ……!!』
大通路や脇道に火を送り込み、敵を焼き殺していく。
突っ込んできても無駄だ。
向こうは、地下に機兵を持ち込めてない。
火力で機兵に勝てるわけないのに――。
『来るな、来るなっ! 来るなぁっ……!!』
死ぬってわかってるはずなのに、敵が突っ込んでくる。
黙って真っ直ぐ突撃してくる。豆鉄砲を乱射しつつ、突撃してくる。
『ぐ…………ぁ、ぎィ……!!』
『ロッカ! 大丈夫か……!?』
『流体装甲の壁を作って、敵を堰き止めろ! 殺すだけでは巫術師の脳にダメージが蓄積される一方だ!』
『向こうにも、巫術師いるんだろっ……! 流体装甲だけじゃ、ダメだっ!』
巫術じゃ、炎の壁には憑依できない。
けど、流体装甲なら憑依できる。
向こう側には流体甲冑を着込んだ巫術師もいるみたいだった。流体甲冑経由で流体装甲に干渉し、せっかく作った防壁を解体されるかもしれない。
殺すしかない。
交国軍は……皆殺しにする!!
通路を炎で、いっぱいにして――。
『ッ…………!!』
あ……あたまが、割れそうだ。
憑依中で、鎮痛剤も打ってるのに……頭が、いたいっ……!
頭にネジをねじ込まれるような感触がする。
それも、何本も。
でも、それでも……アニキが受けた痛みに比べたら、これぐらいっ……!
『…………! 煙幕……!? 無駄なことをっ……!!』
『ロッカ、一度後退しろ!』
『まだやれる!! まだ殺せる!!』
敵の後方から無数の煙幕弾が飛んできた。
炎で迎撃したけど壊しきれず、煙幕弾がポンポンと破裂する。
炎が作り出した煙に、煙幕が足されて一層……視界が悪くなるけど――。
『巫術師には、関係ねえ……!!』
魂を観ればいいんだ。
煙幕に阻まれようと、魂の位置をよく観れば……これぐらいっ……!
『死ね! 死ねッ! 死ねぇーーーーッ!!』
『ロッカ! 聞こえていないのか!? 後退しろ!! 何かおかしい!』
敵が突っ込んでくる。馬鹿みたいに、虫みたいに突っ込んでくる!
オレの炎で死ぬのに! 焼き殺せるのに!
炎の中に、列を作って突っ込んできて――。
『ロッカ! 下がれ! 敵に突破された!』
『――――』
突破された?
そんなはずない。
だって、大通路も脇道も、炎の壁がゴウゴウと燃えてる。
敵も燃えて死んで――――ない。
『え?』
炎が燃えているのに、敵が死んでない。
『なっ、なんで?』
魂が観える。
敵が、炎の壁を突破している!
けど、見えない。
どうやって突破してきたか、煙幕で見えない。




