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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第3.0章:この願いが呪いになっても
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思考停止



■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:死にたがりのラート


「隊長。隊長もいい加減……覚悟を決めてくださいよ」


 副長に連れられ、訪れた繊一号の一角。


 そこにある牢屋に隊長が収監されていた。……解放軍に参加していない整備長やパイプは牢屋に入れられてないけど、隊長は扱いが違うようだ。


 全身ボロボロだし、臭いも酷い。嫌がらせで汚水でもかけられたようだ。


 そんな隊長に対し、副長は懇願している。「交国軍を完全に裏切って、解放軍についてください」と言っている。


 隊長はボロボロでも、いつもと変わらない無表情のままだ。副長をジッと見つめている。……その視線に気圧されたのか、副長が僅かに後ずさる。


「…………」


「ら、ラートだって解放軍に入ってくれたんですよっ? あとはもう、整備長とパイプと隊長ぐらいですよ。強情なのは……」


「私の解放軍加入は不可能だ」


「だから……! 隊長が交国の情報を色々とぶちまけてくれれば……ドライバ少将だって説得できますからっ……!」


 牢屋の扉に手を当てた副長がそう言っても、隊長は「無駄だ」と返した。


 冷たく突き放しつつ、淡々と質問を投げかけてきた。


「そんなことより、戦いが近いのだろう。水際作戦が失敗したか?」


「…………」


 副長の横顔を見る。それは一応、気になっていた。


 交国軍が迫っているから、混沌の海で迎撃する作戦を――水際作戦を行うと聞いていた。俺達の出番はないが、作戦の話は一応聞いていた。


 ただ、それは失敗に終わったらしかった。


 星屑隊の皆が「やっぱ解放軍は泥船じゃねえか」とボヤき、副長も表情を硬くしていた。けど、今の副長は……笑っていた。


「交国はまだ来てませんよ。解放軍が敷いた機雷網が怖いようです」


「牢屋にいても、それなりに状況はわかる。ドライバ大尉は苛立ち続けている。彼の態度を見れば、何もかも上手くいっていないのがわかる」


「…………」


「マズい状況なのは、お前ならわかるだろう。解放軍という色眼鏡をかけているから、判断を誤っているようだが――」


 副長は牢屋の扉を「バンッ!」と叩き、隊長の言葉を切った。


 そして大きなため息をつき、俺の肩を叩いてきた。


「ラート。お前に任せる」


「な、何をですか……?」


「隊長の説得だよ……! オレが何を言っても、聞いてくれないんだ」


 副長はスッと俺に身を寄せ、「お前からも説得してくれ。レンズ達は役に立たない。お前が頼りなんだ」と言ってきた。


 そして、「オレはフェルグス達と、やることあるから……」と言いながら去って行った。頭を押さえている。……本当に隊長を「説得」したいけど、上手くいかなくて参っているみたいだった。


 ……フェルグス達とやることって、なんだろう?


