ドライバの置き土産
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:狙撃手のレンズ
「さて……」
グローニャと雑談しつつ、栄養補給を済ませた後。
列車で運搬中の機兵を見に行く。
大丈夫だと思うが、運搬中の衝撃で不具合を起こしているかもしれない。機兵を乗せている車両に行き、操縦席の端末をイジる。
一応、大丈夫そうだ。計器に異常はない。
それでも、今できる範囲で念入りにチェックをしておく。
いつ……出番があるかわからない。
「……新作といえば、コイツもあったな」
グローニャに内緒で作った『グローニャ人形』を取り出して眺める。
アイツなら喜んでくれると思うが、アイツをモデルにしてるから……見せるのがちょっと恥ずかしい。
良い出来なんだけどな~……と思いながら眺めつつ、苦笑していると――隊長がやってきた。慌てて人形を隠し、敬礼する。
隊長は「我々はもう軍人ではない」と敬礼について注意した後、「機兵の状態はどうだ?」と聞いてきた。
「特に問題ありません。問題なく動くはずです」
「そうか」
「……このまま、逃げ切れますかね?」
戦闘の備えはしている。
だが、いくら備えをしたとしても……勝てるとは限らない。
交国軍は強大だ。多次元世界指折りの巨大軍事国家だ。交国という獅子が本気でオレ達を狩りにきた場合、圧倒的な武力で叩きのめされるかもしれない。
心配だからこっそり聞くと、隊長は「油断はできない」と言ってきた。
「だが、交国も直ぐに大部隊を動かせるわけではない。ネウロンには艦隊が派遣されていたようだが、それもバフォメットが大打撃を与えたようだ」
「それでも、まだ生きてる軍人がそれなりにいるんですよね……?」
「そうだな」
「それに、犬塚特佐まで来ている」
あの人はヤバい。交国の英雄相手にオレ達が勝てるとは思えん。
操縦者だけでも厄介なのに、あんな「無敵の機兵」が相手じゃ……。
「犬塚特佐や交国軍を打ち破る必要はない。戦闘せず、逃げ延びるだけでいい」
「ですよね……? スンマセン、やっぱ、心配で……」
「地下を列車で移動中の私達を、交国軍が捕捉するのは不可能だ」
油断は出来ないが、過度に恐れる必要はない。
隊長はそう言い、別の車両へ歩いて行った。見回りに戻っていった。
そんな隊長を見送った後、1人考える。
隊長の言う通りになってほしい。これ以上の戦闘はゴメンだ。
これ以上のトラブルは……マジで勘弁してくれ。
色々ありすぎだろ、オレ達。……いい加減、楽させてくれよ……。
■title:犬塚隊旗艦<瑕好>にて
■from:英雄・犬塚
「犬塚特佐! 脱走兵の居場所を掴みました!」
「来たか。思っていたより……時間がかかったな」
繊一号を落として4日経った。
ネウロンにいるブロセリアンド解放軍を叩き、投降させつつ……脱走したラート達を追跡していた。……今日、ようやくラート達の居場所が掴めた。
艦橋でネウロンの地図を見つつ、地図上に表示された光点を眺める。
「ラート達がいるのは、ここか」
「はい。繊一号からそれなりに離れていますが……ようやく地上に出てきたようです。解放軍が仕掛けた発信器の反応です」
ラート達は地下経由で繊一号を脱出した。
ネウロンの地下には、1000年以上前に築かれた巨大な地下迷宮がある。
真白の魔神が作った地下軍事施設と、それを繋ぐ巨大な地下鉄道。ラート達はそれを使って、逃げ続けていた。
地下にいる間はどこにいるか、ハッキリとわからなかったが……ようやく位置が特定できた。ブロセリアンド解放軍の仕掛けた発信器で居場所が特定できた。
「発信器は、逃げた特別行動兵の義足に仕掛けられてるんですよね?」
「ああ。解放軍幹部のドライバが、密かにつけさせたものらしい」
その特別行動兵は両手両脚を義手・義足にする大手術を受けた。
その手術の際、義足にこっそりと発信器が仕込まれていたらしい。……部下の裏切りを警戒するドライバが、こっそりと仕込ませたらしい。
それを解放軍が活かす機会はなかったが、発信器自体はまだ生きている。逃げた奴らが地下にいたから、なかなか居場所が特定できなかったが――。
「とにかく、発信器の反応を拾った場所に急行するぞ」
「はい。宇宙に上がっている方舟から、海門誘導用のドローンを飛ばしています。我々が到着するタイミングに合わせて、海門を開かせます」
解放軍の拠点を襲撃しようとしていたが、それはひとまず後回し。
玉帝が「絶対に捕まえろ」と言っているヴァイオレット特別行動兵を捕まえに行こう。そして、ラート達の身柄も確保する。
