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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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誰かを救う前に



■title:ネウロン地下・大防衛網にて

■from:弟が大好きだったフェルグス


「よし、オレも荷物運びとか手伝って――」


「みぃ~んっ」


 列車への物資運びを手伝おうとしていたら、顔面にマーリンが飛んできた。


 一緒に地下に飛び込んだものの、姿を見失っていたんだが……荷物の中に隠れていたらしい。不意打ちで顔に飛び込んで来たから、「んがっ」と言っちまった。


「ったく……。オレについて来んなって言ったのに」


「みぃん?」


「……ありがとな。ついてきてくれて」


 マーリンなりに、オレの事を心配しているんだと思う。


 解放軍で戦い続けると決めた時は、もうずっとマーリンと別れる覚悟だったけど……こうして傍にいてくれると、やっぱ落ち着く。


 プカプカ浮いているマーリンを捕まえて、ギュッと抱きしめ、「ありがとな」と囁く。傍にいてくれて、本当にありがとう。


「エレインも……ありがとな。傍にいてくれて」


「んみゃぁ」


「……まあ、今はもういないかもだけど――」


 エレインの声は返ってこない。


 姿も見せない。


 アルが死んだ時からずっと、アイツは出てこない。


 アルがいなくなっちまったから、アイツも姿を現せなくなったのかもしれない。もしくは……オレから離れていっちまったのか。


 寂しいけど、離れていくのも仕方ない。


 でも、それでも――。


「ありがとう。オレ……皆で生き残るために、頑張ってみるよ」


 そのためには、エレインがくれた力が役立つはずだ。


 エレインに強くしてもらってなかったら、さっきの戦いで……もっとボロクソにやられていたはずだ。いや、実際にやられたけどさ。


 副長の大怪我は心配だけど……きっと大丈夫だ。副長も皆も、もう大丈夫。解放軍と交国軍から逃げ切ることも、きっと出来る。


 でも……もっとエレインと話したかったな。


 アルにしても、エレインにしても……いなくなってから沢山後悔しちまうなぁ。


「フェルグス」


「あっ、隊長」


 マーリンがするりと逃げていくから追おうとしていると、隊長が来た。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………? た、隊長……? オレに何か……用事あるんじゃねえの?」


 隊長に問いかける。


 話しかけてきたってことは、何か……用事があるんだと思ったんだけど……。


 隊長はオレをジッと見たまま黙っていたが、問いかけると口を開いた。


「……キミは、交国が憎くないのか?」


「えっ?」


「キミの弟が死んだのは、交国の所為だ。それがわかっているからこそ、ブロセリアンド解放軍に参加したのではないのか?」


「えっと……?」


「…………。復讐を諦めるのか?」


 何で、いまそれを聞くんだろう。


 よくわからん。隊長は表情全然動かさないから、考えていることよくわからん。


 けど――。


「交国は憎いよ、今でも」


「…………」


「けど、その……アルに……色々、言われたからさ」


 頬を掻きつつ、言葉を続ける。


 解放軍に入って交国に復讐してやる~、って言ってたオレが……今更、逃げ出すのは「ダサい」と思う。我ながら「カッコわるい」と思う。


 けど、それでも――。


「今は、逃げるよ。解放軍に入って復讐しても、アルは喜ばないだろうしさ……」


「…………。そのような事を、録音記録で言っていたな」


「あ~……。ひょっとして、隊長も聞いてた?」


「…………あぁ」


 オレが泣いてたのも、聞かれてたのかな。


 やっぱ恥ずかしい。皆に、ダサいとこ見せたな。


 恥ずかしいけど……オレは、これでいいや。


 カッコつけようと思っても、カッコつけられないダサい兄ちゃんだしな。……ダサい兄ちゃんだけど……それでもアルの願いを叶えてやりたい。


 アルの願いから……目を背けたくない。


 恥ずかしいのを堪えつつ、隊長の顔を真っ直ぐ見つめる。


「オレ、大事な家族を守れなかったダサいヤツだけど……それでも、まだ生きてみようと思う。命の無駄遣いは……しないようにする」


「…………。そうか」


 隊長は、何故か少し気まずそうに見えた。


 珍しく顔に表情が出ているように見えた。


 いや、これは「気まずい」というより、悩んでる……のか?


