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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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夢:カヴン



□title:府月・遺都<サングリア>1丁目

□from:兄が大好きなスアルタウ


「うぅ……。も、もう食べられませぇん……」


 町の人がいっぱい……いっぱい食べさせてくる。


 お腹パンパンで苦し……。


 いや……苦しくない?


 気がつくと、長椅子の上で横になっていた。周りには雲みたいな霧が立ち込めていたけど、目をこらしているうちに少しずつ晴れていった。


 ここは繊十三号(ケナフ)じゃない。


「……お店がいっぱいある……?」


 遠くは霧でよく見えないけど、周りにある建物はお店みたいだった。


 色んなお店が建ち並んでいる。けど、どの店にも人の姿がない。崩れて潰れた建物も多い。……似たような廃墟をどこかで見たことあるような……。


「あぁ……」


 思い出した。


 ケナフに来る前、夢で見たんだ。


 何で、こんな大事なことを忘れていたんだろう。


「あら~! スアルタウ君、今日は夜更かししてたのねっ! ふふっ!」


「…………」


 ガレキだらけの広場に辿り着くと、そこにあの人がいた。


 夢葬の魔神。


 夢に出てくる変な魔神。


 ここは確か府月って場所で、あの魔神の体内みたいなものらしい。


 魔神は危険な存在なのに、何で今まで忘れてたんだろう。目が覚めて現実に戻った時、夢の記憶がボンヤリしてなければラートさん達に相談できたのに。


「…………」


「あ、あら……。ひょっとして、また府月に招いたのを怒ってる?」


「まあ、ちょっとは……。知らない人に知らないとこ連れてこられたら、怒るのがフツーじゃないですかっ……?」


 魔神のお姉さんはハッとした顔を浮かべ、「それもそうね……?」と同意してくれた。けど、ボクを直ぐに帰してくれる気はないらしい。


「まあまあまあ、今日もゆっくりしていきなさいな。フェルグス君はまだねんねしてないけど、グローニャちゃん達は楽しそうな夢を見てるから」


「…………」


 やっぱりボク以外も連れて来られてるんだ。


 前の夢だと食べられたり溶かされたりしなかったけど、ラートさんが「魔神は危険」って言ってたし、気をつけないと……。


 ここは逆らったり逃げたりせず、情報を集めよう。今度こそ夢の中であったことを覚えて帰って、ラートさんやヴィオラ姉ちゃんに相談するんだ。


 そう意気込みつつ、何もない空間に椅子と机を呼び出したお姉さんの言葉に応じ、お茶に付き合うことにする。


 お姉さんはニコニコ笑顔でお茶を注ぎつつ、「ケナフの人達に認めてもらえて良かった。今夜はお祝いね!」と言ってきた。


「何で、お姉さんが夢の外のこと知ってるんですか?」


「フッ……。私は何でも知ってるのっ」


「じゃあ、ケナフの一ヶ月後の天気は?」


「えぇっ!? うぅぅんっ……! 晴れか雨か曇りだと思うっ……!」


 ボクが「じとーっ」とした目で見ていると、魔神のお姉さんは目をつむって申し訳無さそうに「ごめんなさい。何でもは知らない……」と言ってきた。


 でも、ケナフの事は知っているみたい。


