墜ちたエージェント
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
『あの人の注意を引いてください』
こっそりそうお願いしていたラプラスさんは、要望通りに動いてくれた。
去って行くラプラスさんが注意を引いてくれているうちに、こっそり列車に戻ってやるべき事を済ませる。……こっそり、罠を仕掛ける。
列車が走り出した後、列車の最後尾車両に「あの人」を呼び出した。
「それで? 話とはなんだ。……やっと言いたい事を言う気になったか?」
「…………」
私が呼び出した隊長さんは、最後尾車両に入ってくるのと同時にそう言った。
私の態度がおかしい事は……さすがに……バレてるよね。
でも、罠は仕掛けた。最悪、相討ちに持ち込めるはず――。
「解放軍は、隊長さんの事を『憲兵』だと思っていました」
「実際、その通りだ」
私と2人きりの車両で、隊長さんが涼しい顔で応答してきた。
隊長さんが「憲兵」という事は、星屑隊の皆も知っている。
皆もさすがに驚いたらしいけど……それでも星屑隊の隊長として部隊を率い、勝利に導いてきた隊長さんを信じるらしい。皆は信じるらしい。
「私は交国軍事委員会・二課の憲兵として、整備長を――ザクセンホート王家の血を引くブリトニー・スパナ曹長を監視していた」
「…………」
「しかし、私もオークだ。交国政府の横暴に愛想が尽きた。キミ達と共に交国軍から脱走し……これからは自分のために生きようと――」
「貴方は、何者なんですか?」
スラスラと喋る隊長さんの言葉を遮り、問いかける。
「ただの憲兵が、<権能>を持っているはずがない」
「…………」
「私は、バフォメットさんから聞いているんです。貴方が権能持ちだって……」
権能は源の魔神が作った異能力。
源の魔神は世界を滅ぼす際に生じる大量の混沌を使って、権能を作っていた。正確には世界の滅びに際し、そこに暮らす知的生命体が漏らす「絶望」や「怒り」の混沌を材料に<権能>という力を大量に作った。
作成者である源の魔神は既に死んでいる
だけど、プレーローマでは今も多数の権能が運用されている。……権能運用のために調整された天使達が権能を振っている。
そんな力を振るっているという事は――。
「隊長さんは……プレーローマの工作員なんですか?」
「…………」
隊長さんは私から視線を逸らしたまま、しばし黙っていた。
けど、「違うと言っても、信じてもらえないか」と言った。
「私はプレーローマの工作員ではない。ただ……一種の工作員ではある」
「天使……ではないんですか?」
「もちろん違う。私は交国生まれのオークだ」
「…………」
「ちなみに、使えるのはこんな権能だ」
瞬間。隊長さんの姿がかき消えた。
私の背後に誰かいる。いや、いた。
振り返った瞬間、背後にいた隊長さんの姿がまたかき消えた。
そして、元の場所に戻った隊長さんの手には、1つの端末が――。
「あっ……!」
「このような高速移動が出来る。……キミが後ろ手に隠し持っていた自爆用の端末を盗み取る事も出来る」
隊長さんは自分の首を指で撫でつつ、「もちろん、首も掻き切れる」と言った。
ま、マズい……。こんな、抵抗する間もなくアレが取られるなんて……!
1人で隊長さんに挑みかかったことを後悔しつつ、わたわたと慌てていると……隊長さんはため息をつきながら、歩み寄ってきた。
「こ、来ないでっ……」
「私を最後尾の車両に呼び寄せ……最悪、最後尾だけ切り離す。そして自爆して工作員を殺そうとした度胸は褒めてやる」
歩み寄ってきた隊長さんは、さっき盗んだ端末を私に返してきた。
これ押したら最後尾車両だけ連結が切れて、皆を巻き込まないように自爆しちゃうのに……。それを知っている様子なのに返すなんて。
「ちなみに、相討ちすら無理だぞ。私は権能を使って別の車両に移動し、キミだけが最後尾車両と運命を共にするだけだ。ただの自殺。無駄死にだ」
「うぅ…………」
「……話をしよう。そのために私を呼びつけたんだろう?」
隊長さんが木箱の上に座り、私にも適当に腰掛けるよう促してきた。
実際、話し合いをするつもりで呼んだんだけど……こっちの目論見を完全に看破されているから居心地悪い……。慣れない事はするもんじゃないなぁ……。
「話し合いの前に言っておくが、キミがこんなところで自爆したら……残された者達はどうする? 私はともかく、彼らはどうやってネウロンから脱出するんだ」
「うぅ……」
「短絡的な行動はやめろ」
「じ、自爆は本当に、最後の手段だったんですよぅっ……!」
相手は「権能を持っている謎の人物」ですもん。皆を害する人かもしれない。
それどころか、人間ですらないかもしれない。
最悪の想像をして、対策して何が悪いんですかっ……!