「ラート軍曹」


「あっ! は、はいっ……」


 隊長に呼ばれ、牢屋の扉に張り付いて話を聞く。


「傷の具合はどうだ? 大怪我を負ったと聞いた」


「俺は大丈夫です。俺は……」


 身体にはまだ違和感があるが、一応動く。


 身体が丈夫なうえに、オークだから……痛覚もない。


 死んだのが俺だったら誰も困らなかったはずだ。俺自身、死を望んでいた。それなのに、おかしな事が起こった。守ったはずのスアルタウが……俺の所為で……。


「大丈夫です。ご心配おかけしました」


「身体はともかく、精神は酷い状態のようだ」


「…………」


「……スアルタウ特別行動兵達…………いや、スアルタウ達のことは聞いた」


 隊長は牢屋内であぐらをかき、俺を見上げながらポツポツと語り出した。


「お前達が騙されていたことも聞いた。家族が夢幻だった、と」


「家族がいないのは……隊長も同じ、ですよね?」


「…………。そうだな」


 俺達(オーク)に家族はいない。


 交国の長期軍事計画に従って、工場で生産された戦闘特化のオーク達。


 一種の人型兵器だが、機械から生まれたわけじゃない。親はいると思うが……認知なんてしてもらえないだろう。


 同じ親から生まれた相手は「兄弟」なのかもしれないが、それが誰かはわからない。俺が夢見ていた「弟」なんて存在しない。


 それが事実らしい。


「交国政府すら、俺達を『軍事利用していた』って認めたみたいですよ」


「…………」


「俺達がしてきたことって……なんだったんでしょうね」


 騙されていた事に、ショックは感じている。


 ただ、半分ぐらい……他人事のような感覚がした。


 母ちゃんと弟がいないのはショックだった。戦死したと言われた父ちゃんの存在すら作り物だったんだろう。……それを受け止めた時は乾いた笑みがこぼれた。


 ただ、腑に落ちたこともあった。


 アルやフェルグス達が交国に騙されていたのを知っていたから……交国にとって、皆を騙すのは慣れ親しんだ手口だったんだな……と納得した。


 副長は「悔しいよな」「腹立たしいよな」「交国に復讐してやりたいよな」と言い、俺を揺さぶってきた。


 俺は……副長の言葉に頷けなかった。


 揺さぶられた拍子に、頭をカクカクと振った程度だ。


 ショックだったけど……交国に対して、特に怒りはわいてこなかった。

 

