地獄の強行軍
■title:崩れかけの進入路にて
■from:寝鳥満那の部下
「前進。指定地点に向かって進め。足を止めるな」
今にも落盤が発生しそうな道に向け、解放軍兵士達を突入させる。
方舟から引っ張ってきた流体装甲で突貫工事を行い、何とか進入口を広げようとしているが……これ以上、広げるのは難しそうだ。
出来れば機兵も突入させたかったが、そこまでの広さは確保出来そうもない。
ただでさえ危うい進入路なのに、突撃していく兵士の多くが既に数人死亡している。生き埋めになってまだ生きている者もいるが、それも実質死亡している。
だが、それでも問題ない。
犠牲が出ようと、死ぬのは解放軍兵士だけ。
交国を裏切った者達がいくら死んでも、何の問題もない。
敵拠点への進入路が険しいものだろうと、兵を送り込めれば問題はない。送り込んだ兵士の7割が突破出来れば上等だろう。
このような強行軍、犬塚銀ならけっして許さない戦法だ。
だが、我らは「犬塚銀」ではない。
「――――」
進入路の天井が崩れそうになっている。
だが、流体装甲の支えがまだ無い区画だ。
何とか維持せねば――。
「第3蟲兵部隊。そこの天井を支えておけ」
指揮している解放軍兵士の一部を、柱代わりに使う。
交国の裏切り者達は瞬時に人柱と化し、落盤を防いだ。
人柱達から「みしみし」と音が響き、中には押しつぶされる者もいたが……何とか流体装甲による補強が間に合った。
「休んでいて良し」
人柱達を巻き込む形で流体装甲による補強を行う。
流体装甲の中で窒息死するだろうが、仕方ない。鉄骨代わりにもならないだろうが、進入路の応急処置の役には立った。そのままそこで死んでおけ。
「前進」
兵士はまだいる。
犬塚銀の去った繊一号で確保した。
皆、不平不満の1つも言わず、我らの指示をよく聞いている。
そのおかげで――。
「こちら、ペインキラー4。敵の地下施設に到着した」
敵が潜んでいる地下施設への道を作れた。
この辺りもまだ落盤の危険があるが、兵士や流体装甲を使って補強しておく。数十分後には使わなくなる進入路だが、今は維持しておかねば。
ここはどうやら、1000年前に作られた地下軍事基地のようだ。
防衛用の設備がある程度残っているかもしれない。その証拠に――。
「施設中心部への隔壁が閉じている。爆弾での破壊は難しい」
『じゃあ、偵察できる範囲で偵察してて』
隊長の――寝鳥満那の指示に耳を傾ける。
『直ぐに鍵開け部隊を派遣する』
「了解」
可能な限り偵察しつつ、進入路を維持する。
単なる隔壁なら、大きな障害にはならない。
何故なら、我々の手元には奴らがいるからな。
■title:<目黒基地>にて
■from:狙撃手のレンズ
「かなり入ってきてるな……!?」
グローニャ達が巫術の眼を使い、更新してくれている戦況図を見る。
基地外縁部に多数の敵が侵入している。
かなり無茶な進入路のはずだが……敵は躊躇わず侵入しているみたいだ。
『あんないっぱい来たら、地下のヴィオラ姉達が――』
「大丈夫だ。地下にはまだまだ隔壁がある」
基地の隔壁は、ヴァイオレット達が遠隔操作して閉じている。
閉じきれないところもあるが、十分な時間稼ぎが出来るはずだ。
そう思っていたが、敵の勢いは殆ど削がれなかった。
隔壁があるはずの区画が、一気に突破されている。地下基地の様子を描いた戦況図に、多数の敵部隊が進み続けている様子が描かれている。
「おいおい……! 1000年前の防犯機構とはいえ、そんな簡単に突破できるのか!? 故障してたのか!?」
『いや、違う! 多分、巫術師だ!』
ラートがそう言った。
敵は巫術師を動員している。
おそらく、大半が解放軍に所属していた巫術師だ。
そいつらを地下突入班にも割り振り、巫術で隔壁を開けさせているんじゃないか――とラートが予想した。多分、それがアタリだ。
いくら何でも、敵の突破速度が速すぎる……!