その対策が何も通用してないどころか、哀れまれてますけど!!
「私が<権能>を使えるのは、バフォメットに聞いたんだな?」
「はい……。気をつけて接した方がいい、と注意されました」
上手く利用したら、いざという時に役立つぞ――とも言われましたけど。
隊長さんもバフォメットさんに脱走の手引きしてもらったり、情報をもらっていた様子。だけど、バフォメットさんは「味方とは限らんぞ」とも言っていた。
繊一号でバフォメットさんが騒動を起こした時、隊長さんが私を助けようとした――ように見えたってことで、バフォメットさんは隊長さんを殺さないようにしたらしいけど……。
「隊長さんはホント、何者なんですか……? 権能持ちってことは、プレーローマの工作員なのでは……?」
「それ以外の可能性もあるだろう」
「……堕天使とか?」
権能は源の魔神由来の技術。
そして、プレーローマは源の魔神が作った。
だから、権能使いといえばプレーローマの天使だけど……天使達も一枚岩じゃない。プレーローマ内部でも権力闘争が行われている。
中には権能を持ったままプレーローマを飛び出した天使もいる。そういう天使達は「堕天使」と呼ばれ、プレーローマから追われているけど――。
「先程も言った通り、私は交国生まれのオークだ。味覚も痛覚もない」
「けど、オークに権能が使えるなんて――」
「交国にはそういう技術がある。私が植え付けられた権能<エウクレイデス>も、元々は高位の天使が使っていたものらしいが――」
普通、権能は人の手に余る技術。
だけど交国では天使等から手に入れた権能を、自分達で利用している。利用するための技術がいくつかあるらしい。
「交国は<エウクレイデス>を分割し、1つ1つは弱い権能に貶めた。それを私のような者に与え、使わせていたんだ」
「身体に害は――」
「一応ある。本来、権能は天使等でなければ満足に使えないからな」
神器ほどじゃないけど、権能も使い手を選ぶ。
権能の中には、身体に受け入れるだけで拒否反応を起こし、最悪は死に至らしめるものもある。受け入れられるように作られたのが天使らしいけど、隊長さんは「オーク」ってことは……本来はまともに権能が使えないはず。
だけど、交国は「元々強かった権能」を分割して弱体化させ、オークの身体でも何とか受け入れられるように調整したらしい。
「私が与えられた権能は……長時間の連続使用を控えれば、大きな害はない」
隊長の身体は、分割した権能なら何とか受け入れられた。
ただ、誰もが同じように受け入れられるわけではない。
「私は運良く適合したが、適合しなかった者達は惨たらしく死んだはずだ。オークは丈夫だが、天使のような権能への耐性があるわけではないからな」
「という事は、隊長さんは交国の人体実験の被害者……?」
「そういう側面もあるが、元々は『玉帝の近衛兵』だ」
「――――」
「悲観するな。近衛兵だったのは、あくまで昔の話だ」
星屑隊に玉帝の部下が紛れていたとか終わった――と思ったものの、隊長さんは「玉帝とはもう、手が切れている」と言った。
あんまり信用できない……。
百歩譲って「プレーローマの工作員ではない」としても、権能なんてそんじょそこらの人が得られるものじゃない。
交国の中枢に繋がっている人……近衛兵なら、「敵中の敵」と言っていい。だから自爆用端末を握りしめながらフルフル震えていたんだけど――。
「私が玉帝の近衛兵のままなら、繊一号でお前達を犬塚特佐に突き出して終わりだ。そうなっていないだろう」
「で……でもでもっ……私達を泳がせているのかもっ……?」
「泳がせて何になる?」
「それは……」
「隙を見て逃げ出されるリスクを負うより、さっさと捕まえて尋問した方が手っ取り早い。交国の尋問技術にお前達が耐えられるとは思えん」
「お、仰る通りです……」
「私は、お前達の味方ではない。ただし玉帝の敵だ。敵の敵は味方という事で手を組まないか?」
そう言われても……困る。
結局、隊長さんの素性はハッキリしない。
悩んでいると、フェルグス君がフラフラとやってきて、「ヴィオラ姉~、ちょっといいか~?」などと言ってきた。
いま、隊長さんと大事な話をしているから後でね――と言い、フェルグス君に離れてもらう。最悪の場合、やっぱり自爆しなきゃだし……。
