ただの交国軍人
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:防人・ラート
「出来るだけ早く片付ける! いつでも出られるように準備を!」
『はい軍曹っ!』
格納庫内の星屑隊隊員に声をかけつつ、残りの敵機と相対する。
敵機兵はレギンレイヴ。
プレーローマ製の飛行機兵。
逆鱗が地を走る狼なら、レギンレイヴは鷲獅子だ。
俺は逆鱗の方が好きだが、性能はレギンレイヴが大きく勝る。飛行能力抜きでもレギンレイヴの方が全体的に勝っている。
しかも、相手はアレを巫術で遠隔操作しているらしい。
バフォメットが解放軍にもたらしたヤドリギを使い、巫術師本人は繊一号内のどこかにいる。……それはそれで助かる。無駄に人を殺さずに済んで助かる。
町中を走りつつ、敵の射撃を回避する。たまに命中しているが、流体装甲で即時補修可能な小さな傷だ。それにそもそも――。
「射撃技術はフェルグス並み――」
相手は巫術師。
憑依で一撃必殺を狙ってくる怖さがあるし、素人のわりによく機兵を動かせているが……それでも軍人の技術と比べたら、まだ劣っている。
「そっち食いついてんじゃねえよ……!」
飛行するレギンレイヴと戦闘しつつ、格納庫周辺への射撃を行う。
敵はレギンレイヴだけじゃない。
機銃による威嚇射撃を行い――機兵不在の間に格納庫を制圧ようとしていた解放軍の歩兵を追っ払う。
……ただの歩兵なら、機兵で軽く追い払える。
だが、レギンレイヴが俺じゃなくて格納庫の方に向かったらマズい。
さっさと片付けないと敵の応援も来るだろうし、急がないと――。
「銃身形成・榴弾装填」
敵歩兵を殺さない程度に追っ払いつつ、突撃銃を生成する。
流体装甲からひねり出した榴弾を装填し、飛行中のレギンレイヴを狙い撃つ。
敵の装甲は逆鱗以上に硬い。この程度の榴弾では倒せない。
倒せないが、執拗に狙い撃つ。
「――――」
命中。命中。命中。命中。命中。
5つの爆発がレギンレイヴを包み込む。
それでも敵の装甲は軽く焦げた程度だが、体勢を崩した。
「やっぱり、まだ飛び慣れてねえな……!」
奴らが慣れていないのは射撃だけじゃない。飛行技術も素人だ。
確か、レギンレイヴは方舟のように重力操作で飛んでいるはずだが、飛行状態を維持するのにはそれなりの技術がいる。
自転車に乗っている時、横合いから蹴られたら体勢を崩しかねないように、飛行中のレギンレイヴも衝撃に弱い。
巫術師達は巫術の後押しにより、短期間で飛行技術を手に入れたようだが、まだ未熟。飛行中に攻撃を受けた時の立て直しが未熟だ。
2機いるうちの1機を執拗に狙い、徹底的に体勢を崩させる。
体勢崩して失速した1機が、町中に向けて落下していった。落下地点で建物が派手に壊れていった。誰も巻き込まれてませんように……!
まだ倒したわけじゃないが、直ぐ動けるのはあと1機――。
「――投槍形成」
直ぐ使うものじゃないが、機兵背部に武器の生成を開始する。
特殊な投げ槍だから、生成まで時間がかかる。
ネウロン旅団配属になってからは、あまり使ってない手だが――。
「チッ……。空が危ないと気づいたか……!」
まだ飛行中のレギンレイヴが、慌てて地上に降りてきた。
半端な飛行技術では、飛行能力を活かしきれないのに気づいたらしい。派手に落ちた仲間に警告されたのか、あるいは指揮官の指示か――。
けど、その降り方はやめとけ。
「刀身形成」
槍とは別に、斧を生成し――投擲する。
銃よりずっとシンプルな構造のため、この手の武器は生成速度も速い。
勢いよく回転しながら飛んで行った流体装甲の斧が、敵の脇腹当たった。
「着地に集中しすぎだ」
敵機兵は着地に神経を割くあまり、警戒が疎かになった。
着地予定地点もバレバレ。建物を壊さないよう、街路に向けて真っ直ぐ慎重に降りてきていた。そんなの、弾丸より遅い投げ斧でも当てられる。
だが、アレでもまだ仕留めていない。
逆鱗だって、あの程度ならまだ動ける。
激突してきた斧の衝撃で、レギンレイヴは着地に失敗した。それでも体勢を立て直したら直ぐに復帰してくるだろう。今のうちに仕留める。
「走れ走れ走れッ……!!」
自分を急かす。
着地失敗した機兵を撃ちつつ、トドメを刺すために新しい斧を生成する。
大きく上段に振りかぶり、敵へ必殺の一撃を――――。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:解放軍の巫術師
『バーカ……!!』
敵が斧を振りかぶりながら近づいてくる。
斧を使って、こっちを倒す気だ!
