機兵穿つ雨
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:狙撃手のレンズ
「地上に向かうぞ。お前ら、オレについて――」
『俺が先行する』
「あっ、ちょっ……! ラート! くそっ!」
前衛を務めるラートに先頭は任せ、機兵を走らせる。
こっちの機兵は<逆鱗>4機のみ。
オレとラート、フェルグスとロッカが1機ずつ機兵を使う。
グローニャは――。
「グローニャ、ひとまず索敵を頼む。敵の動きをよく見張ってくれ」
『うんっ!』
グローニャはオレの機兵に憑依してもらい、ひとまず索敵を任せる。
上空に来た方舟は3隻。宇宙にも艦隊がいる様子で、それが<星の涙>を降らせている。他にもいくつかのドローンが空を飛んでいる。
制空権を奪い返すのは、ほぼ不可能だが――。
「敵の現場指揮官がいるとしたら、あの船か……?」
勧告を発していた方舟がリーダー格のようだ。
アレをやれば、現場の人間はそれなりに混乱するはず――。
「敵に先手を打たれたが、ここから逆転する。オレの狙撃でグローニャの魂を敵船に届けて、方舟の制御を乱すぞ。出来れば墜落させる」
『が、がんばるっ……!』
「船の制御を完全に奪う必要はない。格納庫を流体装甲で塞いで、混沌機関を破壊してしまえば戦力は大きく削げる」
グローニャ1人で大型の方舟を完全制圧するのは不可能だ。
だが、方舟の一部を掌握し、巫術で引っかき回す事なら可能。
繊一号で機兵相手にやってみせたように、オレの狙撃で魂を届けてやる。
そう考えつつ、隠された地上部の出入り口に向かっていると――。
『止まって! 外に出ないでくださいっ!』
「――――」
ヴァイオレットの声に応じ、緊急停止する。
先頭を走るラートが大楯を展開し、通路を塞いだ瞬間。
「っ……!?」
地上部でけたたましい炸裂音が鳴り響いた。
雷がいくつも落ちてきたような音が響き、大地が揺れている。メクロ基地の地上部に、「何か」が着弾している。
「<星の涙>……いや、これは<鋼雨>か……!」
『何か降ってきてんのか!?』
「流体装甲の粒だ! 星の涙の『散弾版』だと思え!」
地上部に無数の散弾が降り注いでいる。
宇宙から放たれ、地上部付近で炸裂した流体の散弾が大地に着弾している。……ヴァイオレットが鋼雨の飛来に気づかなかったら、ちと危なかった。
「敵の狙いがヴァイオレットなら、基地に星の涙は落とせねえ。だが、鋼雨なら……地下深くまで貫通しない程度の攻撃ならやってくる……!」
『散弾なら、機兵の流体装甲で弾いて――』
「鋼雨を浴びたら、機兵も危うい。全て弾ききるのは、かなりの大博打だ」
最悪、機兵でも蜂の巣にされる。
鋼雨は巨大な質量弾ではないが、宇宙から発射されたそれの落下速度は、機兵の放つ弾丸より速い。地下拠点を潰すほどじゃないが、機兵相手には覿面に効く。
回避しようにも、無数の弾を見て避けるのは不可能だ。
落下予測地点を割り出し、そこを避けるしかないが予測自体が不可能――。
『大防衛網の監視装置を総動員して、<鋼雨>の落下予測地点の計算中です!』
「出来るのか。お前マジで何でも出来るな……」
『今のところ、メクロ基地の地上部ほぼ全域に降り注いでます』
「頭上を押さえられると、キツいな……。身動きが取れん」
『だが、これで敵の進入路も潰れた』
歯噛みしていると、ラートが口開いた。
『俺達が出ようとしていた地上への出入り口にも、鋼雨が降り注いでいるなら……敵も入ってこれねえ。地下線路も星の涙で潰されてる』
「確かに……。進入路は2つとも使えない。少なくとも今のところは――」
『鋼雨で俺達の頭を押さえて、その間に大部隊を展開するつもりかね』
「多分な。一気に押し寄せてくるはずだ」
鋼雨が降り注いでいる状態じゃ、機兵部隊も打って出られない。
敵はその間に部隊を展開。展開後に鋼雨を降らせるのをやめる気かもしれない。
ある程度は継続して降らせるかもだが、範囲は今より絞るはず……。