 そんなことより(・・・・・・・)、「じゃあ、余計に俺で良かったじゃん」という感想が出てきた。死ぬのは俺で良かったんだ。


 エミュオン攻略戦で死ぬのは俺で良かった。俺が死んだところで誰も困らないんだ。……久常中佐の命令なんて聞かなくて良かったんだ。


 アルじゃなくて、俺が死ねば良かったんだ。


 誰も家族がいない俺と違って、アルにはフェルグスがいた。フェルグスにはアルがいた。俺なんかより、アルが生き残るべきだったんだ。


 アルが生き残っていれば、フェルグスはあんな事にならなかった。


 俺も……こんな想い、せずに済んだ。


 痛覚のない俺は、痛みで苦しんだりしない。アルとフェルグスを守れた安堵の中、ホッとしながら死ねたはずだ。……望み通り、死ねたはずだ。


 それなのに――。


「俺達がしてきた事って……ホント、なんだったんでしょうか」


「…………」


「何も知らないまま死にたかった。交国が見せてくれた夢の中で……」


 国のために、人類のために、家族のために死ぬ。


 その事に、納得していたんだ。


 それが交国による洗脳教育の成果だったとしても、前は疑わずにいれたんだ。


 それなのに……夢から覚めて……クソみたいな現実に投げ出されて……。


「夢の中で、幸せなまま死ねたら……どんなに良かったか……


「それも1つの答えなのかもしれんな」


 隊長は――副長にしていたように――ジッと俺を見ている。


 いつも通りの表情で俺を見ている。


「しかし、死そのものは幸福なものではない。交国がお前達を騙していた事実は消えない」


「知らないままだったら、そんなもの存在しなかったんですよ」


「だが、お前はもう真実を知ってしまった」


「…………」


「その真実に対して、お前はどう動く? どう判断する?」


「判断なんて……出来ませんよ」


 隊長の顔を見続けるのがつらくて、背を向ける。


 牢屋の扉を背に、ズリズリと腰を下ろす。


「俺が何かすると、皆……不幸になるんです」


「…………」


「俺の判断なんて……ぜんぶ……全部、間違っていたんですよ……」


 間違っているから後悔してきた。


 俺なんて、最初から行動しなきゃ良かったんだ。


 俺如きの「妙案」なんて……全部、意味がなかったんだ。


「だから、俺……フェルグスに任せます」


「判断を?」


「はい。……それが罪滅ぼしにも、なりますから」


 俺は大人なのに、アルを守れなかった。


 フェルグスにも大怪我を負わせた。


 俺如きじゃ、アルの代わりどころか……フェルグスの手足の代わりにもならないだろう。けど、それでも、盾代わりにはなれるはずだ。


 だから解放軍に入って戦う。


 フェルグスの傍で戦う。


 そして……フェルグスを庇って、死ぬんだ。


 俺にとっての幸福な結末(ハッピーエンド)は、もうそれしか残っていない。




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:星屑隊隊長


「オズワルド・ラート。『判断を任せる』というのも1つの判断だ」


 我々はどう足掻いても、選択しなければならない。


 兵士は上官の命令に従う必要がある。判断を委ねず、個人が好き勝手に動いている軍隊など、軍隊ではない。


 ただ、全ての判断を委ねられるわけではない。


 上官に与えられる大目標に向かっていくとしても、その過程で襲いかかってくる問題は自分で考え、対処する必要がある。


 それにそもそも、私達の人生は私達自身のものだ。上官の命令が全てではない。……交国の場合はそうではなかったが、本来は違うのだ。


「私も貴様も、『判断』することから逃げることはできない」


「…………」


「信を置く者に判断を任せるのが、間違っているとは言わん」


「…………」


「だが、全て人任せにした先に、本当にお前が望む未来はあるのか?」


「ありますよ。だって、俺は! 俺は…………死にたいんです」


「貴様が死んだ後、フェルグスやヴァイオレット達はどうなる?」


「…………」


「貴様の死で、彼らが救われると思うのか?」


「知りませんよ……。わかりませんよっ……。馬鹿な俺の頭じゃ、そんなこと」


 ラートの顔は見えない。


 だが、声色はどんどん弱々しくなっていく。


「でも、フェルグスは戦いを……復讐を、望んでいるんです」


「…………」


「俺は、それを手伝ってやりたいんですっ……」


「それはスアルタウ(・・・・・)達の望み(・・・・)と矛盾しないのか?」


「…………」


「フェルグスは本心から復讐を望んでいるのかもしれん。復讐(それ)自体は否定しない。それも1つの答えだ」


 私自身、復讐を望んでいる。


 復讐に狂った私が、言えた義理ではないが――。


「しかし、ヴァイオレットはどうだ? 彼女はフェルグスやお前の戦いを望んでいるのか? お前達が交国軍に蹴散らされ、死んでいくのを望んでいるのか?」


「それは……」


「スアルタウはどうだ? 彼は、お前達を守ったのだろう?」


 文字通り、命がけで守ったはずだ。


 だが、それはきっと復讐を望んだ行動じゃないはずだ。


 それぐらい、私でもわかる。人外の巽にすら「お前は人の心がわかってない」と呆れられる私でも、それぐらいはわかる。


「彼は復讐を望んでいたのか?」


「それは……」


「彼の望みは、復讐の果てに叶えられるものなのか?」


「そんなの、俺にはわかりませんよっ……!」


「わかるはずだ。貴様は、彼らに親身に接してきた」


 工作活動として必要最低限のことしかしてなかった私と違い、ラートは打算抜きで彼らと接していた。


 私や交国政府と違い、「人と人」として接していたはずだ。


「俺はアルじゃないんです。それに、アルが最期に何を思っていたのかすら……聞かされてないんですよっ……!? わかるはずないでしょっ……!」


「だが、想像(・・)はできるはずだ」


 お前から見た彼は、どんな子だった。


 どのような言葉を使い、どのような行動で自分を表現していた。


「そこから、彼の考えを汲み取る事はできるはずだ」


「…………」


「彼はシステム化された揺籃機構(ユメ)の産物ではない」


 現実に、確かに存在していた。


「それと向き合ってきた貴様なら、盾となったり、死に水を取る以外にも……出来ることがあるはずだ。……そこから目をそらしていいのか?」


 思考停止し、判断を委ねたままでいいのか?


 本当に、それで後悔しないのか?


