2人の力
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「その……フェルグス君達はラートさんに輸血した事あるでしょ?」
「あぁ……。オレが1回、アルは……2回した」
繊三号でバフォメットさんと初めて戦った後。
ラートさんの治療のため、大量の血液が必要になった。
その確保のため、アル君とフェルグス君にも協力してもらった。
そして……アル君が死んだ時、アル君はラートさんとフェルグス君に自分の血を分け与えたと聞いている。そして、死んでしまったと――。
「元々、巫術師は輸血で生まれたようなものなの。バフォメットさんの体液を加工して、それをネウロン人に輸血して生まれたのが……ネウロンの巫術師」
「それ、バフォメットにも聞いた」
フェルグス君は、以前より巫術の力が強くなっているらしい。
バフォメットさんがそう話していた。
「前の1.5倍ぐらい強くなってるとか、なんとか……」
「バフォメットさんの見立てが正確なら……アル君の持っていた力が、輸血を通じてフェルグス君とラートさんに分配されたのかもしれない」
アル君の力が「1」としたら、それが「2つの0.5」に分かれた。
そして、フェルグス君に「0.5」の力が受け継がれる事で巫術が強化された。
ラートさんにも「0.5」の力が受け継がれ、特殊な巫術師として覚醒した。
あくまで推測だけど……そうだとすると、アル君が命を落とした時の輸血が影響した可能性が高いかな……。単なる輸血では覚醒なんて発生しないはずだし。
色んな意味で難しい話だから、遠慮気味に伝える。フェルグス君とラートさんは驚いた様子だったけど――。
「オレも、アルから力を受け継いだんだと思う! 絶対そうだよっ!」
フェルグス君は笑みを浮かべた。
ぽろり、と涙を流しつつ――。
「アルは、やっぱスゲー奴だ……! あの時、オレ達を守ってくれただけじゃなくて……力まで、託してくれたなんて……。ほんと、スゲーやつだ……」
「……うん。そうだね……」
笑顔を浮かべつつ、涙を流したフェルグス君の背中をさする。
ラートさんも――少し悲しげな――笑みを浮かべつつ、フェルグス君の肩に手を置き、「ホント、アルはスゴいよな」と言った。
そう言ったラートさんも、少し涙ぐんでいる。
「ふ、2人とも、泣かないでっ……。アル君も、2人を泣かしたいわけじゃ――」
「うん……。って……! ヴィオラ姉が一番泣いてんじゃんっ!」
アル君の死を想い、つい……ボロボロと泣いてしまう。
生きていてほしかった。
助けたかった――という想いが、涙と共にこみ上げてくる。
慌てた様子のフェルグス君とラートさんに慰められ、止められない涙を拭いつつ、ただ謝ることしか出来なかった。……しばらく泣き続けてしまった。
私が泣き止むと、フェルグス君は優しい笑みを浮かべて口を開いた。
「やっぱ、オレの弟は最高の弟だ。オレの……一番の自慢だっ」
「うん……」
「アルが助けてくれなきゃ、オレ、さっきの機兵にもっと負けてたかも」
「さっきのって……」
「犬塚特佐の<白瑛>か」
私は隊長さんと逃げていたから、よく見てないけど……フェルグス君達は皆を逃すために戦ってくれていた。
その過程で、交国軍の犬塚特佐とも戦っていたらしい。例の「告発」を行い、その前は黒水で子供を撃った犬塚特佐と――。
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:防人・ラート
「あの機兵って……師匠を助けに来た『ファイアスターター』って神器使いと戦ってたヤツだよな?」
「そうだ。あの白い機兵が、犬塚特佐の愛機……白瑛だ」
そう教えると、フェルグスは「前に見た以上に強く感じた」と呟いた。
「オレもアルのおかげで強くなったのに……手も足も出なかった」
「いや、よく食らいついた方だよ」
犬塚特佐は交国軍でも指折りの機兵乗りだ。
特佐として様々な事件を解決してきた手腕も恐ろしいが、あの人自身の強さも並外れたモノだ。フェルグスが強くても、あの人相手に勝つのは難しいだろう。
「白瑛は<交国六鬼兵>と呼ばれる特別な機兵の1つだ。プレーローマのレギンレイヴより、さらに性能が上のはずだ」
「機兵もスゴかったけど、犬塚特佐の腕前は……さらにスゴかった。機兵乗りとしてはバフォメット以上じゃね?」
「腕前はそうだな」
戦闘能力も、ひょっとしたらバフォメット以上かもしれない。
バフォメットの場合、巫術で一撃必殺狙ってきたり……妙な技を使うけどな。
「お前もワンチャンあったと思うぞ。巫術の憑依が通っていれば……」
「あっ! それだよ! あの機兵、巫術が効かなかったんだ!」
