楽園はいずこ
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:星屑隊の隊員
「解放軍からの脱走までは、全員同じ目的。……問題はこっから先」
史書官の言う通り、俺達に選べる道は2つ。
交国軍から脱走するか、投降するか。
「チビ達の方に身を寄せた奴らは、交国軍から脱走する気満々……なんだな?」
「そうだよ、悪いかよ」
脱走派の奴が、不満げに「交国政府は信用できねえ」と言った。
「オレらに存在しない家族や故郷の夢を見せて、騙してたわけだろ?」
「ろくでもねえ! 交国なんてもう、故郷でも何でもねえよっ!」
「そう思って逃げたがるのも、わかるけどさぁ~……」
交国政府が俺達を騙していたのは事実らしい。
犬塚特佐が政府を告発して、政府も「オークの秘密」を認めたらしい。
だから、皆が交国政府を「ろくでもねえ」と言うのもわかる。
俺だってそう思うもん。
だけど……。
「ネウロンには、犬塚特佐が来ている。政府を告発した犬塚特佐に保護してもらえたら……交国に戻っても、守ってもらえるんじゃあ……ねえかな?」
「特佐が、オレ達をわざわざ守ってくれるかぁ?」
「告発したってことは、俺達に寄り添ったことはしてくれるかもだろ? あの人は、玉帝相手にケンカを売ってんだぜ?」
交国政府は信用できない。
けど、犬塚特佐は……交国の英雄は信用できるはずだ。
交国に戻っても「希望」はあるはずだ。
ネウロンのチビ達は、ともかく……。
「それに、さ……。交国から逃げてどうするよ? お前ら、交国の外に親戚とか、頼れる友人がいるのか?」
「いるわけねえだろ」
「家族すらいねえのに」
「でも、お前らも交国国内に友人はいるだろ? 大抵、軍関係の奴だと思うけど」
家族は存在しないとしても、交国にも確かに「人」は存在する。
頼りになる友達もいるはずだ。軍学校時代の仲間とか……。
いや、頼りになるかどうかはともかく……友達はいるはずだ。
「そういう奴らと離れて、誰も知り合いのいないところへ……交国の外に飛び出していくって……怖くねえか……?」
「なんだ、ビビってんのか?」
「そりゃあビビるだろ! 敵地で孤立無援になるような話なんだぞ!?」
多次元世界では、たくさんの争いが起きている。
交国の支配地域は、まだ治安が良い方だ。交国本土の「故郷」は夢の中の世界だろうと……それでも治安は良かった。
「他国に渡って、そこで幸せになれる保証ってあるのか? 誰も知り合いのいない土地で生きていくより、犬塚特佐や友人を頼って……交国でガマンしながら暮らすのも……悪くないかもしれないぜ?」
「軍で、死ぬまでこき使われる可能性があるのに?」
「交国から逃げたら、そこらの国家や組織の戦争や抗争に巻き込まれる可能性もある。逃げても逃げなくても、どっちにしろ危険だろ?」
むしろ、国外の方が危険かもしれない。
交国は、今後良くなっていく可能性がある。
犬塚特佐を信じてついていけば、ひょっとすると――。
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:星屑隊隊長
「交国に戻るのも、1つの手だ」
犬塚特佐の告発は、茶番劇だろうがな――という話は伏せつつ、そう言う。
巫術師達はともかく、星屑隊の隊員達は交国に戻るのも1つの手だ。
犬塚特佐は玉帝の駒だが、「我の強い駒」だ。
そして、あの人は……善人でもある。
私の敵だが……しかし、人間としては信頼のおける御方だ。
「我々は確かに交国政府によって軍事利用されていたのだろう。それは今後も続く可能性はあるが、改善の可能性もある」
「犬塚特佐が、交国を変えてくれるんですよねっ……?」
「…………。その可能性もあるが、世論の問題もある」
玉帝も交国政府も横暴な存在だ。
だが、国家は国民あってこそのものだ。
オークの秘密は明らかになった。
発覚は「玉帝の駒による告発」だろうと、明らかになった以上……今までのようなオークの軍事利用は不可能になるだろう。
何らかの「対策」でもない限りは――。
「交国政府は、オークの置かれた環境を改善せざるを得なくなった。完全には改善されないはずだが、それでも『今よりはマシ』な状況になる可能性は十分ある」
本当にマシになるかは、私もわからん。
甘い夢を見たままの方が「マシ」だったのかもしれん。
真実が明らかになったとしても、辛い現実から救われるとは限らん。
オークの軍事利用が始まった発端は、交国が力を欲したためだ。しかし、その力は「対プレーローマ」のために必要だったものでもある。
交国のオーク達が甘い夢を見たままの方が……本人達は幸せだったかもしれない。それが人類全体の幸福に繋がったかもしれない。
真実は優しくない。強いだけで、皆を救ってくれるとは限らない。
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:星屑隊の隊員
「隊長にそう言ってもらえると、少し……安心します」
「可能性の話を言っただけだ。……交国が良い方向に変わるとは保証できん」
緩く腕組みをしている隊長は、そう言いながらさらに言葉を続けた。
脱走は終わりではなく、あくまで始まり。
国家に頼れない状態で、未知の道を進んでいくことになる。
それは確かに大変なことだ――と、隊長は言った。
脱走派の連中が、少しそわそわし始める。揺らいでいる。
「交国のオークが置かれていた環境は、改善に向かう可能性が高い。……だが、特別行動兵に関しては大して変わらないだろう」
「…………」
「むしろ、オークを軍事利用出来なくなった分、そのしわ寄せは特別行動兵に向かうかもしれん。交国政府に適当な『罪』をでっち上げられ、大衆も『罪人は厳しく扱っても仕方ない』と言い始めるかもしれん」
隊長の言葉を聞いたチビ達の表情が、不安げなものになっていく。
ヴァイオレットちゃんも……表情を硬くしている。
ネウロン組は決意が余計に固まっちゃったかなぁ……。
まあ、そっちはマジで逃げるしかなさそうだもんな……。
説得、無理そうかな。
……お前らを見逃すのは、ちょっとだけマズいんだけどなー……。
交国軍に戻った時、「お前ら、脱走兵を見逃したの?」と責められるかも?