 隊長の雰囲気がおかしいから少し困っていると、ヴィオラ姉が来た。


 来たけど……。


「フェルグス君……」


「お、おう……」


 ヴィオラ姉も、ちょっと雰囲気がおかしい。


 何故か深刻そうな表情しながら、工具箱を持ってきた。


 そんなヴィオラ姉をチラリと見た隊長が、オレに対して「お前は先に義手と義足を診てもらいなさい」と言ってきた。


「義手と義足? 別に……壊れてないけど?」


「いいから見せなさい。ヴァイオレット、後は頼んだ」


「はいっ……!」


「…………?」


 なんか……変なの。




■title:ネウロン地下・大防衛網にて

■from:影兵


「…………」


 先程のフェルグスの言葉を反芻する。


 彼は……家族のための復讐ではなく、生存を選んだ。


 そう望まれた。……家族の望みを叶えようとしている。


「…………」


 彼は違う。


 私とは、違う。




■title:ネウロン地下・大防衛網にて

■from:弟が大好きだったフェルグス


「…………」


「…………」


「……ヴィオラ姉……」


「ん………?」


「……やっぱ、怒ってるよな……?」


 俺を椅子に座らせ、義足を外し、イジっていたヴィオラ姉がチラリとこっちを見た。そして「怒ってないよ」と言ってきた。


 その顔はどう見ても怒ってるよ……と思うけど、それ指摘したらマジで怒られそうだから……黙っておく。いつ怒鳴られても平気なよう、身構える。


「ちなみに、何で怒ってると思ったの?」


「いや、そのぅ……。オレ、勝手に両腕と両脚を手術したから……」


「そっかぁ。私が怒るの、わかってて手術したんだ」


「うっ……」


「聞いたよ。脚はリハビリしたら治る見込みだったんでしょ? 腕も怪我したとはいえ、動く状態なのに……こんな、思い切ったこと……」


「ごめんて……」


「だから……怒ってない。……悲しいだけ」


 ヴィオラ姉は心配するだろうから、この姿は見せたくなかった。


 ただ、もっと怒られると思った。自分の身体とはいえ、大事な身体になんてことを――って怒られると思った。


 ……ヴィオラ姉の言う通り、マジで怒ってないのかもな。


 あまりにも悲しすぎて、怒ってるような顔になってんのかも。


「ネウロンから逃げたら、義手と義足も何とかしようね」


「何とかって?」


「もっと良いのに変えるのっ」


 ヴィオラ姉曰く、解放軍が用意した義手義足(これ)は粗悪品らしい。


 もっとちゃんとした設備や資材があれば、もっと良いものを作ってあげる――と言ってくれた。絶対に作る、とまで言ってくれた。


「ヴィオラ姉、そんな事まで出来るのか?」


「人造人間技術の応用。私の身体みたいに、本物の肉体と大差ないものも……環境が整えば作れる。だから任せて」


「へ~……。オレ、この金属の手足、そこそこ気に入ってんだけど――」


 そう言うと、ヴィオラ姉が「ムッ」とした様子で睨んできた。


 技術者のヴィオラ姉的に、解放軍が用意した手足は「やっつけ仕事の粗悪品」らしい。なんか……色々とこだわりがあるらしい。


 というか……ヴィオラ姉の身体って作り物なの? なんか色々事情はあるっぽいが……まあ、いいか。ヴィオラ姉はヴィオラ姉だ。


 詳しい話は、気が向いた時にしてくれるだろ。


「まあ、当面はこの義手義足を使うしかないけど……毎日メンテナンスするから、ちゃんと付き合ってね」


「毎日は多くね……?」


 おずおずと言うと、ヴィオラ姉はまた「ムッ」とした様子で睨んできた。


 今のヴィオラ姉に逆らうのはマズい。


 仰る通りにしま~す……と受け入れておく。


 とりあえず義足のメンテナンスは終わったらしい。ヴィオラ姉は手際よく義足をつけてくれた後、代わりに義手を取り外して見始めた。