 完全に間違っているとまでは言わないが――。


「このままいけば、貴様がしてきた事が全て無駄になる」


「……最初から無駄だったんですよ」


「傷つき、卑屈になる気持ちはわかる。……自分の所為で大事なものを失った気持ちは、私にも――」


「隊長にわかるはずないでしょっ!?」


 ラートは肘で扉を殴ったらしい。


 音と共に、怒鳴る声が聞こえてくる。


「アンタは俺じゃない! 俺はスアルタウでもない! 他人の気持ちなんて、誰もわからないんだ! それっぽい正論を押しつけるの、やめてくださいよ……!!」


「…………」


「俺はアルを……守りたかった。守ると誓った」


 扉の向こうでラートが立ち上がった。


 背を向けたまま、腕で顔を拭いつつ――。


「それが出来なかった時点で、俺がしてきた事は……全部、無駄だったんだ」


「違う。無駄ではなかったからこそ、スアルタウはお前を守ったのだ」


 命がけに、命がけで応えた。


 そういう事だろう。


 彼の場合、本当に命を失ってしまったが――。


「俺は!! そんなこと…………望んで、なかった」


「…………」


「俺は、アイツらに……ただ、元気に笑って……生き残ってほしかっただけでっ……! こんな、クソみたいな結末……望んで、なかった……」


 ラートは私に背を向けたまま、鼻水をすすり、言葉を続けた。


 看守に聞こえないよう、声を潜めて。


「……星屑隊の皆は、子供達を説得して……解放軍から逃げるつもりです。隊長が閉じ込められた場所、調べてこいって……。隊長も逃がすために」


「そうか。では、『私は放っておけ』と伝えてくれ」


「……残るつもりなんですか?」


「自分の尻拭いを、自分でやるだけだ」


 出る方法はある。


 自分1人なら、どうとでもなる。


 ただ、やはり私では部下1人を説得することすら出来ないようだ。


 機兵のシステムチェックに戻ります――と言ったラートを見送りつつ、考える。


 彼は夢から覚めたようで、覚めていない。……未だ悪夢の中にいる。


 私では、彼を目覚めさせることは出来なかった。


 ひょっとすると、誰も目覚めさせる事など出来ないのかもしれない。


 心当たりはいた。


 ただ、その心当たりはもう死んでいる。


 副長(チェーン)やラートの説得は、難しいだろう。だが……もう猶予はない。


 交国軍は近く、ネウロン内部に踏み入ってくる。府月(ふげつ)で黒水守から聞いた情報によると、黒水守がバフォメットを倒したらしい。


 殺せた、とは言い切らなかったが……ともかく、これでネウロンにいる解放軍に、交国軍に対抗できる戦力はなくなった。


 向こうにいるのが犬塚特佐だけなら、まだ投降した交国軍に紛れる手があった。特佐以外にも「玉帝の手下」がいる状況では、それも難しいだろう。


 危険な状況でも、いま以上の危険が迫っている状況だ。


 いい加減、動かねば。


 正直、あまり頼りたくない相手なのだが――。


「黒水守に殺されたのであれば、借りを返す必要もなかろう」


 先日、牢屋(ここ)に来た者に渡され、隠していたライターを取り出す。


 着火し、光源を操作する事も出来る。だが、これは別の機能もあるらしい。


 通信機としての機能もあり、連絡先のアテも教えてもらっている。


「……こちら、星屑隊のサイラス・ネジ中尉です。ええ、お久しぶりです――」




■title:解放軍支配下の<繊一号>にて

■from:死にたがりのラート


「…………」


 隊長との面会を終え、格納庫に戻ってきた。


 レンズやバレットの姿がない。他にも、多くの隊員の姿がなかった。


 どうやら脱走に向けた準備が行われているようだ。


 俺自身は脱走する気なくても、「手伝えることあるか」と聞いてみると「特にない……ですかね」という遠慮がちの声が返ってきた。


 とりあえず、隊長の居場所と伝言だけ伝える。


 伝えた後、機兵のシステムチェックに戻ろうとしていると――。


「あっ、そういやこれ渡すように頼まれてて……」


「…………」


 隊員の1人から、通信機を渡された。


 脱走時の連絡用かと思ったが、どうも違うらしい。


「いま、レンズ軍曹とバレットが、チビ達の説得に行ってます」


「そうなのか……」


「チビ達がタイミング良く(・・・・・・・)、基地から離れて繊一号内部で荷物運びしているみたいで……。待ち伏せして説得するみたいです」


 脱走前に、説得を終わらせておくつもりらしい。


 説得の様子は、この通信機で流してくれるつもりらしい。


「バレットは『俺達で説得します』って言ってましたけど……ラート軍曹も、通信機越しに説得を手伝ってあげてくださいよ」


「…………」


「チビ達に一番親身に接してきたのは、ヴァイオレットとアンタでしょ。アンタ達が力を合わせて説得したら、チビ達だって、きっと……」


「俺に言えることはない」


「軍曹……!」


 通信機だけ受け取り、機兵に向かう。


 バレット達が繊一号の外から持ち帰り、整備していた機兵に向かう。


「…………」


 アルが最期に乗っていた機兵。


 ボロボロで動けなくなっていたけど、バレット達が何とかしてくれたらしい。まだシステムチェックや動作確認が残っているけど……概ね直せたはずだ。


 機兵は修理できる。


 でも、人間は――。


「…………」


 怖かっただろ。


 痛かっただろ。


「……ごめんなぁ……」


 守るって誓ったのに……守れなくて、ごめんな。


「……俺も、もうすぐ……地獄(そっち)に行くから」


 操縦席(かんおけ)に乗り込み、システムチェックを開始する。


 ひんやりとした空間の中で、ほう、と息を吐く。


「…………」


 通信機を置き、耳を傾ける。……作業しつつ、話を聞くぐらいなら出来る。


 俺の判断(いのち)は、フェルグスに預ける。


 レンズ達による説得がどんな結果に転んでも、俺は……もう、どうでもいい。


 もう、口出しする理由なんて――――。


「…………?」


 なんだこれ。





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