けど、それはこっちの都合だよな……。
「交国軍に戻る奴らにとって、オレ達を見逃すってことは……脱走兵を見逃すってことだ。それはマズいかもしれないが……何とか見逃してほしい」
他の脱走派の連中と違い、レンズ軍曹とラート軍曹は決意を固めているみたいだ。チビ達に寄り添い続けている。
「オレ達は交国軍を裏切るが、星屑隊の仲間と争いたくない」
「俺達だって同じですよ~……。なあ、皆……」
周囲の隊員に問いかけると、皆も肯定してくれた。
ここにいる皆で争っても、そこまで良いことはない。
脱走兵を見逃すのはマズいが――。
「俺達だって、チビ達やヴァイオレットちゃんが交国に戻るのは……『やばい』ってことは理解してます。軍曹達とも戦いたくないですよ」
「助かる……」
「つーか、戦って勝てる気しないし~……」
念のため、所持していた銃を地面に置く。
こんなもん、今は無い方がいい。
「魔が差す可能性もあるんで、武器は脱走派で管理してください」
「スマン……。そうさせてくれると、正直助かるわ」
「……ちなみに、隊長は~……」
ほんのり期待しつつ、隊長の意志を問う。
隊長は、俺達の中間地点にいる。
けど、さっきの物言いは俺達寄りの気がしたんだが――。
「私も、交国の蛮行に対して思うところがある」
「…………」
「拒否されないのであれば、私も脱走に参加させてほしい」
「えっ!? いっ、いいんですか~……?」
ヴァイオレットちゃんが――めちゃくちゃビックリした様子で――声を上げ、ワタワタしながら隊長を見ている。
隊長も、ヴァイオレットちゃんの方を見ている。
「た…………隊長。交国軍を抜ける気っスか……?」
「意外か?」
「ええ、かなり……! 解放軍にも入ってなかったのに……」
「彼らの主張も、ある程度は理解できる。私もオークだからな」
だが、それでも交国軍から逃げる。
交国が変わる可能性があっても、それでも脱走を続けるつもりらしい。
そっか。
そうなのか。
……それなら、まあ……。
「ええっと……。俺も、隊長について行きたいですっ……!」
「「「はぁっ!?」」」
「おまっ……! まるで『交国軍戻る派のリーダー』みたいなツラして話を進めてたのに、隊長について脱走する気なんかいっ……!」
「だってさぁ……! 隊長は頼りになるじゃんっ!? 遠くの犬塚特佐より、近くの頼りがいある隊長の方が……いいじゃんっ」
そこらの「友人」より、隊長の方がよっぽど頼りになる。
隊長が脱走するって言ってんだから、ついて行きたいよ。
「脱走するの心配だけど……交国戻っても~……俺達、結局は『交国軍』で働くしかないだろ? それ以外の生き方、教わらなかったし……」
「…………」
「隊長は、交国から逃げた後のアテとか、計画とか……あるんですよね?」
「多少はな」
「お……俺も、ついていっていいですかぁ~……?」
主体性なくて情けないのは重々承知で、おずおずと問いかける。
隊長は「私は構わん」と言った。
ヴァイオレットちゃんも、「どうぞどうぞっ」と言ってくれた。
交国に戻る派の皆に対し、「いやぁ、悪いねぇ~……」と謝りつつ、そそくさと脱走派の方に近寄る。すると――。
「ズルいぞ、お前っ……!」
「隊長が行くなら、オレ達も行きますよぅっ! 連れてってくださいっ!」
脱走派の面々が、どんどん増えていく。
チビ達への貸しや、交国政府への不信。隊長への信頼とか……純粋にチビ達が心配とか……皆それぞれの理由で動き始めている。
俺のような主体性のない奴もいるけど!
「ええっと……お前らと一緒に逃げていいか?」
一応、チビ達にも聞いておく。
ちょっと気まずい思いをしつつ聞くと、チビ達は3人揃って笑って、「もちろんっ!」と言ってくれた。……その笑顔がバツの悪さをさらに強化してくれた。
多分、ここにスアルタウがいたら……あの子も笑ってくれたんだろうな。
あんな良い子が死んで……俺みたいな主体性の無いクズが生きてるとか、世界って……マジで不公平だなぁ……と思った。
意識不明で意見の聞けない副長はさておき、星屑隊の隊員は殆どが「脱走しよう」という意見で固まった。
ただ、1人だけは……ハッキリと別の判断をするようだった。
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:防人・ラート
「パイプ……」
「…………」
皆が脱走派になってくれたが、パイプは俺達から距離を取ったままだ。
パイプは迷っている様子で目を伏せていたが――。
「……ごめん、僕は交国を……故郷を信じたい」
パイプはそう言い、「交国軍に戻るよ」と宣言した。