 軽くバラしたりしつつ、熱心に見てくれてる。


 変わらねえなぁ、ヴィオラ姉は……。


 ずっと、オレ達のことを心配し続けてくれてる。ずっと優しいままだ。


「……ごめん、ヴィオラ姉。心配かけまくって」


 そう言うと、ヴィオラ姉はようやく微笑んでくれた。


 お願いだから無茶しないでね――と言ってきたけど。


「ラートも、ごめん」


 様子を見に来たラートにも、謝っておく。


 説得されてから脱出するまで、色々と慌ただしかったし……。


 言わなきゃいけないこと、言える時に言っておかなきゃ後悔するかもだし。


「俺に謝る必要ねえよ」


「でも、ラートも説得してくれないと、オレはあのまま……」


「説得は皆でやった事でも、最後の一押しはアルだったろ?」


 ラートはいつもみたいに膝を曲げ、オレに視線を合わせつつ、そう言った。


「俺も……アルの言葉がなければ、動けなかった。ウジウジと悩むばかりで、解放軍に残って……死んでいたかもしれない」


「…………」


「ヴィオラや他の皆も頑張ったけど、最後に俺達を正気に戻してくれたのは……きっと、アルなんだ。感謝のためにも……アルの望みを叶えよう」


「うん」


 アルの望みは、オレも叶えたい。


 それは正しい事だと、今なら胸を張って言える。


「解放軍で戦うって決めた時……正直、オレはまだ迷ってたと思う。本当にこのままでいいのかな……って思う気持ちもあった」


「…………」


「けど、オレは……解放軍が全部間違っていたとも思えないんだ」


「えっ……。解放軍の人達は、フェルグス君達を利用しようとしてたのに?」


 ヴィオラ姉が作業の手を止め、そう言ってきた。


 確かに、オレ達は利用されかけたのかもしれない。


 でも、それでも……オレは解放軍が全て間違っているとは思えない。


「あの人達だって、交国の被害者だ。交国に勝つために……手段を選ばず、巫術師も利用しようって考えはわかるよ。オレが逆の立場だったら……同じようなことをするかもしれない」


「「…………」」


「今でも、交国が憎いって気持ちはあるからさ」


 解放軍もオレ達も、根っこは同じなんだ。


 どっちも「交国」の被害者なんだ。


「交国への復讐抜きにしても……交国と戦う必要はあると思うんだ。オレも」


「勝てなくても……?」


「勝てなきゃダメかもだけど……戦わないことには、勝つ事もできない。交国を止めなきゃ……オレ達みたいな復讐者(ヤツ)が生まれ続けるんじゃないのか?」


 それは、良いことには思えない。


 復讐がダメって話じゃなくて、復讐したくなる原因を何とかしない限り……皆が不幸になり続けるんじゃないか、って話だ。


「どんな手を使ってでも勝てばいい――とは思わないけど、交国が無茶をし続けたら……アルみたいな被害者が、増え続けるんじゃないのか?」


「……それはそうだと思う」


 ヴィオラ姉が頷き、「誰もまともに逆らえないから、交国は調子づいたんだと思う」と話した。


「戦争無しでも、交国を牽制できるぐらい大きな組織や国家があれば……こんな事は起きなかったかもしれない」


「そういうのって、作れねえのかな?」


「交国みたいな存在を正せる組織とか……国家?」


「そうそう」


「…………。簡単には、出来ない事かな」


 ヴィオラ姉は工具を手で弄びつつ、悩ましげにそう言った。


 そもそも、人類連盟がそういう目的の組織だったんだけどね――と言った。


「でも、人類連盟は腐敗した。人連に属する強国も同じぐらい腐敗している。強国同士で牽制しあっているけど……彼らは『正義』や『倫理』を目的としていない。手段として利用しているだけ……」