「そこまで巫術を活用するなら、もっと巫術師を大事にしろよっ……!!」
■title:<目黒基地>にて
■from:星屑隊隊長
「魂1つ1つをプロットしていく必要はない。大きな塊だけ捉えてくれ」
敵の数が多すぎる。
巫術師達は、観測可能範囲であれば全ての魂が観えるが……その1つ1つの動きを更新していたら、手が追いつかない。
大雑把な部隊単位で位置を特定してもらう。そこからはぐれた少数の兵士と出くわした時が怖いが、それが本来の戦場だ。
歩兵である我々の耳目で対応していくしかない。
「基地の外縁部は、完全に陥落してますね……!」
「欲張らない程度に、敵の進路を塞いでいくしかない」
基地の隔壁を閉じ、進入路を塞いでいたが……敵は最前線に巫術師の歩兵を投入しているらしい。隔壁が次々と突破されている。
巫術で憑依して隔壁を開け、二度と閉じないように流体装甲の固定具を使っているのだろう。
となれば、巫術を使っても開けられない「壁」を作るしかない。
「ヴァイオレット、作業中にスマン。そちらから基地の隔壁を壊せないか?」
『それはちょっと難しいです……! でも、電気の供給ならイジれます!』
ヴァイオレットが海門発生装置の修理をしつつ、基地設備の操作を行い始めた。
敵がいる区画周辺の電気供給を断ってくれているようだ。
巫術憑依による隔壁操作も、万能鍵にはならない。隔壁を操作するための電気が来ていなければ、憑依したところでただの壁だ。
開閉動作が出来ない状況に追い込めば――。
『あっ、ちょっ……! 基地の設備がハッキングを受けてます! 遠隔操作で電気供給を止めようにも、全ては止めきれないですっ……!』
「わかった。では、こちらで配電設備を破壊する」
『破壊可能な天井・壁の位置を戦況図に表示しておきます! 少量ですが、基地内にある爆薬も使ってください! 通路とか、破壊しちゃってください!』
「了解」
地道な土木作業で突破するしかない場所を作らねば。
こちらの兵力は限られている。
有利な陣地を築いても、物量で突破される可能性がある。
敵の進軍速度を、少しでも削ぐ。
時間を稼げばいい。海門発生装置の修理まで持ちこたえれば――。
「――敵歩兵が来る。数は約5。射撃用意」
「えっ、でも、戦況図にはまだ誰も――」
「撃て」
星屑隊の隊員達と共に、斉射を行う。
通路の先から走ってきた敵兵が弾丸と共に踊り、崩れ落ちていった。
「敵が多すぎる。巫術観測による戦況図を過信するな。耳と目で判断しろ」
「は、はいっ……」
「まだ来るぞ」
今度は戦況図にも描かれている大群が迫っている。
歩兵が斉射しても、止めきれない。……私が斬り込んでも、あの数は無理だ。
「多脚戦車、前へ」
基地にあった遠隔操作の多脚戦車を前進させる。
通路から飛び出てきた敵兵を機関砲でなぎ倒させる。
だが、倒しても倒しても敵が出てくる。
数が多すぎるうえに、敵兵の動きが明らかにおかしい。
「隊長っ! 敵が止まらねえんですけど!? ひたすら前進してきて――」
「爆弾設置に集中しろ。多脚戦車だけでは、止め切れん」
急ぎ、通路に爆弾を設置する。
脆弱な通路を崩し、何とか塞がないと……敵は強引に突破してくる。
「一度退くぞ」
多脚戦車を盾に、後退する。
敵の位置を確認しつつ、好機を見計らって爆弾を起動する。ズン、と腹の底に届く爆音が雑音と敵を吹き飛ばした。
通路が崩れ、敵の進軍を一時的に止めた。
「隊をさらに分ける。通路や配電盤を、可能な限り破壊するぞ」
「はっ、はいっ……!」
「了解です……!」
敵を完全に止めるのは、難しい。
敵を全て殺すのも不可能だろう。
「……向こうの歩兵は、死ぬのが怖くないのか……?」」
敵は多脚戦車の機関砲が駆動していようと、構わず突撃してきた。
通路に飛び込んだ瞬間、自分達が死ぬのはわかっていたはずだが……彼らは一切躊躇わなかった。死を恐れていない。明らかに異常な動きだ。
戦場の異常な空気が兵士達の感覚を麻痺させ、死地に駆り立てる事もある。だが、戦闘開始からまだ大して時間が経っていない。
……何らかの薬を使って、理性を溶かしているのか?
