この願いが呪いになっても
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:復讐者・フェルグス
『にいちゃん』
「――――」
アルの声。
ラートやヴィオラ姉の声が聞こえていた端末から、弟の声が聞こえた。
雑音混じりだけど、これは……確かにアルの声だ。
『最後に、お話できそうにないから……音声記録を残すね』
「ぁ……アル……?」
『ボク、弱くて……機兵、こわしちゃって……。機兵のスピーカーもムリっぽいし……巫術で何とか、残しておくね。……残せるといいなぁ』
「お前……」
『えっと……。まず、ごめんね……?』
なに言ってんだ。
なんで、お前が謝るんだ?
『にいちゃんは、ラートさんと一緒にボクを守ってくれた』
「…………」
『それなのにボク、勝手なことしちゃった』
「は……?」
『にいちゃん、怒ってる?』
アルは少し震える声で、言葉を続けた。
怒ってないといいなぁ……とこぼした。
「怒ってるよ……。怒ってるけど! お前が謝る必要なんてないっ!」
悪いのはオレだ。
オレが、弱いから……。お前にばっかり、背負わせて……。
『でもボク、どうしても……にいちゃん達、守りたくて……。ずっと、にいちゃん達に守られてきたから……最後ぐらい、役に立ちたくて……』
「いいんだよ! 役に立つとか、そんなこと……!」
そんなこと、考えなくていい。
そもそも、お前は「頼りになる家族」だった。
昔はオレの背中に隠れてばっかりだった。
けど、ラート達と出会って、オレの後ろから飛び出していった。
重い物を背負っていたのに、それなのに一生懸命戦って……。
お前は、役立たずなんかじゃない。
オレの、自慢の――――。
『余計なことだったかもだけど、最後ぐらい、守れたのかなぁ……』
「バカなこと言うなっ! お前は、ずっと頑張ってきただろ……!?」
模擬戦で勝てたのは、お前やラート、そしてヴィオラ姉達が頑張ったからだ。
繊三号でバフォメットと戦って勝てたのも、お前が頑張ったからだ。
オレじゃダメだった。オレだけじゃ勝てなかった。
オレは、お前がつらいの……ずっと、気づいてやれなくて……。
父ちゃんと母ちゃんのこと、気づいてやれなくて……。
役立たずだったのは、にいちゃんだよっ……!
「守られていたのは、オレだ! オレは、お前がいたから――」
大事な弟がいたから、がんばれた。
怖くても、つらくても、お前がいたからがんばれた。
アルが後ろで支えてくれたから……守ってくれたから、オレは――。
『にいちゃん、怒ってるかもだけど……それでも最後に聞いてほしい事、あるの』
「…………!」
オレは、アルのためなら何だってしてやる。
オレの命は、お前のものだ。
お前の復讐なら、交国だってブッ潰して――。
『いっぱい生きて』
「――――」
『絶対、死んじゃダメ。ヴィオラ姉ちゃんとラートさん達と一緒に、生き延びて』
アルは優しい声色で、さらに言葉を続けた。
『交国のこと、憎いかもだけど……。戦うより、生きて』
「――――」
『憎いって気持ち、とっても怖いよ……。にいちゃんとラートさんにケガさせた交国軍人、みんな、殺した。憎くて、殺した。……この気持ちがあると、頭……カーっとなって……自分が、火の玉になったみたいで……怖かった』
アルは、「にいちゃんには、ボクみたいになってほしくない」と言った。
『憎むのって、とっても……怖いよ。にいちゃんは、ぜったい、この気持ちに囚われないで……。やさしいにいちゃんのまま、生き延びて――』
「オレは、お前が思うような……やさしいにいちゃんなんかじゃ……」
『生きていたら、いつかきっと、怒らず、笑える日が来るはずだから――』
「そんなわけねえだろっ……!!」
交国が憎い。
オレの大事な弟を奪った、交国が憎い。
父ちゃんも母ちゃんも、ネウロンも、平和も……全部、交国に奪われた!
全部、交国の所為で……!!
オレにはもう、何も……。ぜんぶ……奪われて……。
「逃げても、生きても……意味ねえじゃねえか……!」
だって、そんなことしても変わらない。
過去は変わらない。
「お前無しで、どう……笑えばいいんだよ……!」
お前のいない世界で、どう生きていけばいいんだ。
復讐以外、何をしたら……。
何にすがれば、いいんだよ……!
