希望を砕くもの
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:星屑隊隊長
「ぎょ、玉帝本人がオレらを捕まえに来たのか……!?」
「犬塚特佐がネウロンに来ただけでも、メチャクチャなのに……」
「ただの通信だ。玉帝本人が来ているわけではない」
狼狽える隊員らを落ち着ける。
アレはただの通信。おそらく、玉帝本人は交国本土にいるはずだ。
龍脈通信を使い、声を届けているだけだろう。
いや、そんなことより――。
「子供達に鎮痛剤を打て! 戦闘になる可能性が高い!」
ヴァイオレットとキャスターに告げる。
手段不明だが、敵はこちらの居場所を特定した。
交国軍が来た以上、ここが攻撃される可能性が高い。……ヴァイオレットがいる以上、雑な方法で殺しに来ないと思いたいが――。
「玉帝の目的は、ひょっとして私――」
子供達に急ぎ鎮痛剤を打ったヴァイオレットが、青ざめながらそう言った。
自分の所為で敵が来たと思っているようだ。玉帝がヴァイオレットを確保しようとしているという意味では正解だが、居場所が特定された理由は別だろう。
6時間前に府月で情報交換した時は、交国軍は我々の居場所を特定していない様子だった。それなのに、急に我々がいる地下施設の上空に現れた。
こちらにスパイがいるのか? いや、それは無い。
玉帝が……黒水守に情報を伏せていただけか? そうだとしても、奴はどうやって我々の居場所を特定した? ……いや、いま考えても答えは出ないか。
「方舟を放棄する! 全員、列車に戻るぞ!」
「隊長! 本気ですか!?」
「海門の発生装置の修理に時間がかかる以上、ひとまず逃げるべきだ! 方舟なら、他の場所にもある。ヴァイオレット! そうだな!?」
「はっ、はいっ! 他にもアテはあります!」
方舟だけあっても、逃げられない。
海門を開けない以上、さっさと見切りをつけて逃げた方がいい。
列車なら直ぐに動かせる。交国軍も地下に広がる線路を全て掌握出来ていないはずだ。掌握しているなら、そこで奇襲を仕掛けてくる。
相手が空で降伏勧告を繰り返しているうちに、ここを離脱して――。
「――――!!」
進行方向から破滅的な大音が聞こえてきた。
何かが落ちてきた音。何かが崩れる音。
壁のような土埃も飛んできた。これは、まさか――。
「けほっ……! た、隊長さん……。私達の通ってきた地下線路が……」
「…………。崩されたか」
「はい……」
「……<星の涙>を使われたな」
宇宙から降ってきた流体装甲の砲弾が、大地を貫いた。
それによって、退路が破壊された。
私達が使った地下線路が崩された。おそらく、敵が地下貫通爆弾式の星の涙を使ってきたのだろう。
星の涙はまだ降り注いでいるらしい。
私達がいる地下施設に直接降ってくるのではなく、周辺に次々と落ちてきているらしい。敵は……こちらの退路を星の涙を使って無理矢理潰してきた。
ヴァイオレットに「生きている隠し通路はないか?」と聞いたが、「地上に出るものしか残されてません」という答えが返ってきた。
「かなり広範囲に星の涙が落ちてきています……! 周辺の地下通路は、殆ど使えなくなっているはずです。一度地上に出て、別の場所から地下に入るのは――」
「上空にいる敵部隊から集中砲火を浴びるだろうな」
仮に別の地下通路まで逃げ込めたとしても、逃げ切れるか怪しい。
敵はこちらの居場所を特定した。逃げた先に星の涙を放ち、再び退路を潰してくる可能性は……十分にある。地下通路にも限りがある。
実質、我々は袋のネズミになった。
『今ならまだ、情状酌量の余地ありと見做します』
だから投降しろ。
玉帝の声が、そう促してくる。
『投降しないなら殺します。……その前に落盤で即死でしょうか?』
「…………」
『こちらは軌道上に展開した艦隊から、いくらでも<星の涙>を放てます。一方的にあなた達を殺せます。抵抗は無意味ですよ』
玉帝の通信を聞いた皆が青ざめている。
停車場への通路から地下港に戻りつつ、「落ち着け」と言う。
「落ち着けって……無理ですよっ! 星の涙で狙われてんですよっ!?」
「地下まで実際に弾が抜けてきてんですから、ここだって危な――」
「投降は無駄だ。玉帝が我々を許すはずがない」
交国は非道だ。
玉帝は交国の中で、最も非道な人間だ。
交国でオークが軍事利用されていたのは玉帝の所為だ。ネウロンに交国軍が派遣され、虐殺が起きたのも玉帝がネウロン侵攻を指示した所為だ。
