渡りに船
■title:ネウロン地下・大防衛網にて
■from:防人・ラート
「全員、無傷とはいかなかったが……またお前達と会えて喜ばしく思う」
隊長が無表情でそう言うと、皆が苦笑した。
中には「嬉しそうな顔してくださいよ~」と軽口を叩く隊員もいて、隊長が少しだけ困った様子で「表情筋が死んでいる。無理を言うな」と返した。
技術少尉の姿はない。
あの人……結局、繊一号に連れてこられた後、どうなったんだろうな……。
「…………」
星屑隊は2人を除いて、全員ここにいる。
逃げる途中に負傷して、少々骨折した奴もいるようだったが……そういう奴らは手当してもらい、この場に顔を見せている。
ただ、キャスター先生と副長の姿はない。
先生は負傷していなかったはず。
副長も、地下には運び込まれた。
多分、副長は倒れたままで……先生はそれを診ているんだろう。
「特別行動兵の諸君も――いや、もう特別行動兵ではないな」
隊長はそう言いつつ、子供達の方を見た。
「私達と同じ脱走兵か」
「うん。でも、『フェルグス脱走兵』とか呼ぶのは勘弁してほしいかな」
「当然だ。フェルグス…………君、か? 君付けがいいか?」
隊長がフェルグスにそう返すと、フェルグスは微妙に嫌そうな顔して、「呼び捨てでいいっス……」「その呼び方、くすぐったい」と言い、皆に笑われた。
フェルグス達はもう、特別行動兵じゃない。
交国の言いなりにならずに済む。……ただ、任務を終えて解放されたわけじゃない。今後も危険は多そうだが……それでも、今は「自由」になった。
「巫術師であるキミ達と、バレットとレンズが副長を助け出してくれたのだったな。彼に代わって感謝する」
隊長は少し頭を下げた後、皆を見渡しながら言葉を続けた。
「解放軍の兵士として積極的に動いていた副長に対し、思うところがある者も多いだろう。だが、彼も連れて逃げるのを許してほしい」
「それはまあ、いいんですけどね」
「隊長がそう仰るなら」
「解放軍はともかく、副長に対して……特別に恨みとかないですしね」
隊長は、星屑隊の隊員達の言葉を聞き届けた後、第8の面々を見た。
ヴィオラも子供達も、異議は無いらしい。
「副長、解放軍側の話ばかりしてたけど……それでも他の兵士と比べたら、オレ達のこと気遣ってくれてたし……」
「副長ちゃん、レンズちゃんのこと守ってくれたしっ!」
ロッカが頭を掻きつつ口を開き、グローニャも笑顔で擁護してくれた。
グローニャは隣にいたレンズの身体にそっと触りつつ、「副長ちゃんも、レンズちゃんも……他の皆も怪我は大丈夫なのん?」と言った。
隊長曰く、レンズや他の皆は大丈夫らしい。
とりあえず命に別状は無い。安静にしておくべきだが、無茶をしなければ直ぐにどうこうなる状態ではない――と教えてくれた。
「まあ、仮に死にそうになったら、お前らからこっそり離れてポックリ逝くよ」
「レンズちゃんっ! そういうヤなこと言わないでっ……!!」
レンズが笑えない冗談を言い、グローニャがメチャクチャキレた。
皆も「そうだそうだ」とグローニャを応援し、立場のないレンズは「わ、悪かったって……」と漏らした。
「まあ、オレは何とか大丈夫っぽいが……副長は~…………」
「予断を許さない状況だ」
そう言ったのは、簡易手術着を着たエノクさんだった。
キャスター先生と共に、副長の手術を行っていたらしい。
「常人なら、もう死んでいる。しかし彼は交国のオークだ」
丈夫な身体で、痛覚も無いから何とか持っているらしい。
交国を憎んでいる副長が、交国の肉体改造の影響で無事なのは……皮肉なものを感じた。いや、今は純粋に喜ぶべきだな。
ただ、全身を銃弾で撃たれたため、エノクさんでも「絶対に大丈夫」とは請け負えないらしい。キャスター先生も同意見みたいだ。