『にいちゃん、ボク――――ちゃ――見てる――ね』
「アルっ……! 待て! 待ってくれ!!」
雑音が、どんどん酷くなっていく。
アルの声が、遠ざかっていく。
いやだ。ダメだ。
返してくれ。
オレの、一番大事な弟を――。
『ちゃんと逃――、ちゃんと生きて――、ボク、ずっと見守――――』
「あああああ……! あぁぁあああ~っ……!!」
『一緒に、いられ――けど、―――と、見守っ―――――』
「あああああぁぁぁぁ……っ!!」
命どころか、言葉すら消えていく。
ぜんぶ、全部…………。
オレだけ、残して…………。
「なんで、なんでだよぉっ……!!」
オレが死ねば良かったのに!
アルに生きててほしかったのに!
それなのに、なんで……なんでお前は、オレに「生きろ」って言うんだよ!
それはオレが言いたかった事なんだよ!!
オレは、お前に生きてて欲しかったんだ!
それなのに……お前、なんでそんなこと言うんだよ……!
聞いても、答えは返ってこない。
でも、答えはわかっていた。
これを聞く前から、わかっていた。
アルが交国への復讐をなんて思うか、わかっていた。
わかっていたのに、オレは……アルの言葉から、目を背けて――。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:ラート
「これが、アルの最期の言葉だ」
機兵のシステムチェックをしている時、見つけた。
アルはボロボロの機兵の中で、巫術を使って最期まで足掻いていたんだ。
フェルグスの身を案じて。
残された兄貴の心が、ボロボロになるのを心配して……。
「……俺は、アルを守れなかった。お前の大事な弟を守れなかった」
通信機の先から、嗚咽が聞こえる。
それを聞きながら、言葉を続ける。
「守ると誓ったのに守れなかった」
『…………』
「それで……自分で判断するのが怖くなった」
俺の選択が、また誰かを不幸にする。
それが怖くて、思考停止した。
全部の判断を、フェルグスに投げた。……無責任な思考停止をした。
「でも、アルの遺言を聞いて考えが変わった」
『…………』
「いや、違う……。アルがここにいなくても、アルの想いは……わかっていたんだ。アイツが復讐なんて望むはずがないって、わかっていたのに……」
俺は目をそらした。
アルの死を想うばかりで、アルの想いを蔑ろにした。
それは確かにあったのに。
夢幻のものじゃないのに……。
「アルは、スゴい奴だ。……アイツだって、つらかったはずなのに……」
最期に残す言葉が、家族のためのものなんて……アルらしい。
けど、きっと怖かったはずだ。
自分が消えていくことが。
自分が死んでいくことが、怖かったはずだ。
「つらかったはずなのに、アルは……最後の最期まで、泣き言ひとつ言わず……フェルグスの心配をしていた。お前の幸せを祈っていた。スゴい奴だった……」
『オレにとっては、呪いだっ!』
フェルグスが叫ぶ。
ぐしゃぐしゃになった声で、それでも声を絞り出した。
『あいつ、なんで、こんなこと……!』
「その答えは、お前が一番よく知ってるよな。フェルグス……」
これは、アルなりの祝福だ。
それが重すぎて、呪いになる事もあるかもしれない。
けど、それでも、アルはお前に――。
「俺は、アルの最期の願いを叶えたい」
アルの言葉で、目が覚めた。
「フェルグス。俺達と一緒に逃げてくれ」
アルの願いは、俺の願いと同じだ。
「生きてくれ、フェルグス。……つらくても、苦しくても、それでも――」
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:狙撃手のレンズ
「…………」
膝も両手もついて、嗚咽を漏らしていたフェルグスが立ち上がる。
機械の腕で目元を拭い、ふらふらと立ち上がった。
歩く死体みたいな、頼りない足取り。
それでも、ゆっくりと前に……オレ達に向かってきた。
「副長。アンタの負けだ」
副長は反撃の機会をうかがい続けている様子だった。
けど、スアルタウの遺した音声記録が流れた時。
その時からずっと、うなだれ続けている。
ただ、返答する気力はあるらしい。
「負けを認めて、見逃せとか……ぬるいこと言う気か?」
副長は銃を手中で弄びつつ、そう言った。
「さらにぬるい事を言う。……アンタも一緒に来てくれ」
「…………」
「隊長や、皆と一緒に逃げよう。なっ……?」
「――――」
副長の銃口が動く。
グローニャを背中に庇いつつ、銃を構え直す。
反応が遅れた。
副長の銃口は、オレに向けられ――。
「…………」
「…………」
向けられ、そのまま動かなかった。
「……おい、撃たねえのかよ。レンズ」
「チッ……。さすがに撃たねえよ」
副長に銃口を向け直したが、撃つ気は起きなかった。
お互いの銃口は、確かにお互いに向けられている。
けど、副長の銃は――。
「そっち、引き金に指がかかってねえ」
「…………」
「撃つ気ねえなら、向けんじゃねえよ! 咄嗟に撃つとこだっただろ!?」
「……どう足掻いても、オレの勝ちなんだ」
副長は銃口を下ろしつつ、立ち上がった。
そして、苦虫を噛みつぶしたような顔で、言葉を続けてきた。
「さっきも説明しただろ。オレからの定時連絡がなきゃ、解放軍全体が動く」
「…………」
「お前らはもう、詰んでいるんだ」
知ってる。それをどうすりゃいいのか、迷ってる。
副長を縛って、無理矢理連れて行くか?