「止める方法、ないのかな?」


 多分、交国を止めるだけじゃダメだ。


 世界の仕組みを根っこから変えない限り、誰かが不幸になり続ける。


 不幸になった人達が、復讐に走って……戦いが起きる。


 その戦いで、また誰かが不幸になるかもしれない。だからといって、勝てない戦いを挑んだところで……蹴散らされるだけかもだけど……。


「オレは、皆に……不幸になってほしくない」


 アルみたいな目に遭う子が、これ以上生まれてほしくない。


 誰も不幸にならない平和な世界になってほしい。


 けど、どうしたらそんな世界が作れるのか……わからない。


「何か……方法、ねえのかな? オレに出来ること、何か――」


「あるかもしれない。けど、今は自分が生きることを最優先で考えて」


 ヴィオラ姉はオレの両頬に触れつつ、真っ直ぐ見つめてきた。


「フェルグス君の身体は1つしかない。1人で出来る事は限られる」


「…………」


「キミの想いはとても尊いものだけど、キミの命が失われてしまったら……その想いも消えてしまう。世界の事が心配でも、まずは自分の命を大事にして」


「そうしないと……『何とかしたい』って気持ちも消えちまうから?」


「そう。自分の命を犠牲に、世界を救おう――なんて考えなくていい」


 誰かを救いたいなら、まず自分を救いなさい。


 ヴィオラ姉はオレの頬を触りつつ、そう言ってきた。


「自分の命をしっかり守って……余裕が出来てきたら、その余裕(リソース)を他に回せばいい。ちょっとした人助けするとかね」


「…………」


「人助けをしているうちに……皆がキミに影響されて、『自分達も誰かを救おう』と思い始めるかもしれない。そういう善意を束ねていけば……」


「いつか、世界は変わる?」


「きっとね。……簡単なことじゃないけど……」


 難しくても、理解はできる。


 人1人の力は弱くても、皆で力を合わせたら……世界は変わるかもしれない。


 難しいことでも、「不可能じゃない」って思えば……希望があるって思える。


「ヴィオラ姉の言うこと、正しいと思う。思うけど……」


「ん?」


「は……恥ずかしいから、ほっぺ触るのはやめてくれ……」


 やんわりそう言ったが、ヴィオラ姉はニヤリと笑って、「久しぶりのフェルグス君ほっぺだから、もうちょっと堪能させて」と言ってきた。


 く、くそっ……。恥ずかしいのに、逆らえねえ。


「ら……ラート。笑ってねえで、助けてくれよ~……!」


「それは良いことだから。オレが手出ししなくてもいいだろ?」


「うぅ……」




■title:ネウロン地下・大防衛網にて

■from:防人・ラート


「ヴィオラの言う通りかもな。まずは、自分を助けるべき……か」


 正論かもしれない。


 自分が死んじまったら、「助けたい」という想いすら消えてしまう。


 その想いを守るために、まずは自分を助けるべきなんだろうが――。


「ヴィオラ自身は、実践できてねえよなぁ?」


「えっ……。そっ、そうですかね……?」


「そうだよっ! お前、大体自分を後回しにするじゃんっ……!」


「ラートさんよりマシですよっ……!」


 お互いにそう言うと、フェルグスが笑いながら「どっちもどっちだよっ!」と言ってきた。


「ヴィオラ姉もラートも、似たもの同士だ! 2人共、自分のことを後回しにして……人助けに走ってるもんっ!」


「そっ、そうかなぁ……?」


「ヴィオラ姉の言うこと、正しいと思うけど……2人も自分を大事にしてくれよ」


 ヴィオラと顔を見合わせた後、「はーい」と返す。


 まだ……簡単にはそう思えないけどな。


 けど、ヴィオラやフェルグスが言っている事は正しい。


 今なら、「正しい」と思える。


「そういえばラート……。さっきの(・・・・)戦闘(・・)、どういうことだよ?」


「何が?」


「お前の機兵捌き、明らかにスゴいことになってたぞっ!」


「スゴいというか……なんというか……。俺も『変だな』とは思った」


 さっき繊一号で戦っていた時、色々と妙なことが起きた。


 念じるだけで機兵が動くわ、相手の憑依を受け付けないわ、いつもは出来ねえ動きが出来ちまうわで……自分でも戸惑った。


 地下に下りてきてから自分でも試してみたんだが――。


「これを見てくれ」


 携帯端末を取り出し、それを操作する。


 ただし、指は一切動かさずに念じるだけ(・・・・・)で操作する。


「おおっ……。何か勝手にピコピコ動いてる」


「機兵搭乗時限定かと思ったんだが……。どうも、俺自身がおかしいらしい」


 良い機会なので、フェルグスに協力してもらう。


 俺が触っている携帯端末に憑依してもらう。


 一応、憑依自体は出来たんだが――。


「メチャクチャ憑依を弾かれたぞっ……! 機械に何も憑いてねえのに!」


「やっぱりか……。どうも、俺が触っているモノは憑依もしづらいらしい」