皆を逃がす事を考えると、リスク高い行動だけど……。脱走に必要な情報はもう記録媒体に書いておいた。私が死んだとしても、それを見たら何とか……何とかなると信じたい……。何とか、隊長さんを巻き込む方法も考えてそれで――。
「…………」
一度深呼吸をして落ち着く。
改めて、隊長さんに話を聞いていく。
「……交国のオークである貴方にとって……玉帝は味方のはずでは?」
「玉帝や交国政府は、私達を……オークを騙して軍事利用していた。そんな相手を素直に『味方』と言えるほど、私は交国を盲信できない」
「……前から知っていたんですか?」
「ああ。私が近衛兵だったのは10年以上前の話だ」
隊長さんは10年以上前に「オークの真実」を知った。
そして、玉帝や交国政府に失望し……交国から一度は脱走した。
つらつらとそう語った隊長さんの顔を、じっと見つめる。
「私が、嘘を言っていると思っているのか?」
「……真偽を判定する証拠もないですから、ちょっと疑ってます」
けど、筋は通っている。
いまここにいる事は、謎のままだけど――。
「交国から脱走したのであれば……何故、今も交国にいるんですか?」
「復讐のためだ」
「復讐……」
「玉帝達は、私達を機械部品のように扱っている。その恨みは、今も私の中に残っている。奴らに対する復讐をするため、私は交国に戻ってきた」
隊長の身分――サイラス・ネジ中尉という身分は、偽りのもの。
死んだ兵士の立場と名前を借り、交国軍に潜入しているらしい。
軍事利用されていた事実を知っているなら、交国に対して復讐心を抱くのはわかる。筋は通っている……ように聞こえる。
けど、何か伏せられているような……。
「交国への復讐がしたいなら……真実を早々に告発したら良かったのでは?」
「オークの真実を、か?」
「はい……」
「私は、告発できるだけの証拠を持っていなかった。だから身分を偽って交国軍に潜入し……何とか復讐の機会をうかがっていたんだ」
「……隊長さんは、何でブロセリアンド解放軍に参加しなかったんですか?」
彼らと隊長さんは、同じ目的を持っていたはず。
それなら仲間を増やすために解放軍に入るべきでは――と思って問いかけると、隊長さんは「実際に参加しようとした」と返答してきた。
「しかし、解放軍は『サイラス・ネジ』が『二課の憲兵』だと知っていた。憲兵だから加入を断られていたのだ」
憲兵という立場は、「サイラス・ネジ」に付随してきた立場に過ぎない。
だから本物の憲兵じゃないらしいけど……解放軍は隊長のことをあくまで「憲兵」だと思っていた。でも、それなら――。
「権能を見せて、全ての事情を話せば良かったのでは……?」
「解放軍は泥船だ。正直……彼らの企みは失敗すると思っていた。だから、そこまで開襟するのは避けた。情報を出し惜しんだだけだ」
「…………」
「まだ、私を疑っているのか?」
「そ、そりゃそうですよ……」
何せ、証拠らしい証拠がない。
事件の犯人が「私は怪しいものじゃないよ」と言ってるようなものだし。
でも、それでも――。
「し、信じたいとは思っているんです……」
「そうか」
隊長さんは頼りになる人だ。
権能なんて怪しいものを持っていなければ、まだ「純粋に頼りになる星屑隊の隊長さん」と思う事が出来た。
実際、私達は隊長さんに助けられてきた。……その裏で隊長さんは権能を使っていたんだろうけど、それでも……助けられていたのは事実だ。
今は100%信用なんて出来ないけど、交国という強大な相手から逃げようとしているから……味方は1人でも多く欲しい。
「……隊長さんの協力者は、誰なんですか?」
「何のことだ?」
「身分を偽って交国軍に潜り込むなんて、1人で出来る事じゃないでしょう」
交国軍人の遺体から身分証とかを奪って「私はサイラス・ネジですよ」なんて言い張るのなんて……出来るはずがない。
元近衛兵で、復讐のために交国に戻ってきたとしたら……計画的に潜入計画を立てていたはず。そんなこと、1人で出来るとは思えない。
「交国への復讐が目的なら、私達と脱走したら困りますよね……? 苦労して潜入していたのに、また脱走するのはおかしいですよね?」
「…………」
「貴方には協力者がいるはずです」
どこかの組織なり国家の後ろ盾を持っているのでは?