「彼は交国軍に投降し、もっと良い環境で療養するべきかもしれない。問題は、解放軍幹部とも付き合いのある彼がそれを許されるかどうかだが」
「…………。おそらく、難しいだろう」
エノクさんの意見に対し、隊長が言葉を返した。
副長は一応、解放軍幹部ではないが……幹部のドライバ直属の部下だった。交国側も丁重には扱ってくれないだろう。
解放軍も、大怪我を負っている副長を受け入れる余裕があるとは思えない。……そもそも副長は解放軍に撃たれたんだから、助けてもらえないだろう。
となると、オレ達と一緒に逃げるしかない。
「彼は、まだ意識を保っている間にこう言った。『オレだけ置き去りにして、出来るだけ遠くに行ってほしい』と言っていた」
「…………」
巫術師の心配したんだろうか。
副長が皆に危害を加えたくないと思っていても……死んじまった場合、子供達はその死を感じ取ってしまう。
「副長も、オレ達と一緒に逃げるべきだ。オレ、副長のことおんぶしてでも連れて行くぞ。……死なせたくねえもんっ」
フェルグスは義手で腕組みしつつ、そう言った。
言って、唇をキュッと結んでいる。
隊長も「可能な限り連れていこう」と言ってくれた。
「しかし皆さん、大変な状況ですねえ……」
そう言ったのは、のほほんと紅茶を飲んでいた史書官だった。
皆が治療を受けたり、物資を確認しているうちに、自分で持って来た紅茶を淹れて飲み始めたらしい。
「交国軍はネウロンに到達しました。このまま解放軍を蹴散らして回るでしょう。貴女達が選べる道は、交国軍に投降するか逃げ続けるかの2つです」
「…………」
「少なくとも、ヴァイオレット様達は逃げる予定なんですよね?」
史書官がそう問うと、ヴィオラはコクンと頷いた。
子供達の肩を抱きつつ、肯定した。
「私は……交国政府を信用できません。交国の支配下に戻っても、この子達は都合良く使われるか……もっと酷い目に遭うかもしれません」
「俺もヴィオラの言う通りだと思う。……俺も交国軍から逃げる」
「オレもな。付き合うよ」
俺とレンズがヴィオラに続いてそう言うと、隊員の中から「連れてってほしいなぁ~……」と手を上げる奴らがチラホラ現れた。
「1人で脱走とか無理だけど、皆でやったら何とかなるかもだし……」
「そういう打算もあるけど、貸しもあるしな」
「貸し?」
「俺達が解放軍から逃げ切れたのは、ガキ共の頑張りもあったからだろ」
隊員の1人がそう言い、「ガキ共が来てくれなきゃ、危なかった」と言った。
「ロッカとか、結構危ういところを助けてくれただろ?」
「さっきはありがとな。車を直してくれねえと、危ないとこだった」
「えっ、いやっ、スゲー雑な直し方で~……。それに、よくよく考えてみたら、皆を機兵に乗せて運んだ方が早かったかも……」
「それだとお前が戦闘に参加できなくて、ラート軍曹達の負担が増えてた。お前さんの判断は正しかったよ。ありがとな」
「うんうん。貸しは返さないとダメだな」
「貸しなんてねーよ! 星屑隊の皆も、前に繊一号から脱出する手伝いしてくれたじゃんっ……!」
「その後、副長の罠にホイホイかかっちまったけどな~……」
「繊三号の時の貸しもあるからなぁ」
「それも休暇の時に返してもらってる~……!」
お互いに貸し借りの話をしばししたが、脱走派の隊員達は苦笑しながら「どっちにしろ『逃げたい』と思ってたんだ」と言った。
「だから、渡りに船の話なんだ。俺達もついていっていいか?」
「どうぞどうぞ、歓迎しますっ……!」
ヴィオラがそう言うと、脱走派の隊員達がこっちに近づいてきた。
ただ、それは全員ではなかった。
全員が脱走を目指すわけじゃない。
「このまま……逃げちまっていいものなのかな?」
隊員の1人が、脱走派を見つつ、言葉を続けた。




