トモダチの輪
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:崖っぷちのドライバ少将
「ひぃ、ひぃっ……!」
<曙>から命からがら脱出する。
犬塚銀がネウロンに来るなんて、聞いてない!
巫術師共に「奴を殺せ!」と命じたものの、全員、返り討ちにあった。
もう無理だ! 犬塚銀の<白瑛>に勝てるわけないっ!
「少将、どうしますかっ……!?」
「へ、兵士共に繊一号から逃げるよう命じろっ!」
皆で一斉に逃げるしかない!
犬塚銀は強いが、甘い男だ!
一斉に逃げた兵士共に紛れて逃げ出せば、町から脱出できるかもしれない。
木っ端の兵士共に紛れて逃げて……なんとか、第二拠点へ――。
「そういえばイヌガラシは!? 奴と泥縄商事社員はどこに……!?」
「同志イヌガラシは行方不明です。他の泥縄商事社員も、姿を消しています……」
「戦闘に巻き込まれて死んだのか、あるいは――」
「あのゴキブリ共が、そう簡単に死ぬかっ……!」
奴ら、旗色が悪くなったからさっさと逃げたな!?
くそっ! 泥縄商事の支援が受けられないと、物資確保が難しくなる!
計画は当初から失敗していた。
交国軍の刃は、僕らの喉元に突きつけられている。
ブロセリアンド解放軍は、もうお終いだっ!
それでも何とか、僕は生き延びないと……! 兵士共を囮に――。
「少将! 車両の準備が出来ました! ただ、繊一号の出入口はどこも混雑しており……途中から、徒歩で逃げる必要も――」
「繊一号から出て20キロ先に、輸送機を回しておきました」
「とにかく逃げよう! よくやった! お前達も来いっ!」
「いえっ! 殿として残りますっ!」
車の手配に行っていた兵士が、敬礼しながら殊勝なことを言いだした。
お前如きが殿としての役目を果たせるとは思えないけど、どうでもいい! 僕が逃げられるならどうでもいい! 勝手に頑張って勝手に死ね!!
「うんうんっ! がんばれ! 頑張って僕を守ってね!?」
「最後に、握手していただけますか!?」
「あぁ? えっ? い、いいけどっ……」
サッと差し伸べられた手を、咄嗟に取る。
「――――?」
なんか、いま、チクッとする感覚が……した、ような……?
「あっ、それと通信が入ってます!」
「う、うん……」
通信してる場合じゃないけど、咄嗟に通信機を受け取る。
通信先の声に耳を傾けると――。
『えと、えっと、武器を捨てて降伏してっ!』
「…………?」
『オジさんは、解放軍のエラい人なんでしょ? 全員に命令してあげて? 危ない事しちゃ……ダメだよ~……! 逃げるのも、ダメっ』
通信機から、幼い子供の声が聞こえる。
不思議と苛つかない。
それどころか、強い親しみを感じる。
知らない声なのに、何故か……親友の声のように感じる。
「誰キミ? この状況で……なに言ってんの?」
『言うこと、聞いてくれないの……?』
「えぇっ……? うん、まあ……」
親友の頼みだろうと、知ったこっちゃない。
僕は自分が一番大事だし――。
『あれっ? あれぇっ? この人、カペルの言う事聞いてくれないっ……! 犬塚特佐ぁ~……! ど、どーしよー……!?』
『そりゃ相手が悪いんだ、カペル。お前は悪くない! 薄情な奴には、お前の力は効きにくいからなぁ~……』
「――――」
何で、通信に犬塚特佐が割り込んできてんだ?
『その辺の全員に命令してみな? 解放軍幹部を取り押さえろって』
『わかった!』
「…………!」
通信機を投げ捨てる。
地面に転がった通信機から、舌っ足らずな声で「その人を捕まえて~……!」と聞こえてきた。なんだ。なんなんだ、コイツ……!
なんで、犬塚特佐と親しげに話して――。
「…………」
「えっ!? なにっ!? なんで僕を掴んでくるの!?」
通信機を渡してきた奴が、僕の腕をギュゥッ……! と掴んできた。
骨を砕きそうな勢いで……やけに真面目な表情で――。
「いや、だって、大親友の頼みですから!」
「はぁっ……!?」
「皆も手伝ってくれ! 大親友の願いを叶えるんだぁっ!!」
「…………!?」
周りの兵士達が殺到してきた。
解放軍の兵士なのに、叫びながら幹部に掴みかかってきた。
クスリでもキメたみたいに掴みかかってきて、僕を引きずり倒し――――。
■title:<繊一号>近辺の海中にて
■from:工作員のイヌガラシ
「やれやれ……。もうムチャクチャだよ……」
犬塚銀の襲来した繊一号から脱出する。
方舟を潜水艦のように使い、海中を進んで町から距離を取る。
解放軍はもうダメだ。
バフォメットが敗北し、相手に犬塚銀がいる以上、現状の戦力で立ち向かうのは不可能だ。……ブロセリアンド解放軍は、もう終わりだ。
「手間暇かけて火種を育ててやったのに……。交国政府め……!」
解放軍の蜂起にはかなりのリソースを割いていたが、告発も失敗した。
オークの秘密という問題は燃え始めたが、今のところは交国政府が火をコントロールしている。少なくとも、今のところはコントロールしている。
解放軍の戦力が一番揃っていたネウロンも……中枢の<繊一号>を叩かれた。あそこに犬塚銀が現れた以上、直ぐに制圧されてしまうだろう。
今回の工作は失敗した。
だが、生きていれば必ず「次」がある。
必ず、次のチャンスが巡ってくる。
「今回は……負けを認めてやろう。……今回はな」