 ボク達の頭の中を覗いてるとか、ボクらの傍にお姉さんの手下がいるから知ってる……って事なのかな? どっちもイヤだなぁ……。


「まあとにかく、町に受け入れてもらって良かった」


「明日にはもう、ケナフとバイバイですよ。それに、ケナフに住んでる人全員が受け入れてくれたわけじゃないし、ボクらは……特別行動兵のままです」


 解決したようで、ほとんどの事が解決してない。


 受け入れてくれた町の人達ともサヨナラになる。


 ……ヴィオラ姉ちゃんにケガさせた技術少尉もまだいる。


 何も解決していないようなものだと思う。そのことを正直に話すと、魔神のお姉さんは「そうね」と言った。


「でも、全ての人が巫術師(あなたたち)の敵ではない。それがわかっただけでも良かったんじゃないかしら?」


「うーん……」


「ケナフで受け入れてもらえたのは、キミが頑張ったからよ」


「違うよ! がんばったのは、にいちゃん達だよ」


 にいちゃんとロッカ君は2人で頑張って持ちこたえてた。


 グローニャもラートさん達を助けて、町の人達を守るために頑張った。


 ラートさん達も戦ってくれた。ボクは全然、大したことしてない。


 勝手なことして、ヴィオラ姉ちゃんにケガさせちゃったし……。


「貴方が『ボクなんて』と思っていても、周りはそう思っていない。その事を正しく認識するべきだと思うけどなぁ~……」


「…………」


「でも、スアルタウ君以外も頑張ったのは確かね!」


 魔神のお姉さんはニコニコ笑顔を浮かべながら手を合わせ、「貴方だけの力ではどうしようもなかった」と言った。


「でも、皆が力を合わせたからこそ、一つの壁を崩した。ひとつひとつは小さな光でも、それを合わせることで強い光にし、現世を照らした」


 笑っているけど、開かれた目はどんよりと濁っているように見える。


(うつつ)は果てしない暗闇よ。暗くてつらいのが現実。でも、その闇を和らげる光がある。共に闇を征く仲間がいるって、とってもステキなこと――」


 笑顔で話していたお姉さんが、スッと視線を動かした。


 お姉さんと同じ方向を見たけど、霧がジャマでよく見えない。


 いや、誰かいる。誰かが近づいてきている。


 それは最初、人の影に見えた。


 数人分の人影が霧の中から近づいてきて、「誰だろう」と思いながら目をこらしていたボクは……危うく悲鳴をあげるところだった。


 人じゃない。


 近づいてきた人達……人の姿をしているけど、頭が魚みたい(・・・・・)だ。


 絵で見た半魚人みたいな姿をしてる……! 半魚人が霧の中からゾロゾロとやってきて、目玉をギョロリと動かしてこっちを見ている。


 目玉が6つある人もいる。皆の視線が突き刺すように痛い。怖くて震え、椅子から転げ落ちそうになると――。


「こらこら、皆。カタギの子を威圧しな~いのっ」


 魔神のお姉さんがボクを支えつつ、半魚人さん達を注意してくれた。


 前の夢で溶けていった人は、お姉さんの敵みたいだったけど……半魚人さん達はそうではないみたい。


 お姉さんに注意されると、その場で膝をついて(こうべ)を垂れた。


「ちょっとお話があるみたいだから、待っててね。……今ここを離れたらちょっと危ないから椅子に座って、じっとしててね?」




□title:府月・遺都<サングリア>1丁目

□from:夢葬の魔神・■■■


「今日はどうしたの? <ロレンス>の子達」


 スアルタウ君を待たせたまま、やってきた子達の応対をする。