バカにしやがって! まともに受けたら確かにマズいけど、対処法はある!
『装甲を強化したら……!!』
巫術で流体装甲を操り、腕部の装甲を一気に強化する。
機兵全体の装甲を強化する暇はない。
けど、今は腕だけでいい。
強化した腕の装甲で、斧の一撃を止めれば勝てる!
こっちは巫術師。巫術憑依が使える。
腕で受け止めて、斧越しに憑依すれば一撃で敵を――。
『あ――――れっ――――?』
斧が降ってこない。
こっちは受ける気満々で、腕を上げて防御態勢を整えたのに。
敵の銃だけが、こっちに突きつけられて――。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:防人・ラート
「良い判断だ」
斧を振りかぶったまま敵の手前で停止し、銃口だけ向ける。
巫術を知らない相手なら、その防御で反撃できたかもな。
けど、俺は巫術初見じゃねえ。
アル達が、色んな巫術の可能性を見せてくれた。
「――――」
バンザイ気味に腕を上げた敵機兵の胴体関節に向け、至近距離で発砲。
この距離なら、レンズほど射撃が上手くない俺でも楽に当てられる。
これ見よがしに振り上げた斧に、巫術師は食いついた。
腕部装甲を強化しているのは、よく見えた。蠢く流体装甲が「受けた後、憑依で決着」という相手の思惑を教えてくれた。
敵が釣り用の斧に意識を割いて逃げずにいるうちに、本命の至近距離連射で大ダメージを与える。
フェルグスやスアルタウなら、関節が多少壊れたところで流体装甲で腕や脚を作り、復帰してくるだろうが――。
「そのまま寝ててくれ……!!」
関節を壊しながら体勢を崩した敵機兵に、トドメの斧を振り下ろす。
憑依による反撃を警戒し、途中で投げる。
立て続けに攻撃を受けて弱っていた敵機兵の頭部と胴体に斧が突き立つ。腕部装甲強化のために流れ続けていた流体が衝撃により爆発した。
これで2機。
だが、まだトドメを刺せてない機兵がもう1機いる。
射撃で強引に落としたレギンレイヴが、立ち上がってきた。
建物の瓦礫を払いのけつつ、こちらに銃口を向けてきている。
「1秒遅え」
一瞬早く、先制攻撃を仕掛ける。
装填済みだった最後の榴弾が、敵の銃に着弾した。
榴弾の爆発に刺激され、敵の銃も吹っ飛んだ。
大きな爆煙が発生し、お互いの姿が見えなくなる。
「――――」
けど、向こうには見えているはずだ。
巫術師なら、俺の魂は観えているだろう。
だから、俺の位置はわかるだろうが――何やるかはわからねえだろ。
空いた手で、機兵背部に生成した特製投槍を掴む。
跳躍しつつ、その勢いを腕部に流し――投擲。
「穿槍起動」
槍の石突きが火を噴き、槍がさらに加速する。
跳躍×投擲×噴射加速で放たれた槍が、敵の装甲を貫いた。
ただ、貫通はさせない。
衝撃により、槍内部から突き出た突起が「返し」となり、敵に引っかかる。
一拍置いて、槍内部の爆弾が花開く。
槍から生じた爆発により、大ダメージを受けた敵機に背を向ける。
とりあえず、この場の3機は対処した。
「逃げるぞ!」
星屑隊の格納庫から、隊員達の乗った車両が飛び出してくる。
それを止めようとしてくる歩兵や装甲車の前に立ちはだかって壁になる。
流体装甲の盾を地面に突き刺して通行止めにし、敵を堰き止めておく。
「合流できてない奴を拾いつつ、脱出路に行くぞ!」