フェルグスも憑依を仕掛けた。
だが、白瑛はまったく乗っ取れなかったらしい。
憑依を試みた感触としては、「絶対に乗っ取れないもの」に憑依を仕掛けた感覚だったらしい。普通の機械とはまったく違う感触がしたようだ。
そういう事って可能なのか――と専門家のヴィオラに聞く。聞いたが、さすがのヴィオラでも「わかりません……」という言葉しか出てこなかった。
「まあ、巫術はまだわかるんだ」
フェルグスは妙なことを言いつつ、言葉を続けた。
「あの機兵、巫術どころか攻撃も弾いてなかったか?」
「あー……。白瑛は『特別硬い』って有名なんだよ」
稼働し始めて以降、あの白い装甲には傷一つついた事が無いらしい。
何人たりとも傷つけられない無敵の機兵。それが白瑛だ。
「そんなの、フツーは有り得ないだろ? 何かカラクリあるはずだ……」
「白瑛は<神器>の1つ……って噂もあるな」
「って事は……犬塚特佐って、神器使いなの?」
「わからん……。可能性はあるかもだが、本人も政府も明かしてないんだよな」
そう言いつつ、カトー特佐が入れられていた拘置所で起きた戦闘を思い出す。
あの戦闘では、何故かカトー特佐の神器が使用された。
玉帝は「神器使いでなくても、神器を使う技術を確立した」と言っていた。白瑛にも似たような技術が使われているのかもしれない。
あるいは……神器とはまったく違う何らかの技術だ。白瑛以外に広まっていない事から察するに、何か特別なものなんだろうが――。
「オレ、本気で戦ってたんだけど……向こうって本気じゃなかったよな?」
「おっ……。よく気づいたな」
「何となく。アイツ、アレでもちょっと手を抜いてたよな」
「多分な。俺を殺さないよう、気遣ってくれていたと思う」
犬塚特佐が本気なら、おそらく俺は死んでいた。
あの人がガチで来ていたら、俺は瞬殺されていてもおかしくない。
巫術の力を使いこなせていれば……もっと戦えたかもしれないが、動きがよくなったところで「白瑛の防御」を崩せない限り、勝てないだろう。
「まあ……犬塚特佐に勝つ必要はない。今は逃げ切るの優先だ」
特佐に勝てる気はしないし、勝つ必要もない。
何とか逃げ切れた時点で、実質勝ち……とはさすがに言わねえけど。
「フェルグス達の力添えがなかったら、特佐に手加減されててもやられてた。お前らのおかげで何とか生き延びる事が出来たよ」
犬塚特佐は優しいから、殺さないにしても捕まってたかも――と言う。
フェルグスは悔しげに「もっと上手くやりたかった」と漏らした。
「あそこでオレ達がやられてなきゃ、レギンレイヴも手に入ってたんだ。勿体ないことしちまった……」
「あ~……。まあ、仕方ねえさ」
「アルがいたら、絶対勝てた! こっちも2人がかりで機兵動かしてりゃ……」
「いやいや……。白瑛は犬塚特佐しか乗ってねえよ」
「は? 2人乗ってただろ?」
「…………?」
フェルグスがまた妙なことを言った。
どういう事だ、と詳しい話を聞く。
「巫術の眼だと、あの機兵の中に魂が2つ観えたぞ?」
「えぇ……?」
「だからオレ、あっちの機兵に巫術師が憑依してんのかな~……って思ったんだ。そいつが巫術上手すぎて、オレの憑依も……サクッと弾いたのかなぁ? とも思ったんだけど……違うのか?」
「白瑛は……1人乗りのはずだ」
秘密が多く、特別な機兵だから詳しく知っているわけじゃない。
けど、複座式なんて話は聞いたことない。
巫術師の魂だけ憑依していた可能性もあるけど……交国軍で俺達以外にヤドリギを運用に盛り込んでいた部隊って……あるのか?
よくわからん。
だが、まあ、今は生き残った事を喜ぼう――と告げる。
フェルグスは「次は負けない」と息巻いているが、今は落ち着かせる。
手足に無茶な手術した影響で、身体は本調子に遠いはずだからな。
あんまり興奮させるのはダメだ。
……個人的には、もう犬塚特佐とはやり合いたくねえ。
あの人には勝てる気がしねえよ……。
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「…………」
犬塚特佐の機兵は、攻撃が効かない。
神器という疑いもある。
……本当に神器? アレが?
なんとなくだけど……別のモノの気がする。
というか、私……「それ」を知っているかも……?
白瑛って機兵自体は知らないけど、似たようなものをどこかで聞いたような覚えがある。多分、スミレさんの記憶だろうけど――。
「どうした、ヴィオラ? 難しい顔して」
「あっ、いえ……。何でもないです」
考え事は、後に回そう。
いまは……隊長さんに言われた通り、フェルグス君の義手と義足を見なきゃ。