 皆に頭を上げてもらう。けど、失敗だったかも。


 顔を上げた皆はギロリとスアルタウ君を睨んでいる。


「……アレは何者ですか? あなた様が直に対応するなど」


「私が誰と遊んでも、私の自由でしょ~?」


「組織の子……ではないようですな。頭に葉をつけた只人種など初めて見ます」


「気になる? あ、ひょっとして嫉妬してる~?」


 おどけながらそう言ったけど、無視された。


 はぁ、皆、大人になっちゃったのね~……。昔はもっと素直だったのに。


「ふぅ……。それで今日のご要件は?」


「嘆願に参りました。大首領」


「どうか我らの願いをお聞き届けください」


「ジュリエッタお嬢様を説得していただけませんか?」


「またその話?」


 結論が出た話を蒸し返され、ため息が出そうになる。


 まあ、この子達は納得できないから嘆願に来たんでしょうけど。


「説得が無理なら、大首領の判断で奴に始末屋を送っていただきたいのです」


「彼は交国(・・)の庇護下にいるし、暗殺なんておいそれと出来ないでしょ。出来たところで私は命令しないし、そういうお話はジュリエッタちゃんを通しなさいな」


 上司を飛ばし、そのさらに上に頼んで何とかしてもらおう! という腹積もりなんだろうけど、さすがに勘弁してほしい。


 そう思いながら話したものの、苛ついた様子で「ですから……! そのお嬢様が始末屋の派遣に消極的なのです!」と訴えてきた。


 彼らはとある「裏切り者」を殺したがっている。


 組織に損害を与えた裏切り者を殺し、ケジメをつけようとしている。


 今更そんなことしても意味ないのにね。いえ、最初から意味ないけど。


「大首領から号令を出してください! それならジュリエッタお嬢様も動かざるを得なくなりますから……!」


「加藤睦月討伐の号令を出してください! 奴はロロ首領の神器を持ち逃げして交国に取り入ったどころか、首領の遺体を辱めたのですよ!?」


「我らロレンスだけではなく、組織全体のメンツに関わる話なのです」


「言いたいことはわかるけど――」


「加藤睦月を放っておけば、<カヴン>の名声は地に落ちますぞ。奴は交国を使ってロレンスどころかカヴンも滅ぼそうとしてくるかもしれません。いや、その前にこの一件を収められない責で大首領(あなた)の地位も脅かされて――」


「…………」


 指を鳴らし、その音を媒介に魔術を行使する。


 ロレンスの子達から、一時的に声を奪う。


「あのね。嘆願に来たならせめて代表者1人に喋らせてくれない? 私の言葉を遮らないで。話し合いにならないから……」


「「「――――」」」


「ムツキ君の件は一時保留。それより組織(ロレンス)の立て直しを優先する。メンツ云々の話は私達だけじゃなくて、交国にもあるの。交国がウチのような犯罪組織に要人暗殺されたらメンツのためにも全力で仕掛けてきかねない。そうなった時の責をロレンスだけで負える? 負えないでしょ~? 大首領(わたし)のメンツなんてものはドブに捨てて結構」


 そもそも私のメンツなんて地に落ちている。


 カヴンの大首領なんてお飾りで、私も他にやる子いないから仕方な~く続けている役職なんだから。


「ロミ……いえ、ロロ君を想うのであれば、彼の子供を支えてあげなさいな。いま復讐なんてしてたらロレンスは滅ぶし、危うくなっても私も他の組織も助けてあげる気なんてありませんからね。わかった?」