玉帝は、ヴァイオレット特別行動兵に執着している様子だ。
……俺も、あの特別行動兵の正体は気になる。
別行動中の満那達よりも早く、あの特別行動兵を確保する。そして、ラート達を改めて説得し……交国軍に戻す。ラートを救うには、この方法しかない。
多次元世界はどこに行っても争いだらけ。交国から逃げても、ろくな目に遭わないんだ。ラートはそれをわかってない。
……絶対に連れ戻してやらないと。
「まず、俺が<白瑛>で突貫する。お前達は援護を頼む」
「いつも通りの戦法ですね」
「その通り。慣れたもんだろう?」
ウインクしつつ副官達に声をかけると、頷きながら苦笑された。
「まともな装備もない小隊規模の脱走兵相手に、30を超える機兵で襲いかかるのは……さすがに大人げない気がしますね」
「しかも、そのうち1機は特佐が駆る白瑛だからなぁ……」
「おいおい、頼むから油断するなよ。俺1人じゃ逃がした相手だ」
油断ならない相手だ。
相手が別の装備を調達している可能性も高い。地下に機兵の10機、20機程度は隠し持っていてもおかしくない。……方舟がある可能性もある。
「特に巫術師は厄介だ。お前達は絶対、前に出るなよ? 機兵を倒すまで、砲撃と狙撃支援に徹してくれ」
頷く部下達に、「ラートにも気をつけろ」と警告しておく。
「ハッキリ言ってしまうと、今のラートは俺に次ぐ実力者だ。1対1なら、お前達は誰も勝てない可能性がある」
「悔しいですけど、特佐がそう仰るなら事実なんでしょうね」
「では、2対1なら?」
「そりゃさすがに、お前らが完勝するさ」
ラートは強い。
だが、1人で戦況を覆せるほどじゃない。雑魚相手なら蹴散らすだろうが、ウチの部下も死線をくぐり抜け、高度な連携能力を持った猛者揃いだ。
1対1はともかく、数で勝っていれば俺抜きでも勝てるだろう。
ただ、相手はネウロンの地下道を熟知している様子だ。強襲して一気に叩かない限り、また地下に逃げられる可能性がある。
一度強襲に失敗したら、俺達が居場所特定した方法も察するだろう。過剰な戦力投入して、やっと捕まえられるか否か――ってとこだ。
逃げ道をブッ潰す方法は用意させているけどな。
かなり荒っぽい方法だから、出来れば使いたくない。
「あと、ダグラス・レンズ軍曹も警戒しろ」
向こうにはラート以外にも優秀な機兵乗りがいる。
ラートや巫術師以外にも、レンズ軍曹も警戒すべきだ。コイツに好き勝手に狙撃された場合、数で勝るこちら側にも死人が出かねない。
こちらの部隊の大半を、対ダグラス・レンズに動員してもいいぐらいだ。コイツに好き勝手に撃たせるなよ――と言っておく。
「こちらも本気でかかります。ただ……機兵乗りの生け捕りは難しいですよ?」
「わかってる。殺す気でかかれ」
ラートは簡単には死なないだろう。
だが、戦いに絶対はないし、俺達が本気で襲えば殺す可能性も高い。
ラート達を止めるには、殺す気でかかる必要がある。……俺が繊一号でもっと容赦なく襲っておけば、あそこで取り逃すことも無かったんだ。
「相手が少数でも、侮るなよ。地の利は向こう側にある」
念押しすると、部下に問われた。
他に警戒すべき兵士はいますか、と。
機兵乗りとして怖いのは、さっき挙げた奴らだが――。
「あとは……向こうの指揮官も警戒しておけ。サイラス・ネジ中尉は……どうも、普通の憲兵ではないらしい」
委員会の記録では、ネジ中尉は二課所属の憲兵だ。
ただ、繊一号で聞いた話によると、彼はどうも……普通の憲兵には思えない。「普通の憲兵」が出来る次元を超えたことをやってのけている。
具体的な話はあまり出来ないが、ネジ中尉が繊一号でやってのけた大立ち回りに関し、部下達にも共有しておく。
ネジ中尉は機兵乗りではないが、ヴァイオレット特別行動兵を取り押さえるうえで障害になる可能性が高い。
最悪、俺じゃねえと勝てねえかもなぁ……。
「ヴァイオレット特別行動兵達を捕まえたら、あとは解放軍の残党狩りだ。手早く済ませて、その後は対プレーローマ戦線に急行しよう」
やるべきことは多い。
身体1つじゃ足りねえ。
だが、俺には頼りになる部下達がいる。
部下達以外にも、頼れる交国軍人が大勢いる。
……交国のトップにいる玉帝はクソ女だが、それでも奴は、本気で人類の勝利を目指している。プレーローマという共通の敵がいる以上、奴も頼りになる。
交国は腐っている。
しかし、この多次元世界には交国のような悪も必要なんだ。
ラートには悪いが、今回は勝たせてもらう。
「……抵抗するなら、容赦は出来ねえぞ」
どうせ抵抗するなら、お前も俺を殺す気で来い。