奴は「人類の勝利」という大義名分を振りかざし、平気で弱者を蹂躙する。そんな奴が約束を守るはずがないだろう――と皆を諭す。
「敵の目的は、『真白の魔神に関する知識』を持つヴァイオレットだろう。だからこそ、滅多な攻撃は出来ない。ここに直接、星の涙が降ってくるのは有り得ない」
「それは……星の涙で吹っ飛ばすと、ヴァイオレットちゃんが死ぬから……?」
その通り。
周辺に数多くの星の涙が降ってきても、メクロ基地の中心部には1つも着弾していないのがその証拠だ。
玉帝はヴァイオレットを殺せない。
……少なくとも、原形を留めないほどの殺し方は出来ないはずだ。
交国軍の技術なら、地下貫通爆弾式の星の涙でここを吹き飛ばす事も可能。だが、ヴァイオレットがいるからこそそれが出来ない。
「ヴァイオレットを突き出した瞬間、我々の頭上に星の涙が落ちてくるだろう」
ヴァイオレットを引き渡すべきではない――と隊員達によく言っておく。
皆、浮き足だっている。相手が相手だけに顔面蒼白だ。……一部の隊員は、自分達の保身のためにヴァイオレットを突き出す可能性もある。それを牽制する。
星の涙はまだ降ってきているが、地下基地中心部には一切着弾していない。
地下深くまで大打撃を与えてくる運動弾爆撃が着弾し続けている現状は生きた心地がしないだろうが……それ自体は怯える必要はない。
地下線路という退路は断たれたが――。
「絶望するには早すぎる」
まだ、希望は残っている。
「海門発生装置の修理まで持ちこたえれば、逃げ道を作れる」
それに賭けるしかない。
修理の時間を稼いで、逃げるしかない。
■title:交国首都<白元>にて
■from:二等権限者・肆號玉帝
「…………」
ドローンや方舟から送られてくる情報を見守る。
ネウロンの大地に、流星群の如き攻撃が降り注ぎ続けている。
敵が潜んでいる地下施設への直接攻撃は避ける。確保対象は最悪死んでもいいが、死体の損壊が最低限にしておきたい。
星の涙による攻撃は、程々のところで中断させる。
……これで十分、脅しになったはずです。そこらの交国軍人なら、これだけの火力で脅せばすくみ上がるでしょう。
『玉帝、相手の位置は概ね把握しました。情報通りです』
「それは重畳」
満那からの通信に応える。
応え、「現場の指揮は任せました」と告げる。
満那達は予定通り、犬塚特佐と別行動中。ネウロンに派遣した艦隊の一部を預け、例の女の確保に向かわせている。
人員は最小限。
重要な案件のため、交国軍人とはいえ……あまり作戦に関わらせたくない。
しかし、戦力の心配はない。満那達には「あの薬」を持たせているため、上手く使ってくれるでしょう。……こちらには大量の捕虜がいる。
「遺産を手に入れなさい。大きな破損がなければ、最悪、死体でも構いません」
『はっ。必ずや――』
現場の指揮は満那に任せ、私は降伏勧告だけ行う。
あと少し。
あと少しで、太母が帰ってくる。
■title:交国軍艦艇<星喰>にて
■from:玉帝の影・寝鳥満那
「さて……念には念を、ということで――」
相手は繊一号から逃げた脱走兵。
解放軍だけではなく、犬塚特佐からも逃げ切った相手。
特佐が本気じゃなかったとしても、侮れる相手ではない。
星屑隊と共に逃げた「ヴァイオレット特別行動兵」は特に警戒すべき相手だ。彼女は……<真白の遺産>について、それなりに詳しいはずだ。
最悪、敵がヤドリギ以外の<真白の遺産>を使ってくる可能性もある。その性能次第では一発逆転される可能性もある以上、最大限警戒すべきだ。
というわけで、使い勝手のいい戦力から投入……って事で。
「挨拶代わりに突撃してください、解放軍兵士の皆さん」
突撃命令を出す。
飛行中の方舟から。
これが効くでしょう? 巫術師には。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:星屑隊隊長
「――――」
基地の設備で敵の動向を見ていると、異常な光景を目に飛び込んできた。
海門を潜り、やってきた3隻の敵船。
そこから――まだ飛行中の方舟から、人間がワラワラと飛び出してきた。
「巫術師! 頭痛に備えろ!!」
そう言った次の瞬間、子供達が悲鳴を上げて蹲った。
巫術によって死を感じ取り、頭痛で苦しんでいる。
鎮痛剤は打ったが、効き目がしっかり現れる前にやられた……!