「ラートさん、いつの間に巫術師に……!」


「巫術師……なのか? ちょっと違わないか?」


 起きている「結果」は確かに似ている。


 けど、普通の巫術師なら憑依中は本体(からだ)を動かせない。


「俺の場合、念じて動かしている時も、身体はフツーに動くんだよな」


「バフォメットみたいだな」


「いやぁ、ちょっと違う。機械から手を離すと――」


 携帯端末を机に置き、手から離して念じてみる。


 さっきまで盛んに動いていたのに、ピクリとも動かなくなった。


 この辺りはまだ、ヤドリギの効果範囲内のはずなんだが――。


「俺は、お前らと違って遠隔では動かせないんだ。ヤドリギがあっても」


「でも、巫術とよく似た力だよな」


「そうなんだよな……」


「いつからそんなことに……?」


「気づいたのは、ついさっきなんだが……」


 実際は、もっと前から異常があった。


 アルが死んで……フェルグス達を連れて逃げている時の事だ。


 俺が車を発進させようとしている時、助手席に乗り込んできた技術少尉に気を取られる事があった。技術少尉との会話に集中しているうちに、鍵を刺していないのに車を動かしていた。


 多分、その時点で「念じたら機械を動かせる」状態にはなっていたんだ。


「それより前は……特に自覚なかったな」


「ラートさんは、巫術師に(・・・・)なった(・・・)んだと思います」


「マジで? でも俺、魂は観えねえぞ?」


 ヴィオラは「一般的な巫術師と違うだけで、近しい力に覚醒したのかと――」と言い、言葉を続けた。


「私が知る限り、初めてのケースです。真白の魔神が知ったら解剖したがるかも」


「怖いこと言うなよ……」


「ラートさん、頭に異常はありますか?」


「ちょっとバカなぐらいかな?」


 それは前からだが――と言う。


 すると、ヴィオラは俺の頬に手を添えてきた。


 ひんやりする手に、ちょっとドキリとする。


 ビックリして固まっていると、ヴィオラは「ふむふむ……」と言いつつ、俺の顔をペタペタ触ってきた。そして、小型のライトを目に当ててきた。


 何やら調べているらしい。


「瞳孔も開いてない……。ネウロンの巫術師に現れる症状がないですね」


「症状……。あっ! 頭痛のことか?」


 ヴィオラが頷く。


 繊一号では戦闘が発生していた。


 おそらく、多少なりとも死人が出ていたはずだ。……隊長が解放軍の<逆鱗>に仕掛けて爆弾とか爆発させてたらしいし……。


 フェルグスも人の魂が消えた覚えがあるらしく、「基地の方で誰か死んだような感じがした」と言った。


「ラートさんは、フェルグス君達と違って『死を感じ取ることで発生する頭痛』を感じないのかもしれません」


「俺が交国のオークだからじゃね? 俺達は痛覚ねえから頭痛もわからんだけ」


「痛覚無しってだけじゃ、完全にはダメージを消せないんです。フェルグス君達だって、鎮痛剤を使っていても消耗しているでしょう?」


 それは強い薬の影響もあるが、それ以外の問題もあるらしい。


 痛みを感じなくても、脳の方に多少なりともダメージが入るらしい。その影響で瞳孔が開くなどの症状が出るんだとか。


「痛覚無しで万事解決なら、交国政府は非人道的な改造手術をバンバンしてますよ。巫術師の皆から、後天的に痛覚と取り除く手術を……」


「あ~……なるほど?」


「巫術師が感じる痛みは、真白の魔神が後付けしたものなので……ネウロン人じゃないラートさんは巫術影響の痛みは感じないはずです」


 便利……と言っていいのか、少し迷う。


 軍事的には「死を感じ取って頭が痛む」ってのは、良くない弱点だ。


 けど、ネウロンでは痛みを感じ取るからこそ、争いを遠ざけ、平和を築いていた……って裏事情もあったっぽいからなぁ……。


「フェルグス君達より限定的な巫術ですが、強みもあります」


「巫術憑依が効きづらいのと、念じるだけで動くのは確かに便利だ」


 巫術師の助力なくても、対憑依防御出来るのは便利だ。


 完璧ではないが、弾きやすいって時点で十分強い。


 そして、念じるだけで機械を――機兵を動かせるのも便利だ。


「自分でもこの力の使い方、まだ戸惑っているから……上手く活かしきれていないと思う。上手く活かせたら……俺もフェルグス並みに動かせるようになるかな?」


「いや、もう既に十分強かったぞ……」


 フェルグスが呆れ顔を浮かべている。


 呆れながら俺を見ていたが、真面目な表情になって俺を見つめてきた。


「でも……なんで巫術師に覚醒したんだ? 普通とは違う巫術だけど」


「アル君やフェルグス君の影響……かな?」


 ヴィオラはそう言い、「明確な根拠のない推測ですけどね」と漏らした。




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