そう問いかけると――。
「……その通りだ」
目を閉じた隊長さんが、私の言葉を認めた。
ただ、詳細を教えてくれるつもりは無いらしい。
「全部教えてくださいよ……!」
「私の言葉を信用するのか? 適当に言った嘘かもしれんぞ」
「真偽は聞いてから考えます。だから――」
「……協力者に関しては、現状、適当な嘘しか言えん」
「なんで――」
「まだ交国軍から逃げ切れていない」
隊長さんが「協力者」の正体を明かすと、私達が交国軍に捕まった時……その協力者さんにも迷惑がかかる可能性がある。
尋問された私達が喋ってしまう可能性がある。
「だから、今は言えない。今は聞かないでくれ」
「…………」
「交国軍から完全に逃げ切ったら、『私達』の事を全て明かしてもいい。……私達も、真白の魔神の知識を持っているキミの協力を得たいからな」
「交国から再脱走する動機は、私ですか……」
苦労して交国軍に潜入したのに、再び脱走の道を選んだ。
その目的は「多分、真白の遺産関係だろうなー……」とは思っていた。ラプラスさんと違って単なる知識欲じゃないところが怖いなー……。
隊長さんは「悪いようにはしない」と言っているけど――。
「真白の遺産を悪用しないと誓う。……と言っても、信じてもらえないか」
「……私はスミレさんの記憶や知識を継いだだけの身ですし、大した情報は持っていません。真白の遺産と呼べるものは、作れませんよ……」
ヤドリギはともかく、本当に大したものは作れない。
混沌機関ぐらいなら作れるけど。
仮に遺産を作れたとしても、悪用される危険性がある以上は――。
「隊長さんはネウロンから脱出して、交国の支配圏外に抜けた後は……協力者さんのところに向かう気なんですよね?」
「まあ、そうなるな。私にとって、大龍脈にいるビフロストを頼るより、その方が安全だ。奴らは中立を宣言しているが、それでも俗世から完全に切り離された存在ではない。交国が本気で圧力をかけてきたらお前達を引き渡しかねない」
「…………」
「私達なら、キミ達を一生匿う事もできる」
「私達を飼い殺しにして、交国への復讐を手伝わせる事も出来る」
「…………」
それは解放軍に入るのと、何が違うんだろう。
参ったなー……。隊長さんはある意味で頼りになるんだろうけど、解放軍とは別の「反交国組織」に連れ込まれたら脱走した意味があんまり……。
いや、そもそも、反交国組織なのかすら怪しい。
「私が信用出来ないなら、皆と協力して全力で私を殺しに来い」
「はぇっ……!?」
「私は権能持ちとはいえ、ベースは人間だ。睡眠無しで戦い続ける事は出来ない。寝込みを襲えば……殺せるかもしれんぞ」
「そんなこと、出来るわけないでしょう……!?」
出来たとしても、やりたくないですよ。
私だけの話に留めて……私だけの罪として、相討ちも考えていたんです。
隊長さんには、実際に助けられてきた。
正体不明だから怪しいけど……救われてきた事は確かだ。
敵の敵は味方――と考えるのは難しい。解放軍という前例のように、「子供達を利用してテロリストに仕立て上げる」という危険性がある。
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:影兵
「キミは甘い人間だ」
わかっていた。
いきなり寝首をかきにこず、話し合いに持ち込んでくる前からわかっていた。
……バフォメットもヴァイオレットも、私が「場合によってはヴァイオレットを殺す」と考えていた事までは知らないらしい。
玉帝達に渡すぐらいなら、ヴァイオレットは殺すべきだ。私達にとっても<真白の遺産>は価値があるが……既に最低限必要なものは確保した。敵に奪われる危険を冒してまで、これ以上欲張ろうとは思わない。
「とりあえず、私はキミ達についていく。……私の正体に関しては、皆に好きに言いふらすがいい」
立ち上がり、ヴァイオレットから離れると――。
「た……隊長さんだって、根っこは……甘くて、優しい人なんでしょ……?」
「…………」
「だから私達を助けてくれた。全員を助けてくれた。……単に<真白の遺産>が必要ってだけなら、私だけ連れて逃げれば良かった」
「…………」