『はい! つーか軍曹、敵のレギンレイヴ、もう倒したんですかっ!?』
「まだ3機だけだ」
基地の方で飛行を開始したレギンレイヴが見える。新手だ。
敵はまだまだいる。レギンレイヴは逆鱗より高性能ながら、操っている巫術師達にはまだ隙がある。……けど、触れられた時点で俺の負けだ。油断できない。
相手が亀のように防御を固め、突撃してくるだけでマズい。
1機程度ならともかく、数十機のレギンレイヴがひたすら防御を固めて突撃してくるだけでマズい。敵は「ちょこん」と触るだけで俺を倒す事が出来る。
そして、敵機兵はレギンレイヴだけじゃない。
「チッ……! 逆鱗も来るよなぁ……!?」
同型機が追いかけてくるのが見えた。
敵も繊一号を――自分達の支配地域をメチャクチャにしたくないのか、近接装備主体だ。砲撃してくる様子はない。
逆鱗の方は経験豊富な元・交国軍人が乗っている事を考えると、レギンレイヴより厄介かもしれない。……巫術師と元・交国軍人達が、俺達のような連携出来るほどの関係結んでいるとは限らないが――。
『軍曹、大丈夫ですか……!?』
「何とかする! 全員で生き延びるぞ!」
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:崖っぷちのドライバ少将
「ちょっと……! なんでレギンレイヴが3機もやられてんの!?」
「敵の反撃にあったようで……」
「敵の機兵って、逆鱗1機だけでしょ!?」
星屑隊の格納庫には機兵が1機あった。
けど、巫術師の操るレギンレイヴが3機もあればサクッと制圧し、見せしめに出来ると思ったのに――なんか見てない間にやられてる!
敵の逆鱗を操っているのは、ただの交国軍人のはずだ。
現場の人間に何があったか聞くと、「敵機兵が接近戦で瞬く間にレギンレイヴを倒しました」「投げ槍で行動不能に」とか、ワケのわからない事を言ってきた。
痛覚ないのに「頭が痛い」という感覚に襲われる。
貴重な戦力が……レギンレイヴが……!
「出せる機兵は全て出せ! 繊一号の港と出入口を固めさせろ!」
交国の犬が流した偽情報で、兵士達が混乱している。
けど、何とか命令を聞いてくれる奴を探させる。威勢良く「了解しました!」と言っていた部隊が、スタコラと繊一号に逃げて行く姿も見えるけど……!
脱走兵をサクっと倒すだけの催しのはずが、混乱に乗じて脱走兵が増えている。この状態が長引くと、非常にマズい……。
『少将、ドライバ少将! 交国軍はどこにいるんですか!?』
「だから来てないって!! さっきの通信は脱走兵の偽情報!!」
『しかし、弾薬庫で大きな爆発が――』
「それも脱走兵がやったの!!」
『少将! 交国軍の機兵に、レギンレイヴがやられたと聞きましたが……!』
「それも脱走兵だよ!!」
『『脱走兵がそんなこと、できるわけないでしょっ!?』』
「やってんだよバカ~~~~っ!!!」
一々説明するのが面倒くさい!!
そもそも、説明してもあんまり意味がない!!
混乱の中で、真面目に命令を実行している奴もいるけど……中には「交国軍はどこにいるんですか?」と聞き、情報だけ仕入れて逃げようとしている奴もいる。
交国軍なんか来てないのに、「幻の交国軍」で解放軍が混乱している。
偽情報に惑わされ、解放軍が瓦解していく……!
マズいマズいマズい……! どうすればいい!? どう対応したら……!