「そこまでやるか、玉帝……!」
あるいは、現場の指揮官は相当性格が悪い。
いや、玉帝の同類だ。
「隊長、いったい何が――」
「敵が飛行中の方舟から、大量の人間を飛び降りさせた」
落下傘の1つも装備していない大量の人間。
それが大地に叩きつけられ、一気に死んだ。
地面に叩きつけられた瞬間、血肉と共に「死」という爆弾が弾けた。
我々にとっては何の意味もないが、巫術師達にとっては爆弾だ。その衝撃は遮蔽物では阻めない。回避不能の一撃として巫術師の脳を揺さぶる。
敵は、巫術師の弱点をよく理解している。
鎮痛剤も完璧ではない。効果がしっかり出たとしても、最悪は……。
「地下に籠城しつつ、必要に応じて打って出るぞ」
敵が仕掛けてくる以上、応戦の必要がある。
機兵対応班と巫術師に出撃を命じる。
一部の隊員はヴァイオレットの手伝いをさせる。海門発生装置の修理を急いで行わせる。それ以外にも基地設備を使わせ、敵を迎撃せねば――。
「ヴァイオレット、基地の設備はどの程度使える?」
「監視装置と、一部の隔壁を閉じられる程度です……! 攻撃面はあまり期待しないでください! 一応、遠隔操作可能の多脚戦車があるんですが――」
「ドローンオペレーターは多脚戦車の操作を担当しろ!」
慣れない兵器だろうと、それを使わせるしかない。
敵の目的は「ヴァイオレットの確保」だろう。
となると、間違いなく地下に乗り込んで来る。
……隔壁だけで止められるとは思えん。
「手が空いている者は、私について来い!」
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:人殺しのバレット
「…………」
隊長に、ついていかないと……。
俺なんかが……ここで出来ることなんて、ない。
俺に出来ることを、探さないと……。
■title:<目黒基地>地下港にて
■from:防人・ラート
「ろくでもない手を……!」
ひょっとして、敵は捕虜を使ったのか?
解放軍の捕虜を方舟から突き落として、地面に……。
交国の――生まれ故郷のろくでもなさを再認識させられた。
隊長の指示通り、機兵を動かす。
「フェルグス、ロッカ、グローニャ、大丈夫か!? 無理するなよ!?」
『い、いまは無理しねえと、ダメだろっ……!』
ヨタヨタと走っている子供達に声をかける。
隊員が付き添ってくれているが……さっきの「攻撃」で3人共顔色が悪い。
鎮痛剤を打つの間に合ってなかったら、下手したらさっきので死んでた。……敵が同じ手を何度も使ってきたら、鎮痛剤有りでも耐えられるかどうか……。
『3人共キツいと思うが、頑張ってくれ! こっちから仕掛けるぞ!』
子供達が機兵に憑依すると、レンズが声を上げた。
俺達には頼りになる巫術師がついている。
巫術を使って、先手を打つ。
敵がどれだけ悪逆非道だろうと……方舟や機兵を主戦力にしていたら、巫術師にとっては鴨だ。巫術で敵船を掌握してしまえば、大打撃を与えられるはずだ。
「ヴィオラ、海門発生装置の修理は――」
『30分ください!』
「わかった! 任せろ!」
こっちは地下基地にいる。
敵が<星の涙>の直撃弾を放てない以上、30分なら籠城できるはず――。
■title:交国軍艦艇<星喰>にて
■from:玉帝の影・寝鳥満那
「おやおや。思っていた以上に冷静だ」
脱走兵達が泡を食って投降してくる可能性も考えていたけど、そう簡単にはいかないらしい。通信に応答無し。けど、敵は確かに地下にいる。
「2番艦、3番艦、4番艦は予定通り<鋼雨>を使ってくださいね」
宇宙にいる味方艦艇に指示を飛ばす。
ネウロン近海で大打撃を受けた第59艦隊の方舟を、主上の権限で引っ張ってきた。人員は最低限だけど……支援砲撃ぐらいは十分可能。
「1番艦は引き続き<星の涙>を使ってください。指定地点にね」
敵は必死に籠城してくるだろう。
しっかり頭を押さえつつ、好き勝手はさせない。
巫術師でこちらの方舟を狙うつもりでしょ?
憑依とか無駄だけど、無駄な試みも簡単には許さないよ~?
「キミ達の希望……全部……グチャグチャにしてあげるね」