「でも、貴方は……星屑隊の皆さんも連れて逃げている。子供達も連れて逃げている。いつでも私だけ誘拐できるのに……そうしない。……優しい人です」
「そう思いたいなら、好きにそう思えばいい」
優しい人であってほしい。そういう、都合の良い解釈に過ぎん話だぞ。
ひとまず話し合いに応じてくれた感謝も兼ね、そう忠告する。
私は……皆が思っているような人間ではない。
所詮は、復讐のために手を汚し続けている外道だ。
そう助言してやったのに、ヴァイオレットは私の正体を吹聴する気はないようだった。星屑隊の隊員も、子供達も……相変わらずのアホ面で話しかけてくる。
ヴァイオレットも他の皆も、お人好しだ。
そんなだから、私のような外道の食い物にされるんだ。
「隊長っ……! ロッカとバレットのこと、俺ら……何か出来ねえですかね!?」
「アイツら、あんな仲良かったから……何とかしてやりてえんですよ」
「オレらバカだから、隊長が頼りなんですよぅっ……!」
「隊長っ!」
「隊長~っ!!」
「隊長ちゃん~…………」
…………。
そんな目で、私を見るな。
■title:ネウロンの空にて
■from:憲兵のパイプ
「せ、繊一号まで……辿り着けるのかっ……!?」
よくよく考えたら、僕は機兵乗り。
回転翼機の操縦は、特別得意ってわけじゃないっ!
一応、軍学校で扱いは一通り習ったけど……! 長距離飛行に慣れているわけじゃない! 専門家じゃないっ!
この辺には解放軍がいないはずだけど、タルタリカはいるはずだ。地上に降りて休憩するのは無理! タルタリカに襲われる危険性がある!
というか、既に地上を走っているタルタリカが見えて――。
「うわーっ……! アレ、絶対、僕のこと追ってきてるよねっ……!?」
プロペラ音を鳴らして飛行している飛翔物に対し、「なんだなんだ」と追ってきているんだろう。というか、既に石を投げてきているっ!
高度を取っているからさすがに届かない……と、思うけどっ……! 心安まらない! 燃料は持つ計算だけど、さすがに怖いっ!
「あぁ~……! これは絶対、報いだろうなぁ……!」
結局、最後まで皆に「僕は軍事委員会の憲兵です」と言えなかった報いだ。
僕なりの正義を持って仕事していたけど、それでも星屑隊の皆にとっては裏切りのようなものだ。解放してもらえるように憲兵ってことを明かさなかったのは……言い訳しようのない自己保身だよね~……!?
「って……! あっ! これっ、自動操縦あるのっ!? あるじゃんっ!!」
落ち着いてよく操縦席内を確認したら、自動操縦への切り替えボタンあった!
というか、乗る前にヴァイオレットさんに説明受けてたような……。ラート達との別れが悲しくて、あんまりよく聞いてなかった……!
マニュアルも用意してくれていたので、操縦しながらめくり、自動操縦に切り替える。特に問題なく、繊一号に向けて飛行を続けてくれている。
ホッと胸を撫で下ろす。
「…………」
少し余裕が出来たから、振り返る。
ラート達と別れた場所の方を見て、皆の無事を改めて祈る。
憲兵ってことは最後まで隠しちゃったけど……交国に戻って「交国を変える」と宣言したのは本気だ。……交国は変わらなきゃダメなんだ。
僕の思う正義は、今の交国には……無いかもしれない。
けど、交国の存在全てが悪だとは思えな――――。
『――――』
「あっ……! 通信、かなっ……?」
誰かがこちらに呼びかけてくる。
ラート達じゃない。
これは……交国軍だ!
「助かった……!」
急いで通信に応える。
どうやら、こっちの出している救難信号に気づいてきてくれたらしい。
遠くに方舟が見える。こちらに来るよう、言っている。
攻撃してくる気配はない。タルタリカに追跡されているようだから、頃合いを見計らってタルタリカに攻撃するから気をつけて欲しい――と言ってくれている。
「何とか、命を無駄遣いせずに……済んだかな?」
再び安堵しつつ、皆に感謝する。
こっちは何とかなりそうだよ。
皆も……何とか、逃げ切ってね……。
■title:交国軍艦艇<星喰>にて
■from:玉帝の影・寝鳥満那
「隊長。救難信号の発信元は、あの回転翼機のようです」
「そう。殺しちゃ駄目だからね?」
せっかく見つけた手がかりだ。
丁重に扱わなきゃ。……ひとまずはね。