それにしては敵兵が静かだ。
彼らは絶叫も悲鳴も上げず、機械のように突進してきた。そして断末魔の1つもあげず、絶命していった。
「敵さん、おかしいですね。ゲームの兵士と戦っている気分だ」
「確かにな……」
敵は、こちらの銃火も爆弾も一切気にしていない。
1人2人どころではなく、全員が構わず突進してくる。
無茶な進入路を使っておいて、進軍速度が早すぎる時点でおかしかった。敵の動きは異常だ。何らかの「カラクリ」が存在するのは明らかだ。
そのカラクリの正体、元・近衛兵の理解の外にあるが――。
「――ロッカ、指定地点に移動してくれ。こちらの迎撃を手伝ってくれ」
敵歩兵の数も行軍速度も驚異だ。
歩兵と多脚戦車だけでは、対応出来ん。
機兵対応班の戦力を削ぐ事になるが、今はこちらの応援が欲しい。
だから、巫術師のロッカを呼んだのだが――。
「ロッカ? 聞こえないのか?」
『ご……ごめん……。直ぐに行く……』
「…………」
戦闘開始から間もないというのに、ロッカが既に弱っている。
ロッカだけではない。他の巫術師2人も弱っている。
敵が行ってきた「集団自殺攻撃」が脳に響いている様子だ。
いま、我々が殺している敵兵の「死」も巫術師にダメージを与えているのだろう。敵が死を恐れず突っ込んでくるため、こちらは既に大量に殺害している。
巫術師達に使っている鎮痛剤も、完璧ではない。
痛みを緩和するだけで、完全に消しているわけではない。
小さな痛みでも、立て続けに襲ってくれば……巫術師達は耐えられなくなる。
敵側にも巫術師がいるが、向こうはこちらより早く鎮痛剤を打っていたはず。敵の巫術師より、こちらの巫術師がダウンするのが先かもしれない。
「悪いが、今は無理をしてくれ。ここを耐えねば皆が死ぬ」
『わかってるっ……!』
巫術師達の戦闘能力が低下している。
それでも鞭を打つ。
私の通信を聞いた隊員が、僅かに責めるような目つきをしているが……今はそれに構っている時間もない。戦わねば殺される。
最悪、ヴァイオレット以外は鏖殺される。
権能使いは本土に連れ戻され、再利用されるかもしれんが――。
「隊長……! これ、持ちこたえられますかね……!?」
「手はある。最悪、機を見計らって機兵を自爆させる」
混沌機関を暴走させ、機兵を自爆させる。
そうすれば基地の一角がゴッソリ吹き飛ぶ。敵の進入路を潰せる可能性も高い。
「それ……俺達全員、生き埋めになりませんか……!?」
「その危険もあるから、あくまで最後の手段だ」
安易には使えん。
だが、最悪は……自爆に頼らざるを得ない。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「っ…………!」
海門発生装置の修理作業と並行して、後方支援を行う。
けど、私に出来ることは少ない……。
目黒基地の状態を教えて、<鋼雨>の落下地点を予測して機兵対応班に伝え、必要に応じて基地の設備を動かすぐらいしかできない……!
戦況図を見ると、敵がかなり入り込んできている。
この行軍速度だと、地下港に敵が来るのは時間の問題。発生装置修理まで間に合わない可能性があるし、その前に誰かが死んじゃう可能性が――。
「隊長さん、1つ提案が!」
博打になるけど、あれを使うしかない。
最悪、こっちが危なくなるけど……危険度は敵の方が高いはず!