「っ……! 交国軍は、アイツらだ!!」
脱走兵共を――星屑隊を「交国軍」として認定する。
奴らは繊一号で破壊工作を行い、逃走中。
「星屑隊は交国軍の工作員だ! 殺せ! 復讐しろっ!!」
こう言っても、聞かない奴はいるだろう。
けど、この情報で扇動できる奴はいる。
「巫術師共!! 星屑隊がお前達の親の仇だ!!」
復讐心を煽ってやれば、動く巫術師達もいる。
混乱していた巫術師達が、光に群がる蛾のように動き始める。
レギンレイヴを駆り、町中を逃走中の敵に向かっていく。
「敵の逃げ道を塞げ!」
港や繊一号の出入口に派遣し、しっかり固めさせておく。
それなりに飛べる奴らは、町中を逃げる星屑隊の追撃に回す。
交国軍から奪った<逆鱗>部隊も動かし、敵に向かわせる。
『少将ぉ! 逃げた憲兵と女を見つけましたっ!』
「でかしたァ!!」
右往左往する解放軍兵士に紛れていた憲兵とヴァイオレット君を見つけた。
奴らは車で逃走中だが――。
「<逆鱗>部隊! その車を止めろ! 射撃せず、停止させろ!!」
殺すなよ、と付け加えておく。
ヴァイオレット君には、まだ利用価値がある。
憲兵のサイラス・ネジにも用事がある。……拷問して殺す用事がね!
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:星屑隊隊長
「子供3人に鎮痛剤は打ったな?」
『はい! 雪の眼から受け取ったヤツを打ちました!』
バレットと通信しつつ、盗んだ車を走らせる。
解放軍を偽情報と爆発で混乱させ、その隙に逃げるつもりだったが――どうも敵は私達の位置を掴んだらしい。
複数の<逆鱗>が「止まれ!」と警告しつつ、こちらに走ってくる。足下で混乱する解放軍兵士を踏み潰さないようモタついていたが――ついには潰した。
混乱が余計に大きくなるが、機兵乗り達はもう押し通る事にしたらしい。仲間の兵士達の頭上を飛び越え、こちらに迫ってくる。
もう少しで町中まで逃げ切れたのだが――。
「バレット。子供達は頭痛を感じているか?」
一拍置き、「頭痛が来てます。けど、チクチクする程度みたいです」と言った。
鎮痛剤が効いてきている。
ならば使おう。タイミングも悪くない。
「――――」
所持していた端末から、起爆信号を送る。
ヴァイオレットを助けに来る前、仕掛けておいた爆弾を起爆する。
爆発音は聞こえてこなかったが、効果は覿面だった。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:防人・ラート
「んんッ……!?」
こちらに迫っていた逆鱗部隊が、一斉にすっ転んだ。
お笑い番組で、演者達が一斉に転んだような光景だった。
示し合わせたように行われた転倒劇により、機兵が建物に突っ込んだり、道をゴロンゴロンと転がっていった。……何が起きたんだ?
よくわからんが、敵が減った。
レギンレイヴは相変わらずいるが、稼働中の逆鱗の数が一気に減った。
「よくわからんが、敵が減るのは良いことだよな……!?」
けど、今のマジでなんだったんだ!?
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:崖っぷちのドライバ少将
「なに? なにっ……!?」
方舟の艦橋に、次々と新しい報告が届く。
脱走兵を向かわせていた逆鱗が、次々と転倒。
操縦者と連絡が取れないらしい。
なんで?
何が起こってんの……?
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:星屑隊隊長
「うひゃああああっ!?」
「――――」
ハンドルを切り、倒れ込んでくる機兵をギリギリで回避する。
ヴァイオレットの悲鳴も、転倒した機兵が立てたけたたましい金属音で殆どかき消された。ただ、その後に聞こえてきた質問はちゃんと聞こえた。
「隊長さんっ! 何かしました!?」
「爆弾を起爆しただけだ。気にするな」
敵機兵の操縦席に仕掛けた爆弾を、爆破しただけだ。
ヴァイオレットを助けに向かう前、念のため仕掛けておいた。
レギンレイヴの格納庫は警備の人間が多く、爆弾の設置は断念したが――逆鱗が置かれていた格納庫の警備はザルだった。
権能を使って忍び込み、盗んだ爆薬を操縦席に仕込んで置いた。
操縦者達は下手したら即死。そうでなくても大怪我を負い、機兵の操縦どころではなくなっただろう。逆鱗部隊はほぼ潰したはずだ。
既に動き出したところを狙ったため、相応の効果があったはずだ。
「隊長さんって、何者なんですか……!?」
「ただの交国軍人だ」
「それはさすがに無理――きゃっ!」
段差を飛び越え、市街地に入る。
ヴァイオレットを連れ、さっさと逃げる。
逆鱗はともかく、レギンレイヴへの対抗手段は用意出来ていない。
そちらは、ラートやフェルグス達に期待するしかない。