「「「――――」」」


「もうっ、返事ぐらいしてよ。あっ! 私が返事できなくしたんだった!!」


 慌てて術を解くと、ワーワーと文句の言葉が飛んできた。


「あなたは! 何をしたら動いてくれるんですか!?」


「地位にも金にも興味がない。部下達に眼差しを向けず、ガキと遊び呆けるばかり!! 大首領という席にふんぞり返って、我々を顧みない!」


「もっとカヴンの大首領らしく振りまわっていただきたい……!」


「ロロ首領は貴女の忠実な部下だったのに……! 大首領(おや)直参幹部(こども)の仇討ちをしないなんて、どういうことですか!?」


 私が仕事しないのはいつもの事でしょうに。


 んもぅ、と思いながらお決まりの文句を言っておく。


「私が欲しいのはプレイヤーの首よ」


 正直、組織はどうでもいい。


 組織に所属している子達が健やかであってほしいと思うけど、<カヴン>や<ロレンス>という組織なんてどうでもいい。他の組織も同じ。


 組織など所詮、家のようなもの。子供達が新天地に巣立っていけば不要なものだ。残念ながら、その日はまだ遠そうだけど――。


「私を動かしたいならプレイヤーの首を取ってきて。そしたら私に出来る範囲で貴方達の復讐を手伝ってあげる」


 そう告げ、ロレンスの子達を現世に強制送還する。


 しばらく、あの子達からは雲隠れした方がいいかも。


 どうせまた嘆願してくるだろうし~……。


 お仕事ヤダヤダと思いながら憂鬱になっていると、スアルタウ君の視線に気づいた。あらヤダ、強張った表情で私のこと見てるわ。


「あ、あら~。スアルタウ君、そんな顔してどうしたの?」


「お姉さん、やっぱり悪い魔神なの?」


「そっ、そんなことないと思う! 私、大して何もしてないしっ! 子供達を府月に誘拐(しょうたい)して楽しい夢を提供してキャッキャしてるだけだし!」


「でもなんか、さっきの人達と組織がどうのこうとのって……」


「きっ……聞き間違いじゃない?」


「カトームツキって人に、誰かが殺されたとか、物騒な話してたような」


 あぁ……またやらかしちゃった。


 スアルタウ君に府月でキャッキャしてもらいたいだけなのに、誤解ばかりが積み上がっていく。いや、大体事実だけど……。


 よし! ここは誠実に説明しましょう! 言っちゃダメな事は伏せつつ!


「えーっとね……。私は府月で子供達と遊ぶ以外にも、<カヴン>って組織の長もやっているの。でもまあほぼ名義貸してるだけの状態だから……!」


「どんな組織なんですか?」


「犯罪組織の互助会みたいなものかしら~?」


 多次元世界は広く、行き場のない流民(にんげん)が沢山いる。


 人間は1人じゃ生きていけないから集まって、助け合っていく。


 それでも土地無し、国籍無しの流民で真っ当に生きていくのは難しいから犯罪に手を染めざるを得ない事が多い。


 そんな子達が集まっているのが、<カヴン>という組織。


 さっき嘆願にきていた子達は、そんなカヴンを構成する組織の1つで、カヴン内の内部抗争で首領(リーダー)を失っちゃったの。


 そのリーダーを殺したとされる下手人が交国に逃げ込んで、その庇護下でめでたく出世していってる。それが「ゆるせえ!」から「ブッころそうぜ!!」となっているのがさっきの子達なの。


「私が犯罪組織の長なのは言い訳しようがない事実だけど……。まあ、こういう話はスアルタウ君達には関係ないから気にしないで!」


「でも、交国に関係することなら、ボクらも関係あるような……」


「交国は多次元世界でも指折りの超大国よ。その中にいるたった1人となんて、そうそう出会うことなんて無いでしょ~」


 本来はね。


 キミ達と犯罪組織(わたしたち)は何の関係もない。


 ただ、後々、まったくの無関係ではいられなくなるだけ。


 おそらく、キミ達の征く道はいずれ交わる。


 悪夢のような現実の中で、交わってしまう。


「メンドーでムツカシイ話はここまで! そんなことより貴方達がケナフに迎え入れられたお祝いを私にもさせて! 良い事はたくさんお祝いするべきよっ!」


 ご飯はいっぱい食べただろうけど、お菓子はまだまだ別腹でしょう!


 選り取り見取りのお茶菓子を創造し、スアルタウ君に提供する。


 スアルタウ君はまだかなり疑わしそうな目で私を見ていたけど、鼻腔をくすぐる甘い香りには勝てなかったのか、おずおずと食べ始めてくれた。


「おいしい? おいしいっ?」


「……おいしい、です」


「それは良かった!」


 色々とタイミング悪い出来事によってスアルタウ君の私への評価がドン底に落ちている気がするけど、そんなの取り戻していけばいいのよ。


 大丈夫大丈夫! いざとなったら術を行使するから!


 私は【詐欺師】君より上手なつもりよ~。認識操作が。




□title:府月・遺都<サングリア>1丁目

□from:兄が大好きなスアルタウ


 ラートさんの言う通り、魔神は危険な存在なんだ。


 犯罪組織の長をやっているなんて、やっぱり普通じゃない。


 無邪気なお姉さんの間抜けなとこ見ていると、ついつい心を許してしまいそうになるけど……気をつけなきゃ。皆を助けるためにも気をつけなきゃ。


「さあさあ、いっぱい食べて! ここならいくら食べても太らないからっ!」


「すごいインチキ世界だ……」


 この魔神(ひと)はすごいことができる。


 すごいことできるなら、子供と遊んだり犯罪組織を率いたりせず、交国みたいな国を倒してくれればいいのに……。


 魔神といっても、そこまでは出来ないのかな……?




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