「今のうちに、流体装甲で脇道を塞ぐぞ! 機兵用の通路だけ残せ!」
ガキ共に頼み、流体装甲を巫術でこねて貰う。
それを使い、歩兵用の通路は全て塞いで貰う。
敵の大部隊が一気に侵入してきても、進入路を機兵用の通路だけ絞っておけばオレ達だけで何とか敵の足止めを出来るはず――。
『機兵対応班。悪い知らせだ、敵機兵部隊展開中。しかも<レギンレイヴ>だ』
「ブロセリアンド解放軍の鹵獲品を使ってんのか……!?」
多忙なヴァイオレットに代わり、基地の監視システムの操作を請け負った隊員からの言葉を聞く。聞きつつ、まだ生きている監視システムの映像を見せてもらう。
敵船から、何体ものレギンレイヴが発進するのが見える。
少し薄汚れている。繊一号にいたレギンレイヴでまだ動くのを使ってんだろう。
『操作してるのは巫術師か。……よくアイツらを動かせたな』
「多分、憑依中でガラ空きの身体を人質に取られてるんだ」
解放軍の巫術師達は、交国軍を強く憎んでいた。
交国軍や玉帝に素直に従うはずがない。だが……拷問や脅迫で従わせるのは不可能じゃないだろう。
さっき方舟から落としてきた人間の群れも、おそらくは解放軍兵士。奴ら……捕虜を捕虜と思わない戦法を多用してくるかもしれない。
解放軍の捕虜を、まだまだ使ってくる可能性がある。
しかし、敵側に巫術師いるっぽいのは厄介だな……。
「レギンレイヴが先頭から突っ込んでくる可能性がある」
上手く乗っ取って、敵レギンレイヴも利用するしかない。
フェルグスとグローニャは「できる」と返事してきたが、ロッカはあまり自信が無さそうだ。いつも以上に覇気がない。……バレットとの事があるからか。
「鋼雨が降っているうちに、迎撃準備を整えるぞ」
30分耐えれば、オレ達の勝ちだ。
多勢に無勢だろうが、30分なら……なんとか、なるはず。
敵の戦力が『一般的な交国軍と同じ』なら、だが……。
「犬塚特佐がいたら、オレ達で止められるかどうか……」
『多分、いねえよ。あの人なら真っ先に突撃してくる』
ラートはそう主張した。その言葉を支持したい。
……犬塚特佐がいたら、特佐1人でオレらを蹴散らしかねないからな。
■title:交国軍艦艇<星喰>にて
■from:玉帝の影・寝鳥満那
「ああ、酷い状態だ。でも索敵は怠らないでね」
敵の地下拠点がある場所に向け、<鋼雨>を降らせ続ける。
時折、敵拠点から離れた場所に<星の涙>も降らせる。
地震・雷・火事・砲撃は人の精神を揺さぶる。敵の地下拠点に<星の涙>の直撃弾を放てなくても、「近くに降ってきている」という状況だけで精神はグラつく。
次は自分達の頭上に落ちてくるかもしれない。
そういう疑念が少しでも芽生えれば、彼らの士気は低下していくはずだ。
「鋼雨の豪雨が来ている間に、地上部隊を展開して――」
この方舟に随伴させている2隻の方舟。
それは少し離れた場所の地上部に、一度下ろす。
連れてきた兵士の大半は「使い捨て可能」だけど、全員飛び降りさせるのはさすがに勿体ない。一度地上に降ろし、丁寧に突撃してもらう。
敵が何か手を打ってくる前に終わらせるために、急いで突撃してもらう。
『隊長。地下への進入路を確保した。これより突入を開始する』
「はい、よろしく。兵士は好きに使い捨てていいからね」
突入部隊を率いている部下に通信を返す。
その通信が切れると、ウチの「切り札」から通信が届いた。
『おいおいっ! 現場指揮官殿ぉ! オレオレオレボボクオレのででで出番はぁ! いつなんだああああああ!? 敵がいるんだろぉ!? 蹴散らしてやるよ!!』
「あなたこちらの切り札です。待機しててください、カトー特佐」
切り札を切るタイミングは、よく見計らう必要がある。
その切り札が狂人になっていても、使いどころを間違わなければ問題ない。
「切り札投入は……敵の力と配置を読み切った時」
まだ早い。
30分近くかかるかな?
でも、「予言」の時間には間に合うし、保険も――。