副長の合成音声でも作って、誤魔化すか?
いや、ダメだ。副長が誰にメモを託したのかわからねえと、連絡できねえ。
オレ達は確かに詰んで――。
『それなら、計画を前倒しします』
そう言ったのはヴィオラだった。
副長が現れた後から、言葉少なになったヴィオラが話に割り込んできた。
■title:解放軍鹵獲船<曙>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
『おい、ヴァイオレット。まさかお前……』
「解放軍が動くまで、まだ余裕ありますよね?」
副長さんは、まだ解放軍を動かしてない。
あくまで「星屑隊が怪しい」というメモを残して、時間になったらそれが解放軍の上層部に伝わりかねない状況を作っただけ。
『お前……! ラートに喋らせている間に、他の奴らを動かしたな!?』
「副長さんを拘束して!」
レンズさんやフェルグス君にお願いする。
副長さんが抵抗する声が聞こえるけど、銃声は聞こえない。
これで解決じゃないけど……時間は稼げるはず。
解放軍が動くのは、いま直ぐじゃない。
まだ気づかれていない以上、星屑隊の皆さんにこっそり連絡を取って、「脱出計画を早めます」と伝える余裕はある。
計画を早める以上、色々と困ることはあるけど……星屑隊の皆さんは逃がせるはず。子供達も説得出来た以上、皆と脱走できるはず。
私の脱走は無理だろうけど……それは別にいい。
解放軍は私を技術者としてスカウトしたい様子だし、直ぐには殺せないはず。……子供達やラートさん達が無事なら、最悪、殺されてもいい。
『ヴァイオレットちゃん、爆弾の設置、全部終わったぜ』
『もう起爆していいか!?』
「はいっ、お願いしますっ」
こっそり動いてくれていた星屑隊の皆さんに返答する。
ここじゃ聞こえないけど、町中には「ぼかん」と爆発音が聞こえたはず。
大した爆弾じゃないけど、ボヤ騒ぎを起こしてもらう。
……色々と過敏になっている解放軍の人達は、そういうボヤ騒ぎにも強く反応するはず。それで気を引いておけば、「副長がメモを託した人物」も直ぐにメモを見る余裕がなくなる……はず。
そうでなくても、騒ぎに乗じて逃げやすくなるはず――。
「皆さん、今のうちに逃げてください! 脱出予定地点に急いで……!」
『ヴィオラ、お前は――』
通信を繋ぎ、副長さんの気を引いてくれていたラートさんの声。
その声に、「大丈夫です」「信じてください」と返す。
『皆が逃げた後、機兵で迎えに行く』
「大丈夫ですから、先に逃げてください……!」
『信用できねえ』
「もうっ……!」
そこは信じて先に行ってくださいよ。
そう言おうと思ったけど、言う暇がなかった。
病室の扉が開き、兵士が雪崩れ込んできた。
■title:解放軍支配下の<繊一号>にて
■from:狙撃手のレンズ
『困った奴らだねぇ、キミ達は』
「――――」
副長から銃を取り上げ、拘束しようとしていたその時。
ヴァイオレットのうめき声と共に、ムカつく男の声が聞こえてきた。
「その声、解放軍のドライバ――」
『バフォメットの顔を立てて軟禁で済ませてやって、アラシアの頼みを聞いて比較的自由にしてやってたのに……脱走しようとするなんて……』
「レンズちゃん! 誰か来たよ!?」
倉庫の前に、次々と車がやってきた。
そこから、解放軍の兵士が下りてきた。
ニヤついたプーリーもやってきて、オレ達に銃を突きつけてきた。




